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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第三章/七夕祭に誘われて

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18/88

第二夜(5)

 スポットライトを浴びた美馬梓がステージに飛び上がり、やや遅れて、優雅な動作で為我井淑可がステージに上る。

 二人がステージに上がると、スポットライトは二人から外れて、司会者役の催事実行委員に集中した。


「生徒会長、副会長、ド派手な登場と、開始の宣言ありがとうございます!! さて、それではレディース&ジェントルメン!! これから、織姫・彦星コンテストが始まりますよ!! 覚悟と、手元の電子投票スイッチの準備は良いかぁ!?」


 ステージで計三つのスポットライトを浴びた司会者が、そんな煽りを観客席に向ける。

 途端、うぉおぉ、と地響きのような歓声が巻き起こり、チラホラとノリの良い観客の一部が拳を突き上げた。

 そんな盛り上がりを見ながら、司会者はステージの一番端に移動する。


「ではでは、事前に説明していた通り、ここから一旦、参加者の紹介と、三分間アピールをして頂きましょう。最初はこの組!」


 司会者がバッと手を挙げた。すると、司会者を照らしていたスポットライトが消えて、次の瞬間、ステージ一番端に並んでいた組が照らされる。

 スポットライトを浴びていたのは、つい先ほどこれ以上ないほど注目を集めていた二人組、生徒会会長為我井淑可と、生徒会副会長美馬梓だった。


「――もう紹介は必要ないほど有名な御二人! 組番号は『い』で、織姫役『美馬梓』さん、彦星役『為我井淑可』さん!!」


 司会者に名前を呼ばれて、スポットライトを浴びた二人はマイクを受け取るとステージの中央に移動する。自己紹介と、アピールは、ステージ中央で披露する仕組みで、織姫役、彦星役、二人でのアピール、という順番に行われる。


「へいへいへい!! みんな元気かぁ!? 知ってるヤツも、知らないヤツも、今日はこれだけ覚えておけよっ!! 俺の名前は――美馬(ミマ)(アズサ)だっ!! こう見えても、歴代最低得票数で、副会長に就任出来た幸運の美女だぜ!!」


 うぉおお、とその紹介に歓声が沸き上がる。わたしはその紹介に、嗚呼そういえば、と納得して、逆に感心した。

 確かに、美馬梓が過去最低の得票数で副会長に就任したのは事実だが、わざわざそれをここで発表する必要はないだろう。まあ、インパクトとしては充分なので、作戦は成功かも知れないが――

 そんなことを考えていると、美馬梓が一歩下がって、今度は為我井淑可が口を開く。


「アタシは『為我井(タメガイ)淑可(トシカ)』――みんなのおかげで、生徒会会長って重役に就かせてもらってる三年生です。知らない人も、知ってる人も、今日は是非、アタシたちのパフォーマンスと、この七夕祭を楽しんでいってくださいな! ついでに、アタシたち『い』の組に、清き一票を」


 ペコリ、と頭を下げて、為我井淑可は言葉少なに紹介を終わらせる。しかし、その凛とした声音と、スマートな対応に、美馬梓の時以上に大講堂は沸いた。

 為我井淑可は大歓声に手を振りながらクルリと振り返り、美馬梓と立ち位置を入れ替えた。


「よっし!! じゃあ、アピールの初陣は俺だな――」


 美馬梓は言いながら、司会者に顔を向けて頷いた。

 同時に、その袖をまくり上げると、腰をグッと落として空手の姿勢を取る。それを合図に、ステージ袖から五名、体操着姿の催事実行委員が現れて、美馬梓の周りに集まった。

 彼らは素早く美馬梓の前に瓦を積み上げる。瓦は十枚、素人ではとても割れない枚数だろう。


「美馬梓、空手試技、お願いしますッ!!」


 瓦が設置されると、美馬梓は良く通る凛とした声でそう宣言してから、セーラー服のままで拳を構える。手には何も巻かず、素手で瓦割をするつもりのようだ。相変わらずの暴れん坊である。美馬梓のその清楚な見た目からは、とても想像できないパフォーマンスだ。

