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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第四章/異端管理局と神言桜花宗と人修羅

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33/88

第四夜/後編

 卓球場では龍ヶ崎十八と遊馬司が白熱した試合を見せた後、わたしたちはビリヤードに移動する。

 ビリヤードでは、あざとい剣持静がわざと胸を強調しながら球撞(タマツ)きに興じた。数ゲームやってから、今度はダーツに移って、カウントアップでわたしが圧勝する。

 その後、またもや剣持静の希望で、ボウリングを1ゲームだけ行ってから、カラオケルームで全員が二回ほど歌った。

 それからゲームセンターに移動して、UFOキャッチャーやリズムゲームで馬鹿みたいに騒いで、気付けば、館内放送が二十時を告げていた。

 フォーン、フォーン、と鳴る不思議なBGMと共に、レストランフロアのラストオーダーが二十一時であることを機械音声が放送していた。


 そんなアナウンスが響く中、わたしたちは、三階フロアの中央にあるゲームセンターから出て、広い通路の踊り場に用意されたソファで休んでいた。


「はぁ~、楽しかったよぉ。ずいぶん久しぶりに、何も考えず楽しめたぁ。良い汗掻いちゃったなぁ」


 剣持静はわざとセーラー服の胸元をパタパタとしていた。視線は龍ヶ崎十八を意識して、あえて見せ付けるように胸を反らしている。

 わたしはそんな剣持静に嫌悪感を向けつつ、思ったよりも楽しめたことに感動していた。為我井優華と遊びに出掛けた時と同じくらい、学生らしい一日を過ごしてしまった。

 とはいえ、ちゃんとそれなりの成果は得ている。龍ヶ崎十八たちに報告するかどうかは別として――


「……いやぁ、ちょっと遊び過ぎたな。そろそろ腹減ってねぇ? 四階にあるレストランフロアで、夕食にしようぜ?」

「あ、それ、凄く名案! 司にしては、グッドアイディアじゃん。そうしよ、そうしよぉ、十八きゅん」


 ふいに遊馬司が、ぐったりとした様子でソファに深く腰掛けながらそんな提案をしてきた。その提案には、剣持静がすぐさま同調する。

 遊馬司も剣持静もすっかり遊びの延長気分で、今日の目的も忘れて、最後の締めに向かおうとしていた。まあ初日は施設の下見気分で来ているのだろうから、気が緩むのも悪いことではないが――

 わたしは溜息を漏らしながら、どうせ賛同するのだろう、と龍ヶ崎十八に顔を向けた。


「食事か……そうだね。確かにちょうどいい時間だけど……どうする、綾女さん?」


 すると、二つ返事すると思った龍ヶ崎十八が、神妙な顔でわたしに決定権を投げてくる。思わずわたしは、へぇ、と素っ頓狂な声を上げてしまう。


「んん? え、なんでぇ、十八きゅん? 綾女ちゃんに確認する必要、ないでしょぉ?」


 露骨に不満げな表情を見せる剣持静に、しかし龍ヶ崎十八は応えず、ジッとわたしを見詰めてくる。何らかの意図があるのだろう――だが、それが何かピンと来ない。


「ええ、そうですね……もう夜の八時ですからね……」


 わたしは悩む素振りで首を傾げた。その反応を見て、龍ヶ崎十八はすかさず、トントン、トントン、トントン、とソファの前に置かれたテーブルを指で叩いた。

 瞬間、遊馬司と剣持静がハッとした表情になって、空気が張り詰めた。

 危険が迫っている、と龍ヶ崎十八は合図したのだ。つまりどこかに、敵が隠れているということである。となれば、わたしが選択するのは一つだ。


「――お腹減りましたね。お食事に行きましょう?」


 遊馬司と剣持静の動揺を笑いながら、わたしは笑顔でキッパリとそう告げた。

 その決断に、龍ヶ崎十八は呆れた顔で息を吐いた。遊馬司は驚いた表情で固まり、剣持静は絶望的な顔でジト目を向けてくる。

 龍ヶ崎十八がわざわざ危険だと知らせてくれたのに、どうしてあえてそれに乗るのか――遊馬司も剣持静も、わたしを非難がましい目で見ていた。

 けれど、わたしが危険を前に、帰宅する選択肢を選ばないことを、誰よりも龍ヶ崎十八は理解しているはずだ。そのうえでわたしに選択を委ねたのだから、期待通りに応えなければならないだろう。


