第二夜(4)
大講堂の入口は、様々な服装をした学外からの観客が列をなしており、物凄く大混雑していた。
大講堂自体には人数制限があるので、入口付近で入場者数を絞っているのだが、それが機能しているようには見えないほどの大盛況だった。
とはいえ、それは仕方ない。これから行われるのは、七夕祭のメインイベントだ。この織姫・彦星コンテストを目的に来ている人が大半だろう。
わたしは、関係者しか使用できない専用の裏口通路に向かった。
そんなわたしに、長蛇の列になって並んでいる観客たちが、チラチラと好奇の視線を向けてくる。あまり気持ちの良いものではないが、気にせず無視した。
「なぁ、そこの男装のお嬢さん。少し教えて欲しいことがあるのだけど、良いかな?」
するとその時、好奇の視線ではなく、探るような視線を向けてくる女性が話しかけてきた。女性は車椅子を押しており、車椅子には中学生くらいの可愛らしい少年が座っている。
「……はい? なんでしょうか?」
「ああ、すまない。私たちは、織姫・彦星コンテストとやらを観覧しに来たのだが、いかんせん校内が広くて迷ってしまってね」
わたしは鋭い目つきで威圧しながら、その女性に向き直る。声を掛けてきた女性は、パッと見て明らかに外人だった。
ファッションモデルさながらの高身長と抜群のスタイルをしており、半そでへそ出しのパンツルックが自然体でバッチリと決まっていた。少しパーマの入ったブロンドのショートヘアをしており、目鼻立ちの彫りは深く、キメ細かい白磁の肌に青く澄んだ瞳をしている。どこか中性的な印象をしており、薄着で胸の膨らみが強調されていなければ性別を間違えてしまうかも知れない。
「コンテスト会場の、大講堂はどこか、教えてくれないか?」
女性は見た目に反して、流暢で美しい響きの日本語で質問してくる。わたしは女性から視線を切って、大混雑している列の最後尾に顔を向けた。
「コンテスト会場の大講堂は、そちらの列に並んでいれば入れますよ。とはいえ、この人数だと入場規制されそうですけれど……」
「ん、ああ、なるほど。ありがとう、男装のお嬢さん」
女性は小さく会釈してから、車椅子の向きを変えて列の最後尾に向かって歩き出す。しかしその瞬間、車椅子の少年がどうしてか、やたらと厳しい視線をわたしに向けてくる。
敵意は感じないが、何か値踏みするような視線だ。不愉快だったが、あえてそれに気付かない振りをして、そのまま大講堂の裏口に足を向けた。
大講堂の裏口から控室に入ると、そこには既に、予選を勝ち抜いた十二組のうち、九組ほどが揃っていた。わたしが一番早いとは思っていなかったが、それにしても思ったより多くの参加者が揃っている。
(……確かに、わたしは十八くんたちに見付からないよう、慎重に校舎内を遠回りして来ましたが……それにしたって、皆さん、被服準備室から来るのが早すぎではないでしょうか?)