 ちなみに、美馬梓は競技空手の全国区選手で、黒帯三段の実力者でもあった。一般人の範疇で見ると、かなりの強者の部類だろう。

 わたしが望む強さには到底及ばないが。


「――せいっ!!」


 美馬梓は裂帛の気合と共に、構えた拳を瓦に打ち付ける。すると、見事に瓦は最後の一枚まで割れて、大講堂内は拍手喝采で盛り上がる。

 さて、しかしそれだけでは終わらない。

 空手試技、という通り、美馬梓はそのまま他の催事実行委員に向き直る。向き直った先には、木板を二枚重ねて持つ催事実行委員の姿がある。


「応!! そりゃ――」


 美馬梓は鋭い呼気で踏み込んで、二枚重ねの木板を掌底で叩き割る。

 そのまま流れるように身体の向きを変えて、次に、背後に現れた催事実行委員の持つ木製バット二本を目掛けて、華麗な後ろ回し蹴りを見舞った。バキン、と軽妙な音が鳴り、木製バットは二本とも真ん中で圧し折れる。

 そして次には、美馬梓の左右に、コンクリを持った催事実行委員が二人現れる。彼らはコンクリを頭の高さに上げており、顔にはシールドを付けていた。


「――ハッ!!」


 美馬梓はその二人の掲げたコンクリ目掛けて、素晴らしい速度と威力の上段回し蹴りを放ち、どちらも見事に破壊する。瞬間、ふわりとスカートが翻り、黒いアンダースコートが衆目に晒された。大講堂内は割れんばかりの歓声に包まれる。


「ふぅ――」


 大歓声を一身に浴びながら、美馬梓は精神を集中してから、スッと顔を上げる。するとちょうど目の前に、中身のないビール瓶を持った催事実行委員が現れる。

 ビール瓶は片手に一つずつ、計二つ。それを肩幅で横並びに底部分を持ち、美馬梓に見せていた。


「――ヤァぁ!!」


 美馬梓はそのビール瓶を睨み付けてから、一瞬、深く息を吐いて、一息に手刀で寸断した。ビール瓶の先端が見事に切れて、ステージ上に転がった。

 そこまでの技を見せた美馬梓は、観客に向けてペコリと頭を下げる。これでアピールは終了ということだろう。司会者にスポットライトが移った。


「えー、はい。『い』組のパフォーマンスは以上、とのことです。ちなみに、事前情報として、次のパフォーマンスタイムでは、彦星役『為我井淑可』さんで、ピアノ演奏が披露されるようです。ぜひ、勝ち上がって欲しいものですね!」


 司会者がそう言うと、大講堂内には割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 数秒間、アンコールじみた拍手喝采が続いたが、ごほん、という司会者の咳払いと共に、大講堂内は静かになる。そのタイミングで、傍らの水天宮円が口元に手を当てながら、わたしにだけ聞こえる声量で囁いた。


「……いろいろ、信じられませんが……あの、副会長さんって……凄腕の、カラテカ、なのですね……」

「ええ。けれど、普段の素行は悪くないようです。暴力的とか、そういうことはなく、ただひたすら口が悪いだけと聞いています。嗚呼ちなみに、歴代最高の『がっかり美人』という異名を持っておられます」

「……がっかり、美人……ええ、そうですね……確かに……」


 水天宮円に小声で返して、わたしもしみじみ、美馬梓の残念具合を噛み締めた。

 噂では聞いていたが、まさかここまで残念な美女だったとは思わなかった。確かにこれでは、『歩く姿は美の化身、喋らなければ高嶺の花、口を開けば下衆野郎』と、形容されても仕方ないだろう。