「ここのレストランフロアって、どんなお店があるのですか?」


 わたしは立ち上がって、そのままエレベーターホールに向かおうとする。慌てた様子で、剣持静が肩を掴んできた。


「……ちょ、ちょっと、綾女ちゃん? ごめん、シズカちゃん。やっぱり、そろそろ帰りたいかも知れないなぁ、って――」

「――おい、静。とりあえず、四階に向かおう。俺も、もう腹が限界だぜ」


 反対意見を出した剣持静を、今度は遊馬司がなだめた。

 わたしの肩を掴んでいる腕を優しく振り解いて、遊馬司が剣持静に首を振っていた。


「レストランフロアは四階中央だから、エレベーターホールから上に行けば、ちょうど目の前、のはずだよ?」


 龍ヶ崎十八もわたしの意見に反対せず、遊馬司に追従して剣持静の背中を押す。一刻も早くここから去りたいとでも言いたげな顔で、一瞬だけ背後に視線を向けていた。

 その視線の動きで、わたしはようやく状況を理解した。


(あらあら、なるほど――囲まれているわけですか)


 よくよく周りを注視すれば、虚ろな双眸をして同じ動きを繰り返す連中がそこかしこに現れていた。彼らはみな、機械のように同じ所作で、携帯を見て、周りを見て、プラプラと辺りを徘徊していた。


「十八くん……十八くんはいつから、お腹、減ってたんですか?」


 エレベーターのボタンを押して、笑顔のまま問い掛けた。

 いつから囲まれていることに気付いたのか、と遠回しに訊いてみた。


「さっき、館内放送でさ、ラストオーダーの放送があったろう? あのタイミングで、意識したら凄くお腹が空いちゃって……恥ずかしながらお腹も鳴っちゃったよ」

「あらあら、それならもっと早く言ってくだされば宜しかったのに――」


 ピンポン、と音が鳴り、上りのエレベーターが三階に着いた。

 扉が開くと、ドッと一気に十人くらいが溢れ出る。入れ違いでわたしたちが乗り込み、後ろから八人ほどの男女が無理やり乗ってきた。


(――なるほど。二十時の館内放送がトリガーで、催眠状態に移行したのですかね? 魔力視は怠っていなかったですけれど、逆に魔力視に頼り過ぎていたようです……冷静に考えれば、そもそも催眠術で操られている信者たちは、魔力など放っているわけありませんね。失念していました……)


 すっかり勘違いだ、と反省しながら、ぎゅうぎゅう詰めのエレベーターで龍ヶ崎十八と密着した。胸板に顔を埋めるようにして、それとなく抱き付く。

 龍ヶ崎十八はそんなわたしの感触に照れながら、紅潮させる頬を隠すように顔を背けていた。少し汗臭いな、と苦笑しながら、わたしは背中に感じる剣持静の胸圧を不愉快に思っていた。

 エレベーターはすぐさま止まった。


「へぇ――結構、充実していますね? フレンチ、イタリアン、中華、和食、お寿司、ステーキ……剣持さん、何が好きですか? 何を食べましょうか?」


 四階レストランフロアの中央、案内板を眺めながら、わたしは沈んだ顔をしている剣持静にあえて問い掛ける。

 剣持静もことここに至って、逃げ場がないほど囲まれていることに気付いたようだ。絶望的に青ざめている様が面白くて、わたしはわざと声を掛けていた。

 まあ、とはいえ、囲んでいるのは雑魚なので、別段、逃げる気になれば余裕だろう。ただしそうすると警戒されてしまい、明日からの調査が困難になる。


(……けれどそもそも、これは囲まれているというより、観察されているだけのようです……)