わたしは控室の入口で思わず立ち止まり、待機している参加者たちに驚きの視線を向けた。被服準備室で衣装登録して、すぐに向かってきたとしても、いつの間に、と驚愕するほどの行動力だろう。
柱時計を見ると、十六時十五分。点呼まで、まだ三十分程度ある。心の準備が必要とはいえど、だいぶ余裕がある。
「――脇くん、しっかりしてねぇ! 脇くんのパフォーマンスに、全て掛かってるんだからねぇ!」
「……う、うん。分かってる……恥ずかしいけど、頑張る、ぜ……」
するとその時、入口で立ち止まっていたわたしの背後から、そんな男女のやり取りが聞こえてきた。片方は聞き慣れた女性の声で、わたしはゆっくりと振り返る。
ちょうど、ガチャ、とドアが開いて、為我井優華が顔を出した。
「あ、失礼しま――って、あれ? あれれ? もしかして……」
為我井優華は、わたしと顔を見合わせてから一瞬だけフリーズしていたが、すぐにハッとなって、ピョンピョンその場で飛び跳ねた。
わたしは、はしゃいでいる為我井優華に向き直りながら、ええ、と頷いて、凍ったように固まった。
「ゆ、優華、さん――?!」
「やっぱり、綾女ちゃんだぁ!? うわぁ、凄い美形さんだよぉ!!! そっか、そっか。綾女ちゃんが彦星役なんだね!」
わたしの声を聞いて確信したのか、為我井優華は手をガッと掴むと、控室の空いている椅子までわたしを引っ張った。
わたしは抵抗せず、手を引かれるままに控室の隅に移動した。
「えと……その……優華さんも……えと……彦星、役……ですか?」
「うん、そーだよぉ! けど、なにその顔!!」
「あ、いえ、その……ちょっと、優華さんの衣装が……衝撃的、で……」
「あ、そうでしょう!? 今年は奇をてらって、脇くんを織姫にしてみました!!」
わたしは困った表情を浮かべてしどろもどろしながら、為我井優華の姿をマジマジと眺めた。そのあまりの恰好に驚き過ぎて、思考がちょっと停止状態になってしまった。
一方で、為我井優華は、どやぁ、と満面の笑みで腰に手を当てて胸を張っている。よくもこの恰好でそこまで自信を持てるな、と失礼ながら、心の中で呟いていた。
それほど、為我井優華の衣装は奇をてらっていて、誰が見ても驚くこと必至だった。だが、似合っているわけでは決してない。
「……よく、それで……露出規定、通りましたね……」
「うん? あ、うん! 露出規定ギリギリだったよぉ。でも、これ、淑ネェも同じ格好だもん!」
為我井優華は言いながら、ほら、と視線を控室の入口に向ける。するとそこには、タイミング良く入室してくる為我井淑可の姿がある。彼女は確かに、まったく同じ衣装を身に着けていたが、決定的にその着こなしが異なっている。
誰がどう見ても、為我井優華より為我井淑可の方が好印象であり、その衣装を着こなしていた。観る者に対して与えるインパクトはどちらも凄まじいが、圧倒的に、為我井淑可の方が良い意味で上だろう。
わたしの驚愕の視線に気付いたか、為我井淑可がニッコリ不敵な笑みを浮かべて、空いている椅子に腰を下ろしていた。
「……まぁ、確かに……同じ恰好ではありますが……その……優華さんは少し、だらしない、のではないでしょうか?」
「えぇ? そんなことないと思うけど……淑ネェと髪型違うからかなぁ?」
「…………それも、あるとは思いますが……まぁ、いいです」
わたしはどう説明しようか迷ってから、これ以上口を出すのを控えた。
為我井姉妹の恰好は、完全に同一の衣装である。そして二人の体格もほとんど同じなので、異なるのは髪型と雰囲気、その着こなしだけだ。しかし、着こなしと雰囲気だけで、二人の印象は驚くほど違って見えている。
二人の恰好は、暴走族の特攻服を思わせる学ラン姿だ。
前を全開にした丈の長い学ランを羽織って、露出した胸元にはサラシを巻いていた。前時代的な不良のような恰好である。ただし、その着こなしはまったく異なっていた。
まず為我井優華は、胸元のサラシが若干緩く、傍目から見て、胸の主張が激しかった。併せて、羽織った学ランはサイズが大きめで、そもそもだらしなく見えている。また、サイドテールの髪型も可愛らしい印象を与えており、出来の悪い特攻服コスプレをした美少女という印象になってしまっていた。