 とはいえ、それとこれとは別問題で、トップバッターである為我井淑可、美馬梓コンビが、あれほどのインパクトを叩き出してしまうと、続く参加者はアピールし難い。


 実際に、次の組として紹介された『は』組は、一年生コンビということもあったが、完全に直前のパフォーマンスに呑まれてしまっており、まともに自己紹介すら出来ていなかった。


「おやおや、ちょっと初参加の一年生は、緊張しちゃってたかな? さて、それでは気を取り直して次の組は――組番号『ち』で、織姫役『脇一志』さん、彦星役『為我井優華』さんだ!! おぉ、これまた有名人ですね!」


 そうして順当に番が進んで、どうやら次の組が、為我井優華たちであるらしい。

 司会者がそう宣言すると、スポットライトが為我井優華と脇一志を照らした。途端に、大講堂内には今日一番の黄色い歓声が響き渡る。


「ええとぉ――アタシは、為我井(タメガイ)優華(ユウカ)、ですぅ。先ほど紹介された生徒会会長の淑ネェとは、実の姉妹でぇ――」


 為我井優華が一歩前に出て、その似合わない恰好で自己紹介を始めると、一斉にブーイングが巻き起こった。それはほとんどが女性陣からで、男性陣からは戸惑った様子のざわめきが起こっている。

 しかしそれは仕方ないだろう。為我井優華は、わたしにとってはかけがえのない友人だが、その知名度は学園内外含めてほとんど無名である。『為我井家の姉妹』ということ以外に、為我井優華には目立つ要素がないのだ。

 確かに、為我井優華は誰がどう見ても美少女である。

 けれど、同じ体格、同じ顔を持つ、実姉であり生徒会会長の為我井淑可と比べると、あらゆる面において、劣っていると言わざるを得なかった。

 その一方で、パートナーの脇一志は覆面バンドマンだが、名前はそのまま本名を名乗っており、少なくとも三幹高等学校内では、正体が知れ渡っている。知名度だけで言えば、脇一志の名声は全国区レベルであり、どうやら今日の大講堂内には多くのファンが混じっている様子だった。


「――あ、えとぉ……アタシの特技、とか……」

「「「せーのっ!! 脇様ぁ――ッ!!」」」


 為我井優華のしどろもどろの自己紹介に被せて、女性陣が脇一志の名前を叫ぶ。その圧力に屈して、為我井優華はションボリとなって、そのまま顔を伏せた。

 それを心配そうな顔で見詰めながら、手慣れた様子でマイクを振りかざして、脇一志がシャウトする。


「ぉおおい、皆、元気かぁ!? 今日は、俺が、歴史的などんでん返しを見せてやるぜ!! 俺と優華ちゃんの二人で、織姫・彦星コンテストで下克上を起こしてやる!! だから、俺の大切なパートナーである優華ちゃんにパッシングは止めてくれよ!! 頼むぜっ!!」

「「「キャァア――ッ!! 脇様、優しいッ!!! 美しいッ!!!」」」

「有難う!!! ってことで、自己紹介するぜ!! 俺は――」


 為我井優華を庇って、脇一志は見事に大講堂内の空気を支配した。そのMCっぷりは、非常に手慣れたもので、あっという間に空気が変わった。

 チラと見れば、為我井淑可が悔しそうな顔で脇一志を見詰めていた。


「……鳳仙さん。あの男性って……有名な方、なのでしょうか?」

「水天宮さんは、『ド派手六人』って覆面ロックバンド、ご存じありませんか? 脇一志さんは、そのロックバンドのメインボーカルなんですよ」

「――え!? ド派手六人って、あ、あの、『ハデロック』のこと、ですか?! 週に一度の頻度ではあれど、街や公民館などの共通スペースを借りて演奏するゲリラライブで有名な、あの!? 毎回、変なお面を被って登場する割に、お面とは印象が真逆なロックで聴衆を熱狂させるインディーズバンド。確か、商業施設の公共スペースで演奏した時には、観客が二万人を超えたとか――」

