第二夜(6)
ステージ上に設置された巨大なルーレットと、電子投票の結果を表示する為の電光掲示板。
それら機材のテストも滞りなく終わり、いざ準備が整うと、司会者がマイクで休憩が終わる旨を宣言する。
一応、本戦に出場している十二組の参加者は、全員ステージ上に戻ってきており、いつ始まっても問題ないとばかりに横一列で並んでいた。
「――――では、これより運命のルーレット、開始しますっ!!」
司会者がそう告げると、瞬間、再び大講堂内の照明が落とされて、今度はステージ中央の巨大ルーレットにスポットライトが当たった。
「ルーレット、スタートッ!!」
司会者の声と共に、巨大ルーレットが時計回りに回転を始める。
ルーレットには、ローマ数字で一から八までと、ABCDの四文字が刻まれており、その横にはトーナメント表が張られたホワイドボードがあった。スポットライトは回転するルーレットと、ホワイトボードを照らしていた。
ちなみに、トーナメント表から察するに、シード枠はABCDの四文字のようだ。
「さぁ、それでは――組番号『い』、代表の方、ルーレットの前にお越しください」
司会者がそう告げると、美馬梓と為我井淑可の少し手前、誰もいないステージにスポットライトが当たる。すると、そのスポットライトに、為我井淑可が進み出た。
なるほど、どうやら、代表者は自ら進んでスポットライトに当たる必要があるようだ。
為我井淑可はスポットライトに照らされながら、ゆっくりと回転するルーレットの前に歩み出て、早押しボタンみたいなスイッチの台で息を呑んだ。
ルーレットの止め方は、手前に設置された停止スイッチを押下する仕組みである。
そして、一度止まったルーレットの目は潰されて、次から止まらないようになるハイテクが導入されている。
「――そりゃっ!!」
為我井淑可が何やら気合を入れて、パシっと素早く停止ボタンを押下する。すると、回転していたルーレットが徐々に速度を落とし始めて、ゆっくりと回転を止める。
ドゥルルルル――という陳腐な効果音を鳴らしながら、ルーレットの目は『A』を指して止まった。
「いよっし!」
為我井淑可がガッツポーズをして、観客席に向けて満面の笑顔を見せた。その瞬間だけは、男らしい外見とは裏腹に、凄く可愛らしい雰囲気だった。ギャップに大講堂内が溜息で溢れる。
「お見事ですねぇ! それでは次の組『は』ですね。代表の方、どうぞ」
司会進行の声と共に、誰も居ないステージにまた、スポットライトが照らされる。それと同時に、ルーレットが再び回転を始めた。
さて、そのスポットライトに包まれたのは、一年生コンビの織姫役の女子だった。彼女は照れ臭そうにオドオドしながら、足早に停止ボタンへと向かう。
「……え? あれ、変じゃないですか?」
「……ええ、確かに。これだと、目押し、出来そうにないですね……」
一年生の女子が停止ボタンを押す様を見て、傍らの水天宮円が思わず呟く。わたしもそれに頷きながら、悔しい気持ちで吐き捨てる。
なぜか、為我井淑可の時と違い、今度は停止ボタンを押下した瞬間に、いきなりルーレットが急停止したのである。止まり方に規則性がないどころか、裏で操作しているのではないか、と疑わしくなる動きだった。
ところで、ルーレットは『Ⅲ』を指す。ローマ数字の三である。シード枠ではない。はぁ、と残念そうに溜息を漏らしながら項垂れて、一年生の女子はパートナーの隣へと戻った。
「さて、次は『ち』の組だ! 代表の方――」
「――――はいはいはいっ!!」
司会者の呼び掛けに、わざわざ元気よく答えながら、為我井優華が一歩前に歩み出る。そこに遅れて、スポットライトが為我井優華を照らした。
「淑ネェ、見てなよぉ――アタシの強運を」
