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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第四章/異端管理局と神言桜花宗と人修羅

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35/88

第五夜/中編

 なんだかんだと、わたしが『モダン柊』を出たのは、午後二時になってしまっていた。


「十八くんからの連絡は、ありませんね……」


 携帯を見ながら、何の連絡もないことを確認して溜息を漏らす。

 今日の午後は、九鬼駅前のカフェに集合して、今後の対策を話し合う予定だったはずだ。だが既に、遅刻と言われても仕方ない時間になっている。

 だと言うのに、龍ヶ崎十八からの連絡は一切ない。

 これはもしや――龍ヶ崎十八も九鬼駅前のカフェには来ていないのだろうか。


「……わたしがあれだけ釘を刺したのに、まさか独りで、剣持さんを救出に向かったのでしょうか?」


 ふと過ぎる最悪の想定――龍ヶ崎十八が既に土井MCBに乗り込んでおり、虚空時貞と闘ってしまっている状況を思い浮かべて、わたしは慌てた様子で携帯を鳴らす。

 わたしの計画では、龍ヶ崎十八を巻き込むのは大前提だ。けれどそれは、少なくともわたしが挑んでからの話であり、抜け駆けされたことに気付いてから、遅れて救出にやって来るというシナリオである。


「あ、もしもし、十八くん? 申し訳ありません。学校で色々あって、少し遅れてそちらに向かいま――」

「――悪いね、鳳仙さん。十八は電話に出れないよ。いま十八は、護国鎮守府本部で拘束してる」


 すぐに電話は繋がったが、電話口の声は龍ヶ崎十八ではなく、遊馬司の声だった。背後で音が反響していることから、九鬼駅前のカフェでもなさそうだ。

 わたしは声のトーンを下げて、冷たい口調で質問する。


「――どういう、ことでしょうか? どうして、拘束を?」

「連理と虎姫様の判断だ――悪いが、いまの十八は感情で動いてて、正しい判断が出来てねぇ。この状況じゃ、鳳仙さんの口車に乗って、独断で静の救出に向かう危険性がある」

「それの、何がいけないのでしょうか?」

「はぁ!? いや、いや、ダメだろ!? そもそも、静の詳細な居場所さえ特定出来てないんだ。救出に向かっても、返り討ちに遭うだけだろ!?」

「居場所など、ある程度の目星は付いております――逆に言えば、特定出来れば救出に向かっても宜しいのでしょうか?」


 淡々と、わたしは責めるような口調で遊馬司に返した。すると遊馬司は、話にならないと呟きながら、バッサリと吐き捨てる。


「悪いが、これ以上、鳳仙さんと話しても仕方ない――忠告しておくが、くれぐれも勝手な行動は控えるようにしてくれよ。どうせ静を救出する気はないんだろうけど、静の救出を大義名分にして、暴れ回られると困るんだ」

「……遊馬さんが困ろうが知ったことではありません。そもそも、勝手な行動とはなんでしょうか? 具体的に仰っていただけなければ分かりませんよ? わたし、察しが良くはないので――」

「――護国鎮守府は、龍ヶ崎十八、鳳仙綾女、両名を今回の任務から外す。以降、次の任務を言い渡されるまでは待機だ」


 遊馬司は一方的に、それだけ告げて通話を切った。

 わたしは、ふむ、と切れた携帯をしばし見詰めてから、ニヤリ、とほくそ笑む。

 想像以上に理想的な展開ではないか――これで心置きなく、虚空時貞たちを殺しに行けるし、それに気付いた龍ヶ崎十八は、きっと何があろうとも、わたしの救出に遅れてやってくる。


「まあ、ひとつの懸念点は、十八くんが拘束されている、という点ですね。十八くんほどの人が、そう簡単に拘束されるとは思えません……それでもなお、拘束されているとなれば、物理的に監禁されている上に、九鬼さんレベルの強者が見張っている可能性がありますね」


 わたしはそんな呟きを漏らしながら、流しているタクシーを拾うべく大通りに出た。

 向かう先は当然、土井MCBである。ここからならば、遅くとも午後三時半には到着するだろう。

 日中帯のビジネス街は、人通りこそ閑散としていたが、車の量は多かった。おかげでタクシーもそれなりに走っていたのだが、残念ながら空車はあまりない。ほとんどのタクシーが、スーツ姿のサラリーマンを乗せていた。

