第三夜/後編
県庁舎の一階ロビーは広く、県内各地にある観光地をアピールする為に、郷土史、歴史などを集めた大部屋と、喫茶店風の飲食スペース、待合スペースがあった。待合スペースには、豪華なソファが用意されており、すぐ傍の総合受付には、県の職員が数名立って、仕事をしている。
そんな県庁舎内には、暇を持て余した老人や、調べものに来た様子の中学生がチラホラと居た。
わたしと水天宮円はそんな老若男女を横目に、待合スペースの一角に設営されていた取材用の椅子に腰を下ろした。
「あ、十八くん。申し訳ありませんけれど、取材、長引くと思いますので、どこかで暇つぶして頂いて構いませんよ? ちょうど、焔さんも居られるし……そういえば、こちらの県庁舎の九階に、喫茶店もありましたね? そちらで待っていてくださると、ありがたいです」
「え? でも、それは……俺、一応、綾女さんの傍で――」
「――それは名案だな、綾女嬢。十八よ、我は待つのが苦手でな。是非、一緒に他愛ない男子トークで盛り上がらないか?」
「うぇ? あ、えと、その……」
「うむ、円よ。我は十八と喫茶店で朝食と茶などをしておるぞ――ところで確認だが、予定通りで構わないのだろう?」
龍ヶ崎十八と肩を組んだ焔武尊が、何やら意味深な口調で水天宮円にそう確認した。わたしはその焔武尊の含んだ物言いに、首を傾げながら水天宮円を見た。
すると、水天宮円は悩まし気に俯いて、けれどすぐに顔を上げて頷いた。
「予定通り――何かあれば、連絡します」
「うむ。よかろう。では、往くとしようか、十八よ。ちょうど我は朝食を抜いていてな。奢ってやるから付き合うがいい」
「あ、えと、うぅ――わ、分かったよ、分かった。行くよ、武尊。じゃあ……ごめん、綾女さん。何かあれば、すぐに連絡してよ」
焔武尊は豪快に笑いながら、強引に龍ヶ崎十八の腕を引いて、エレベーターに歩いて行く。龍ヶ崎十八は無駄に抵抗していたが、結局、焔武尊には逆らわず、仕方ない、と付いていった。
素晴らしい、とわたしは心の中でほくそ笑む。焔武尊が思いのほか見事な仕事をしてくれて、おかげで不審に思われず龍ヶ崎十八と別行動になれた。これで、水天宮円と闘う為のハードルが低くなった。
わたしは、仲良くエレベーターに乗る二人を見送ってから、水天宮円に笑顔で訊ねる。
「水天宮さん。ちなみに、どのような意図で焔さんを連れてきたのでしょうか?」
わたしと水天宮円の前には、機材の設置と調整をしている眼鏡カメラマンが一人と、スーツ姿の県職員が二人、地方紙の記者と思しきストラップを首から下げた三人が居たが、まだインタビューが始まる気配はなかった。
水天宮円は職員たちに視線を向けてから、口元を押さえて小声で喋る。
「……鳳仙さんのことを話したら、興味を持ってしまって……是非逢ってみたい、って言うので、連れてきてしまいました。そんな、意図とか――」
「――嗚呼、そう言う探り合いは結構です。わたし、水天宮さんのこと思い出しましたよ? 廃病院での、霧崎さんとのこと、全部ね」
わたしは正面を向いたまま、ハッキリとそう断言する。すると、水天宮円は明らかに驚いた様子で、え、と声にならない音を出した。
「ですので、それを踏まえたうえで、教えてください。嗚呼、ところで、十八くんは無関係なので、当然、水天宮さんのことは伝えていませんから、ご安心を」
「……あえて、わたしにそれを言う意図を、逆にお訊きしても宜しいですか?」
「理由は、あの時も言ったはずです。わたしは、今よりも強くなりたい――だから、水天宮さんと全力で闘いたい、と思っています」
ふいに零れる笑みを押さえながら、わたしは水天宮円に顔を向けた。水天宮円は、信じられない、と驚き顔のまま、疲れたような溜息を漏らした。
「……本当に、戦闘狂、ですね。まぁ、その気概は、大いに評価するところではありますが……」
「ありがとうございます。ところで、いまのやり取りで、水天宮さんがわたしに正体を明かすつもりがなかったことが分かりましたけれど、その意図は? 焔さんが何者なのかも、わたしにご教示願えないでしょうか?」
