第二夜(3)
「――はい。これで、参加申請は終了です。それでは、この後は予選に進んでいただきます。コンテストの予選開始時刻は、十四時半からです」
「ええ、承知いたしました」
わたしは受付の生徒会書記の女生徒に頷いてから、ふぅ、と胸を撫で下ろした。現在時刻は、十三時四十分。
織姫・彦星コンテストの参加受付、締め切り時間ギリギリだった。
「…………ええと、鳳仙さん……了承はしましたが、これからどうすれば?」
恐る恐ると不安げな声音で、水天宮円が声を上げる。震える声の割には、その無表情は冷徹で、動じていないように見えた。
「おや? 貴女がたは、今回の参加が初めてですか? なら、どうしますか? 説明が希望であれば、ちょうど今から生徒会準備室で、新入生向けの説明を行いますよ?」
水天宮円の不安げな声を耳聡く拾って、受付の脇に居た催事実行委員の三年生男子が気を利かせた声掛けをしてくる。その声掛けに、一瞬だけビクっと肩を震わせるものの、水天宮円はすぐに微笑を浮かべて、是非、と頷いていた。
冷徹な無表情が一瞬にして溶けて微笑に変わる瞬間、それは思わずときめくほど可憐だった。同性のわたしでさえ目を奪われたのだから、声掛けした三年生男子は、言わずもがなである。彼は思わず息を呑んで絶句して、顔を真っ赤に紅潮させている。
あわあわ、と慌てふためき、思考を停止させて、ど、ど、どうぞ、と手で生徒会長室の壁を指差している。
水天宮円はそんな彼に丁寧な会釈をしてから、わたしに向き直った。
「鳳仙さん。わたし、準備室で説明を聞きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「――ええ、勿論です。わたしも一応、昨年は観ていただけで、参加していないので同席します」
「……良かった。それはとても心強いです」
水天宮円は柔らかい雰囲気ながらも、スッと無表情になってわたしにそんなことを言った。
わたしはそれに頷きつつ、先だって生徒会長室を後にして、隣の生徒会準備室に向かった。ちなみに、生徒会長室を後にするわたしたち二人を、催事実行委員の三年生男子は、残念そうな表情で見送っていた。
彼は恐らく、声掛けをきっかけにして水天宮円をエスコートしたかったのだろう。
ガラリ、と生徒会準備室の扉を開けると、中には八組、都合十六人の男女がパイプ椅子に座っていた。パイプ椅子は二人一組の横並びが、等間隔に十五組分用意されており、わたしと水天宮円は、一番奥の空いている椅子に腰掛けた。
「……え、マジで? 今の長い黒髪の人って、『三幹の大和撫子』でしょ!? ちょ、今年、レベル高過ぎじゃないの!?」
「ってか、相方の外人って誰!? あんな人、三幹に居たっけ!? 何年生!?」
「――ヤベェ。俺、三幹に入学して、今日ほど幸せなことねぇわ。もう負けても良いわ」
「ちょ、アレ。どっちが織姫役で、彦星役だよ……ダブル織姫だろ、どう見ても……」
入ってきたわたしたちの姿を見て、準備室で待機していた十六人の男女たちが、一斉にガヤガヤと騒々しくなった。全員の視線もわたしと水天宮円に集中する。
わたしは少しだけその注目に居心地悪くなりながらも、スッと室内を一瞥する。
「……アレ、同じ人間とは思えないんだけど……」
「はぁ――本物の鳳仙綾女様……マジで尊い……」
わたしと目が合った数人が羨望の視線を向けてくるので、少しだけ悍ましかったが、表情には出さずにスルーした。
一方で、傍らの水天宮円は、注目など何も気にせず、キョロキョロと室内を見渡している。
ところで、生徒会準備室に居る八組のうち、一年生同士が五組、二年生同士が一組、三年生同士が一組で、一年生と三年生の組み合わせが一組である。また、女子同士が四組、女子男子が三組、男子同士が一組と、やはりほとんどが同性の組み合わせだった。他人のことは言えないが――
「はいはい、静粛に、静粛に」
その時、ガヤガヤとした準備室に、陽気な声音をした生徒会長が入ってくる。