 そんな中、立ち尽くすこと数分で、ようやく一台が停まってくれた。


「どちらまで行きますか?」

「――土井MCBまで」

「はい、はい、っと」


 制服姿のわたしを見て、タクシー運転手は一瞬怪訝な顔を浮かべたが、伝えた行き先がアミューズメント施設であることを知ると、なるほど、と納得していた。

 一応、怪しまれないように、チラチラと携帯を見て、時間を気にしている振りをする。これで運転手は勝手に、友達との待ち合わせに急いでいる、と勘違いしてくれるだろう。


「お客さん、部活帰りかい? 学校はもう夏休みになったのかな?」

「申し訳ありません。運転に集中してもらえませんか?」

「あ――失礼」


 はぁ、とわたしはこれ見よがしに溜息を漏らす。

 タクシーに乗ると毎回、必ずと言っていいほど世間話をされる。それが苦痛でならないので、ほとんど即答で黙らせている。

 流れる景色を眺めながら、さて、と精神が昂るのを深呼吸で落ち着かせた。今にも口元が期待でにやけだしそうになるのを必死に堪えた。

 わたしは傍から見ると冷静な無表情だったろうが、心の中の葛藤はだいぶ激しい。翌日の遠足が楽しみで眠れない子供のソレと同じである。


「……駐車場に入れると料金掛かるので、駅前で停めますか?」


 しばらく沈黙のまま乗っていると、東樹町駅にあるタクシーターミナルの並びに合流した。ここから下りれば徒歩五分で到着出来るだろう。


「――ここで結構です。ありがとうございます」

「はい、ありがとうございます。えと、料金は九千――」

「お釣りは要りません」


 料金表示をチラ見して、万札一枚を手渡してからタクシーを降りた。運転手は一瞬だけ面食らって、お釣りを渡そうとあたふたしていたが、わたしは無視してすぐに駅へと歩いて行く。

 運転手は、どうせ小銭か、と諦めたように呟いて、呼び止めても無駄だと理解してくれた。そのまま扉を閉めて、タクシーターミナルを出ると走り去っていく。

 それを見送ってから、わたしは東樹町駅のコインロッカーに向かう。

 コインロッカーは中型を選び、そこの中に学校の鞄とスマホを入れた。必要なものは、竹刀袋と財布だけである。

 土井MCBに向かおうとすると、駅の改札から、わたしと似たような制服姿の学生たちが、わいわいと騒ぎながら現れた。彼女たち、あるいは彼らは、楽しそうに駄弁りながら、同じ方向に歩いて行く。

 わたしもその流れに乗るように、しかし少しだけ距離を取って土井MCBに向かった。


「――今日は凄く混んでるようですね」


 受付に辿り着くと、ちょうど放課後ということもあってか、学生たちによる長蛇の列が出来ていた。

 わたしはさりげない仕草で、魔力視をしながら周囲に視線を巡らせた。しかし見渡す限りでは、魔力を纏っている人間は一人も居ない。神言桜花宗の信者と思われる人間も、食指が動くほどの強者も、気配からするとこの場には居なかった。

 とりあえず順番を律儀に待って、受付の列で立ち並ぶ。


「……あれれ、エラー? え、なんで?」


 およそ三十分近く経ってから、ようやくわたしの番になった。けれど、どうしてか受付した瞬間にエラーになり、受付の店員が慌て始める。

 昨日作成したばかりの会員カードが、何度やってもカードリーダーで読み込めないようだ。ピー、というエラー音と、PC端末にエラーメッセージが表示されているらしい。


「あれれ、おかしいですねぇ――ちょっと、お待ちください」


 受付の店員は取り繕った笑顔で首を傾げながら、磁気不良かなぁ、と何度もカードリーダーにカードを通す。だがエラーは少しも解消されなかった。


「――お客様。大変、お待たせしております。()()()()()()会員カードはエラーのようなので、こちらのカードをお使いください。これに登録し直して」


 すると、まごついている受付の店員ではなく、別の店員が後ろから現れた。その店員は、明らかに他の一般人と雰囲気が違う。

 魔力視するまでもなく、信者であり、強者であると理解できた。首から下げたスタッフ証には『二葉(フタバ)(アキラ)』と記載がある。


「あ、二葉チーフ。すいません、ありがとうございます――お客様、申し訳ありません。こちらのカードで再登録いたします。それでは、どうぞお通りください」


 二葉晶は『チーフ』と言う肩書から察するに、この受付の責任者なのだろう。

 最初に対応してくれた受付の店員は、ひどく萎縮した様子でわたしと二葉晶にペコペコ頭を下げて謝罪しながら、差し出された会員カードを素早く読み込ませる。その後、何やら端末操作をして、情報の登録を行っていた。