「……半ばまで、答えを察したうえで質問していますよね? あの時も言いましたが、わたしは鳳仙さんと敵対するつもりがありません。いまでも、仲間になって欲しいと思っている次第です。それを武尊に伝えたところ、鳳仙さんと逢わせろ、とうるさかったので連れてきました」
水天宮円の言葉に、へぇ、と感心した時、取材の準備が完了したようで、雑誌記者のうち、天然パーマの男性がマイクを片手に挨拶してきた。
「お話し中、悪いね。お待たせ、お待たせ――初めまして。自分は、雑誌『SANCAN』のディモールト・織田です。そろそろインタビューを始めていいかな?」
「――ええ、宜しくお願いいたします」
「あ、はい。お手柔らかに、お願いします」
「おぉ、二人とも、快く! ありがとう、ありがとう。それじゃ、早速――今回のインタビュー内容だけど、特集『今年度の織姫・彦星に聞く恋愛事情』ってタイトルでさ、二人の高校生活でのことを質問させてもらうよ?」
ディモールト・織田を名乗った天然パーマに、わたしは柔和な笑みで会釈して、水天宮円との会話を切り上げる。
ここからは、面倒だけれど、お仕事である。
わたしと水天宮円は、ディモールト・織田の、高校生活に関する質問ラッシュを全て答えて、あいだあいだの写真撮影にも堪えた。そうして『SANCAN』のインタビューを滞りなく進めて、何の問題もなく終わらせる。
その後休憩を挟んで、続けて地方紙『三幹市民新聞』の『織姫・彦星の紹介コーナー』に載せる自己PRコメントも終わらせた。ちなみにここでは、二人揃っての写真も撮影する。
それから最後に、雑誌『七夕祭に誘われて』を担当している記者との長い長い対談を終わらせて、県庁舎内の仕事が終わった。
ここまでのインタビューと写真撮影、対談だが、たった三誌で、合計二時間半も掛かった。思ったよりも長引いてしまい、結果、スケジュール的には三十分押しである。
長引いたこともあるが、あまりにも慣れない仕事過ぎて、わたしも水天宮円もだいぶ精神的に疲弊してしまった。
「――はい。じゃあ、次は場所を変えて撮影してもいいかな?」
対談が終わり、地方紙『三幹市民新聞』担当と、『七夕祭に誘われて』担当の二人が帰っていくと、残ったディモールト・織田がわたしたちにそう訊いてくる。スケジュール進行は遅れているが、場所を変えての撮影はスケジュール通りだ。断ることは出来ない。
わたしは、もちろん、と頷いた。
水天宮円も、ええ、と言いながら、すかさず携帯を弄り始める。焔武尊たちに連絡を入れようとしているのだろう。
わたしはすかさず、その携帯操作を止めさせる。
「水天宮さん。焔さんや、十八くんに、連絡は不要です」
「え――それは、どういうつもり、ですか?」
「移動先がどこか分からないのですから、移動してから連絡すれば宜しいでしょう?」
わたしとしては、兎にも角にも水天宮円と一騎打ちする時間が欲しい。
その為にも、龍ヶ崎十八たちとは、まだ合流する訳にはいかない。移動しての撮影は、まさにその絶好の好機だった。
ところが、水天宮円はそういうつもりがないのだろう。渋面を浮かべて、首を横に振る。
「……移動前に連絡しなければ、一緒にいけないですよね?」
「記者さん? 次は、どこに向かうのでしょうか?」
「ん? ああ、えっと――A埠頭だね。ここから車で十五分くらいだ。あ、ちゃんとタクシー出すから安心して。勿論、帰りのタクシーも用意するよ」
ディモールト・織田の即答に、わたしは満足気に頷きながら、水天宮円に告げる。
「――仲間の件、わたし、真剣に考えますよ? だから焔さんに連絡せず、このまま移動してくださいませんか?」
「……交換条件になっていない気がしますが……まぁ、分かりました。誘っている手前、鳳仙さんに譲歩しましょう」
「ありがとうございます」
わたしは、ふふふ、と小さく口元を歪ませて、水天宮円から視線を切る。いつの間にか、機材は片付けられており、県庁舎前にはタクシーが二台横付けされていた。
「俺とカメラマンは先に行って待ってるよ。目的地は伝えてあるから、キミたちは二人で追ってきてくれ。あ、お昼は撮影終わった後でお弁当出すから――じゃあ、お先に」