彼女は指揮棒で自らの手をペチペチと叩きながら、準備室に設置されたホワイトボード前まで歩いてきて、マジックペンで『織姫・彦星コンテストのイロハ』と、達筆な文字を書いた。
「よし、それではいまから、織姫・彦星コンテストの一連の流れを説明いたしま――――って、うわぁ!? 綾女ちゃんが居る!? マジか!?」
生徒会長は準備室内の生徒たち全員を見渡してから、わたしの姿に気付いて素っ頓狂な声をあげた。わたしはスッと会釈だけで挨拶した。
生徒会長――為我井淑可は、マジか、と連呼しながら、困った顔でオデコに手を当てている。
「あちゃ~、とほほ、参ったねぇ。綾女ちゃんが参加してるとは、とんだ伏兵登場だなぁ。こりゃ、アタシも気合入れないと――それに何より、急いでブックメーカーのオッズ確認して、入賞者の組、賭け直さないとか……」
為我井淑可はボソボソと不謹慎なことを呟きながら、さて気を取り直して、とホワイトボードに向き直る。
生徒会長である彼女――為我井淑可は、為我井、という珍しい苗字が示す通り、為我井優華の実姉であり、わたしとも顔見知りである。三幹高等学校の現生徒会長であり、同時に、一昨年、昨年の織姫・彦星コンテストで優勝している組の片割れ、織姫役だ。
その容姿は、為我井優華のスタイルを身長含めてそのままに、少し大人びた印象の美少女だ。どことなく焦げ茶色の髪をポニーテールにして、陽気で明るい利発な美少女である。性格も見た目のイメージ通りに、竹を割ったようなサッパリ系で、為我井優華と違い、学年上位の成績と抜群の運動神経を持っている。敵を作らないタイプの美少女で、男女分け隔てなく人気が高かった。ちなみに、異名として『二代目絶対織姫』と呼ばれている人でもある。
「ではでは、諸君。知っている人も、知らない人も、ご清聴あれ! この後の流れ、織姫・彦星コンテストをザっと説明するね? よぉく聞いていてよ?」
ホワイトボードに『役割決め』『予選』『衣装』『本戦~決勝』『特典』と、矢継ぎ早に書き込んだ。
「まず第一、役割決めを行ってもらいます。いま諸君は、隣の生徒会長室で参加申請書を提出済みだと思いますが、それとは別に、十四時から配布する参加者の役割用紙を記入いただきます。これは予選開始時に回収して、その後、変更できないものとなります。ここに居る人にはもう配っちゃうね」
為我井淑可はそう言って、ペタリ、と一枚の紙をホワイトボードに張り付けてから、一組に一枚ずつその紙を配った。
わたしたちが受け取った紙には、単純に『織姫役:』『彦星役:』という印字がされており、チーム名のところに『り』と手書きされていた。
「はい。手元に行き届きましたかね? いま配ったのが、役割用紙です。こちらに織姫がどっちで、彦星がどっちか書いてね。ちなみに、チーム名は、いろはにほへと……で、順番に割り振ってるから、変更不可です」
なるほど、九番目だから『り』であるらしい。わたしは独り静かに納得する。
「さて。この役割決め、物凄く重要だからね? 毎年、ここでミスって、予選敗退する組も多いんだから、ちゃんと織姫役と彦星役は考えるように!」
ババーン、という効果音を携帯から流しながら、為我井淑可はホワイトボードに『役割決め大事!』と書き殴る。
「如何に織姫らしい、彦星らしい演出が出来るか、それでいて、二人の組み合わせが似合っているかどうか――それが、コンテストを勝ち抜く鍵になりますので、諸君、気合入れておいて! さて次に、予選ですが、とりあえず開始時刻を伝えるね。予選は十四時半から、被服実習室で開始します。五分前には参加締め切りになるから、遅れずに集まってね」
ホワイトボードの『予選』という文字の横に、『十四時二十五分〆』と書かれる。続けて『三十分~四十分』と時間が追記された。
