第四夜/中編
カラン、と鈴の音を鳴らしながら、わたしは準備中の札が下げられた九鬼駅前のカフェに入った。
「失礼します――あら? どうしてここに、剣持さんがいらっしゃるのでしょうか?」
時刻は午後二時過ぎ。龍ヶ崎十八がもう待っているだろうと思っていたが、カフェに居たのは全く予想外の人物たちだった。
店内には先客が二人、テーブルに向かい合って座っていた。
先客の二人は学ランとセーラー服を着た男女で、女性の方は剣持静だ。実に昨日ぶりである。一方で、男性の方は、見覚えのない青年だった。
茶髪でワイルド系の顔立ち、身長は180センチ前後か。
骨格は細いが、そこそこ鍛えている様子で、胸板が厚く、二の腕は太かった。座っている佇まいから察するに、打撃系の格闘家に思えるが、強さは一般人に毛が生えた程度だろう。つまり雑魚である。
わたしのそんな値踏みする視線を受けて、青年はゴクリと息を呑んでいた。
「……シズカちゃんたちも、チームだからでしょ」
ふいにボソッと、剣持静が不貞腐れたように呟いた。
わたしはその言葉を無視してカウンター席に座り、コンビニで購入したミネラルウォーターのペットボトルに口をつけた。
「……なぁ、鳳仙、綾女さん、だよな? 初めまして、俺は――」
「――十八くんは、まだ来ていないのですか?」
意を決した様子で口を開いた青年の言葉に被せて、わたしは店内を一瞥してから時計を見る。約束はしていなかったが、放課後と言っていたから、もう来ていないとおかしいはずである。
わたしに挨拶をしようとした青年は、口を半開きにしたまま、言葉を失って頭をポリポリ掻いていた。
「慌てないでよ。十八きゅんも、そろそろ来るわよ……ってか、綾女ちゃんさ。司の自己紹介くらい、聞いてあげたらどうなの? 無視じゃ、可哀そう」
剣持静が溜息交じりにそんな進言をしてくる。
わたしはコスプレとしか思えないセーラー服姿の剣持静に、ジト目を向けた。どこの高校のセーラー服かは分からないが、違和感しかない。
「剣持さん――つかぬことをお伺いしますけれど、おいくつですか? コスプレ、ですか?」
「……綾女ちゃんさ。アナタ、とっても失礼よ? 喧嘩売ってるのかなぁ?」
わたしは剣持静の全身をマジマジと見詰めて、無駄に存在を主張している胸元に冷たい視線を向けた。
剣持静はそんなわたしの視線に青筋を立てながら、苦笑を浮かべて必死に毒を吐くことを我慢している様子だ。このやり取りに、向かい側で座っている青年が、プッと失笑して顔を背けていた。
「……んん? 司ぁ? 何が、おかしいのかなぁ?」
「悪ぃ――けど、ま、俺も任務のためとはいえ、年甲斐もなく恥ずかしい恰好してるな、って思ってよ」
「…………それ、何が言いたいのかなぁ? もしかして、シズカちゃんの恰好も、恥ずかしいって言いたいのかなぁ?」
ピクピクと青筋を立てて青年を威嚇するように睨み付ける剣持静を見て、わたしは露骨な嘲笑を浮かべた。途端に、店内には剣呑な空気が漂い始める。
すると、ちょうどその時、入口の鈴が音を鳴らして、龍ヶ崎十八がカフェに入ってきた。狙ったようなタイミングだ。
わたしは龍ヶ崎十八に顔を向けた。
龍ヶ崎十八は店内に漂う不穏当な空気を感じて、はて、と全員を一瞥してから、苛立つ剣持静に首を傾げている。
「なんか、あった? ってか、静姉ちゃん、どうかした?」
「…………」
「何もありませんよ? こんにちは、十八くん。お待ちしておりました」
剣持静は龍ヶ崎十八を前にして、必死に感情を堪えていた。あざとい剣持静のことだ。体面を取り繕う為に、大人らしい態度をしたいのだろう。