ディモールト・織田は一方的にそれだけ言って、わたしたちの返事など待たずにタクシーに乗り込んでいった。それを見送ってから、わたしたちもタクシーに乗る。
目的地のA埠頭は、九鬼市の外れにある廃れた湾港である。少し離れた場所に水族館がある以外、何の見どころもない場所だ。
「――わたしは、鳳仙さんと仲良くなって、仲間になりたいと思っております。だから、あえてあの時のことを口にせず、一緒に過ごしていたのですよ?」
「ねぇ、水天宮さん? わたしを仲間に、と言うのは、五十嵐さんの件があったからですよね? だからわざわざ、転校までなさったのでしょうか?」
「……察しが良いのは結構ですが、そこまで分かっているなら、みなまで訊かないで欲しいです――ええ。欠員が出たので、代わりを用意する必要があって、鳳仙さんに白羽の矢が立ったという経緯ですよ。わたしは、勧誘の為に転校してきました」
わたしと水天宮円はタクシーの後部座席で、誰に聞かれても差し障りない内容を意識して小声で話した。堂々と会話してもバレないとは思うが、万が一のこともある。タクシー運転手が聞き耳を立てているのは気付いているので、誤魔化すに越したことはない。
「わたしをグループに入れることに、霧崎さんは反対してましたよ?」
「――グループ内にも派閥があり、複雑なんです。わたしを含めた幹部メンバーは、鳳仙さんを仲間にしたいと思っている派で。けど、霧崎さんを含めた『虚空時貞』たちは反対派なんです」
「へぇ、派閥があるのですか?」
「詳しくは、後でご説明しますよ」
わたしは、なるほど、と頷く。大組織ともなれば、それなりに内輪揉めがあるようだ。どんな内輪揉めか知りたいが、とりあえず詳細は後回しにしよう。
窓の外を見れば、そろそろA埠頭である。
ほどなくしてタクシーは埠頭の入口で停車した。天気はどんよりした曇天だが、いまは小休止しているようで、雨はちょうど止んでいた。
「お、お姫様たちの到着だ――ちょうどいい。雨が止んでる今のうちに、数枚撮ろうか!」
車から出てきたわたしたちを見つけて、ディモールト・織田がハイテンション気味に駆け寄ってきた。ディモールト・織田の姿は、パッと見てびしょ濡れになっており、雨が降る中、傘も差さずに作業したことが見て取れた。仕事熱心だな、と感心する。
さて、そんなディモールト・織田の指示に従って、わたしと水天宮円は、埠頭周辺で百枚近くの写真撮影を行った。
歩いてくれ、座ってくれ、ポーズを取ってくれと、細かい注文を矢継ぎ早にされて、わたしも水天宮円も戸惑いながら対応する。
わたしは、そんな撮影に辟易しながら、グラビアモデルやアイドルはこんな面倒なことを仕事としているのかと、本職の為我井凛花に尊敬の念を抱いた。
「うっし、これで終わり! ありがとー、ご苦労様! じゃ、雑誌が出来たら、二人の家に送るよ。良い記事書くから、楽しみに――で、現地解散なんだけどさ……二人とも、この後予定ある? もし芸能界に興味あったら、俺が知り合いの芸能事務所に斡旋――」
「ありがとうございます。本日はここで失礼します。お弁当、持ち帰らせていただきますね」
「――お、あ、そう? 仕方ない。あ、タクシーも待たせてるから使ってね? 運賃も気にしないでいいよ」
ディモールト・織田の露骨なナンパを一蹴して、わたしは水天宮円に、いいですよね、と確認する。水天宮円も、当然、という顔で頷いて、ディモールト・織田を睨み付けた。
ナンパ失敗したディモールト・織田は、一瞬だけ顔を歪めて舌打ちするが、すぐに表情を変えて、めげた様子もなく、その場から去っていった。ちなみに、同行していた眼鏡カメラマンも機材を片付けると、挨拶もせず撤退していく。
そうして後には、仕出し弁当やら衣装やらが積まれたワゴン車と、運転手、わたしたちを待つタクシーが残る。
「水天宮さん、お弁当、ここで食べますか? それとも、近くの水族館で食事しますか?」
「……鳳仙さん。それ、本音ですか? それとも、何か裏があってのことですか? 察しが悪くて申し訳ないですが、ハッキリ言ってくださりませんか?」