「……随分と、お詳しいですね、水天宮さん。ファン、でしたか?」

「あ、いえ、わたしがファンなのではなくて……知り合いが、その……熱狂的なファンで……普段、良く名前は耳にしていたので……」


 水天宮円が口元に手を当てて、上品な驚きで声を抑えている。

 わたしは、知り合いね、と小さく頷いてから、アピールで持ち歌を披露する脇一志の熱唱を眺めた。音源はステージ端に置かれたスピーカーから流れており、ド派手六人の代表曲が流れている。

 軽快で小気味よいサウンドに合わせて、耳障りの良いフレーズが脇一志の情熱的なハイトーンボイスで紡がれる。ライブ特有の熱が大講堂内を満たして、わずか三分間のアピールとは思えないほどの盛り上がりである。


「――っと、惜しいけど、これで終わりだっ! でも、次、勝ち上がった暁には、メジャーデビュー用に温めている新曲を聴かせてやるぜっ!! だからぜひ、俺らが勝ち上がれるように、みんなの一票、投票頼むぜ!!」


 演奏の終了と同時に、そんな宣言をして、アピールタイムが終わった。

 大講堂には凄まじいアンコールが巻き起こるが、それを手で制して、脇一志は一礼してスポットライトから外れる。ステージ上の振舞いは手慣れたものだ。わたしは素直に感心した。

 さて、そして次の組は『り』――つまり、わたしと水天宮円の番である。


「えーと、諸君! だいぶ盛り上がったところで、次の組は、優勝候補の一角で、今回のオッズでは二番人気の組み合わせだ!! 組番号は『り』で、織姫役『水天宮円』さん、彦星役――『鳳仙綾女』様っ!!!」

「「「ウォオオオオ――!! 鳳仙様ッ!!!」」」


 パッと、スポットライトがわたしと傍らの水天宮円に当たり、ハウリングするほどのマイクの絶叫と、怒涛の如く巻き起こる歓声が、大講堂内を満たした。

 わたしは思わず、眉根を寄せてこめかみに手を当てる。

 何故これほど盛り上がるのか。傍らの水天宮円もキョトンとしていて、右往左往と視線を迷わせていた。


「鳳仙様、どうぞ」


 その時、影からサッとマイクが差し出されて、わたしは謝辞を述べてから受け取った。水天宮円もマイクを受け取り、わたしに、どうすれば、と視線を投げている。


「……えーと。その……皆様、拙い自己紹介かも知れませんが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。わたしは、いま紹介された『鳳仙(ホウセン)綾女(アヤメ)』と申します。二年生です。部活動などはやっておりませんので、あまり交友関係は広くありません……えと……その……緊張していて、言葉が出ませんが……あの……三幹に通っているので、この『織姫・彦星コンテスト』には、一度は参加してみたくて……記念参加ですが、是非、決勝まで行きたいと思っております。宜しければ、わたしたちに投票頂ければ、幸いです」


 わたしは多少どもりながらも、訥々と自己紹介をする。

 実際は、緊張など全くしていないが、大観衆の前で発言することに慣れておらず、正直なところ、何を言えば良いか分からなかった。なので、好感度を上げる意味でも、拙い挨拶の方が良いと判断してのスピーチである。

 そうしてわたしは、ペコリ、と観客に向けて頭を下げた。すると、突然、水を打ったように大講堂は静まり返った。


「マジで、尊いわぁ――」


 わたしはいきなりの沈黙に慌てて、失敗したか、と顔を上げる。それと同時に、ステージ上の端、出番が終わって控えている美馬梓から、噛み締めるようなそんな声が聞こえてきた。