わたしはその健気な努力を鼻で笑いながら、笑顔で龍ヶ崎十八に挨拶をする。
「あ、うん。お待たせ、綾女さん――連理から聞いたけど、もう魔力視を修得したんだって? 魔術の加護も問題なく付与出来てるらしいし。これなら大丈夫、って連理が太鼓判押してたよ。正直、それを聞いてびっくりってより、羨ましくなったよ。本当に天才って居るんだな、って思った」
「あら、それは言い過ぎですよ――それにしても、情報が早いですね? 九鬼さんとは、今朝お話ししたばかりですのに」
「あ、まぁ、そこはほら、同じ学校だからさ。昼休みに説明を受けたんだ。あ、そうそう――ありがとう、静姉ちゃん。やっぱり任せて正解だった。後遺症もなさそうだし、こんな順調に魔力回路が適合するなんて、静姉ちゃんの腕も流石としか言いようがないよ」
龍ヶ崎十八はあえて空気を読まずに、輝くような笑顔で剣持静に感謝していた。
どうやら、九鬼連理もしっかりと約束を守ってくれたらしい。わたしの魔力回路のことは、剣持静が施術したことで伝わっているようである。
わたしはチラと鋭い殺気を剣持静に向ける。剣持静はその視線に一瞬だけ怯えて、小さく頷くと、ハリウッド女優張りの演技を始めた。
「……んん、こほん。うん、そーだよぉ! もう、シズカちゃんに任せれば、こんなのお茶の子さいさいだよぉ! だから、ね、十八きゅん。感謝のキモチは、シズカちゃんに何かプレゼントを贈ることをオススメしますよぉ?」
きゅるん、と効果音が掛かったみたいな笑顔で首を傾げる剣持静に、龍ヶ崎十八は安堵した顔で、はいはい、と軽くあしらっていた。
剣呑だった空気が緩んだのを感じる。わたしにはどうでもいいことだが――
「十八くん。ところで、今日はどうして、剣持さんと、そこの――どなたかは存じ上げませんけれど、男性が、ここに居るのでしょうか? これから、わたしたちで土井MCBにデートの予定では?」
「…………デ、デート、じゃないよねぇ、綾女ちゃん? 潜入捜査、でしょぉ? それも四人一組でぇ、学生同士でぇ、学校帰りに寄ったって設定でしょぉ?」
わたしはカウンター席に座った龍ヶ崎十八の真横に移動して、不思議そうな視線を、名も知らぬ青年に向けた。
その失礼な態度に、当然のように剣持静が喰い付いてきた。
「ん? あれ? 存じ上げない、ってことは、まだ遊馬さん自己紹介してないんですか? ああ、えと、綾女さん、その……今日からの潜入捜査なんだけど……デートの振りって言ったのは、その通りなんだけど……Wデートみたいな感じで、四人チームでの行動になるんだよ。ちょっと昨日は、説明が足らなかった。ごめん」
「へぇ――四人、でね。なるほど。ああ、大丈夫ですよ? 十八くんが謝る必要はありません――けれど、弁明は訊かせてもらいましょうか? 何故、四人でなければならないのか? わたし、割と本気で、このデートを楽しみにしてきたのですけれど?」
剣持静が歯軋りする音を耳にしながら、わたしは物悲しい表情を浮かべて見せる。
龍ヶ崎十八は一瞬だけ心苦しい顔をしたが、すぐに気を取り直して毅然と顔を上げる。
「……虚空時貞の脅威がA級だってのは、昨日、説明したよね? 護国鎮守府では、対象の脅威度に応じて割ける戦力は決まってくる。今回のようなA級なら、同格の二名と、サポート要員を同数まで使用出来るんだ。だから、サポート要員として第壱魔術部所属の静姉ちゃんと、第弐戦斗部所属の遊馬さんを呼んだんだよ」
「…………サポート要員、ねぇ? 何をサポートするのですか?」