「あら、そんな警戒しないでください。つまり十八くんと焔さんを、近くの水族館にお呼びしませんか、という提案ですよ?」
わたしは、高級そうな仕出し弁当を受け取りながら、そんな会話をする。わたしたちが弁当を受け取ったのを見てから、関係者が順番に、弁当を受け取っている。
「……武尊を、呼んでも良いのですか? わたしはお話するだけなら、武尊抜きでも問題ないと思っておりますが?」
「水天宮さん次第、ですよ。場所、変えましょうか?」
探るような視線の水天宮円に、わたしはそんな提案をして、キョロキョロと辺りを見渡す。まだここには部外者がいるので、会話を聞かれるのは宜しくないだろう。
だが、埠頭を少し歩いた先には、コンテナが積まれた倉庫エリアがある。そこならば、物騒な会話をしても大丈夫だろう。現地解散、と言われているので、これから後の行動は自由なはずだ。
わたしは、待ってくれているタクシーに近付き、県庁舎に戻ってもらうよう伝えた。わたしたちは自力で帰るとも伝える。
タクシー運転手は、二つ返事で了承して、弁当を助手席に乗せたまま、乗車中の表示で埠頭から走り去っていった。それでいいのか、と疑問を持ちつつも、わたしは水天宮円と連れ立って、公道に出る素振りで倉庫エリアに向かう。
なんとか誰にも気付かれずに、コンテナが積まれた静観な倉庫エリアに辿り着く。
周囲に人の気配はない。曇天がゴロゴロと音を鳴らし始めていた。
「――さて、ここなら心置きなくお話ができますね?」
「鳳仙さん、出逢った時もそうでしたが、その物騒な殺気を、どうか抑えて頂けないでしょうか? これではお話しする空気になりません」
「それは失礼――じゃあお食事しながらでも、お話ししましょうか?」
わたしはおどけた笑顔で首を傾げて、仕出し弁当を開けてみせる。けれど、正直この後の心躍る死闘を考えると、胸がいっぱいで食事などする気にはなっていない。
わたしの態度に、水天宮円は、はぁ、と吐息を漏らしてから腕を組んでいた。どうやら水天宮円も食事をするつもりはないようだ。ならば、わたしも手を付ける必要はないだろう。
広げようとした仕出し弁当をもう一度しまって、ふふふ、と笑顔を見せる。
「……鳳仙さん。先ほどの話の続きですが、わたしたちの神言桜花宗は、実力至上主義です。特に幹部である『四神』の四名は、その席を力尽くで奪った者が座る仕組みです。その仕組みの中で、風神を殺したのは部外者である鳳仙さんでした。組織としては、この鳳仙綾女を『四神』にすべき、との見解が示されてます」
「へぇ? 実力至上主義、と言うのは素敵な響きです。嗚呼、だから、水天宮さんが勧誘してくださっているのですね?」
「はい。それが教主と四神――魔術師派閥の総意です。ですが一方で、組織内にはもう一つ派閥があり、それが副教主である虚空時貞と、教団指南役『破壊神』の二名を頂点に据える武闘派と呼ばれる勢力です。武闘派は『護国鎮守府』を敵対していて、日本国の頂点に君臨することを目的に活動しています。だから今回、風神を殺したのが護国鎮守府の人間と知って、霧崎さんに暗殺するよう指示したのです」
「……魔術師派、武闘派……なるほど。言い換えると、事なかれ主義の穏健派が魔術師派、イケイケの戦闘集団が武闘派、との理解で宜しいでしょうか?」
わたしの口角が吊り上がるのを見て、水天宮円がジト目で呆れている。
「……そう思って頂いても構いません。ともかく、わたしたち魔術師派としては、鳳仙さんに欠けた風神の席に座って欲しいと思っています。だからこうして、包み隠さず事情を説明していますし、わたしの正体もバラしているわけです」
「――勧誘はありがたいのですけれど、わたしは今、護国鎮守府の所属ですよ?」
「存じています。けど鳳仙さんは、あの伝説の【人修羅】を継ぐ者ですよね? ならば、護国鎮守府所属は仕方ありませんし、だからこそ、神言桜花宗にも所属出来るでしょう?」
「――スパイになれ、ということでしょうか?」
水天宮円の口振りに、わたしは怪訝な顔を浮かべる。