ところが、為我井淑可は文句なく男装の麗人だった。サラシはしっかりと巻かれていて、背筋をピンと伸ばした姿勢が、厚い胸板を演出している。ピッタリサイズの学ランはむしろ無骨な印象を際立たせて、髪型も普段のポニーテールではなく、細かく編み込んだコーンロウにしている。応じて、メイクはクールで厳つい男性を意識しており、整った顔立ちが息を呑むほどの美男子にしている。
「……同じ衣装で、実の妹を、引き立て役に使うとは……何という、強かさでしょうか……」
これならば、インパクトは充分だろう。まだパートナーの美馬梓は来ていないが、これに合う衣装を身に着けてくることを考えると、やはり最有力優勝候補の一角だと思い知らされる。
わたしはそんな為我井淑可に畏怖の視線を向けてから、隣に座った為我井優華に向き直る。
「ちなみに、優華さん? 脇さん、なんか部屋の隅で座り込んでしまいましたが……あのまま放っておいて、宜しいのでしょうか?」
「ん? あ、うん! 脇くんは、出番前に集中したいから放っておいてくれ、って言ってた――だから大丈夫だよぉ。ステージじゃ、圧巻のパフォーマンスを見せるよぉ、きっと!!」
「…………嗚呼、なるほど、ね」
わたしは、控室の片隅に移動して体育座りでブツブツ呪詛を唱えている脇一志に対して、気の毒に、と憐憫の視線を投げる。
脇一志は、純白のウェディングドレスに、ブルネットのロングヘアのウィッグを付けており、本格的な女装メイクをしていた。傍目から見れば、なかなかの美少女に思える。これならばきっと、本戦でも良い勝負が期待できるだろう。
とはいえ申し訳ないが、女装した脇一志と出来の悪いコスプレ姿の為我井優華のコンビを見ると、為我井優華の方が美少女然としている。組み合わせとしても、織姫・彦星にはミスマッチだ。これでは、勝ち上がるのは難しいだろう。
ところでプチ情報だが、脇一志は、自由な音楽活動を禁止しているこの三幹高等学校において、例外を許可された一部の生徒である。
金銭の授受が発生しないこと。活動を週一にすること。顔出しを避けること。メディア露出しないことなど、幾つかの厳しい条件の下、例外的に認められたインディーズの覆面ロックバンドのメインボーカルである。こんな女装などしていなければ、きっとかなりの強敵だろう相手である。
そんな脇一志は恐らく、メジャーデビューする為の早道として、この織姫・彦星コンテストで優勝したいのだろう。優勝特典があれば、退学しなくても自由な音楽活動が約束されるのだから――
人それぞれ、参加する理由がある。わたしはそう思考してから、脇一志から視線を切った。
「あ、ねぇねぇ、綾女ちゃん。ところで、水天宮さんはどうしたの?」
ふと、為我井優華がそう問い掛けてきた。わたしは、チラと控室を見渡して、まだ水天宮円が来ていないことを確認してから為我井優華に頷いた。
「ええ。まだ来てませんね……ちょっと、用事があったので、わたしだけ先に着替えてこちらに向かってしまったので……」
「ふぅん。ねぇねぇ、水天宮さんって、どんな衣装で来るの?」
「……さぁ? 衣装選びは、水天宮さんに任せてしまいました」
「ふむふむ、なるほど、なるほど。分かります、分かります。つまり完璧な綾女ちゃんは、水天宮さんのセンスに任せたということですねぇ?」
「…………優華さん、それ、誰の真似ですか?」
よく分からないテンションで謎な台詞を吐く為我井優華にドン引きしながら、わたしは冷静に切り返した。為我井優華は、てへ、とおどけた笑みを見せてから、南天ちゃんの真似だよぉ、とわたしの知らない人の名前を口にする。
わたしは首を傾げながら、誰ですか、と問い返す。
「柊南天ちゃんだよぉ。商店街でいま、話題沸騰中のお好み焼き屋さん、モダン柊っていうお店なんだけど――そこのオーナーさんなのぉ。口癖が『ふむふむ、なるほど、なるほど。分かります、分かります。つまりそれは――』って言うの。面白い人だよぉ」
「…………」