「――んん? なぁに、綾女ちゃん? シズカちゃんたちに、何か文句でもあるのぉ?」
「いえいえ、別に」
ニッコリと、我ながら嘘臭い笑みを浮かべて首を横に振る。その笑顔に、剣持静は同じく嘘臭い笑みを浮かべて返していた。
囮役の足手纏い風情が調子に乗るな――と、つい口に出してしまいそうになったが、わたしは言葉を呑み込む。囮役であることをまだ聞いていない。知っていたらおかしいだろう。
わたしはあざとく耳に掛かった髪を梳いてから、龍ヶ崎十八に顔を向けた。
「それで? サポート要員が必要な理由をご説明頂けないのでしょうか?」
「あ、うん。その……今回、潜入捜査をするうえで、顔バレだけは避けなきゃいけないから……人手が全然足りなくて……あと正直、綾女さんには申し訳ないけど、今日すぐに調査に向かえると思ってなかったんだよ。いくら綾女さんが強くても、魔力視の修得には丸一日以上掛かるだろうと踏んでたし、魔術の加護が定着するのも、もっと時間が掛かると思ってたから……だから、今日はそもそも、付き合ってって言ってたけど、見学するくらいのつもりで――」
「――十八くん。時間は有限なので、もっと簡潔に説明頂けないでしょうか?」
龍ヶ崎十八の説明は昔から婉曲である。何より言い訳じみていて、何が言いたいか分かり難い。
最後まで聞いてあげたい気持ちもあるが、わたしはいま、一刻も早く土井MCBに向かいたい。だからこそ、端的に説明を終わらせて欲しかった。
(……まぁ、つい先ほど、柊さんからも護国鎮守府の方針は教えてもらっていますから、正直、説明頂かなくとも理解しておりますし、この展開は承知済みですけれどね)
わたしは心の中で溜息を漏らしつつ、龍ヶ崎十八の説明を促す。
「あ、う……ごめん。えと……つまり、今回の任務をおさらいすると、俺らの目的は二つ。まず第一に、虚空時貞に無理やり信者にされた人たちの解放。それと、虚空時貞の暗殺だ。その為に、土井MCBに学生として潜入捜査して、信者たちの監禁場所、虚空時貞の居場所を探すことになる。けど、信者の解放と暗殺を同時に行うには、人手が足りな過ぎる。だから今回、俺と綾女さんペアは、虚空時貞の暗殺を担当して、信者の解放は静姉ちゃんと遊馬さんペアで、分担するんだよ」
言葉を選びながら、出来る限り簡潔に答えようと努力する龍ヶ崎十八を眺めて、わたしは、なるほど、と納得して見せる。これで柊南天の説明も正しいと証明された。
つまりは、巨乳好きの虚空時貞の目を剣持静に向けさせて、あわよくば捕まえてもらう計画だろう。
囮になって捕まった剣持静が、何らかの方法でその場所をわたしたちに知らせることで、虚空時貞の居場所も炙り出す。そうしたら、わたしと龍ヶ崎十八が虚空時貞の暗殺を担当して、一方で、内部から剣持静が信者の解放に動くという計画だ。
なかなかに合理的である。特に剣持静が一人だけ犠牲になるところなど、個人的には胸がすく思いだ。とはいえ、優しい龍ヶ崎十八がこの全容を知っているかは甚だ疑問だが――
「――十八くん。潜入捜査中、もし剣持静さんが捕まった場合には、どうする予定でしょうか?」
「そこで俺の出番、って訳だよ」
知り合いを囮にすることを良しとすると思えない龍ヶ崎十八に首を傾げると、ようやくか、と呟きながら、名も知らない青年が挙手して発言する。
「俺は、遊馬司。護国鎮守府第弐戦斗部所属、『魔力探知』の異能を持つ若きエース候補さ。俺はこの場に居る綾女さん以外の――」
「――鳳仙、と呼んで下さいませんか? わたし、初対面の方にそう気安く、名前で呼ばれたくはありません」