人修羅、に対して何か知っている素振りだが、その物言いはまるで【人修羅】蒼森玄が両組織に属していたように聞こえるではないか――
わたしの怪訝そうな反応に、水天宮円は思案顔になり、知らないのですか、と訊ね返してきた。わたしは、何のことか、と首を傾げる。
「【人修羅】とは、裏社会を牛耳る大組織【異端管理局】が、SS級危険人物に対して付けるコードネームですよ? あらゆる難敵を単独で殺して、あらゆる死地から生き延びたとされる謎多き人物で、護国鎮守府では『夜叉』という別称で活動しており、神言桜花宗では『死神』の異名で恐れられていた人物――それが【人修羅】でしょう? また、多くの非合法組織とも通じていたと言われており、一時期、世界最強を誇った暗殺者です」
「……へぇ?」
「そんな【人修羅】を継ぐのであれば、当然、神言桜花宗にも所属して頂けると思っておりました」
予想だにせず、師父蒼森玄の生前の話が飛び出してきて、わたしは少し戸惑っていた。
わたしの知識にあるのは、【人修羅】という号が裏社会で最強の代名詞であり、それを師父蒼森玄が背負っていたということである。そこに至る経緯や事情など、誰も教えてくれなかった。
それを知れたのは思わぬ僥倖だ。これだけでも大きな収穫と言える。
「それに、鳳仙さんが、人修羅を継ぐのであれば、神言桜花宗に在籍するのは賢明だと思いますよ。ちなみに、神言桜花宗に在籍しているから、護国鎮守府の情報を出せ、なんてこともありませんし、スパイ行為を要求もしません。だいたい、魔術師派としては、護国鎮守府とぶつかるのは本意でもありませんので――」
「――むしろ衝突する分には好都合なので、気にしていませんけれど?」
「ならば是非、仲間になってください。廃病院の時、鳳仙さんは、わたしたちと闘いたい、と仰っていましたよね? 神言桜花宗は仲間同士の戦闘を禁じてはいませんよ? そりゃ、推奨はいたしませんが、互いに納得のうえなら、好きなだけ殺し合ってください。それだけの権限も与えるつもりでいますよ」
「それは――魅力的な提案ですね」
わたしは噛み締めるように呟いて、緩む口元を必死に抑えた。わたしの心が揺れているのを見て、水天宮円はどこか安心した空気になり、安堵の表情を浮かべている。
けれど、そんな期待を裏切って申し訳ないが、わたしは拒絶の言葉を吐いた。
「――だが、お断りします」
「…………は?」
「魅力的な提案ですけれど――お断り、いたします」
重要なことなので二度繰り返した。その言葉に、水天宮円は表情を凍らせる。同時にその場の空気も一瞬で氷点下まで冷え込んで、一触即発の緊張感が高まった。
しばしの沈黙の後、水天宮円が恐る恐ると挙手する。
「……それは、どうして、でしょうか? 両組織に所属しても、ペナルティはありませんし……護国鎮守府を裏切るわけでもないですよ? むしろ、戦闘狂の鳳仙さんからすると、好き放題に強者と闘える環境が整うのですから、メリットしかないでしょう?」
「ええ、仰る通り。メリットしか思い当たりませんけれど――これはとても個人的な都合です」
そう個人的な都合――龍ヶ崎十八を伴侶にする為に、不義と思われることはしたくない、というだけの下らない理由だ。
わたしは確かに、護国鎮守府に思い入れも忠義もない。それこそ龍ヶ崎十八が所属していなければ、知りたい情報を引き出して、すぐに反旗を翻そうとも思っていた。特に幹部である鎮守格十二家などは、殺し尽くしたいとさえ思っている。
けれど、そうすると必然、龍ヶ崎十八と対立することになってしまう。龍ヶ崎十八と殺し合いをしたいとは思うが、対立したくはないのだ。
(十八くんの異能を知ってしまったら、彼を手放すなんて出来ません。命懸けで、こんなわたしを癒してくれる人など、今後の生涯で、出逢えるはずもないでしょう――まぁ、十八くんと引き換えにしても良いくらいの何かが提示されれば、考えましたけれど……残念ながら、そんなことはありませんでした。なら、お断りするに決まっています)
わたしは心の中でそう思いながら、口元に指を当てて、秘密、と水天宮円に応えた。