為我井優華の説明を聞いて、わたしは沈黙を返す。
知らない人間の真似をされても、反応出来る訳がないではないか。せめてこれがバラエティなどで活躍するテレビタレントの真似ならまだ反応しようもあるが、そんなローカルな身内ネタなどわたしの知る由もない。
わたしは楽しそうに笑う為我井優華に気付かれないよう、小さく溜息を漏らしてから携帯に意識を向けた。さっきから、ヴーヴー、とSNSアプリがメールを受信している。恐らくは龍ヶ崎十八だろう。
とりあえず無視して、柱時計に視線を向けた。するとタイミング良く控室の入口が開き、衣装を手に持った水天宮円が現れた。
「あ――鳳仙さん! 良かった。こちらにいらっしゃらなかったら、どうしようかと……」
「失礼いたしました、水天宮さん。ちょっとわたしの方も野暮用があったので、先に来てしまっておりましたが……それが選んだ衣装ですか?」
安堵の表情を浮かべた水天宮円は、わたしの前にやってきて、恥ずかし気に衣装を見せてきた。それを受け取りながら、わたしは小首を傾げて問い掛ける。彼女は、こくん、と小さく頷いた。
「あの、ごめんなさい。鳳仙さんの衣装をいま見て――少し、合わないかな、と後悔しております」
「……わぁ――これ、水天宮さんが着ると、いったいどうなっちゃうの? なんか、滅茶苦茶似合いそう……」
わたしは水天宮円の持ってきた衣装――天女を意識した羽衣ドレスを見て、自らの着ているタキシードとの不釣り合いを静かに嘆いた。
為我井優華を批判するより前に、わたしと水天宮円もあまり相性の良くない組み合わせである。
だが――と、わたしは気持ちを切り替える。幸いなのは、まだ水天宮円が着替えていないことだ。彼女は制服のままなので、いまはそれほどミスマッチな衣装ではない。
わたしの目標は上位入賞でしかない。そして上位入賞するには、決勝に進出すれば良く、シードの四組に選ばれなくとも、二度だけ勝ち抜けば良い。つまり、多くてもたった二組と戦って勝てば良いのだ。組み合わせ次第では、衣装を着替える必要もなく勝ち上がれるに違いない。
(……まぁ、運否天賦には、違いありませんけれど……何とか、シードを引けないでしょうか……)
わたしは珍しくも神頼みしつつ、控室内を見渡す。いまこの場に居て、純粋な素材勝負で、わたしたちの組み合わせに勝てそうなのは、二組ほどだろう。
一組は、誰もが知るところの三年生ベストカップル、美男美女の『設楽絵里』、『大空蹴』の組み合わせだ。二人は着物姿と甚平姿で、誰が見てもお似合いだった。
もう一組は、テニス部の女王、二年生の『緋緒怜美』と、一年生で生徒会書記『阿部太郎』の組み合わせである。緋緒怜美は燃えるようなドレス姿でバッチリ決めており、阿部太郎はスラリと伸びたタキシード姿だった。阿部太郎は緋緒怜美より頭一つ分低身長であるが、厚底ブーツを履いてそこを補っていた。
見渡す限り、その二組だけが強敵に思える。
わたしでさえ耳にしたことのある知名度を持ち、素材の面でも水天宮円レベルの二組である。正直、強敵はその二組と為我井淑可だけで、他の参加者たちは申し訳ないが、わたしたちの敵ではないように思えた。よほどパフォーマンスを間違えなければ、一対一なら勝てる自信がある。
これは自惚れではない。何故なら、為我井優華・脇一志を筆頭にして、他の参加者の大半が、見栄えのインパクト重視であり、織姫役・彦星役として見ると、とても似合っているようには思えない。パッと見て、色物系の記念参加にしか思えない組み合わせだらけだったからだ。
そんな風に見渡していると、ふいに、ドガン、と控室の扉が音を立てて開かれる。その大きな音に驚き、室内の全員が一斉に注目した。
「――ブッ!? ちょ、ば、馬鹿じゃん!? 何アレ!? ウケるぅ!! ガハハハ!」
そこには、為我井優華の姿を見て、下品に大爆笑しているセーラー服姿の美女が立っていた。
腹を押さえながら、ガハハハ、と男顔負けの笑いをしているその美女は、控室中の視線を一身に受けてまるで怯まず、涙を浮かべながら地団駄を踏んでいた。
「ちょっと、笑いすぎでしょ、梓ちゃん。梓ちゃんがいま笑っているのは、アタシの不肖の妹なんだけど?」