為我井優華はビシっと為我井淑可に宣戦布告しながら、停止ボタンまで歩み出る。それを眺めながら、美馬梓が馬鹿にするように笑っていた。
「そりゅぁあ!!」
為我井優華が無駄な掛け声と共に停止ボタンを押下する。
すると今度は、急停止したかと思うと、そこから緩く一回転だけして、『Ⅷ』を指した。それはローマ数字の八だった。シード枠ではない。強運とは呼べない結果だ。
この結果に、為我井優華は一瞬泣きそうな顔を浮かべて、しかし何も言わずに下がっていった。
「さて――では、水天宮さん、わたしが押してきますね」
次に司会者は、組番号『り』の代表者を呼んだ。わたしたちの組だ。
わたしは先ほどまでの組を見倣って、ステージのスポットライトに姿を現すと、ゆっくりと停止ボタンに近付く。
停止ボタンを前に、わたしは回転するルーレットをジッと見詰めた。
速度はそれなりに速いが、わたしの動体視力であれば止まっているにも等しい回転速度だった。これが急停止するボタンならば、目押しが出来るのだが、ここまでの止まり方から、規則性を見出すことは出来ていない。
仕方ないか、とわたしは運否天賦に任せて、ルーレットから視線を外してからボタンを押す。ポチ、と手元で小さな音が鳴り、瞬間、今度はルーレットが急停止した。
ピタリ、と止まった先が指していたのは『Ⅳ』、ローマ数字の四である。
途端、大講堂内が静かにざわめいた。またステージからは、先ほどの一年生コンビの嘆き声が響いてくる。
トーナメント表を見れば分かるが、わたしたちの最初の対戦相手は、一年生コンビに決まったのである。正直、間違いなく勝った、と確信が持てる相手だった。
「やるねぇ、鳳仙様。やっぱ持ってるね。強敵じゃん」
わたしが下がってくると、美馬梓がそんな小声を呟いていた。小声とはいえ、わたしと水天宮円に向けての声なので、ハッキリと聞こえる。
わたしはそれに何も反応せず、傍らの水天宮円に悔しそうな声音で囁いた。
「……シード枠は、流石に当たりませんでした。残念です」
「いえ、そんな。別に大丈夫ですよ――わたしはもう、結果がどうなろうと凄く良い思い出になっていますから」
水天宮円は柔らかい笑みでそう言って、次の組が停止ボタンを押す様を眺める。わたしもそれに倣って、意識を運命のルーレットの結果に向けた。
そうして次々とトーナメント表が埋まっていき、最後の一組が停止ボタンを押す前に、対戦相手が全部決まった。ちなみに、他のシード枠を取ったのは、わたしが強敵と思っていた設楽絵里・大空蹴の三年生コンビ、緋緒怜美・阿部太郎の一、二年生コンビと、どうやって予選を突破したのか不思議な男同士の組み合わせ『加藤司』・『久世明』コンビだった。
「さてさて、諸君、お待たせしました。これにて、本戦一回戦を決定付ける運命のルーレットが終わったわけで――電子投票行くぜぇ!!!」
司会者のその呼び掛けに、大講堂内が沸き立った。そして、スポットライトがステージ上の二組を照らす。
照らされたのは、トーナメント表の一番端、ローマ数字一、二を引いた組だった。三年生組対一年生組である。どちらも男女コンビ、衣装は着替え済みの四名である。
「最初の対戦は――組番号『の』対、組番号『ぬ』。さあ、ステージ中央にお越しください」
司会者の組番号のみの紹介に、スポットライトが当たっている四名が言われるがまま前に歩み出た。
ふむ、と四名を眺めるが、どちらの組も、先ほどのパフォーマンスは失敗していた印象である。知名度もそれほどないだろう。つまり、勝敗は僅差と予想出来る。
とはいえ、有利なのは組番号『ぬ』だ。理由は単純に、三年生コンビで、且つ織姫役である『深窓の令嬢』は書道部部長になれるくらいに人望があり、パートナーの『オタクプリンス』も、一部のコアなファンが居る。
