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夢と現実とその狭間 8

時間がある時の僕は勝手に愛さんの家に入って部屋を片付けてる、これだけ見たら完全に使用人レベルだ。

まぁ、嫌いじゃないけどね。

愛さんは本当に全くこの部屋を片付けてくれてはいないようで、僕がせっせと片づけてやっと人が入れそうな様子になって来た。本はまとめて置いといてと言われたから出したけど、ラック買っちゃったらダメかなぁ・・・まぁ、その辺は女性だし好みがあるか。そう思いながらリビングを見渡してみて、女性らしさを感じない事に今更ながら気が付くけど。

キッチンも改めてのぞいてみるけど本当に必要最低限しかないよね、この辺は僕の好みにしてしまおう、どーせ僕が使うんだし。グラスや食器は全部2組ずつがいい、3つじゃ落ち着かないし日高さんが戻って来た時にないのは良くない。なんたって僕らは4人でセットなんだから。

なんか、いいね・・・楽しい。

まさに新婚生活だ。

誰と新婚生活をするかはこの際置いといて、新しい生活を始めるってのはなかなか楽しいもんだ。本来ならこの楽しみは妻側の特権だろうけど、僕たちの場合妻が夫みたいなもんだからね、僕の楽しみだ。愛さん用にワイングラスが必要だし、渉さん用に缶ビール置き場を作らなきゃいけない。外の灰皿も新しいのにしないといけない。毎回こうも吸殻を山盛りにしちゃうと愛さんが怒るからね。タオルの量も増やさないとだし僕のバスセットも必要、洗面所の領土も決めておかないと大変だ。仕事を持ち帰るつもりはないけどベッドルームにはデスクも置かないといけない。

「ただいまー、猫ちゃんいるー?」

一人でいろいろ構想を練っていたら愛さんが帰って来た。

「お帰りなさい。」

僕もう完全に主夫だ、笑える。

「飼い主来るって?」

「たぶんもうじき来ると思いますよ?」

「じゃシャワー浴びるわ。」

そう言って愛さんは上着を脱いでタンクトップ1枚で歩き出した。この光景にこの会話をしていて何の感情も沸かないところがすごいよね、よく言えばものすごく信頼しているってことで、悪く言えば全くの無関心だ。

僕、一応バイなんだけどなぁ・・・。

「猫ちゃん、今日は白が飲みたい!」

「はーい。」

今なんかちょっと、早くこの生活をスタートさせたいって思いました。

僕、Mだったっけかな・・・?

愛さんがシャワーを終えた後すぐのタイミングで渉さんがビールとお決まりのピザとたくさんの書類を抱えて来た。主夫な僕はいつものようにピザを並べ皿を出し、お酒を準備して最後に座る。ダイニングテーブルはもはや使われることはなく僕たちの定位置はソファーだ。

「お嬢、写真出来たからどれがいいか選んでくれ。」

この前のウエディングドレスの試着写真だ、よく考えたらおかしな話だよね、男二人が一人の女性のウエディングドレスを選ぶんだから。

で、そんなドレス姿を渉さんが手あたり次第写真にしてくれてそれを今日愛さんが見て決めるってわけ。

「うーん・・・だめ、どれも一緒に見えて来たわ。」

まさかの主役が投げないでもらいたいんだけど。

僕と渉さんは改めて写真を見て、悩む。

「渉さんの写真、やっぱりすごいね、きれいだ。」

「ちょっと猫ちゃん!それはモデルがいいからよ!?」

はい、訂正いたします。

「お嬢は細いからなぁ、こっちがいいんじゃね?」

「色はこっちの方がいいよね、あんまり純白ってのも年齢を考えたら少し変かも。」

「ちょっと猫ちゃん!?」

はーい、訂正。

「ってかお嬢!もっと関心持てよ!?」

そうそう、僕もそう思います。

「だって私毎日白衣着てるのよ?今更『白』着せられたって何の関心も沸かないわよ。」

わかるような、わからないような・・・?

「じゃぁ、二人で一着ずつ選んでよ、そのどちらかからで決めるから。」

「これって男が選ぶものじゃないと思うんだけど・・・?」

「いいのよ、主観的に選ぶより客観的に見てもらった方が間違いないわ。ほら、写真のプロ、どれが一番写りがいいか決めて。」

と、言う事で、使用人二人がお嬢様に見合ったドレスをお選びすることになり・・・1着当たり前後左右で4枚、ドレスの数が10着だから計40枚の写真からベストドレッサー賞を選ぶわけで。

最終的に僕たちは床に全部の写真を広げてパズルのような状態になってた。

「これはベールがいまいちだね、」

「こっちは後ろ姿がいまいちだ。」

「このラインとこのラインはどっちがいいの?」

「うーん、写りとしてはこっちだな。」

そんな僕たちのやり取りをソファー越しに眺めているお嬢様、優越感満載って感じだ。

「・・・じゃ、この3着で。」

「そうだな、これのどれかだな。」

僕たちの中では1番は決まっているんだけど提示は一応上位3着、着るのは僕達じゃないからね。

「ではお嬢様、ご意見をお伺いできますでしょうか?」

渉さんがそう言って膝をついてひれ伏して献上、もうおかしくって僕は笑いっぱなし。

白ワイン片手に品定めをするお嬢様、待つ男二人。

「これ!」

愛さんが出したのは、僕たちが合致したドレスだった。

「すごーい、満場一致ですね。」

「あら、そうなの?」

「俺らもそれだった。」

僕たちが選んだドレス、それは純白よりは若干のアイボリーかかっていて、パールみたいな色って言ったらいいのかな。お姫様のようなふわふわでゴージャスなものと言うよりは若干重さのある大人っぽい作りだった。