「被服実習室では、その場で写真撮影が行われます。この撮影こそが予選です。撮影は、風景撮影部のエース級が巧く撮ってくれるから、メイクなしでも綺麗に写るよ。けど、必要な人はメイクしてきてね。撮影時間は十分間。その間で渾身の写真を二枚撮影してください。ちなみに、時間内なら何枚写真撮影してもOK。四十分になった時点で、二枚提出してくれれば大丈夫です。写真の条件は、二人が写っていること。二枚の写真の中に二人が写っていれば、どんな写真でもOKです。アングルとかポーズとか、好きにしてくれて構わないけど、予選突破に影響するから気にしてね!」
言いながら『人気投票勝負』と文字が書かれた。
途端に、二年生、三年生がざわついた。かくいうわたしも、今年は人気投票か、と思わず腕を組んで眉間に皺を寄せる。
人気投票勝負が一番、票割れを起こし難い勝負形式であり、番狂わせが起きにくい勝負形式だった。写真の良し悪しに関わらず、被写体の知名度で勝負が決まる。それゆえに、何らかの話題を持っている生徒は勝ち上がり易いが、無名な生徒ほど勝ち上がり難い形式である。
ちなみにこの予選、撮影した写真で勝負することは毎年変わらないが、その写真を用いた勝負形式が、毎回微妙に異なる。例えば、昨年は写真の総売上勝負だったし、一昨年は写真を一番早く配り終えた着順だった。
総売上勝負ならば際どい写真を撮るのが決め手になり、配り終えるが目的であれば絵になる構図を意識するのが良いだろう。しかし人気投票だと知名度勝負に等しく、悪評、好評問わずに、目立つ話題を持つ人物こそが有利である。
あまり目立つことが得意でないわたしにとっては、なかなか不向きな勝負形式だろう。予選突破が不安になってくる。
為我井淑可は、わたしを含めて、動揺する二年生、三年生たちに不敵な笑みを浮かべつつ、キョトンとする一年生たちに顔を向けて続ける。
「さて、この人気投票勝負をちょっと詳しく説明すると――撮影した写真二枚を番号順にして、十五時から十五時半までの間、視聴覚室に展示します。そこにご来場いただいたお客様、先着二百名に投票用紙を三枚渡すので、視聴覚準備室で投票してもらいます。結果の確認は、十五時半から行います。投票用紙を開封して、上位二十四名、十二組が本戦に進みます」
ホワイトボードに『票数が同数の場合ジャンケン』と、追記がなされた。
なるほど、今年は同率一位の場合、ジャンケン勝負が適用されるのか――去年は、あみだくじだったのでそれよりはマシだが、どちらにしろ厄介なルールである。
「そして本戦――と言いたいとこだけど、その前に一度、被服実習室に戻ってきて、衣装を選んでもらいます。これも非常に重要だから、戦略を練っておいてね」
為我井淑可が言いながら『衣装』という文字を指揮棒でペチペチと叩いた。
「被服実習室には、コンテスト用に作成されたおよそ百着の衣装が展示されています。その中から、織姫役、彦星役の衣装を選んでおいてください。衣装は先着順の早い者勝ちだからね。予選の時に、ある程度見繕っておくと良いかもね? ちなみに、衣装は持ち込みも可能です。その場合には、このタイミングで被服実習室に持ってきておいてください――」
「――あ、あの! その衣装って、選ばないといけないんですか?」
為我井淑可の説明を遮って、一年生の女子が挙手をする。それを微笑ましく眺めながら、為我井淑可は緩く首を振った。
「衣装は選ばなくても大丈夫。ただしその場合は、制服で決定されるから気を付けて。ちなみに私服も、持ち込み可能だから、好きな衣装を用意しておいてね? あと、質疑応答は最後にも設けますので、話の腰は折らないでね? えーと、では次に、本戦の説明だけど、本戦は大講堂で実施します。大講堂は入場規制する都合上、十六時半まで中に入れませんが、本戦出場者は裏口から控室に入れるようにしておくから、そっちから入ってね。一応、控室は出場者が決定し次第、入室を解放するから、衣装合わせする時間もたっぷりあるよ。ちなみに、本戦開始は十七時からだけど、出場者は点呼するから十五分前の四十五分には、控室に居るようにお願いします。んで、本戦ですが、本戦では、上位二十四名、十二組の全員が、大講堂の舞台上に一列に並んで、一組ずつ、自己紹介とスピーチ、パフォーマンスの時間を設けます。これがアピールタイム。アピールタイムは、三分間だけだから、ちょっとしたインパクトが大事かな?」