 一方で、その二葉晶は、露骨にわたしに侮蔑の視線を向けてくる。その視線はどう見ても、お客様に対するものではない。そこには明確な敵意が滲んでいた。魔力視すると、全身から淡い水色の魔力が放たれているのが分かる。

 二葉晶はわたしを一瞥してから、スタスタと通路を歩き出した。時折、チラッと後ろを振り返って確認するあたり、わたしをどこかに誘っているようだ。

 上等である。その誘いには、有難く乗らせてもらう。

 ところで、二葉晶は、スタイル良し、顔良し、高身長に長い脚、はち切れんばかりの爆乳をしており、どこぞの風俗嬢だよ、とツッコミたくなるほど露出の激しいミニスカ姿だった。首から下げたスタッフ証がなければ、イベントにやってきたコスプレイヤーとしか思えない。


「……武装ハーレム七人衆、ですかね?」


 呟いて、その語呂の悪さとネーミングセンスの悪さに恥ずかしくなった。

 二葉晶はそんなわたしの呟きなど無視して、屋内スポーツエリアAの通路を歩いて行く。すれ違うお客さんのほとんどが、二葉晶の恰好をチラ見して距離を取っていた。


「――こちらです。どうぞお入りください」


 二葉晶は卓球場を通り過ぎて、施設トイレの脇にある関係者用扉からバックヤードに入っていく。その招きに応じて、わたしも迷わず中に足を踏み入れた。

 バックヤードは細長い通路で、途中、ロッカールームと喫煙室、業務用トイレがあった。

 それらを通り過ぎて廊下の角を曲がると、奥まったところに仰々しい装飾のエレベーターがある。エレベーターには、カードリーダーと暗証番号入力端末が設置されており、かなりのセキュリティであることが分かる。