一方で、組番号『の』は、一年生コンビで、織姫役と彦星役の性別を逆にしている。奇をてらってのインパクト重視なのだろう。織姫役の一年生男子は、これでもかと濃い化粧をしており、歌舞伎じみたメイクでお世辞にも綺麗とは言えない。パートナーの一年生女子は、素材としては悪くないが、男装しているだけの美少女でしかない。
どうしてか頭部に角とか付けているのはご愛敬か。
「えーと、では投票を始める前に、一回戦のテーマを発表します。テーマは――『和』! 和風とか、日本の和が今年のテーマです! このテーマに沿っていたと思う組に投票をお願いします。ちなみに、組番号『の』を選択する場合には、手元の投票ボタン①を、組番号『ぬ』の場合は②を押下してください」
司会者の宣言と同時に、電光掲示板に大きく『和』と一文字が表示される。
わたしはそのテーマに、心の中でガッツポーズをとる。偶然だが、先ほどのアピールが見事に合致していた。このテーマならば、万が一にも負ける気がしない。
そんなわたしの確信はさておき、電光掲示板には、①と②に数字が加算されていく。投票は過半数を超えて計上された後、投票の動きが止まって集計となる。
ピピピピピピ、と次々と電子投票がされていき、一分ほどで投票が止まった。
見れば、①が95票、②が102票だった。合計197票で、無投票の3票を考慮しても、組番号『ぬ』、眼鏡部長とオタクプリンスの三年生コンビの勝利だった。
随分と白熱した勝負である。結果が出ると、大講堂内はこの僅差に沸き立った。
「おお!? 絶妙な僅差でしたが、ここは三年生に軍配が上がりましたね――さぁて、続いては組番号『は』と組番号『り』です。ステージ中央にお越しください」
パッと、スポットライトがわたしに降り注ぐ。傍らの水天宮円も照らされて、二人並んでステージ中央に移動する。
対戦相手は、可哀そうなくらいに委縮した一年生コンビである。彼らもアピールに失敗していた。だが、それでなくとも、既に二人は負けを覚悟しているようで、今にも泣きそうな顔で前を向いていた。
「……勝てます、かね?」
「水天宮さん……自惚れではありませんが、わたしたちが負ける要素はないと思いますよ?」
緊張した様子で、不思議なことを口走る水天宮円に、わたしは半ば呆れた声でそう告げる。
果たして電子投票は、想像以上に無常な結果を叩き出した。
「おぉおお、これは――凄い!!」
ピピピ、と素早く電子音が響いて、およそ三十秒ほどで、①が3票、②が196票と表示された。圧倒的に、わたしたち『り』の勝利だった。
しかし、これは観客としては当然すぎたようで、健闘を称える拍手がチラホラと響いて、あまり沸かずに流される。
わたしは、ふぅ、と安堵してから、すぐに気持ちを切り替えた。次のルーレットも、強敵に当たらないよう祈らないと――
「まぁ、順当な勝ち抜けですが――次に行こうか!! 次は組番号『く』と組番号『や』だ。どうぞステージ中央までお越しください」
司会者はスムーズな進行を心がけて、次々と紹介を続ける。
ちなみに次の二組も、申し訳ないが、印象としては非常に薄い組み合わせだった。二年生で美形女子同士の組『く』と、織姫役は男子、彦星役は女子の三年生カップルの組『や』の激突である。
こちらもさして感動はなく、結果としては、僅差で二年生の美形女子の組『く』が勝ち抜けた。
そうして、一回戦最後の対戦、組番号『お』と、組番号『ち』――脇一志・為我井優華コンビの出番となる。わたしは為我井優華たちに意識を向けた。
「さあ、これで一回戦は最後だ――組番号『お』、組番号『ち』。ステージ中央にどうぞ!!」
為我井優華と脇一志が揃って前に出ると、途端に、大講堂内は大きく沸き立った。脇一志の人気は、想像以上に高いようだ。その人気に嫉妬しているようで、よく見れば、為我井優華が不貞腐れたようにブスくれていた。