 わたしは視線だけで周囲を一瞥する。囲んでいる信者たちは、実際のところ遠巻きにわたしたちを眺めているだけのようだった。否、わたしたちというよりも、信者でない利用客の動向を監視して、怪しい動きがないか様子見しているのだろう。

 逆に言えば、怪しい動きさえしなければ、襲われることもないことを意味する。


「――はぁ。うん……じゃあ、シズカちゃん、和食がいいかなぁ……あんまり食欲ないからぁ、お蕎麦とか食べたい気分……」

「蕎麦か。じゃあ、ここにしようか?」

「俺は異論なし、だぜ」

「ええ、わたしも問題ありません――じゃあ、行きましょう」


 剣持静の決断に、満場一致で有名な和食チェーン店が選ばれた。

 和食チェーン店は、奥のエスカレーター付近にあり、結構な列が出来ている。夕食にしては少し遅い時間帯だというのに、店外に三組が並んでいる。

 待つのは別に苦ではない。わたしたちは、最後尾に並んだ。


「……ところで、ねぇ、十八きゅん? 事前調査じゃ、利用客の5%、って見込みだったよねぇ?」

「うん、そうだね。でも、この感じだと20%は居るかな……思ったより、信者の増えるペースが早い」


 龍ヶ崎十八と剣持静が、内緒話をするようにボソボソとそんなやり取りをしていた。

 聴覚に集中していないと聞こえないほどの声量だが、一部の信者には聞こえたようで、遠巻きに監視している数名が、ピクリと反応するのが見えた。


(……信者、という単語にも反応するのですね……これで、警戒、されたかしら? いえ……それにしては、動く気配はありませんね……)


 わたしは深呼吸しながら、修羅之位で感覚を研ぎ澄ませた。

 集中した途端、周囲100メートルのあらゆる雑音がハッキリ聞き取れるようになる。魔力なしでも、以前より格段に、修羅之位の精度が上がっていた。

 こういう些細なことで、わたしはわたしが強くなっていることを自覚する。


「次にお待ちの四名様――どうぞ、こちらに」


 そうこうしているうちに、わたしたちは奥座敷に案内された。

 店内は満席だったが、わたしたちが入るタイミングで数組、虚ろで無機質な瞳をした信者のグループが出て行った。


「シズカちゃんは、天ぷら蕎麦で――」

「俺は親子丼かな」

「……ざる蕎麦にしよう」

「わたしは、かけ蕎麦にします」


 奥座敷に通されてから、すぐさま注文を決めてオーダーした。元気よく接客してくれた店員は、どうやら信者ではない様子だった。


「おい、十八。今日は、これ食ったら、解散か?」

「うん。一旦、状況が分かったから、この後は真っ直ぐ帰ったほうがいいね」


 食事が来るのを待っている間に、龍ヶ崎十八と遊馬司が神妙な顔でこれからのことを話し出す。

 わたしとしては、ここからの時間こそ本格的な調査だと思っているが、初日にそこまで踏み込んで無理する必要はない――とはいえ、個人的にもう一箇所だけ、調べておきたいところがあった。


「――ねぇ、十八くん。帰る前に、ここのシアタールームに寄って行きませんか?」


 案内図を広げる三人に、わたしは六階にあるeスポーツエリアを指差しながら首を傾げた。

 eスポーツエリアの奥には、シアタールームと呼ばれる個室がある。プロジェクションマッピングもできて、プラネタリウムとしても利用出来る幻想的な部屋である。わりと人気のデートスポットだ。