 その声に呼応するように、大講堂内のあちこちで、潮騒の如きざわめきが起きた。


「――あ、その……自己紹介、大丈夫でしょうか?」


 気味の悪いざわめきのおかげで、自己紹介するタイミングを逸した水天宮円が、恐る恐るとわたしに問い掛けた。マイクでそれを拾っているからか、震えるその声は良く響く。


「ええ、勿論――あ、その、皆様、少しだけお静かに」


 わたしは水天宮円に強く頷き、マイクで観客にそう呼び掛けた。その瞬間、ピタリとまた大講堂内が静まり返る。

 静かになったステージで、水天宮円が一歩前に出て頭を下げる。


「――わたしは、『水天宮(スイテングウ)(マドカ)』と申します。円、の一文字で、マドカと読ませております。生まれも育ちも日本ですが、わたしの御爺様が外国の方で、だからか、生まれつき瞳の色が青いんです。ついこの間、聖ユスティノス女学園から転校して来まして、まだまだ右も左も分からぬ新参者です。本日は鳳仙さんに誘われて、分不相応ながらもこのような大舞台に立たせて頂いております。先ほど鳳仙さんも仰いましたが、そういう意味では、わたしも記念参加で――この記念に、少しでも長くこのステージに居たいと思っております」


 水天宮円は緊張の欠片も見せず、胸を張ってしっかりとそんなスピーチをして見せた。観客の前で発言することが初めてではない様子で、如何にも堂に入った自己紹介だった。


「ちょっとだけ、恥ずかしいですね。わたしの紹介、大丈夫でしたか、鳳仙さん?」

「何の心配もありませんよ。凄くお上手でした――お世辞抜きに、ですよ?」

「ありがとうございます」


 水天宮円と小声でやり取りしてから、さて、とわたしは司会者に視線を送る。

 すると、焦った様子で催事実行委員の一人が、ステージ袖から現れた。その胸には、細長い袋がある。

 わたしは小さく頷き、水天宮円に目線で合図を送る。水天宮円はわたしの視線を追って、近寄ってきた催事実行委員に気付いて、少しびっくりした表情を浮かべる。


「――皆様。わたしたちのアピールとしては、水天宮さんの龍笛の演奏に合わせて、わたしが演舞を披露いたします。お目汚しにならないよう頑張りますので、ご覧くださいませ」


 わたしはそう宣言して、スッと右の掌を天井に向けて、上段の構えになる。重心は高く、身体は半身になり、下ろした左手は脱力しつつも手刀を形作った。

 演舞と言いつつも、実際この構えは、乙心一統流蒼之太刀(アオノタチ)の奥義【天駆光輪閃(テンクコウリンセン)】、無刀之型である。

 わたしはその姿勢でピタリと止まり、水天宮円の龍笛の音色が始まるのを待った。

 どんな曲が掛かるのかは分からないが、受け身に特化したこの奥義であれば、何とでも応用できる――と、考えた時、低く響かせるロングトーンが聞こえてきた。

 緩やかに力強く響くその旋律に、わたしは演舞を開始する。

 曲はまったく知らないが、ところどころのブレスを目安に、一つ一つの技を披露することにした。

 上段から中段に打ち下ろし、右回転と共に胴体を両断する動き――【飛燕(ヒエン)

 中段から突きを繰り出して、下段に斬り下ろし、上段に斬り上げる動き――【竜牙(リュウガ)

 クルリと右に回りながら遠心力を利用した袈裟切り、さらに右回りして軽い跳躍と共に逆袈裟の切り上げ――【天閃(テンセン)

 ピタリと一度その足を止めて、右回りに半身傾げてから、勢いを付けて左回りに回転しながら左手での横薙ぎ――【柳風(リュウフウ)

 右手で下段から上段まで斬り上げてから、両手を揃えて大きく弧を描きつつ下段を薙ぎ払う――【円月(エンゲツ)