一方、組番号『お』は、三年生女子同士の組み合わせで、学内でも有名な百合カップルである。パフォーマンスは失敗していたが、二人揃いで和太鼓を披露していた。少し強敵かも知れない。
しかし、そんなわたしの懸念はまったくの杞憂に終わった。というよりも、脇一志の人気を侮っていただけかも知れない。
「――――まぁ、半ば想像通りでしたが、皆さん、投票ありがとうございました」
司会者が結果を見て満足気に頷き、これで一回戦は終わりだとばかりに観客に頭を下げていた。
結果としては、①が41票、②が159票で、大差をつけて、脇一志・為我井優華コンビが勝利となった。
「ではでは――ここらで一旦、小休憩を挟みまして、次は、最後のアピールタイムと、運命のルーレットによるファイナリスト選定、そして、決勝戦となります。休憩は二十分ほど取りますので、次回の開始は、十八時四十分を予定します」
そんな宣言と共に、ふたたび大講堂内がパッと明るくなった。
ステージ上も明るくなり、敗退した参加者を含めて、一旦、参加者は全員控室に戻ることになる。
「参加者の皆さん。誘導に従って、控室まで一列に進んでください」
ステージ袖から催事実行委員が姿を現して、参加者に声掛けしながら先導する。わたしは水天宮円に目配せしてから、とりあえず誘導に従って控室に向かう。
控室に戻ってくると、空いている椅子に座り、さて、と作戦会議とばかりに水天宮円と向き直った。この休憩時間は、次のアピールタイムを相談する時間でもあり、また衣装替えの時間でもある。
次が正念場であり、ここを乗り切ればファイナリストだ。何とかここも勝ち抜ける為に、この後の方針を決めなければ――
「水天宮さん。このタイミングで、お持ち頂いた衣装に着替えましょうか?」
「…………ここで、着替えるのですか?」
わたしが羽衣ドレスを手渡ししながら言うと、水天宮円は控室内を見渡してから、顔を顰めながら問い返す。
サッと一瞥すると、『着替え』という単語を耳聡く拾った男子連中が、水天宮円に注目している。わたしはこれ見よがしに溜息を漏らした。
「お手洗いの横に、専用の更衣室がありますから、そちらで着替えてくだされば大丈夫ですよ?」
「あ、更衣室があるんですね? 良かった……流石に、ここで着替えるのは、恥ずかしかったので……」
「申し訳ありませんが、わたしもそんな痴女じみたことを強要などいたしません」
「――失礼しました」
わたしが水天宮円とそんなやり取りをしていると、ふいに視線を感じた。顔を上げて見渡せば、バチっとジト目の為我井優華と目が合う。
目が合った途端、為我井優華が近寄ってきた。
「綾女ちゃん、綾女ちゃん。あんな隠し玉があるなんて、全然聞いてないよぉ!! あの踊り、隠してたでしょ? それとも事前に練習してたの? どっちにしろ、水天宮さんの横笛とか反則過ぎたし、総じて、卑怯過ぎるよぉ」
「……総じて、卑怯、って――優華さん? わたしは別に、隠してたわけでも……その、七夕祭の為に練習したわけでもありませんよ?」
「もう――こんなことなら、アタシ参加しないで、綾女ちゃんに投票が集中するように裏方してれば良かったなぁ……そうすれば、あんなに恥ずかしい思いしなかったかも……」
為我井優華はそんな愚痴じみたことを言いながら、わたしの隣に腰を下ろした。わたしはその理不尽な物言いに苦笑しながら、水天宮円に申し訳ないと会釈する。
水天宮円は微笑ましいとばかりに顔を綻ばせてから、羽衣ドレスを持って、控室から出て行く。着替えてきてくれるようだ。
「恥ずかしい思い、って、別に、優華さんも目立ってましたし……脇さんのフォローが素晴らしかったではありませんか? 危なげなく勝ち残ってましたし。次も、組み合わせによっては、充分ファイナリストになれると思いますけれど――」