 事前に柊南天から教えてもらった情報では、ここのフロアで、銀髪の女の子が頻繁に目撃されているらしい。

 しかし、そんなわたしの提案に、遊馬司が真っ先に反対だ、と首を横に振る。


「……遅くなるから、今日はもう帰ろうぜ。十分遊んだだろ? これ以上は、また明日でいいだろ」


 遊馬司は困った表情でわたしを見ながら、チラチラ周囲の信者に意識を向けている。警戒されているわけではないのに、遠巻きに様子を伺っている信者たちに怯えている。

 わたしはその臆病さに呆れた。怯えるほど強い存在は居ないだろうに――と、思わず口走ろうとしたが、グッと飲み込み、視線を龍ヶ崎十八に向ける。


「十八くんは、どう思いますか?」


 わたしは賛同を求めて首を傾げた。長い黒髪をこれ見よがしに耳にかけて、少しばかり上目遣いを意識する。わたしのあざとい仕草に、剣持静が苛立ったのを認識したが、そんなのは無視して龍ヶ崎十八をジッと見詰める。


「……寄ってから帰ろうか。俺も、ちょっとeスポーツエリアを見てみたいし」


 龍ヶ崎十八は渋々と賛同した。しかしそれは、わたしの誘惑に惑わされたわけではなく、なにやら別の意図があるようだった。視線はわたしではなく、遠くで徘徊している信者たちを見詰めている。