 それら五つの技を連続に繰り出す奥義【天駆光輪閃】を、わたしは水天宮円の旋律に合わせて、ゆっくりと、あえて大きい動きで披露する。

 型通りを意識して、指先まで神経を集中する。一応、それなりに様になっているはずだ。

 これでも蒼之太刀は免許皆伝の腕前ではあるが、外道之太刀ほど習熟出来ていない。だから正直のところ、人様に披露するのは恥ずかしい限りなのだが、とはいえ、その練度が分かる人間など、この大講堂内には誰もいないだろう。

 ピューゥゥゥ、とひと際太く強い旋律が響き、そろそろ演奏は終盤らしい。

 ならば、と――わたしもそれに合わせて、最後の〆とばかりに、乙心一統流朱之太刀(アカノタチ)の秘奥義【地鳴(ジナリ)】を繰り出した。

 スッと視線と両手を上に向けて、緩やかに上段から手を下ろす仕草。同時に、片足立ちになり、上げた足のつま先をステージにつけて――瞬間、踵を思い切り打ち付けて、一歩前に踏み出す。

 ドォン、と大きな音が響き、間を外した時間差で、両手が下段まで斬り下ろされる。

 そして、残心の姿勢で動きを止めた。そんなわたしに合わせて、か細く遠ざかるような龍笛の旋律が響いて、余韻を残しつつ演奏は終了する。


「……凄ぇ――」

「……あちゃ。ちょっとこれ、強敵過ぎる後輩だわね。綾女ちゃん」


 シン、と静まり返った大講堂内で、美馬梓と為我井淑可のそんなやり取りが聞こえた。それを耳にしてから、わたしは髪を掻き上げながら、視線を観客席に向ける。

 誰もが、眼を見開いて驚愕の表情で絶句していた。まるで大講堂内全体の時が止まったように、呼吸音すらなく皆一様に驚きの表情だ。

 わたしはチラと時計を見て、アピールタイムが終了する寸前であることを確認すると、観客席に向かって大きく頭を下げた。これでパフォーマンスは終わりである。

 水天宮円も同じように頭を下げた。


「……ああっと。これは、声もないほどの、完成度、です……あまりの美しさに、誰もが夢心地でしたよ……マジで、ありがとうございます、鳳仙様、水天宮円さん。それでは、次の組――に行く前に、会場の皆様、惜しみない拍手をどうぞ――」


 スポットライトが司会者に移ると、戸惑いながらもそんなアナウンスをしてから、パチパチ、と拍手をしてくれた。すると、そこでようやく時が動き出したかのように、観客の半数が立ち上がり、爆発するように大喝采が巻き起こった。スタンディングオベーションするほどとは思わなかったが、どうやらだいぶ受けが良かったようだ。

 わたしは密かに胸を撫で下ろしつつ、同じように安心した様子の水天宮円に視線を向けた。水天宮円はわたしの耳元に顔を寄せて、小声で呟いた。


「……ありがとうございます、鳳仙さん。わたしの拙い演奏で、あそこまで美しい日本舞踊が出来るなんて……感動でした」

「――ご謙遜を。水天宮さんの演奏こそ、雅楽のCDを流しているのかと錯覚するほど、見事なものでしたよ?」

「いえいえ、そんな……恥ずかしい限りです」


 互いに謙遜しながら、次の組へと意識を向ける。スポットライトがまた司会者から切り替わっていた。


「あ、あ……お、俺は……『ぬ』組の――」


 次の組は、三年生同士の男女カップルで、恰好は制服姿、織姫役・彦星役を交換しないオーソドックスな組み合わせだった。

 織姫役は、『深窓の令嬢』と噂されている書道部の眼鏡部長。彦星役は、『オタクプリンス』の異名を持つ漫画同好会所属の金髪イケメンである。二人は三年生の中でも、不思議な組み合わせと有名なカップルだった。

 彼らもそれなりにインパクトがあるのだが、ここまでの組のインパクトに精神的にやられてしまっているようで、まともな自己紹介が出来ず、アピールタイムでも、二人揃ってオタクダンスを披露しようとしたが、息が合っておらず誰が見ても失敗だった。