水天宮円はわたしの態度に、不愉快そうに顔を顰めて、しかし怒りを堪えた口調で続ける。とても大人な対応である。ことここに至っても、わたしの機嫌は損ねたくないようだ。
「……その、個人的な都合……お伺い、できませんか?」
「恥ずかしいので、言いません」
「……そう、ですか……ちなみに、鳳仙さんには脅しになりませんが、仲間になって頂けないなら、武闘派が襲ってくるのは、止められませんよ? それこそ、龍ケ崎さんだけじゃなく、為我井さんの命も狙われるかと――」
「――上等ですね。だって、襲い掛かる相手は殺しても構わないのでしょう?」
「…………はぁ」
わたしの返しに、水天宮円は心底疲れたように溜息を漏らすが、めげずに食い下がった。
「どうすれば……仲間になって頂けるでしょうか? わたしたちで出来ることがあれば、可能な限り対応いたしま――」
「――このまま、わたしと殺し合いをしてくれませんか?」
わたしはにこやかな笑顔で、背負った荷物を地面に下ろして、竹刀袋から仕込刀を取り出した。その動作に、いっそう不愉快そうな顔を浮かべて、水天宮円は首を横に振る。
「……鳳仙さんの【魔女の恩寵】は、きっと『超再生』か『治癒』のどちらかですよね? 余程その能力に自信がおありのようですが……あそこまで身体を破壊されたからか、まるで完治していませんよね? 昨日の剣舞など、酷いものでした。廃病院の時に、わたしに噛み付いた鳳仙さんの動きと比べれば、精彩に欠けていましたし……今日の動きを見ても、パフォーマンスは五割以下に落ちていると推測いたします。違いますか?」
「ご慧眼、おみそれいたしました――それで? わたしのパフォーマンスが落ちていると、何か問題がありますか?」
「ですから――はぁ……まったく戦闘狂ですね。今度こそ、死にますよ?」
わたしが仕込刀【魔女殺し】の白刃を抜き、スッと中段に構えを取ると、水天宮円は呆れた顔で、一応、構えを取ってくれた。とはいえその構えは、無防備に両手を広げただけの隙だらけな姿勢だ。
まるで、いつでも斬り掛かってください、と言わんばかりの態度に、わたしは思わず、興奮してフライングしそうになる。
「鳳仙さんの能力――回復系の異能は、確かに万能に思えます。無敵と勘違いすることも多いでしょう。しかしながら、如何なる能力にも相応の代償があり、特に回復系は代償が大きい。回復するたびに、等価交換で体力、血液、生命力を消費して、果ては寿命をも消費します。つまりその異能を使えば使うほど、寿命が削られていくのですよ?」
「――寿命を、消費する?」
「ええ、そうです。やはりご存じなかったのですね? だからわたしは、こうして警告を――ッ!?」
「寿命が削れる程度で、まさか殺し合いを諦めるとでも?」
水天宮円が親切な説明をしている最中に、わたしは問答無用に斬り付けた。それは牽制のつもりではなく、殺すつもりの一撃だ。大きく一歩踏み込んで、瞬息の突きを喉元に見舞う。
しかし水天宮円は、そんな不意打ちに殺られるほど弱くはなかった。
喉元を突き上げたわたしの一撃を、余裕さえ感じさせる動きで躱す。同時に、水天宮円の右手が横に払われた。すると右脇腹にピンポイントで拳大の水塊がぶつかってくる。
ドスン、という重たい衝撃がわたしの右脇腹を貫き、あまりの激痛に、身体をくの字に折った。
けれどそこで崩れず、咄嗟にバックステップで距離を取る。
「鳳仙さん。無謀なことはお止めください。わたしは鳳仙さんを殺したくはありませんが、だからといって、無抵抗主義ではありません。迫る火の粉は払わせていただきますし、それで鳳仙さんを殺してしまう可能性もあります」
「それは……自分の方が、圧倒的に格上だ……と、挑発しているのでしょうか?」
「……事実として、わたしの方が圧倒的に格上でしょう?」
「自惚れは、身を滅ぼしますよ?」
「……はぁ……鳳仙さんは、いったい何を根拠に、それほど強気なのでしょうか?」
わたしはそんな水天宮円を鼻で笑って、唾を吐くと同時に、ふたたび愚直な突進をする。だがこれはヤケクソではなく、歩法飛天を用いた超高速の飛び込み斬りである。