 なるほど、ここから先が土井MCBにおける神言桜花宗の拠点なのだろう。


「どうして、わたしを案内してくださるのでしょうか?」


 二葉晶は八桁の暗証番号を素早く入力してから、エレベーターに身体を滑らせた。それを冷めた瞳で眺めながら、わたしは竹刀袋から仕込刀を取り出した。


「理由は知りません。副教主様の御意志です――鳳仙、綾女さん」


 名乗ってもいないのに、二葉晶は首を傾げながらわたしの名前を呟いた。瞬間、纏っている空気がガラリと変わる。

 二葉晶の纏う空気に、強烈な殺意とキナ臭い緊張感が混じり始めた。わたしは思わず笑顔になってしまう。それなりに腕が立ちそうだ。


「自己紹介はしていませんけれど――わたしの会員カードでもご覧になったのでしょうか? それとも、初めから知ってらしたのでしょうか? 二葉、晶さん?」

「――――副教主様に直接お聞きください。ご案内しますので、どうぞ」

「ふふ、ふふふ……そうですね。直接訊ねることにいたします」


 わたしは愉しげに笑いながら、エレベーターに足を踏み入れた。すると扉は閉まって、ガコン、とエレベーターが動き始める。

 ほんの少しの浮遊感と、気圧の変化――エレベーターは上層階に移動しているようだった。


「こちらです――くれぐれも粗相のないように」


 チン、と目的の階に到着したエレベーターの扉が開くと、二葉晶が一足先に出て頭を下げた。わたしは不敵に笑いながら、ゆっくりと通路に出る。

 エレベーター内、通路側のどこにも、階数表示は見当たらない。

 だが、移動していた時間と駆動音から察するに、恐らく土井MCBの最上階である六階か、屋上だろうと思われた。

 二葉晶はわたしが通路に出たのを確認してから、狭い一本道の廊下を奥に進み出した。

 廊下奥には巨大な両開きの扉が見えており、耳を澄ませるまでもなく、扉の向こうに大勢人が居る気配を感じる。

 待ち伏せされているようだ。明らかな罠だろう。けれど、それを理解してなお、わたしはいっそう愉しそうに笑ってしまう。

 考えていたよりもずっと簡単に、本命に辿り着けたかも知れない。

 先行する二葉晶は、両開きの扉を迷いなく開けた。わたしは一瞬も躊躇せず、扉の内側に足を踏み入れる。するとそこは講堂のようだった。


 見渡す限り、広さは200平方メートルほどだろう。床は一面フローリングで、中央には長机とパイプ椅子が整然と並んでいる。


「おぉ、逢いたかったぞ――ようこそ、鳳仙くん。儂が神言桜花宗副教主『虚空(コクウ)時貞(トキサダ)』だ。以後、お見知り置きを」


 壇上にはマイクの置かれた演台があり、一人の男性がわたしを見下ろすように立っていた。わたしに話しかけてきたのは、その男性――虚空時貞を名乗る二十歳前後にしか見えない青年である。

 虚空時貞は、爽やかな笑顔を浮かべていた。

 金髪に顎髭、漆黒のロングコート、身長は190センチに届くだろうか。痩せ型だが、骨格はがっしりしており、なかなか鍛え抜かれている。

 けれど――わたしの食指が動くほどの強者かと問われれば、拍子抜けの優男である、という印象だった。少しだけ期待外れだ。


「……貴方が噂の、魔王さん、でしょうか? 外見から、御年七十五歳には見えませんね」


 わたしは残念そうな顔は一切せずに、気安い口調で質問しながら講堂の中央に進んだ。ついでに歩きながら、ゆっくりと魔力を全身に漲らせる。

 魔力視をすると、虚空時貞の全身から放たれる禍々しい魔力がハッキリと視えた。毒々しい色合いをしてうねるような魔力は、壇上全てを覆うほどの膨大な量があった。


「フハハ、魔王、ね。そう呼ばれることもあるのぅ。それにしても、鳳仙くんが儂の年齢まで把握しておるとは、些か予想外じゃ。知っていて、ここまで来たことも驚きじゃしのぅ――ちなみに、儂の外見が若く見えるのは当たり前じゃ。この身体は、今年で二十四じゃからのぅ」

「……へぇ? ()()()()()、ねぇ?」


 わたしは誰も座っていないパイプ椅子に腰を下ろして、長机の上に仕込刀を置いた。

 周囲を見渡すと、講堂内には軽く三十人を超える信者が控えていた。だが不思議なことに、信者たちは誰もが壁際に背中をつけて正座している。

 正座している信者たちは、全員が性別無関係に全身を覆う白装束を身に着けていた。


「――副教主様、鳳仙綾女を、如何いたしますか?」

「ああ、どうするかのぅ――どうしたい?」


 ふと気付けば、虚空時貞の隣には、いつの間にか、わたしを案内してくれた二葉晶が立っている。

 二葉晶はこれ見よがしに侮蔑の視線を向けて、ここまで聞こえる音量で喋っている。ちなみにそんな二葉晶の背後には、どこぞのコスプレ集団か、と叫び出したくなるような衣装を身に着けた六人の女性が立っていた。女性たちはみな、遠目から分かるほど大きな胸をしており、しかも腕を組んで胸を強調するように見せ付けている。


「誰でも良いぞ? 鳳仙くんを、どうしたいかのぅ?」


 虚空時貞は試すような視線でわたしを一瞥すると、後ろを振り返り、六人の女性たちに首を傾げた。


「……副教主様を前にして、不敬な態度は頂けないです。宜しければ、ボクが痛い目に遭わせますよ?」


 ミニスカ姿の二葉晶を筆頭に、へそ出しミニスカメイド服、バニーガール姿、フリフリのアイドル衣装の二人組、背中がパックリ開いたドレス姿――そんな色物コスプレ集団の中で、唯一まともに見える恰好の美女が、スッと前に出てきた。彼女は芸能人のマネージャーみたいなビジネススーツを着こなしており、七人衆の中で最も鋭い気配をしている。