「ガハハハ!! だから、笑ってんだろ、淑可。あのコスプレ感全開の特攻服、一周回って逆に、似合い過ぎてて受けるぅ!!!」
「……はぁ、もう。笑い方、下品だっての!」
大爆笑のセーラー服美女は、誰もが知る有名人だ。
この三幹高等学校の中で、歴代最高の『がっかり美人』の異名を持つ、生徒会副会長、美馬梓である。
美馬梓は、清楚な印象を与えるセーラー服を見事に着こなしており、腰元まで伸びた艶やかな黒髪をストレートに下ろして、ナチュラルメイクで決めていた。
「ガハハハ!!! おいおい、淑可。その妹、紹介しろよ、妹!! ついでに、その横のマジでイケメンの後輩ちゃんも紹介しろよ!! ずっこいぞ!!」
黙っていれば誰もが見惚れるほどの淑女然とした容姿の美馬梓だが、その喋り方、笑い方は汚らしいの言葉に尽きた。
そのあまりのギャップに、水天宮円は絶句して、目を丸くして驚いていた。
「――初めまして、副会長。わたしは、こちらの為我井優華さんの友人で、二年生の鳳仙綾女と申します。以後、お見知り置きを」
「おうおうおう、スゲェ、礼儀正しいな! マジモンの爽やかイケメンじゃないか! ん? って、おおおぉ!? 鳳仙、綾女って――もしや、あの、鳳仙様?」
「鳳仙、様? えと……あの、というのが、どの鳳仙か存じませんが……鳳仙の苗字を持つ二年生は、わたし独りです」
肩を怒らせるようにして、ドスドスドス、と寄ってきた美馬梓に、わたしは素早く自己紹介をした。その途端に、美馬梓は何か思い出したように手を叩き、勢いよく為我井淑可に顔を向ける。
それに対して、為我井淑可は、ふふん、と胸を張って頷いた。
「そうだよ、あの鳳仙綾女ちゃんさ。実物は噂以上に凄いっしょ?」
「ああ、マジヤベェな!? ここまで美形で、礼儀正しくて、しかも聡明なんだろ!? これが超有名人『三幹の大和撫子』鳳仙様かよ――泣けるほど、尊いわぁ」
「……お二人ほどの有名人に、様付けされて、しかもそこまで言われてしまうと、流石に少し面映ゆいのですけれど……」
「ぉおおお、感動!! スゲェ謙虚で、丁寧だわぁ。俺みたいな、ただの野蛮人に対して、この態度。たかが上級生ってだけだぜ、俺? こんな口汚ねぇ、初対面の先輩に、ここまでちゃんと対応するなんて、マジ神!」
興奮して唾を飛ばしながら喋り続ける美馬梓に、わたしは引け腰になりながらも柔和な笑みを浮かべて答える。すると、そんなわたしの反応にいっそう感動して、美馬梓は涙を流しながら天を仰いでいた。
「梓ちゃん、ちょっと落ち着きなって――あ、優華。アンタも自己紹介しなさいな。ついでに、そちらの美人の外人さんも、紹介してくれると嬉しいな、っと」
為我井淑可は美馬梓の背中を叩きながら、水天宮円に顔を向けつつ、為我井優華にそう命じた。為我井優華は、美馬梓をマジマジと見詰めながら、はい、と手を挙げて頭を下げる。
「はいはい! アタシが、淑ネェの不肖の妹、優華です! 美馬梓生徒会副会長は、噂に違わずお綺麗ですけど、噂以上に毒舌で豪快ですねぇ」
「ガハハハ、後輩の癖になかなか言うねぇ!! 流石、淑可の妹だ。生意気そうだぜ!」
「アハハハ、生意気じゃないですよぉ? あ、淑ネェ、こちらの水天宮さんが、噂の美人転校生、水天宮円さんだよぉ」
美馬梓の下品な物言いに一歩も引かず、為我井優華は胸を張りながら笑顔で答える。ついでに、絶句している水天宮円の腕を引いて、美馬梓と為我井淑可の前に押し出した。
「今回、綾女ちゃんのパートナーで、織姫役で出るんだぁ。強敵だよぉ?」
「……あ、ええ、と……先日、聖ユスティノス女学園から転校して来ました。水天宮円、と申します……その、よろしくお願いいたします……生徒会会長? それと、生徒会副会長?」
為我井優華に背中を押されて、致し方なく上級生二人の前に立たされた水天宮円は、それでも冷静に自己紹介して頭を下げる。二人はそんな水天宮円の態度に、満足気に頷いて見せた。
「おうおうおう、スゲェ強敵じゃん。ただでさえ、鳳仙様だけでも手強そうってのに、噂の転校生と組んじまったら、無敵じゃん!? 俺と淑可に匹敵、ってか俺ら勝てるかな!?」