「…………あ、はい。すいません」
遊馬司の説明をぶった切って、わたしは殺意を篭めた視線をぶつける。
遊馬司はすかさず委縮して、頭を下げながら、丁寧な口調になって話を続ける。
「え、ええと、ですね。俺の『魔力探知』の異能ですが、これは、記憶した魔力の位置を数ミリ単位で正確に把握出来る異能でして……もし誰かが、虚空時貞の信者として捕まってしまった場合には、その位置を特定して、すぐに助け出しますから安心してください」
そう言いながらも、遊馬司の視線はわたしと剣持静しか見ていなかった。
捕らわれる可能性があるのは、女性だけだと理解している様子である。それは剣持静も同様で、捕まる覚悟をした風に頷いている。
一方で、龍ヶ崎十八はその事情を知らないかのように平然と口を開いた。
「今回の任務は、かなりの無茶振りだ。だから、個人で危険だと判断したらすぐに逃げて欲しい。これは綾女さんも同じだよ? 無理して、手遅れになったら命が危うい」
「――もぉ、格好良いなぁ、十八きゅん。じゃあ、シズカちゃんに危険が迫ったら、十八きゅんがちゃんと助けてよぉ?」
真面目な顔で剣持静を見詰める龍ヶ崎十八を見て、わたしは、なるほど全て承知のうえか、と理解した。剣持静はその真面目な顔に一瞬だけ気圧されていたが、すぐにおどけて笑顔を見せる。
「理解しました。それでは、そろそろ移動しませんか?」
わたしはもう充分とばかりに立ち上がり、龍ヶ崎十八に視線を向けて、行こう、と促す。
「ああ、そうだね。じゃ、そろそろ向かおう。移動しながら、今回の設定とか詳しく説明するよ……あ、ちなみに、昼飯ってもう食った?」
「少なくとも、俺と静ちゃんはまだだぜ。現地で食えばいいだろ? それくらいは我慢出来るぜ」
「うん、シズカちゃんも大丈夫だよぉ……当然、綾女ちゃんも平気だよねぇ?」
剣持静と遊馬司がわたしを注視していた。別段、反論はないので、ただ頷いた。
「よし、決まり。じゃあ行こう――あ、そだ。遊馬さん、車で来てるみたいだけど、ここからは電車で移動しますよ?」
「ぅお!? マジか……ま、でもそっか。学生って設定だもんな」
龍ヶ崎十八と遊馬司が仲良く並んで外に出て行く。それに遅れないよう、わたしも続くと剣持静が隣に寄ってきた。
「……ねぇ、綾女ちゃん。十八きゅんは、きっと言わないと思うから、シズカちゃんが自分で言うんだけどさ……今回の任務、シズカちゃんが囮になる手筈だから……綾女ちゃん、アナタ、十八きゅんの足だけは引っ張らないようにしなさいよ? それとさ、十八きゅんが悲しむから、危険だったら逃げてよ」
「――へぇ?」
剣持静は囁くような声音でそう告げてきた。
わたしはその予想外の台詞を耳にして、心底驚いた顔をした。想像以上に、剣持静の性根は生真面目であるらしい。わたしという恋敵の心配までするとは、龍ヶ崎十八の性分には、実は凄くお似合いかも知れない。
まあ、お似合いだからと言って、わたしが剣持静に遠慮することなど毛頭あり得ないが――わたしは薄く笑いながら、ご安心を、とだけ呟いて、ゆっくりとカフェを出た。
九鬼駅から片道五十分ほど掛けて、樹市内の『土井中央』駅で降りた。
目的地である土井MCBの最寄り駅は、この次の駅『東樹町』駅だが、一旦、手前の駅から周囲を確認する意図で、降りたのである。
ところで、移動中に知らされた情報によると、わたしたちは中学時代の友達という設定らしい。しかもわたしと剣持静のペア、龍ヶ崎十八と遊馬司のペアが幼馴染という設定だという。同じ学校である剣持静と遊馬司が恋人の組み合わせで、わたしたちは互いの幼馴染に呼ばれて一緒に遊びに来たようだ。