並の相手ならば、反応すら出来ず脳天から両断されるだろう。平成の切り裂きジャックでさえ、咄嗟に十字受けで防御したほどの絶技である。
けれどそれほどの強撃を、水天宮円は疲れた顔のまま優雅に避けた。
「――――グ、ァッ!?」
ドパン、と鳩尾に巨大な水の塊がぶつかり、わたしの身体は無様に吹っ飛んだ。水天宮円がわたしの斬り込みを見切った際に、カウンターで水の塊をぶつけてきたようだ。
ゴロゴロと吹っ飛んで転がるわたしを見詰めながら、水天宮円はスッと掌を向けてくる。
「――身体能力が化物じみているのは重々承知しておりますが、ここまで無鉄砲だと、勧誘するのが失敗に思えてきます……とっくに、わたしの能力も把握しているでしょうに――この雨模様で、よくも挑む気になりますね?」
一人語りをするように言いながら、水天宮円が空を見上げる。
先ほどから降り始めた雨は、まだ小雨だが徐々に強くなり始めていた。転がりながらコンテナに激突して、熱を帯びているわたしの身体には、ちょうどいい熱冷ましになる。
わたしはゆっくりと起き上がり、静かに呼吸しながら刀を構えた。
「無鉄砲は、失礼ですよ? わたしの技術が拙いのではなく、水天宮さんがそれだけ強敵なだけ――ちなみに、水天宮さんの能力が、水を操ることだと思ったからこそ、あえて、水だらけのこの埠頭で闘おうと思ったのです。だから、これはむしろ望み通りです」
「…………イカレてますよ、本当に」
わたしの本音に、水天宮円は今日一番驚きの顔を浮かべて、はぁ、と長い吐息を漏らしていた。その吐息を合図に、わたしは強く踏み込み――二歩目を踏み出す前に、コンテナに磔にされた。
「――廃病院の時にも味わった『水の呪縛』、それをより強固に、広範囲で展開しました。ここまでやれば、あの時のように、腕とか脚を引き千切るなんて出来ないでしょう? これでもう、いい加減に諦めてください」
わたしの身体は、コンテナに大の字で押し付けられていた。
両手両足のみならず、首と胴体までもが、透明な水で万力の如く抑え込まれている。身動ぎしようとするも、腕がほんの少ししか動かない。
たかだか水、しかしその強度は鉄鎖よりもはるかに硬く、信じられないほどの重さがあった。確かに水天宮円の言う通り、廃病院の時よりも厳しい状況だ。ここから抜け出すのは容易ではない。
「ふ、ふふ、ふふふ――――最高、です。水天宮さん」
けれどわたしは、身体が満足に動かせないことを確認して、水天宮円が圧倒的な強者であることを理解して、この窮地を心の底から愉しんだ。自然と口角が吊り上げる。
そんなわたしの狂気じみた笑いを見て、水天宮円が一瞬だけ恐怖を浮かべる。
「何が、おかしいのです? いよいよ狂ってしまいましたか?」
「――どこまで貴女を追い詰められるか。わたしの今の実力を、どうぞご賞味あれ」
わたしはニンマリと笑みを浮かべたまま、斬鉄、と呪文の如く呟いた。
瞬間、ガキキィン、とチェーンソーが硬い物を切断する時のような高音が鳴り響き、わたしを磔にしているコンテナの壁面が大きく切り裂かれた。
無刀之型【斬鉄】――密着した零距離でもって、水にではなく、コンテナに対して、それをぶつけたのである。あらゆるモノを切断する剣技、外道之太刀【斬鉄】の極意は、刃先を微振動させることで斬力を強化することにあり、これを極めれば、どんな姿勢からでも鉄程度なら容易に切り裂ける。
とはいえ、少しだけ無理な姿勢だったので、右肩の関節が斬鉄の衝撃に耐え切れず外れてしまったが、その程度はご愛敬だ。
「――――なっ、何がっ!? 鳳仙さんッ!?」
一方、わたしの剣技を理解出来ず、水天宮円が仰天した声を上げている。
それを横目に、わたしは切り裂いたコンテナの中に倒れ込むようにして逃げ込み、拘束していた水を振りほどいた。しかし、すぐさまその水が、まるで生き物のようにわたしに襲い掛かってくる。
薄暗いコンテナの中を転がりながら、わたしは右肩を無理やりハメた。そして、素早く居合い抜きの構えになり、襲い掛かる水に向かい合う。
「――【天が紅】!!」
わたしは態勢を立て直すと同時に集中の世界に没入して、音よりも速く抜刀する。剣先は滑るように滑らかに空を斬り裂き、襲い掛かる水を縦横無尽に斬り付けた。