 魔力視をすると、虚空時貞に次いで強力な魔力を纏っていた。少なくとも、二葉晶よりは強者だ。

 けれど、一昔前ならいざ知らず、いまのわたしの敵にはなり得ないだろう。どれほど彼女を過大評価しようと、恐らく相手にもならない。

 そんなわたしの胸中を知ってか知らずか、虚空時貞は頷きながら首を横に振った。


可南子(カナコ)くん、残念ながら、キミでは力不足じゃ。鳳仙くんは、ああ見えても【風神】を殺しているし、霧崎さえも撃退している――嘘か真か、噂では【水神】とも闘い、しかも生き残ったとさえ言われてるしのぅ?」

「へぇ? わたしのことをご存じでしたか?」

「――勿論だとも。昨日、お友達連れでやってきた時なぞ、儂は目を疑ったほどじゃ。恐らくは、敵情視察か、内部調査のつもりじゃったのかのぅ? それにしても、少しばかりお友達は無警戒過ぎたのではないかのぅ?」


 虚空時貞は薄笑いを浮かべながら、右手を大きく挙げて、パチン、と指を鳴らす。すると、壁際で正座していた信者たちが一斉に立ち上がり、入口を塞ぐように両開きの扉に人垣を作った。

 逃がさないつもりのようだ――だが、そんなことしなくとも、わたしは逃げるつもりなど毛頭ない。いやそもそも、仮に逃げる選択をしたところで、独りではエレベーターを起動出来ないだろう。


「嗚呼、そう言えば、誘拐したわたしの連れ――剣持さんは、いまどちらに?」


 わたしはパイプ椅子から立ち上がり、囲もうとする信者に睨みを利かせた。信者たちはその睨みで怖気て、すぐに壁際に戻っていった。


「ふむふむ。やはり、攫われたことに気付いたから乗り込んできたか。これは想定通りじゃ。じゃが、鳳仙くんが単独で乗り込んでくるとは思っておらんかったぞ? いやはや、とても感心するのぅ――これで、もう少しだけ女性らしい身体付きであれば、まさに儂好みじゃったがのぅ」


 壇上の虚空時貞が下卑た台詞を吐きながら、露骨に好色な視線でわたしの胸元を注視してくる。不愉快極まりない視線だが、前評判通りのその下劣さにむしろ嬉しくなった。


「おっと、鳳仙くんの質問に応えておらんかったのぅ。すまぬ、すまぬ。剣持――静くん、じゃったのぅ。あの牝犬はいま、しっかりと淫夢の中で調教中じゃ。身体つきが儂好みじゃから、すぐにでも味わいたかったがのぅ。調べると、護国鎮守府とガッツリ関係があるようじゃから、ゆっくりと時間を掛けて洗脳しておるぞ?」

「あらあら? それでは、まだ剣持さんの身体は綺麗なまま、無事、ということなのでしょうか?」

「――んん? どういうことじゃ? 確かに、無事と言えば無事じゃし、事実としてまだ味わってはおらぬが、どうして残念そうなのじゃ?」


 わたしの一瞬の落胆を逃さず、虚空時貞が怪訝な顔を浮かべた。

 まあ、それは当然の感性だ。剣持静を助けに来たはずの人間が、救出対象の無事を聞いて残念がったのだから――それはそれとして、わたしは手をパンと合わせてから、ニッコリ笑顔を浮かべる。


「剣持さんが無事なのは喜ばしいことです――それで、どちらにいらっしゃいますか?」


 笑顔とは裏腹に、全身から本気の殺意を解き放った。漲らせた魔力も相俟って、その威圧は講堂内の空気を震わせる。

 入口付近で人垣を構築していた信者たちと、虚空時貞の取り巻きである武装ハーレム七人衆は、全員がわたしの威圧に気圧されて、ビクンと身体を硬直させていた。

 一方で、虚空時貞だけは平然と、怪訝な表情を一瞬で引き締める。トン、と軽やかな足音をさせて、なかなかの素早さで壇上から飛び降りた。


「生憎じゃが、鳳仙くんは静くんとは逢えぬぞ? 静くんは、儂専用の牝犬になる予定じゃが、鳳仙くんは信者たちの所有物になるからのぅ」

「…………へぇ? 所有物? わたしを、モノ扱い、するのですか?」

「おぉ、そうじゃよ? 殺さないのは破格の待遇じゃぞ? まあ、殺された方がマシと思うかも知れぬがのぅ? 鳳仙くんは今後、男性信者たちの精液を絞り出す便所係じゃよ、嬉しいじゃろぅ?」