いちいち作り込んだ設定が面倒である。とにかく仲良く振舞えば良いのだが、それが不快だった。
ちなみに、剣持静と遊馬司は二人とも同い年で、今年二十二歳らしい。良い年して、いまさら制服もないものだと、わたしは内心でかなり引いていた。
「……ひとまず、土井MCBに着いたら、腹ごしらえにフードコートに行こう。そこで軽くなんか食べながら、施設内を回る順番を決めようか?」
土井中央駅から歩くこと、十五分――東樹町駅の手前、巨大なアミューズメント施設に到着する。
一番近い『E』と書かれた出入口から施設に入って、まずは無料スペースに用意されているフードコートに向かった。
土井MCBは、一階の奥が無料のフリースペースになっており、フードコート、足湯コーナー、グッズ売り場が併設されている。
受付は二階の中央にあり、そこで入場料500円を払うと、各施設を利用出来るようになる。
時間制限はないが、入場料だけで利用出来る設備は限られており、設備によっては別途追加料金が掛かるシステムだ。
用意された設備は多種多様で、丸一日中、遊んでも遊び尽くせないほどの設備が揃っていた。
「これが設備案内図だね……まずはどこから見ようか?」
フードコートの一番隅っこに座って、わたしたちは龍ヶ崎十八の持ってきたフリーペーパーの案内図を眺めていた。
案内図には、二階から六階までの主要設備が列挙されており、複雑な経路図も記載されていた。
「……やっぱすっごく広いわねぇ、十八きゅん。あ、シズカちゃん、ボウリングやりたいなぁ」
「俺は、屋上の運動場を先に見たいな」
ハンバーガーにかぶりつきながら、剣持静と遊馬司が好き勝手なことを言っていた。
学生になりきっているつもりだろう。そんな二人を微笑ましい笑顔で見ながら、龍ヶ崎十八もどうしよう、と悩まし気に首を傾げている。
わたしはそんな三人の会話には入らず、ジッと案内図を細部まで眺めていた。とりあえず経路は全て暗記しておくべきである。
「……俺は二階から、一階ずつ上に行くのがいいと思う……特に、この卓球場とか、見てみたいな」
龍ヶ崎十八は案内図の卓球場を指差して、トントントン、とテーブルを三回叩いた。それは、ここが怪しい、という合図である。
指を叩く仕草は、龍ヶ崎十八と剣持静が勝手に取り決めた三種類の合図のうちの一つだ。
トントン、と素早く二回叩くことを三回連続で繰り返すのが、危険を知らせる合図。
トントントン、と素直に三回叩くのが、怪しいことに気付いた時の合図。
門限があるから帰ろう、と口にするのが、虚空時貞に関する何かを発見した際の合図である。
「卓球場、かなり広いのですね」
「そーそー。この大きさだと、いったい何面あるんだろ? ちょっと興味ない?」
「……えぇ、卓球ぅ? シズカちゃん、あんまり得意じゃないぃ」
わたしは龍ヶ崎十八の気付きに頷いたが、剣持静は気付かず自分勝手に嫌がっていた。見た目通り、頭に栄養は通っていないらしい。役に立たない足手纏いである。
溜息交じりに、わたしが解説しようと口を開きかけた時、遊馬司が卓球場の隣を、トントントン、と叩きながら口を開いた。
「静。得意じゃないなら、卓球場の横にあるビリヤードかエアホッケーやろうぜ。ここ、屋内スポーツエリアだから、入場料は一律みたいだし」
「……んー、ま、いっか。じゃあ、最初は卓球場のあるここで、決定?」
むずがる剣持静を冷静に宥めつつ、龍ヶ崎十八に目配せする遊馬司に、わたしは少しだけ感心した。