 まあどちらにしろ、わたしの目的が達成できるのであれば、どうでもいいが。


「なっ!? ちょ、おい、十八!! 何で、わざわざ――」

「そ、そうだよ、十八きゅん!! 綾女ちゃんの言うことなんて、聞く必要ないでしょぉ!?」


 当然、猛反発する遊馬司と剣持静だったが、龍ヶ崎十八は、まぁまぁ、と理由を説明せず落ち着くようになだめていた。

 そうこうしている間に、注文した食事が全員に配膳される。


「みなさん、とりあえずお食事にしましょう?」


 配膳が終わった途端に、掴みかからんばかりの憤りを見せる遊馬司に対して、わたしは溜息を吐きながら諭した。クソ、と遊馬司は舌打ちしている。

 わたしは、いただきます、と手を合わせて、割り箸を割った。

 それにしても――傍から見ると、不自然で滑稽な言い争いだろう。たかだか遊びを続けるか、帰るかで揉めているのだから。


「遊馬さんも、そんなに深く考えずでも宜しいのでは? 門限まで、まだ時間はあるでしょう?」

「……大丈夫、なのか、十八?」


 わたしの言葉を無視して、親子丼に手を付ける遊馬司は龍ヶ崎十八に問い掛けた。最終判断は、龍ヶ崎十八で決めろ、という意思表示だろう。

 剣持静も納得いかない表情だったが、天ぷらと一緒に文句も呑み込んだようで、難しい顔で押し黙っている。

 その表情に、わたしは思わず失笑する。少しだけ睨まれた。


「まだ、門限には間に合うよ――ちなみに連理の話じゃ、シアタールームは良いところだって。だから、ここに来たら一度は寄った方がいいって言われてる」

「――へぇ? そうなのですか?」


 九鬼連理まで注目しているとは思わず、わたしは予想外に驚いた声を上げた。

 これは柊南天の言葉にも信憑性が増したことを意味する。護国鎮守府内でも、eスポーツエリア付近を怪しいと睨んでいるのだ。

 期待できる、と悦びながら、わたしはかけ蕎麦を啜るが、あまり美味しくはなかった。少なくとも、これで1500円を取るのは暴利だろう。


「綾女さん。ちなみに綾女さんは、どうしてシアタールームに行きたいの? 誰かから聞いたの?」


 探るような鋭い視線を向けられて、わたしはフッと苦笑した。流石、龍ヶ崎十八である。なかなか察しの良いことだ。だが残念ながら、誤魔化すことに決めている。


「いいえ? 今日どこを回ろうかと、事前に公式ホームページでアトラクションを眺めていまして――ほら、凄く面白そうだなぁ、って思ったんですよ」


 ニコリと首を傾げれば、龍ヶ崎十八はそれ以上追求してこなかった。

 それから黙々と食事は進み、全員が食べ終わってからお会計をする。四人分の食事代は、じゃんけんで負けた遊馬司が、自腹で支払った。

 アルコールを頼んでもいないのに、合計6000円とやたら高額だったのは驚いた。


 さて、そんな暴利な食事を終えて、四人全員でエレベーターに乗り、eスポーツエリアの受付に到着した。


「入場料は一人500円だ。学生割はないぞ」


 受付の店員は、フードを目深に被って顔を隠した、いかにも怪しい男性だった。

 どことなくオタクな空気を出しているが、明らかにコミュニケーション能力、接客能力が欠けている。声はしゃがれた重低音で、しかも上から目線の強気な接客だった。

 一瞬だけその言い回しに不愉快になったが、龍ヶ崎十八は大人な対応でスッと2000円を出す。


「四人分でお願いします」

「あいよ――」


 フードを被った店員は、龍ヶ崎十八の手から紙幣を奪うようにひったくると、部屋番号が書かれた伝票を挟んだバインダーを渡してきた。

 このやり取りだけ見ると、カラオケと同じシステムである。


「シアタールームは、この番号の部屋を利用しろ。シアタールーム以外のeスポーツエリアは、使用中でなければ好きに使え。ただし、一部の没入型VRゲームに関しては、1ゲームが終わるまで参加出来ない仕様になってる。だから、列に並べ」


 やたらと強気な物言いでピシャリと言ってから、フードを被った店員は、ジロジロと嘗め回すような視線を剣持静に向けていた。


「――スタッフが巡回してるし、監視カメラも設置されてるから、くれぐれもいかがわしいことはするなよ?」


 凄まじい嫌悪感に溢れた声音で、フードを被った店員はそう釘を刺してくる。

 その台詞を聞いて、わたしは思わずプッと失笑した。遊馬司も吹き出しているし、龍ヶ崎十八は苦笑していた。剣持静はどうやら、ビッチにでも見られたようである。

 ちなみに、当の本人である剣持静はと言えば、露骨に不愉快そうな顔でフードを被った店員を睨み付けていた。


「まぁまぁ、じゃあ行こう――えと、五十一番の部屋だね」


 そんな剣持静の背中をポンポンと叩いて、龍ヶ崎十八が前を歩き出した。それに遅れて、わたし、遊馬司、剣持静と続く。

 eスポーツエリアは、入口付近がフリードリンクコーナーになっており、仮眠室付きの休憩エリアが設けられていた。そこから壁で区切られて、シアタールームエリア、没入型VRゲームエリア、eスポーツゲームエリア、動画撮影エリアと通路が伸びている。

 とりあえずわたしたちは、五十一番のシアタールームに向かった。


「……わぁ。これ、ちょっと感動かも……」

「確かに、これは不思議な光景ですね」


 シアタールームに入ってすぐ、剣持静とわたしは同じ感想を口にした。その感想は龍ヶ崎十八も遊馬司も同じようで、はぁ、と溜息にも似た感嘆の吐息を漏らしている。

 シアタールームは八畳ほどの広さをして、婉曲した壁面の間取りだった。天井も半球形をしており、夜空の星がプロジェクターで投影されている。

 部屋の中央にはテーブル、PC、プロジェクター、ソファが置かれており、婉曲した壁面は一面ディスプレイになっていた。ちなみにディスプレイには、蒼森山の山頂から見た朝焼けの風景がパノラマで映し出されている。