 というよりもむしろ、その組から後の組は全部、自己紹介とアピールタイムが地獄のようだった。

 誰も彼もが、美馬梓・為我井淑可、脇一志・為我井優華、わたしと水天宮円のアピールに呑まれてしまっており、前半の三組を超えるようなインパクトは出せなかった。ましてや、面白いことを言おうとしてか、自己紹介さえ満足に出来ず、アピールも不発の連続で、大講堂内が沸くことはほとんどなかった。

 かろうじて失敗せず、まともな自己紹介出来たのは五組程度で、アピールタイムも最後まで走り切れたのは、そのうち三組である。

 しかしながら、満足な自己紹介ができずとも、そこは予選を勝ち抜いた猛者たちだ。

 そもそも事前に最低限の知名度はあるので、人となりを含めて、詳しい紹介がなくとも問題のない組が多かった。また、勝負を盛り上げる為に、司会者が適宜助け舟も出していたので、実際の対戦は白熱しそうだ。


 はてさてそうして、参加者全員の自己紹介とアピールタイムが終わった。見れば、時計の針は十七時四十分を刻んでおり、予定通りの進行具合である。


「――はい。組番号『や』で、最後となります。参加者の皆さん、いずれも劣らぬ素晴らしいパフォーマンスありがとうございます。さて、それではここで、運命のルーレットに移っていこうと思いますが、その前に、十分間の休憩を挟みましょう。ステージも整えなくてはなりませんし」


 司会者がそう宣言すると、大講堂内の照明が一斉に点いて明るくなる。無論、ステージ上も明るくなって、参加者全員の姿が見渡せるようになった。


「……水天宮さんは、運は良い方でしょうか?」


 わたしは明るくなったステージで、傍らの水天宮円に向き直り、小さい声で訊ねてみる。すると、水天宮円は、少しだけ思案顔になり、そうですね、と頷いた。


「どちらかと言えば……多分、悪い方だと思いますよ?」


 苦笑いを浮かべた水天宮円が、わたしをジッと見詰めてくる。その回答に残念な気持ちになりつつ、では仕方ない、とわたしは覚悟を決める。

 わたしも普段からあまり運が良いとは言えない方だった。特にここ最近は、死ぬような目にばかり遭っており、最悪と言えるくらいな不運が続いている。

 とはいえ、たかだかルーレット程度、身構える必要はなかろう。

 確かにわたしの目的としては、織姫・彦星コンテストで勝ち上がりたいし、あわよくば上位入賞がしたい。けれど、本戦一回戦で負けたところで、何かを失う訳ではない。特典が得られないだけで、昨年と同じ面倒なことをすればいいだけだ――と、そう考えておけば、気負わずルーレットを回せるだろう。


「鳳仙さんは、運が良い方ですか?」

「いえ、あまり良いとは言えないですけれど――わたしがルーレットを回しますね」


 わたしは苦笑いしている水天宮円に不承不承に頷き返して、慌ただしくステージ上に機材を準備している催事実行委員たちを眺めた。

 催事実行委員たちは、ステージ中央に巨大な電光掲示板を置いて、その隣に、人間大の巨大なルーレットを運んでいた。


「水天宮さん。まだ着替えなくとも結構ですが……お手洗いとかは、大丈夫でしょうか? いまは小休憩なので、別段、ここに残っていなくても問題ありませんよ?」


 わたしはステージの壁に背を預けながら、トイレに行ったり、ステージ脇で作戦会議している他の組に視線を向ける。

 それらを一瞥して、しかし水天宮円はわたしの隣に腰を下ろした。


「ええ、大丈夫です」


 水天宮円の回答に、わたしは何も答えず、ステージの設営が完了するまでの間、ただジッと観客席を眺めていた。

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