遊馬司の目の付け所も決して悪くはない。チャラい見た目の割に、頭はそこそこキレるようだ。
わたしは頭の中に実際の土井MCBの敷地面積を思い浮かべる。
入口からの距離と、案内図の縮尺を計算して、卓球場周辺の大きさを予想すると、明らかに面積の計算が合わないのだ。隠しスペース、もしくは裏側に従業員専用エリアがあるとしか思えなかった。
実際どんな場所なのか、調べる為にも現場に赴くべきだろう。
「二階で遊んだら、三階のゲーセンとカラオケで時間潰して、屋上見てから帰ろうか?」
「賛成ぇ~」
「俺もそれでいいと思うぜ」
「……ええ、そうですね」
龍ヶ崎十八の決定に、わたしは不承不承と頷いた。慎重に調査するとは聞いていたが、少しだけ消極的過ぎないだろうか、という不満があった。
しかし、ここで焦っても仕方ない。偶には、愉しみを後に取っておくのも一興だろう。
(そもそも、わたしには重要な探し物がありますしね……)
声には出さず、わたしは柊南天とのやり取りを反芻する。
脳裏に浮かぶのは、逢ったこともない銀髪の美少女の姿だった。この施設のどこかに軟禁されているらしいが、果たしてどこにいるのか。ヒントもなければ、目星もついていない。
そんな思考に没入していると、気付けば、大混雑している二階の受付に到着していた。
受付には、わたしたちと同じような学生や、私服のカップル、大学生と思しきグループなどで、ごった返しており、およそ八組ほどが入場待ち状態だった。
その列に並んで、龍ヶ崎十八が代表者として挙手した。
「ここは、俺が全員分出すよ」
「わぁ、十八きゅん、男前ぇ! もう、司がいなかったら、惚れちゃってるかもぉ」
「おいおい、浮気かぁ、静」
剣持静の茶番じみた演技を白けた顔で眺めながら、魔力視で注意深く周囲を探る。意識して魔力は纏わず、お上りさんみたいにキョロキョロと辺りを見渡した。
特段、怪しい場所も人物も見当たらない。龍ヶ崎十八を含めて、魔力を放っている者もいなかった。
「四名様、ですね? 会員カードはお持ちでしょうか? お持ちでない場合、300円で発行できますが本日は如何いたしますか?」
「あ、全員分発行します」
「ありがとうございます。かしこまりました。それでは、こちらに記名をお願いいたします」
「はいはいはい、っと」
土井MCBを利用する場合、会員カードがあれば入場料が割引される。
会員カードがない場合は、一日だけ利用出来る仮カードを渡されて、利用する設備によってはプラスの費用が掛かってしまう。なので、継続利用をするつもりであれば、会員カードは必須だろう。ちなみに、利用回数に応じて、会員特典が受けられるので、ほとんどの利用客は会員カードを作成している。
「会員カードを発行頂けましたので、入場料は一人300円です。四名様で、1200円になります」
「これで、お願いします」
「はい。確認いたしました。どうぞお楽しみください」
身分証を提示する訳でもないので、会員カード作成時に本名を登録する必要はない。けれど一応、わたしは本名を登録した。
一方で、龍ヶ崎十八たちは苗字を入れ替えたりして、偽名を登録していた。
さて、そうして受付を通り過ぎると、無料ロッカーエリアがあり、エレベーターとエスカレーター、その奥に巨大な扉があった。
奥にある巨大な扉を開けると、そこは万華鏡みたいな正八角形の部屋になっており、屋内スポーツエリアA、B、スポーツジムエリア、ゲームエリアと四つの扉が現れた。正八角形の部屋では、どこに行くか、と悩んでいるグループが何組もいる。