ホワイトボードに『控室に十六時四十五分デッドライン』『一組に付き三分』と、追記してから、『着替え自由』と、書かれた部分を指揮棒で叩いた。
「さて、本戦一回戦から先は、どのタイミングでも衣装に着替えるのは自由だよ。ただし、着替えは一度のみで、衣装を着たら制服には戻れないから注意して――あ、でね。アピールタイムが終わったら、次は恒例の運命のルーレットだ。本戦は一対一のトーナメント制で、シード枠が四組存在してるよ。参加してる十二組は、一組ずつルーレットを回して、シード枠含めた出場枠を決める。ちなみに、シード枠は当然、一つ勝ち抜けば、ファイナリスト四組に決定するからね? 是非是非、シード枠を当ててくれたまへ――それで、対戦方法だけど、これは単純な人気投票だよ。各組が事前に行ったアピールタイムのパフォーマンスを参考にして、どちらの組が、よりアピール出来てたかを比べる。大講堂内に集まった観客は全員、電子投票用にスイッチを持ってるから、その場で電子投票してもらって、投票点数が大きい組が勝ち抜ける」
為我井淑可の説明に、隣に座る水天宮円が首を傾げる。わたしは小声で囁いた。
「……織姫・彦星コンテストの本戦は、この運命のルーレットが一番の目玉であり、最重要なのです。運をどれだけ味方にするか。ここで運が良ければ、楽に勝ち抜けられますから――」
「……不思議な、対戦方法ですね」
水天宮円の呟きに、わたしは強く頷いた。その感想は最もだ。このコンテストをよく知るわたしでさえも、ずっと不思議に思っている。
「そうして、一回戦終了後――シード枠を除く八組の対戦が終わったら、一旦、小休憩を挟んでから、もう一度アピールタイムを設けてるよ。でも、二回目のアピールタイムは、二分間だけだから気を付けてね。ちなみにこの二回目のアピールタイムは、シード枠の組にも回るから、そういう意味ではシード枠も気は抜けないよ。このアピールタイム後に、また改めて運命のルーレットを回して、次の対戦相手を決める。ここで勝てば、晴れて決勝、ファイナリスト四組になります」
為我井淑可はそう言うと、特典と書かれた文字の下に、1~7の数字を書いた。
「決勝の組、つまりファイナリスト四組は、イコール上位入賞者だ。つまり、上位入賞特典が付与されるよ。一つ目、食堂の優遇権利。二つ目、アルバイト自由許可。三つ目、一般生徒の自由な音楽活動、芸能活動の許可。四つ目、奉仕カリキュラム免除――ここまでが上位入賞者の特典だよ」
1~4と、5~7の数字の間に線を引いて、4までの項目に上位入賞者特典と追記する。そのあと、優勝者特典と追記して、5から先を書き始めた。
「そして五つ目、食堂の年間パスポート。今年のパスは、定価七百円以下の定食限定だけど、日に二度まで無料に出来る。六つ目、みなし特待生制度の適用。最後の七つ目、県の観光大使に任命――こんな破格の特典こそが、この織姫・彦星コンテストの醍醐味だよね?」
為我井淑可が特典を説明し終えると、おぉ、とどよめくような歓声が準備室に響いた。実際、傍らの水天宮円も同様に驚きを見せている。
わたしとしては、優勝特典には興味がないし、そもそも特典自体は最初から知っている。特にそれを改めて言われたところで、何の感動も驚きもなかった。
「以上。何か質問はある? ないなら、そろそろ時間だから、諸君も役割の紙を持って、被服実習室に向かってください」
為我井淑可は、どうですか、大丈夫ですか、と一年生たちに視線を送り、特段の質問が出ないことを確認してから、早々に準備室を出て行った。
「鳳仙さん。ひとまずわたしはどうすれば良いのですか?」