 天上を見上げれば夜空の星が瞬き、周囲を見渡すと山頂から見る朝焼けの絶景である。なんとも不思議で幻想的な空間だった。


「あ――じゃあ、俺、ちょっと周辺を見てくるよ。静姉ちゃんたちはここで待っててよ」

「……ああ、分かった。俺らはここで待機してるわ」


 ソファに寛ぎながら天井を眺める剣持静に、龍ヶ崎十八がハッとした表情でそう言った。

 すると、遊馬司がPCに触れながら、ああ、と適当に頷いている。カチャカチャと手慣れた仕草で操作して、ディスプレイの画像を夜に変更していた。

 龍ヶ崎十八は、ありがとう、と頭を下げて、シアタールームを出て行こうとする。だが、ふと立ち止まり、頭をポリポリしながら振り返った。


「――綾女さん。綾女さんも、一緒に見て回る?」

「ええ、勿論――と、言いたいところですけれど、申し訳ありません。恥ずかしながらわたし、お手洗いに行きたいので、十八くんだけでどうぞ?」

「あ、えと……うん。ごめん」


 わたしはにこやかに嘘八百を告げて、龍ヶ崎十八より先にシアタールームを出て行った。その背中に、プププ、と不愉快な笑いが向けられていたが、剣持静のその嘲笑は無視する。


「――『修羅之位』」


 シアタールームを出て早々に、わたしは集中の世界に没入する。同時に、今度は魔力を全身に漲らせて、修羅之位を一段階上に押し上げた。途端、五感が凄まじく冴えわたり、何でもできると錯覚するほどの万能感に包まれた。

 いまのわたしの聴覚であれば、機械音や電子音で騒々しいこのeスポーツエリアにあっても、およそ200メートル範囲内の音が全て拾えるだろう。視力もまるで双眼鏡を覗いたように鮮明に遠くが視える。

 わたしは高揚し始める精神を落ち着かせて、深呼吸してから歩き出す。向かう先は、トイレとは逆方向であり、通路の奥、人の気配が薄い場所だった。


「PCの駆動音、会話、足音、吐息、ゲームの効果音、会話――ん? エレベーターの駆動音?」


 フロアの壁を手探りしつつ、耳が拾った音をブツブツと呟きながら歩いた。すると、ふいにあり得ない音を拾って、わたしはその場にピタリと立ち止まる。

 それは壁の内側から微かに響いてきたエレベーターのリフト音であり、この階で止まり、ドアが開いた開閉音でもあった。

 暗記しているフロアの案内図では、eスポーツエリア内にエレベーターはない。また、全体的な立体図からしても、エレベーターはこのフロアを通り抜けていない。つまりeスポーツエリア内でエレベーターの駆動音自体、聞こえるはずはないのである。

 とはいえ、従業員専用の隠されたエレベーターの可能性は無きにしも非ずだった。

 一般客は利用できないが、従業員だけ使えるような機材搬入用エレベーターの可能性――しかし、それは音を聞いていると、間違いなく否と断言出来た。

 理由は単純明快である。エレベーターの音が発生した位置は、シアタールームの部屋の中から、だったのだ。機材搬入用であれば、シアタールームの中から聞こえるはずはない。


(ビンゴ――ですね)


 わたしはニヤリとほくそ笑み、念のため、魔力視で看破されないよう魔力の放出を抑えた。

 道に迷った振りで周囲をキョロキョロしながら、通路を歩いて行く。音の発生場所は、通路を曲がった先の部屋、六十五番からである。

 さりげなくその部屋の前に向かって歩いていると、ちょうどタイミングよく、妙齢の美人と銀髪の美少女の二人組が部屋から現れた。


「……神楽(カグラ)、遊んでいいのは一時間だけですよ?」

「分かってるわ、ママ。それにどうせ、イベントは一時間以内に終わるから大丈夫」


 わたしは興味なさげな顔で、現れた二人を魔力視で眺めた。

 銀髪の美少女は魔力を纏っていなかったが、妙齢の美人は薄くモヤモヤした魔力を纏っていた。これは間違いなく、神言桜花宗の関係者である。


(柊さんから聞いていた特徴通り……あの少女が、最重要人物、ですね)