「そうだよっ!? 次の組み合わせ、それが重要なんだよぉ!! だって、半分の確率で、綾女ちゃんを筆頭に、超強敵との対戦になるもん!!」
「……いや、それは、わたしも同じ条件ですよ?」
「むー、違うよ!? 綾女ちゃんたちは、淑ネェたちと戦わなければ、絶対負けないもん!! 逆に、淑ネェたちと当たったら、厳しいかもだけど……」
「――まぁ、そうですね」
為我井優華の言葉に、わたしは少し納得いかない顔をしつつ、控室の隅で神妙な顔で相談している美馬梓・為我井淑可コンビをチラ見する。二人は静かに、あーだこーだ、と作戦会議をしていた。
そういえば、次のアピールで為我井淑可はピアノ演奏をすると言っていた。多彩な楽器演奏をこなす為我井淑可の才能は脅威でしかない。勝てる、という自信は確かに持てない。
けれどそれが事実でも、負けるぞ、と煽られて素直に頷けるほど、わたしは人間が出来てはいない。ついつい反発したくなってしまう。
「あ――違うの、違うの。アタシが聞きたかったのは、こういう話じゃなくて! 次のアピール、綾女ちゃん、どんな隠し玉を披露するつもりなのぉ、って聞きたくて……」
為我井優華は早口にそう言って、ねぇねぇ、と上目遣いをして見せる。わたしはそのハイテンションに苦笑して、さてどうするか、と口元に手を当てる。
正直、次のアピールなど何も考えていなかった。あわよくば、水天宮円に任せようとさえしている。
「……いえ、実は、何も考えておらず……どうしようか、と悩んでまして……」
わたしは素直にそう告げて、為我井優華に相談することにした。すると、為我井優華が、ニヤリとほくそ笑んで見せる。
「じゃあさ、じゃあさ。アタシたちと合同アピールタイムにしない? 脇くんの演奏、フルで歌うと三分強だからさ。二組合同で、四分枠使うとちょうどいいし、綾女ちゃんと水天宮さんの力も借りれれば、下克上も出来ると思うんだよねぇ!」
為我井優華の提案に、わたしは、なるほど、と理解した。視線をさりげなく為我井淑可に向ける。
確かに、美馬梓・為我井淑可コンビはそう簡単に勝てる相手ではない。次のアピールも、状況に応じて、宣言した内容よりも、グレードアップしたものを披露してくるだろう。
そして、わたしの目的は次の組に勝つことだけである。協力するのは名案だろう。ただし、そのリスクは当然ながら大きい。
「それは大変ありがたい申し出なのですけれど……もし、優華さんたちと、わたしたちが対戦となってしまうと、わたしたちにとっては不利です」
「むふふ――そこは、実は大丈夫なのぉ。何故なら、既に、運命のルーレットの出目は買収済みなのだぁ!!」
為我井優華が自信満々に胸を張る。緩いサラシがいっそう緩んで、今にも胸がこぼれそうに見えた。というか、サラシの下のブラが若干見えている。
わたしはジト目でその胸元を睨み付けて、どういうことでしょうか、と首を傾げた。
「あのね。運命のルーレットだけど、あれコンピュータ制御でしょ? だから、パソコン研究部の人たちに手回しして、準決の対戦相手だけ、二組分、操作できるようにしてもらったの……だから、対戦相手は綾女ちゃんたち以外にするし、淑ネェたちとも外すつもりだよぉ」
「……バレたら、大変なことになりますよ?」
「バレなければ、正義だよぉ?」
まったく悪びれもせず言う為我井優華に、わたしは、確かに、と頷いて、それで、と聞き返す。
「協力するには、どうすれば宜しいのでしょうか? 踊りでしょうか? それとも、演奏でしょうか?」
「うん。水天宮さんには、また横笛の演奏で、綾女ちゃんはドラムをお願いしたいなぁ」
「……ドラム? 自信、ありませんけれど……」
「大丈夫、大丈夫。音楽の授業で、結構なドラムテクを披露してたもん。適当に、音楽に合わせて叩いてくれれば大丈夫だよぉ」