「ああ、水天宮さんは迷わず『織姫役』に名前を記入ください。わたしは『彦星役』を演じさせていただきます」
「……似合うのは疑いようがないですが、鳳仙さん、男装なさるのですか?」
「ええ、そうですね。体格の問題で、わたしが彦星役の方が良いでしょう? いえ、と言うよりも、水天宮さんの体型では、彦星役は難しいでしょう?」
わたしは目を細めながら、水天宮円の胸に視線を向ける。わたしの視線を追って、何を言いたいのか理解した水天宮円は、恥ずかしそうに眼を伏せた。
水天宮円に有ってわたしに無いモノ――それが女性らしさの象徴である。比べるべくもないほど、大きさが違う。
さて、そんなやりとりをしつつ、わたしたちは被服実習室に向かった。
被服実習室には、既に参加者のほとんどが集まっており、遅れて来たのは、わたしたちを含む説明会の受講勢だけだった。
「コンテスト参加者はこちらに役割表をご提出ください」
そんな声掛けを行っている催事実行委員の受付に紙を提出してから、わたしはカメラを構えた撮影部を無視して衣装を物色する。
「いろんな衣装があるんですね……」
わたしに付き合って衣装を眺めていた水天宮円が、展示されたチャイナドレスを手に取りながらしみじみと言った。わたしはそれに、ええ、とおざなりに返事して、ちょうど良い丈のタキシードを手に取る。
「あ、綾女ちゃん。見つけたぁ! どこに居たのぉ? 時間ギリギリだから、参加出来なかったのかな、って焦っちゃったよぉ! メールにも反応してくれないし――でも、良かったぁ。今ここに居るってことは、無事に参加出来たんだよね!」
その時ふと、満面の笑みを浮かべた為我井優華がやってくる。そういえば、為我井優華も参加すると言っていた。割と厄介なライバルである。
「ええ、水天宮さんのおかげで参加出来ました。つい今しがたまで、説明会に出ていたので、来るのがギリギリになってしまっただけですよ」
「あ、そっか! 水天宮さん、初めてだもんね! ちなみに説明会って、淑ネェがやってるコンテスト説明会だよね?」
「とし、ねぇ……? どなたですか? 先ほどの説明会は生徒会長が――」
「――生徒会長である為我井淑可さんは、優華さんの一つ上のお姉さまですよ?」
水天宮円が首を傾げたのを見て、わたしはそんな補足をする。途端、水天宮円は吃驚仰天した表情を浮かべて、為我井優華の顔をマジマジと眺める。
雰囲気は全く違うが、顔の作りは似通っているから、言われれば納得できるだろう。実際に、水天宮円もじっくりと為我井優華を眺めたところ、確かに、と腑に落ちた顔で頷いていた。
「ん? 為我井――あ、もしかして、ですが、今テレビで活躍している女優さんに『為我井凛花』さんがいらっしゃいますけど……ご親族だったりするのですか?」
「あ、うん。そうだよ? 凛ネェはアタシの不肖の姉でございます」
水天宮の質問に、為我井優華が複雑な表情で頷いた。自慢できるほどの姉ではないですよぉ、と付け足して説明を打ち切る。
わたしはそんな二人の会話には参加せず、気に入った衣装数点に予約札を張り付けておいた。
「――あ、と、ごめんね。アタシそろそろ撮影しないと。綾女ちゃんたちも、予選の準備しないとだよ? 今年は人気投票だから、アングルとポーズに拘らないと、だよ?」
わたしが適当な衣装を選び終わったとき、為我井優華はそう言って、また唐突にその場を去っていった。そんな為我井優華をポカンと見送ってから、水天宮円がわたしに質問してくる。
「あの、鳳仙さん。予選の写真撮影って、どうなさるおつもりですか? わたし、どうすれば良いのか……」
「そうですね。わたしたちも撮りましょうか。嗚呼、ちなみに水天宮さんは、何の心配もすることはありませんよ。自然体で写って頂ければ、水天宮さんの人気は間違いないです」
問題は彦星役のわたしです、と呟きながら、長髪を掻き上げて後頭部で一つに束ねた。