「――おっと、梓ちゃん? ボチボチ、アタシらはステージ向かいましょか? そろそろ開始時間が迫ってるから、生徒会代表として、挨拶しないといけないでしょ?」
「んぁ? チッ、面倒臭ぇな。けど、仕方ねぇか――よし、行くぜ!」
ふと柱時計を見ると、気付けばもう十六時四十五分である。本戦参加者の参加締め切り時刻だった。時間を確認した美馬梓と為我井淑可は、そんなやり取りをしてから、二人一緒に控室を後にする。それと入れ違いに、催事実行委員が入室してきた。
「さて、参加者の皆様、御揃いでしょうか? これから点呼を取りますが、まだパートナーが来ていない方、いらっしゃいませんか?」
催事実行委員は言いながら、控室内を見渡していた。だが、誰からも反応はない。
数えてみると、ちょうど十一組、二十二人が揃っている。為我井淑可と美馬梓を除いて、いつの間にか、全員揃っていた。
「大丈夫、そうですね――それでは、そろそろ入場になりますが、御手洗いに行きたい方は今のうちに行って来てください。また、携帯電話はマナーモードにしておいてください」
その言葉に、四名が席を立って足早にトイレへと向かっていた。わたしは隣に座る水天宮円に、大丈夫か、と視線を向ける。
「あ、えと……鳳仙さん。わたし、どこで着替えたら宜しいでしょうか?」
するとわたしの視線を勘違いして、水天宮円は持っている衣装を見せながら、どうしよう、どうしよう、と心配そうな顔を向けてくる。
「……水天宮さん。着替えは、まだしないで頂いて問題ありません。最初のアピールはこのままで――あ、そういえば、ご相談していなかったですけれど、水天宮さんは、何か特技とか、アピールタイムで披露したいことはございますか?」
この土壇場になって、あまりにも今更すぎる話だが、少しだけ弁明させて欲しい。わたしのこの質問は別段、パフォーマンス内容をどうするか忘れていたとか、まったくの無策というわけでは決してない。一応、アピールタイムでわたしは、乙心一統流の剣舞を日本舞踊と称してパフォーマンスするつもりで考えていた。
とはいえ、それを独断で決めており、水天宮円に何も相談していないことに気付いたので、念の為に聞いてみたのである。
「……アピール、ですか……?」
「ええ、何かこう……観客の皆さんを驚かせるような特技、ありますでしょうか? わたしは、多少日本舞踊が出来ますので、それを披露しようかと」
「日本舞踊――踊れるのですか?」
わたしの問いに、水天宮円は困った表情で思案していた。しかしそれは、何もできないという感じではなく、何か特技があり、それを披露するかどうか迷っている印象だった。
わたしは立ち上がりながら、柱時計を見て、そろそろ、と入場の誘導役である催事実行委員に向き直る。釣られて、水天宮円も立ち上がり、遠慮がちに囁く。
「……わたし、龍笛が吹けます、よ?」
「え――へぇ? それは、素晴らしい」
水天宮円の囁きに、わたしは一瞬だけ絶句して、喜びに震えながら頷いた。
楽器演奏系の特技は、観客受けが物凄く良いのである。そこにわたしの演舞が加われば、対戦相手の組み合わせがよほど悪くなければ、決勝まで勝ち残れそうだった。
「あ……けど、流石に、この場に龍笛なんか、ありませんね……」
「そこは大丈夫です。ご用意出来ると思いますよ」
水天宮円がハッとしてから、しゅんと俯くが、わたしは心当たりがあるので強く断言した。三幹には和楽器部があり、そこにはほとんどの和楽器が置かれているのを知っている。
「それでは参加者の皆様、入場の準備が整いましたので、順番にどうぞ――いろはに、で若い順番に進んでください」
トイレから戻ってきた数人を確認してから、催事実行委員が誘導を始める。それに従い、わたしと水天宮円も順番に控室から出た。
「……あの実行委員さん。パフォーマンスの際に、和楽器の龍笛を使用したいのですが、ご用意頂けないでしょうか?」
「ん? あ、はい。リュウ、テキ……? ああ、龍笛、ですか! 横笛ですよね? 承知しました。和楽器部に聞いて、お借りして来ます。すぐに用意しますね」