 すれ違い様、もう一度だけチラと二人を眺めて、わたしは視線を切って通路を真っ直ぐ歩いた。二人はわたしが来た方向にゆっくりと歩いて行き、角を曲がって姿を消した。

 最重要人物――銀髪の美少女は、中学生前後の年頃に見えた。

 切り揃えた銀髪をした可愛い系の美少女で、ピンク色のロリータドレスが似合っている。まるで西洋人形にしか見えないほど整った容姿をしていた。妙齢の美人から、神楽、と呼ばれていたことから、あの少女こそ『金城(カナグスク)神楽(カグラ)』で間違いないだろう。

 一緒にいた妙齢の美人は、ビジネスカジュアルなスーツを着ており、二十代半ばのキリッとしたクールビューティーである。いかにもバリバリ仕事をこなしている敏腕マネージャーといういで立ちで、立ち居振る舞いはステージを歩くファッションモデルにも見えた。

 魔力を纏っていたことからも、明らかに強者であると判断出来る。また、その歩き方だけでも、かなり手練れの武人であることが予想出来た。闘うのがいまから愉しみでならない。


(あの女性が恐らく、柊さんの言っていた障害の二つ目……金城果林(カリン)さん、ですね)


 わたしは角を曲がっていった二人を見送ってから、大きく遠回りして受付に向かう。

 受付には、フードを被った店員と帰り支度をしているお客さんの姿しかなかった。どうやら、二人が向かったのは受付ではないらしい。

 わたしは耳を澄ませながら、通路を戻った。先ほどすれ違った時に思ったが、二人とも足音が全くしなかった。そうなると、足音で追跡するのは難しい。

 とりあえず動画撮影エリアに足を向けた。

 金城神楽が『イベントは一時間以内に終わる』云々と呟いていたので、何かしらの撮影会があるのかも知れない。


「……eスポーツのイベントでしょうか……」


 しかし、動画撮影エリアには二人の姿はなかった。ましてや、イベントのような催しがやっている気配もない。ここは外れだ。

 わたしは少し小走りになって、別のエリアに向かう。eスポーツエリアは割と広いので、エリア間の移動だけでも軽く五分程度掛かる。

 エリアを往復移動するだけで十分前後。エリア内をくまなく探すことを考えると、一時間の制限はなかなか厳しいだろう。こうして外れを引くと、無駄な時間が発生してしまう。

 かといって、誰かを探している素振りで駆け回るのは隠密行動にそぐわない。あくまでも物珍し気に中を見て回っている風でなければ、あちこちに徘徊する信者に怪しまれてしまう。

 わたしは自然な足取りでeスポーツエリアに向かった。

 eスポーツエリアは、A~Fまでブースが区切られており、各ブース内ごと異なる競技が行われているようだった。

 そんな各ブースの外側を眺めつつゆっくり歩き、耳を澄ませて内側の様子を探りながら、一番最奥まで進んだ。一番奥のGブースはオープンスペースで、横並びにPCが多数並んでおり、正面には巨大なスクリーンがあった。

 巨大スクリーン上では、戦争をしているようなゲーム風景が映っており、白熱した実況中継が繰り広げられている。


『――おっとぉ!? ここで『銀天の戦乙女(バルキリー)』が、チーム『ベンチャー企業』を単独で撃破したぞぉ!! これで十五人抜きだぁ!! ライバルの『ニートキング』を抑えて、撃破数トップに躍り出た!』


 わたしはそこでふと立ち止まり、巨大スクリーンに映ったゲーム風景を見た。画面には、銀髪の軍服姿をした女性タイプの3Dキャラが、日本刀を片手に建物の影で座っていた。すると次の瞬間、日本刀はライフルに代わり、素早く匍匐姿勢になったかと思うと、画面奥の豆粒みたいな別の3Dキャラを狙い始めていた。

 何が起きているのかよく分からないが、大人数によるバトルロイヤルをしている様子である。

 銀髪の軍服3Dキャラがライフルを一発撃って、豆粒みたいな3Dキャラを撃破する。その光景を見て、周りの観客が、うおぉお、と歓声を上げていた。だいぶ盛り上がっている。