外道之太刀、秘奥義の一つ【天が紅】は、攻撃力よりも速度に特化した剣術であり、対人戦であれば一瞬のうちに人体を細切れにする高速剣舞である。それを頭上の水にぶつけた。
わたしの剣技を前に、襲い掛かった水はあっけなく飛び散る。しかし直後、弾き飛んだ水滴が極小の針に変わり、身体のあちこちに突き刺さる。
「――チッ、面倒な」
痛みよりも、細かい針の煩わしさから、わたしは悪態を吐きながら、素早く形勢を判断する。このまま狭いコンテナ内で闘うのは危険だ。
すかさずわたしは、歩法飛天を用いて弾丸のような速度でコンテナから飛び出す。コンテナの外は先ほどよりいっそう激しい雨が降り出していた。
コンテナから飛び出したわたしは、水に濡れて滑りやすくなっているアスファルトに四足獣のように着地した。そして獲物を前にした肉食獣の如き双眸で、水天宮円の姿を探った。
しかし人影はおろか、人の気配がどこにもない。
「どこに、逃げ――ッ!?」
「わたしはどこにも逃げませんよ、鳳仙さん」
興奮気味に悪態を吐いた瞬間、頭上からそんな声が聞こえて、同時に、わたしを圧し潰す勢いの凄まじい量の水が降ってきた。その水量と勢いは、ゲリラ雷雨やスコールなどと言ったレベルではなく大瀑布の滝行に等しい。
数百キロを超える勢いで降り注ぐ滝が、わたしをその場に釘付けにして体力を奪っていく。
「――ぅぉおおお!!」
わたしは思わず、その場に、ガクン、と片膝を突いた。けれど、決して屈するものかと気合を入れて、獣じみた咆哮をする。そして自らのその咆哮に負けじと、もう片方の脚を踏み出して、何とか滝から転がり出た。
「本当に、化物、ですね」
そんなわたしを見て、水天宮円は心底呆れた様子で呟いていた。
「外道之太刀【雨燕】――」
咄嗟に転がりながら距離を取って、わたしは素早く態勢を整えると、コンテナの上に立っている水天宮円に向けて刀を振るった。飛ぶ斬撃【雨燕】である。一撃では効果が薄いので、一瞬のうちに五連撃の斬撃を繰り出す。
「――水の槌」
「――ぐぁ、っ!?」
しかし雨燕が届くより先に、わたしの右脚が水で出来た巨大な槌の横薙ぎによって圧し折られた。わたしは、残心の姿勢のまま地面に転がる。
「水の壁――水の槍よ、降り注げ」
水天宮円が謳うように言葉を紡ぐと、わたしの右手の甲、左脚の腿、左肩の関節部に、水で出来た1メートルほどの鋭い槍が突き刺さった。またその激痛と共に、先ほどの滝よりも強い圧力が背中に圧し掛かり、わたしは退き潰れた蛙の如くアスファルトに押し付けられる。
ちなみに、放った五連撃の雨燕は、水天宮円の前に現れた水の膜に弾かれていた。
「……万全でなくとも、このパフォーマンスなのは、恐れ入ります……」
水天宮円の声がすぐ近くで聞こえる。だが、アスファルトにめり込む勢いで押し付けられたわたしは、顔を上げることさえ出来ずに、クソッ、と悪態を吐くことしか出来ない。
ここから逃げるには、地面を掘り返す以外に術がないが、肝心の右手も負傷しており踏ん張る為の脚まで潰されている。なかなか挽回は厳しいかも知れない。
わたしは、全神経を水天宮円の気配、一挙一動に集中させて、一瞬の隙も見逃さないよう張り詰めさせた。
けれど、ここで油断するほど水天宮円は甘くはなかった。
「鳳仙さん。今日はこれで終わりにして、また改めて仲間に誘います……十八くんには連絡しておきますので、言い訳の準備はしておいてください」
それではまた――と、水天宮円の声が降ってきて、次の瞬間、わたしの顔が水で覆われた。
それは水風船のような形をした水の塊だ。わたしは思わず驚いて、ガボボ、と大量に水を呑んでしまう。咄嗟に、これ以上肺に残った空気を逃さないよう呼吸を止めるが、もはや遅かった。
水を飲み込んでしまったわたしは、あっという間に酸素を全て逃がすことになる。
悲しいほどの完敗だ。結果、傷一つ付けることさえ叶わず、技のことごとくも防がれて、赤子の如くあしらわれた。無様の極みだろう。
そしてわたしは、屈辱を噛み締めながら、窒息により意識を失った。