そんな混雑を躱して、わたしたちは迷わず、真正面の扉、屋内スポーツエリアAに向かった。
「卓球場は、確か……屋内スポーツエリアA、だったよね?」
「ええ、そうですよ」
龍ヶ崎十八が首を傾げながら、真正面の扉を指差す。それに強く頷いて、わたしは龍ヶ崎十八の背中をそっと押した。
扉を開けると、長い直線の通路が現れた。およそ200メートルはあろう通路で、動く床もあり、壁面はマジックミラーになっている。外に目を向けると、土井MCBの周囲に広がる景観がクリアに見えていた。まだ外は明るいが、夜になればイルミネーションが綺麗に見えることだろう。
この通路だけでも、わーわーきゃーきゃー騒いでいる利用客がチラホラいた。
それを横目に、わたしたちは真っ直ぐと卓球場エリアまでやってくる。
「――広っ!?」
「つうかこれ、マジもんの体育館じゃんよ」
通路を奥まで進むと、卓球場という札がされている大部屋が現れた。その部屋に入ると、龍ヶ崎十八と遊馬司がビックリした声を上げていた。目の前に現れた広い空間は、誰がどう見ても学校の体育館であり、バスケコート四面分の広さがあった。
そんな広い空間内に、卓球台が三十二台も用意されている。コート一面ごとに八台、天井からネットで区切られており、一台ごと、卓球台の脇に道具が全て揃っていた。
想像以上に盛況のようで、既に二十台が先客で埋まっている。中には卓球台を利用せず、駄弁っているだけというグループもあった。
「ぉお、凄いなぁ……なぁ、十八。ちょっとマジでタイマンしないか?」
「遊馬さん――上等ですよ」
童心に返ったように目を輝かせて、遊馬司と龍ヶ崎十八は空いているブースに駆けて行った。
その背中を見送って、わたしは溜息を漏らしながら付いていく。剣持静は尊いものを見るように目を細めている。
「……可愛いなぁ、十八きゅん」
剣持静のそんな呟きを無視して、とりあえず二人の卓球を観戦した。
カモフラージュか、それとも本気か、遊びに熱中する龍ヶ崎十八たちの卓球は、なかなかに面白い。二人の実力は伯仲しており、随分と白熱した戦いを見せてくれた。興味はないが、そこそこ見応えのある良い勝負だった。
けれどそんな勝負よりも、周囲の注目は、観戦するわたしと剣持静の容姿に注がれていた。
「おいおい、あそこの女の子、凄ぇ胸だぜ。アレ、『市立紫央』じゃん。頭弱いから誘えば、簡単に最後まで行けるんじゃね?」
「いやいやいや、隣の美女を見ろよ――あの制服、三幹だぞ? 紫央の娘は、馬鹿だから落とせても、三幹の娘が友達じゃ、分が悪すぎるぞ」
龍ヶ崎十八と遊馬司が卓球に夢中になっている間、そんな不愉快なやり取りがチラチラ聞こえてきていた。卓球場に入ってきた大学生や高校生の男子連中の囁きである。同時に、やたらと気持ち悪い劣情まで向けられている。
いちいちそれを怒ることはしないが、聞こえるたびにわたしは、鋭い視線で睨み付ける。すると誰もがそそくさと視線を逸らして逃げていく。
はぁ、と溜息を吐くわたしの横で、剣持静は勝ち誇ったように胸を強調していた。
「ちょっとアレ……虎尾市立紫央高等学校よ……県内最底辺、偏差値40の馬鹿高校でしょ? 良いわねぇ、遊び惚けてても退学しないんでしょ?」
ちなみに、剣持静の制服を見た女子の大半は、明らかな嫌悪感と共に悪口を口走っていた。そんな悪口も耳にしながら、わたしは遊びに全力を傾ける龍ヶ崎十八を眺める。
はてさて白熱した試合は、気付けばそれから三十分ほど経ってから、剣持静が駄々をこね始めるまで続いた。