 ちなみに、わたしの周囲には、巨大スクリーンに集中している観客が大勢いた。ライブ会場かと錯覚するほどの熱気に、少しだけ眉根を寄せる。


『マジか!? 近接だけじゃなく、遠距離でも魅せます『銀天の戦乙女』!! これはもう、アジア予選突破確実でしょう! 生存者は八名、制限時間は残り僅か……さあ、一位突破で明日の決勝に駒を進めるのは誰か!』


 実況中継直後に、ふたたびの大歓声、見れば巨大スクリーンが別の画面に切り替わっていた。今度はグラサンをした上半身裸の男性3Dキャラが映り、両手にガトリングガンを構えて乱射していた。乱射した先では、忍者みたいな恰好の3Dキャラが踊るように回避していた。

 流石、ゲームの世界だ。ちょっとだけ感心する。

 実際はあんな遅い速度で銃弾は飛ばないし、あんな不可思議な動きで回避など出来はしない――わたしは、くだらないと吐き捨てて、視線を逸らす。


「――あら?」


 瞬間、PC端末に座っている参加者の一人に目が留まった。

 鮮やかな銀髪、小さな体躯、そして、その隣に立っているスーツ姿の美人――探し人である。

 なるほど、イベントとはこのゲームのことのようだ。わたしはニヤリとほくそ笑む。ここに来れば、また逢えることが分かっただけで充分だ。

 より一層大きな歓声が上がり、実況中継が興奮した様子で叫び声を上げていた。その声を背中で聞きながら、わたしは去り始めた集団の流れに沿って立ち去った。

 これ以上長居して、顔を覚えられてもマズイだろう。もうこれで、わたしの目的は果たした。


「明日が、とても楽しみです――」


 呟きながら、遊馬司と剣持静の待つシアタールームに戻った。

 ところで、シアタールームに戻るまで一度も、龍ヶ崎十八に逢うことはなかった。どうやら龍ヶ崎十八は、没入型VRゲームエリアを探索していたようだ。

 龍ヶ崎十八がシアタールームに戻ってきた後、怪しい者はいなかったと報告を受けた。無駄足だった、と落ち込んでいる様子は可愛らしかった。


 そうして、わたしたちは土井MCBを出て、ひとまず最寄りの東樹町駅へと向かう。時刻はそろそろ二十一時半になる。

 樹市は青少年の深夜外出に厳しいので、街中にはチラホラ補導員が徘徊を始めていた。そんな補導員の存在に気付いて、補導される前に帰宅しようと話し合ったのだ。


「じゃあ、ここで一旦解散しよう。また明日――」


 龍ヶ崎十八の号令で、わたしたちはその場で解散する。

 わたしは龍ヶ崎十八と一緒に自宅方面の電車に乗って、遊馬司は護国鎮守府に寄る、とのことで逆方向の電車に乗った。

 一方で、剣持静は用事を思い出したと言いながら、電車には乗らず駅で別れた。

 剣持静のことだから、付いてくると言いそうな気もしていたのだが、随分とあっさり引き下がったことに拍子抜けした。それは龍ヶ崎十八も遊馬司も同様の思いで、少しだけ首を傾げている。

 とはいえ、制服コスプレをしていても、剣持静は二十二歳、もうしっかりとした大人の女性である。

 用事があるのであれば、それがどんな内容かなど聞くだけ野暮だろう。わたしたちは気を利かせて、何も聞かずにそのまま見送った。

 まあ、本音を言えばどうでも良かったのだが――さて、こうして、わたしたちは初日の潜入調査を無事に終えて、各々帰宅したのだった。


 ちなみに、自宅に戻ってからは、龍ヶ崎十八と今日一日の簡単な考察を行い、ある程度、土井MCB内での虚空時貞の居場所に目星をつけた。

 明日はその目星をメインに探ろうと話してから、二十三時になる前には眠りについた。

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