為我井優華は簡単にそう言って、戻ってきた水天宮円に向き直った。
おお、と控室に、男性陣の歓声が響き、女性陣の黄色い吐息が零れた。それほど、羽衣ドレスを身に纏った水天宮円は神々しい美しさをしていた。
「どう、ですか? 変ではないですか?」
「凄いよぉ!! マジで天女様、って感じだよぉ!! 水天宮さん、ちょっとソレ、チート過ぎだよぉ!」
「……ええ、変ではありません。とてもお似合いです――まさに織姫ですね」
わたしもお世辞抜きにそう褒めて、いまちょうど為我井優華と話していた作戦を切り出した。
水天宮円はその作戦を聞いて、はぁ、とよく分かっていない様子で頷いた。
「――それで、わたしはどうすれば?」
水天宮円の質問に、為我井優華は数枚の譜面を取り出して、これ、と手渡す。ついでに、わたしにも渡して、読ませるよう促した。
ふむふむ、と一読してみると、それほど難しい譜面ではなかった。とはいえ、上手に演奏できる自信はない。とりあえずは、叩けそう、という程度である。
水天宮円も同じようで、一読すると、はぁ、とまた気のない吐息を漏らしながら、エアーで運指して、イメージトレーニングしていた。
「はい、皆さん。休憩は出来ましたでしょうか? お時間になりましたので、ステージにご案内いたします」
その時、催事実行委員が控室に現れる。柱時計を見れば、十八時四十分になっている。もう準決が始まる時間だった。
わたしは立ち上がり、催事実行委員の誘導に従い、ふたたびステージに立った。
「さてさてさて――皆さん。長くお付き合い頂きありがとうございます。ここからは、準決、決勝とノンストップで走り抜けます。最後まで熱気は絶やさず、宜しくお願いします」
ステージ上に、勝ち抜けた八組が出揃うと、司会者が観客席に向かってそう宣言する。それを合図に、大講堂内の照明が落ちて、また真っ暗になった。
スポットライトは司会者を照らして、司会者は、ステージ端の一組を指差す。
「それでは、最後のアピールタイムを始めて行きましょう!! 今度は、逆順で組番号『く』から、宜しくお願いします!」
スポットライトが組番号『く』の美形女子二人を照らす。すると二人は、お互い見つめ合ってから力強く頷いて、一つのマイクを手に、ハモりながら宣言する。
「「私たち、ボカロ曲『一千本、桜』をBGMに踊ります! 曲を知ってる方は、ぜひ唄ってください!」」
パチン、と指を鳴らすと、軽妙なリズムで、一昔前に流行った有名な曲のイントロが流れてきた。それは、流行に疎いわたしでさえも知っているほど、多くのアーティストがカバーしている有名なボーカロイドソングである。
「……なるほど、和……ですね。しかも、いま流行りの『踊ってみた』系、ですか……」
和楽器で演奏されているインストゥルメンタルバージョンで、二分間に短縮編集をしたものを使用するようだ。
二人は向かい合った姿勢から、曲に合わせた踊りを、見事に鏡写しで踊り始めた。それを見ながら、大講堂内はドッと盛り上がり、凄まじい熱気と共に大合唱が始まる。
トップバッターのアピールとしては、かなりの成功である。これ以上ないほどの演出だ。実際にステージ上の参加者も、歌こそ歌わないが、手拍子しながらノリノリになっていた。
そうして、大講堂内に『うちまくれ――』という最終フレーズが響き渡り、イントロと同じ軽妙なリズムが流れると、それに合わせて二人はビシっとポーズを決める。
僅か二分間の演奏とダンス、しかし、場の盛り上がりは最高潮だった。
大講堂内では、チラホラと観客が立ち上がっており、拍手喝采が巻き起こっている。それら最高レベルのスタンディングオベーションを見て、二人は満足気に頭を下げると、ステージの後ろに下がっていった。