 真剣な表情で隙一つ見せずに、虚空時貞は挑発的な台詞を吐いてくる。蔑むような視線でわたしの全身を嘗め回しつつも、警戒は怠っていないのが見事だ。けれど、そこにはひりつくような緊張感はなく、怖さも感じない。

 わたしは虚空時貞の台詞に、あえて憤慨した調子で語気荒くして、顔を紅潮させる。


「――わたしを、男性信者たちの慰み者にする、という解釈で宜しいでしょうか? わたしを、拘束、ないしは戦闘不能にして、監禁するという宣言で間違いないでしょうか? 何よりも、それが可能だと本気で言っている……つまりは、わたしが侮られている、と言うことでしょうか?」


 早口に叫びながら、グッと腰を落として、限界まで魔力を絞り出す。

 そんなわたしを見て、魔力の量を視て、虚空時貞は薄く笑っていた。カチン、と来るが、ここで飛び出さずにもう少しだけ堪える。


「事前の報告では、鳳仙くんは魔力を持っていなかったらしいのぅ? 魔力なしで【風神】と霧崎を殺したと聞いておったから、儂もだいぶ警戒していたが、いまの魔力量と、この練度を視る限り、その報告は嘘じゃったようじゃ――となれば、脅威はたかが知れておるのぅ」

「馬鹿に、されているのでしょうか?」

「超回復が【魔女の恩寵(ギフト)】じゃろぅ? 確かに、その魔力量と超回復という異能があれば、戦闘素人の【風神】は殺せるじゃろぅ」


 わたしと会話をする気がないようで、虚空時貞は独り楽しそうに勘違いを披露してくれた。おかげで、面倒な思考誘導もせずに、計画通りことが進みそうだった。何より助かるのは、わたしをここまで侮ってくれていることだ。手間が省ける。


「やはり、何事も現場に直接赴くのは大事じゃのぅ。事前報告通りに、魔力を持たぬのであれば、儂の魔力回路を植え付けて、傀儡としての使い道も考慮したがのぅ。実際は、なかなかの魔力量じゃし、その美貌もある。そして、超回復という異能の組み合わせじゃ。こうなってはもう、使い道は限られる。ああ、勿論、安心して良いぞ? 鳳仙くんは、信者たちの肉便器――便所係一択じゃ」


 虚空時貞がスッと右手を前に突き出す。それを合図に、わたしは仕込刀に手を伸ばしつつ、大きく一歩前に踏み込んだ。


「『握るな』――『動くな』」

「――っ、な、ん!?」


 虚空時貞の命令が耳に届いた。すると突然、わたしの身体が己の意思と反して、その命令に忠実に従っていた。

 長机に置かれた仕込刀を掴んだと思った次の瞬間、力が抜けて、刀を握れずすっぽ抜けた。同時に、踏み出した足が縫い付けられたようにピタリと動きを止める。


「『喋るな』『見るな』――さて、抵抗力はどうじゃろぅか?」

「――――ッ!?」


 続いて耳に届く命令。それを認識した途端、わたしの瞼が勝手に閉じて、視界は暗転した。喉からは掠れた音が出るだけで、声も出せなくなった。

 身体は動かず、視界は封じられて、喋ることが出来ない状況――なかなかの逆境である。

 わたしは思わず、にやけだしそうになる口元を必死に抑えた。

 なるほど。虚空時貞の催眠術と言うのは、思っていたよりもずっと凶悪な能力のようだ。思考は至って正常だと言うのに、認識した命令を無視できない。


「ほぅほぅ――流石に【風神】を殺しただけあるのぅ。肉体を完全には掌握できぬ……まあ、だとしても儂の催眠術には抗えぬようじゃ」


 虚空時貞の台詞に聞いていると、ヌルリ、と思考に何かが入り込んでくる感覚があった。それは嫌悪感であり、形容しがたい不快感だった。

 わたしはすかさず、事前に柊南天との予習でやって見せたように、微弱な魔力で脳内を覆う。表層心理ではその不快感に集中するようにして、暗闇の中で慌てふためく思考を演じた。