「ありがとうございます」
催事実行委員は二つ返事に頷いて、携帯電話で別の委員に連携してくれた。
織姫・彦星コンテストの参加者は、学校内にある備品であれば、パフォーマンス時に好きなだけ利用できる。モノによっては事前申請が必要となるが、あまり大きくない備品であれば、ほとんどの場合はすぐに借りれるのだ。
「さて、水天宮さん。最初のアピールで、すぐに龍笛の演奏をお願いいたします。その旋律に併せて、わたしが舞踊を披露いたします」
「分かりました。どのような曲を演奏すれば宜しいですか?」
「お任せいたします。出来れば、緩やかな曲調の方が合っているかも知れません」
わたしは水天宮円とそんなやり取りをしながら、誘導の流れに沿って大講堂のステージへと進む。ステージ袖から姿を現すと、途端に大歓声がわたしたちを迎えた。
「……凄い、熱気です」
傍らの水天宮円がボソリと呟く。わたしはそれに小さく頷いた。
今までは、下からステージを見上げる側だったので分からなかったが、実際にステージに立つと、その熱気に頭がクラクラするほどだった。興奮はしていないが、突き上げるような歓声と熱意、集団の圧力に中てられそうになる。
大講堂内は暗くなっており、まるで映画館のようだった。
ステージも同じく薄暗いが、その足元だけ淡い緑色の照明が点いており、足元はしっかり見えるようになっている。
そんな薄暗いステージに、参加者は横並び一列で整列する。すると、ステージ中央に立ってスポットライトを浴びていた司会者役の催事実行委員が、一歩だけ客席寄りに進んでから、参加者に振り返る。
「――――これで、全員揃いましたかね?」
その司会者の質問には誰も答えなかったので、わたしはチラと整列した参加者を見た。先行した為我井淑可、美馬梓を除く十一組が揃っている。
「よぉおおし!! それでは始めようっ!!」
その時ふいに、キィ――ン、と。マイクをハウリングさせながら、どこからか開始を告げる宣言が響き渡る。
わたしのみならず、ステージに並んだ全員が、その爆音に眉を顰めた。中には耳を押さえて、うるさいと呟く参加者もいた。その爆音は、音響攻撃を思わせるほどうるさかった。
わたしは音の発生源に視線を向ける。音の発生源は、ステージ中央の司会者ではなく、観客席の一番奥、大講堂の入口付近から響いている。
「――大講堂の諸君! これから始まるのが、七夕祭の目玉イベント!! 毎年恒例の『織姫・彦星コンテスト』だぁ!!!」
ロックバンドのライブみたいなノリで、マイクの大音量が響き渡り、パッとスポットライトがそこに当てられた。観客席は、今日一番の盛り上がりと思えるくらいに沸き立ち、黄色い悲鳴が大講堂内を満たした。
スポットライトで浮かび上がるのは、セーラー服姿の生徒会副会長、美馬梓その人だった。
「行くぜぇ!! 今年の最強織姫、彦星を決める舞台に!! 俺が連れてってやるぜぇ!!!」
美馬梓は、とんでもないハイテンションでそんな絶叫を上げて、拳を強く上に突き上げた。その絶叫にいっそう盛り上がる大講堂だが、その振舞いがあまりにも浮いている。
「おおぉおし!! 盛り上がってきたぁ!!! 行くぜ、淑可!!」
「――うん、行っくよぉ!」
美馬梓が叫びながら、スポットライトの動きに合わせて、大講堂入口からステージに向かって走り出した。そのすぐ後を追うように、大講堂の入口扉を開けて、為我井淑可が手を振りながら現れる。
毎年行われているこの生徒会による演出を眺めながら、わたしは観客席に視線を巡らせて、龍ヶ崎十八、九鬼連理が居ないか確認した。流石にこの状況では手出しできないだろうが、居たら居たで厄介でもある。
(…………居ない、ですね)
けれど、それは杞憂に終わった。
大講堂内の観客を隅々まで見渡すが、それらしい人影は居なかった。わたしは静かに、良かった、と胸を撫で下ろす。
ところで、先ほど大講堂の入口を探していた外人の女性と、車椅子に乗っていた少年は無事に入場制限を潜り抜けたようだ。観客席の一番奥、制限が掛かるギリギリの位置で席を確保していた。