ヘアバンドでポニーテールにして、制服の上着を脱ぐと腰に巻く。脚を外に向けるように胸を張れば、立ち居振る舞いは男性に見えるだろう。
わたしは気合を入れてから、キョトンとする水天宮の腕を引っ張って、手持無沙汰にしているカメラ小僧に声を掛けた。
ちなみに予選の写真の構成は、二枚とも二人一緒に撮ってもらった。
そうして、予選の写真を提出し終えたわたしと水天宮円は、一旦、屋上に場所を移して、予選結果が出るまで休憩していた。
屋上は今日に限っては全生徒に解放されており、ちょっとした出店まで用意されていた。そんな中で、わたしたちは隅っこのベンチで並んで座っていた。
「水天宮さん。今日は、急な誘いに関わらず、協力してくれてありがとうございます。とりあえず結果待ちではありますが、まずは感謝を」
「あ、いえいえ。そんな気になさらず。鳳仙さんに協力出来たのであれば、良かったです。そりゃ、ちょっとだけ目立つのは苦手ですけど……」
「わたしも苦手ですよ。でも、それ以上に、上位入賞者の特典が欲しいので――」
「――失礼。ちょっと電話がかかってきたようです」
取り留めない話をしていると、水天宮円のポケットからアラームのような着信音が聞こえた。途端、信じられないほど機敏に携帯を取り出している。
一瞬だけチラっと見えた携帯の表示は『焔』という一文字だけ。しかしそれを見た瞬間、水天宮は凍ったような無表情になり、声のトーンも冷気を漂わせるほどに硬く冷たくなった。
水天宮円は慌ててその場から立ち上がり、わたしの視線を避けるように屋上の入口に向かって歩き出しながら携帯に応答する。
「何の用ですか――今は、学校です。イベントがあって――ええ」
わたしに聞かれたくない様子で、水天宮円は足早に遠ざかっていく。その背中を見送りながら、どことなくその声の調子に既視感を覚える。
(……何か、引っ掛かります……)
つい最近、同じような体験をした記憶が――と、頭を悩ませた瞬間、ふと見下ろした校舎の正門に、見覚えのある男女の姿が見えた。
わたしは立ち上がり、すかさず姿を隠した。
赤茶けたショートカット、長身、遠目でも分かるほどの美貌の女子と、同じくらいの身長をした痩せ型の朴訥な男子の組み合わせ。しかも制服は、六花高等学校のものだった。
見間違えようもない。彼らは間違いなく、九鬼連理と龍ヶ崎十八である。
もし見付かったら、わたしは、織姫・彦星コンテストに参加しているどころではなくなるだろう。面倒なことが起きるだろうことは容易に想像できる。
(――来るのが早すぎます。せめて、決勝までコンテストが進んでから――嗚呼、なるほど。このタイミングで男装しておけば……)
わたしは予選の結果を待たずに、もう勝ち抜けること前提にして、着替えを済ませることを決意する。着替えて大講堂の控室か舞台袖にスタンバっていれば、流石の彼らも、部外者故にわたしを連れ去ることは出来ないだろう。
そうと決まれば――わたしは、居なくなった水天宮円にショートメールも送っておいて、被服準備室に向かった。
大講堂に辿り着く前に、九鬼連理と龍ヶ崎十八に捕まるわけにはいかない。
「……水天宮さん。先に大講堂に行ってます。お電話終わったら、衣装を選んで来てください」
「――――あ、ええ。承知しました」
一応、電話中の水天宮円にもそれを告げる。水天宮円は一瞬ドキッとした表情を浮かべていたが、すぐに電話口を手で押さえながら、強く頷いて了解してくれた。
被服準備室に着くと、わたしと同じ思考で、勝ち抜けること前提で衣装を手に入れようとしているフライング連中がたむろしていた。
時刻は十五時四十分。そろそろ本戦進出者が確定する頃合いだろう。
わたしは被服準備室内の黒板を注視して、本戦出場者の名前が書き込まれるのを今や遅しと待った。
『今年の織姫・彦星コンテスト、本戦出場者の発表です――名前を呼ばれた組は、速やかに被服準備室にお越しいただき衣装を選んでください。なお、個人別での人気投票は別途行ってますので、皆さんご協力をお願いします』