 ここで抵抗出来ない振りをしなければ、虚空時貞に警戒されてしまうからだ。


「フハハ――その不快感、すぐに快感に変えてやるぞ? さて、ここから儂のターンじゃ」

「っ――――っ!?」


 耳元に不愉快な声音が聞こえたかと思うと、腹部に強烈な一撃が入った。つま先で鳩尾を蹴り飛ばされたらしい。

 わたしは呻き声さえ出せずに、ガクンとその場に膝を突く。そして無様に、血と胃液、昼飯の一部を嘔吐した。

 ビチャビチャと床が汚れる音がして、強烈な酸味が口の中に広がり、ツンと鼻を刺す異臭が漂った。


「汚いのぅ――『良く聴け』『良く理解しろ』」


 ドガン、と今度は顔面を横蹴りされた。

 グラリと頭が強く揺さぶられて、鼻から血が噴き出るのを感じた。何の容赦もなく、虚空時貞は蹴ってくる。

 わたしは身体が動かないので、そのまま受け身を取れずに転がった。パイプ椅子と長机にぶつかって、背中が痛い。


「『良く学べ』『集中しろ』『感覚を研ぎ澄ませ』――『儂の言葉を心に刻め』」


 転がるわたしの髪を無造作に掴んで、虚空時貞は無遠慮に胸を鷲掴んできた。しかしそれは、劣情を催したから揉むという訳ではなく、わたしを検分しているような触り方だ。

 牛の乳絞りをするみたいに、ギュッギュ、と強く揉んでくる。


「――『全ての痛みは快感に変わる』『欲情しろ』」


 胸を揉みながら耳元で囁かれた直後、今度は股間を蹴り上げられた。


「ぅ――――っ、ぁ!?」


 股間を蹴られた刹那、全身を稲妻が走り抜けたような衝撃が起きた。

 わたしの内側で何かが爆発したような強烈な感覚。思考が一瞬で真っ白になり、思わず放心してしまうほどの衝撃だった。

 それは、痛みではない。かといって、脳内麻薬の過剰分泌でもない。

 快感と言えば快感に近いが、我を忘れるほどの()()だ。ここまでの強烈な感覚は、いまだかつて味わったことがなかった。

 虚空時貞が、わたしの髪を離した。すると、その場に女の子座りで崩れた。

 股間にはジンジンとした痺れだけがあり、壊れたように何も感じない。虚脱してしまっているからか、チョロチョロ、と失禁までしている。

 足元がひんやりと冷たくなるのが、不愉快でならない。


「漏らすほど気持ち良かったようじゃのぅ? じゃが、それで終わりではないぞ。ほれ――」

「――っ!? ぁ、っ――!?」


 虚空時貞は下卑た笑いを響かせながら、わたしの腹部をガシガシと蹴り始める。

 その一撃一撃は重くはないが、腹部からジワリと広がる甘い衝撃が身体に纏わりついた。先ほどの爆発的な衝撃はないが、ドンドンと内側で響くそれで、快感にビクビクと身体が痙攣する。


「ふむふむ。性的な快感には慣れておらぬか。じゃが、安心せよ。どうせ二、三日も信者たちに輪姦(マワ)されれば、嫌でも感覚が追い付くじゃろぅ。さて、それでは最後の仕上げじゃ――『淫夢を見ろ』」


 蕩けたような思考の中に、虚空時貞の声がゆっくりと染み込んでいく。睡魔が襲い掛かってきた訳ではないが、脳内が眠りを欲し始める。

 虚ろになっていく思考の中で、わたしは自身の意思でもって意識のスイッチを切った。パタリ、と糸が切れた人形のように、わたしの身体は床に転がる。

 それを気絶と勘違いしたか、遠くで馬鹿笑いする虚空時貞の声が聞こえてきた。


「――副教主様に、不敬な態度を取ったのだから当然の結果ですね。鳳仙綾女をどうします?」

「信者たちに片付けさせろ――糞尿を垂れ流しても良いように、地下牢に入れておけ。じゃが、警戒は怠るなよ? 先走って手を出すのも控えよ。淫夢を見ている状況じゃから、抵抗は出来ないと思うが……先ほどの反応からすると、まだ初物のようじゃから、快楽漬けにするには時間が掛かるじゃろぅ」

「かしこまりました。おい、信者ども聞いていたか!? 副教主様の御命令に従って、鳳仙綾女は、地下牢に放り込んでおけ!」


 そんな下劣なやりとりを音として記憶しつつ、わたしの身体は、何人かの遠慮のない人間に抱えられて、どこかに運ばれたのだった。

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