「――おっと、いきなりで物凄いハイレベルなアピールでした。ちょっと度肝を抜かれてしまいましたが、さて、次です。組番号『う』、シード枠だった組ですね。それでは、どうぞ!」
しばし鳴りやまなかった歓声を上手に静めてから、司会者は次の組を指差す。
スポットライトが当たったのは、加藤司・久世明の男同士組である。二人はステージ中央にヨタヨタとやってくると、用意した傘と大きな独楽を使って、あまり上手くない独楽回しを披露していた。
正直、地味でしかも面白くない。つい今しがた披露された踊ってみた系と比べてしまうと、あまりにも見劣りするレベルだ。
わたしは退屈から、はぁ、と溜息を漏らす。その溜息を耳にして、傍らの水天宮円も、申し訳ないですが退屈ですね、と呟いていた。
「……えと、はい。ありがとうございました――じゃ、次。組番号『つ』。よろしくお願いします」
次の組は、またもやシード枠で、緋緒怜美・阿部太郎の一、二年生コンビだった。二人は中央に駆けてくると、何やらお互いに模擬刀を構える。
「あ、と……ボクらは、殺陣を披露します。それでは演奏スタートで」
阿部太郎がマイク片手にそう宣言すると、暴れん坊を思わせるBGMが流れ始めて、やぁ、たぁ、と気合の声を出しながら、模擬刀を振るった。
緩やかに、大仰に、それでいて流麗に。
二人は模擬刀をぶつけ合い、ステージ中央で示し合わせた動きを繰り返す。それがまた音楽に合っており、観る者を唸らせる中々の見世物になっていた。
特に緋緒怜美の動きは美しく、その体捌きは空を舞うような、天女を思わせる動きだった。そして、地味にその動きに合わせている受けの阿部太郎も、かなりの運動神経だろう。
(……けれど、素人さん、ですね)
二人の見事な殺陣の演技を眺めながら、わたしはそんな感想を心の中で漏らす。
確かに二人の動きは大したものだが、それはあくまでも演技として、である。当然と言えば当然だが、その動きは隙だらけで、とても戦闘に応用できる動きではなかった。とはいえど、アピールとしては充分以上に合格だろう。
そんな見事なまでの二分間の殺陣が終わると、またもや観客はスタンディングオベーションで絶賛していた。
ところが、次のシード枠、組番号『わ』設楽絵里・大空蹴は、テーマが『和』にも関わらず、何故かリフティングを披露して大失敗する。さらにその次、組番号『ぬ』書道部の眼鏡部長・オタクプリンスの異名を持つ金髪イケメンは、何をトチ狂ったのか、滅茶苦茶つまらないオリジナルの漫才を披露して、案の定、大滑りしていた。
そうこうして、組番号『り』の順番が回ってくる。つまりわたしと水天宮円の番になる。
「さて、それでは――司会者さん、一つ提案いたします」
わたしは深呼吸してから、司会者に顔を向けると、為我井優華との提案を切り出した。
「わたしたち、次の組である脇一志さん・為我井優華さんと合同で、アピールを行いたいのですけれど、宜しいでしょうか?」
言いながら、チラと為我井淑可に流し目を送る。為我井淑可はわたしと視線を合わせてから、そう来たか、とでも言いたげな顔でオデコを押さえて天を仰いでいた。
一方で司会者は、わたしのその提案を聞いて、目を点にして硬直している。わたしは続ける。
「二組、合同のアピールタイム、四分間。ド派手六人の未公開新曲をフルバージョンで、わたしはドラムを。水天宮さんは、龍笛で。為我井優華さんはギターを担当します。当然、脇さんがボーカルですよ?」
わたしがマイクでそれを告げると、途端、観客はそれだけで沸き上がり、やれ、やれ、やれ、というコールが巻き起こった。予想通りである。
この流れに逆らえる司会者はいないだろう。
司会者は、う、と言葉を詰まらせてから、仕方なしに頷いて、スポットライトが脇一志・為我井優華の両名に当てられた。