しばし待っていると、ピンポンパンポン、と陳腐な放送音が鳴り響き、校内アナウンスが流れる。それと同時に、生徒会書記が現れて、黒板にチョークを走らせた。
『本戦出場組、い、は、ち、り、ぬ、わ、つ、う、の、お、く、や――繰り返します。い、は、ち、り……』
わたしは『り』のアナウンスを耳にして、よし、とガッツポーズをしてから、早速目を付けていた衣装を取ってくる。わたしと同じように、いまや遅しと待機していた他の本戦出場者たちも、マークしていた衣装を我先にと奪うように持っていく。
しばしの間、被服準備室はバザーに群がる主婦たちのような様相を呈した。それほど衣装の選定は熾烈だということだろう。
とはいえ幸いにして、わたしは男装だったおかげで、それほど熾烈な奪い合いにならずに済んだ。
「やっぱ、綾女ちゃんも勝ち残ったか。こりゃ、今年の本戦は荒れそうだな――と。手強い後輩を持つと先輩は苦労しちゃうね?」
「あら、こんにちは、生徒会長――先ほどは説明会、ありがとうございます」
「おおぉと、どういたしまして。相変わらず礼儀正しい。優華とは大違いだし、よくもあんな優華の友達やってくれてるよ。こっちこそありがと」
「ちなみに、生徒会長。その衣装からすると、もしかして今年は、彦星役で出るおつもりでしょうか?」
わたしが男装用に見繕ったタキシードを届け出た時、ちょうど為我井淑可も似たような男性用リクルートスーツを持ってきていた。まさか、という思いでわたしは問い掛ける。
すると、為我井淑可は不敵な笑みを浮かべて、まあね、と肯定した。
「今年はさ。いつも一緒の雅ちゃんが、海外遠征しちゃってて、パートナーが見付からなかったんだよね。で、そんな折、梓ちゃんが参加したいって、アタシに訴えてきてね。どうしようかな、って迷った末に、ジャンケン勝負で決めようってなって、アタシが負けちゃってさぁ――だから、梓ちゃんをパートナーにして参加を決めたんだ。ついでに、梓ちゃん、織姫やりたいって言うから、アタシが彦星って役回りなのよ」
「……美馬梓副会長が、織姫役で参加する――それは、凄い、の一言ですね。あの、歴代最高の『がっかり美人』と名高い副会長が……織姫……なるほど」
「そうなのさ。けど、甘く見ない方が良いよ? 梓ちゃん、アレで喋らなければマジで美人さんだし。実力的には、雅ちゃんにも負けないと思うよぉ」
わたしは為我井淑可とそんなやり取りをしてから、衣装の登録が終わったのを見計らって、早速、奥に設置された衣装部屋で着替える。
一方で、為我井淑可はまだ衣装の選定段階のようで、登録をせずそのまま衣装部屋に入っていた。
(……とりあえず、これで初見ではわたしとバレないでしょう)
わたしは衣装部屋で早速着替える。
持ってきたタキシードに身を包み、髪をまとめ上げて凛々しい顔立ちを意識した。鏡を覗き込むと、まるでホストみたいなイメージだ。だが、これなら龍ヶ崎十八たちには気付かれないだろう。
うむ、と独り納得してから、衣装部屋を出ると、ちょうど隣の衣装部屋から為我井淑可が出てくる。彼女は、これじゃインパクトが足りないな、と呟きながら、ふたたび衣装を選びに行く。
わたしは、衣装部屋の空き待ちの列に会釈してから、サッサと大講堂に移動すべく被服準備室を後にする。その際に、わーきゃー、と黄色い声が上がっていたが、努めて無視した。
ちなみに、わたしと入れ違いで、為我井優華が被服準備室に駆け込んできたが、気付かれなかった。
さて、それでは大講堂に移動して、控室で待機しておこう。一旦、本戦に出場してしまえば、もう壇上からわたしを連れ出すことは出来ない。
そんなことを考えながら、一応、廊下で龍ヶ崎十八や九鬼連理に捕まらないよう注意を払いつつ、大勢の観客が待つ大講堂に移動する。
時刻は十六時、まだまだ日は高い。
これからの時間が、七夕祭の本番である。こんな中途半端なところで、龍ヶ崎十八たちに邪魔されたくはない。