「んじゃレンタルよろしく。」

その言葉に僕と渉さんは顔を合わせる。

「愛さん、ウエディングドレスぐらい買いますよ・・・?」

「いらなーい。」

そっけない愛さん。

でも、それは、どうしよう・・・若干買わないといけない空気が漂っているんだよね、僕の背後の重苦しい世界では。

「だってそんなもんどこに置くのよ、何度も結婚式があるわけじゃあるまいし無駄無駄!」

きっと一般的なカップルであれば欲しいけれど高いからレンタルってのが通説だろう、一生に一度最愛の人との結婚式だ、普通の女性なら欲しいに決まってる。

・・・最愛の人との結婚式、か。

「ねぇ、愛さん。」

僕は愛さんの横に座ってみた。

「何?」

愛さんが不思議そうに僕を見つめてくる。

「・・・日高さんとの式のドレスだったら、欲しいと思った?」

僕の言葉に、渉さんも愛さんも一瞬止まった。

最愛の人との一生に一度の式、愛さんはそれを投げ捨てた。その、最愛の人を守るために。

愛さんはゴールドに輝く白ワインに目を落として、少しばかり考えて、何かを思っている様子で。

「そうね、日高さんとのだったら、買ったかな?」

そう言って笑った。

「じゃ、レンタルにしよう。」

ここにいるのは三人だけど、愛さんの中にはもう一人いる、その人の存在を僕たちは忘れちゃいけない。僕が本当に愛しているのが渉さんであるように、愛さんが本当に愛しているのは日高さん。彼への想いを無下にはできない。

「だな、日高さんが目を覚ましてお嬢が改めて嫁ぐときに輿入れ道具の中にウエディングドレスがあっちゃまずいよな。」

渉さんもそう言って、心から納得してくれた。

「そうよ?その時はすぐ離婚だからね?」

「もちろん、心得ておりますよ、お嬢様。」

僕たちは式の成功を願って乾杯した。


春間近、まだ寒さの残る夜に僕と愛さんは出会った。それからわずか数カ月、7月の初夏、清々しいぐらいの美しい日に僕たちは挙式した。透明無垢の風が輝く緑を撫でながら僕らの何かを洗い流すように走り去っていく。

青空に近い高原のガーデンチャペル。両家だけで行う静かな式だ。僕たち二人は互いの最愛の人が刻印された指輪を交換し、改めて永遠の秘密を誓った。渉さんはそんな僕たちの誓いを写真に収め証拠として刻んでくれた。

愛さんは美しかった、僕たちが選んだドレスは本当によく似合っていた。風が吹くたびにレースが揺れて儚さを醸し出している。本当の愛さんはとんでもなく強いと言うのにね。

僕も愛さんもどちらも望んでいる式ではないはずなのに、どうしてこんなに感動するんだろう、不思議だ。とても喜んでいる愛さんのお母さんを見ると少し申し訳ない気もするけれど、こればかりは耐えきらないといけなくて、僕たちはこのままずっと今この場にいる人たちを、僕たちに関わる全ての人たちを欺いて生きて行くことになるわけで、今この時点でそんなことを気にしていてはいけない。

僕の横には渉さんがいる、愛さんの中には、日高さんがいる。僕たちは僕たちの大切な人の為に今ここにいるんだ。

「パーティーは何時からだった?」

愛さんはソファーに身を投げて壁にかかる時計を見た。

「12時からだからもう少し時間がありますね。」

「なかなかいい式だったぞ?」

披露宴はしないけれどパーティーはあって、そこはやっぱり金持ちの世界だ。

「愛、私たちはもう帰るわね。」

愛さんのご両親が控室に顔を出してくれた。ここから先のパーティーはSGRグループのパーティーだ、愛さんのご両親には意味の分からない世界、ご帰宅を願った。あんな世界にご両親を巻き込んだらきっと引いてしまう、それはあまりに申し訳ないから。

「樹君、愛をよろしくお願いします。」

お母さんはそう笑って、お父さんも頭を下げた。

僕は愛さんのご両親に頭を下げて、でも、幸せにしますっては言えなかった・・・

だって、愛さんを幸せにできるのはきっと、日高さんだけだから。

「お嬢、パーティー大丈夫か?」

「私ぃ?だいじょーぶよ、なんとでもなるわ。」

その態度を見る限り、到底大丈夫に見えないところがすごいよね。だっらだらだ。さっきまでの美しい花嫁はどこに行ったやら・・・

「僕がエスコートしますから、そつなく横にいてくれれば大丈夫ですよ。」

「その辺は何とかなるわ、たぶんね。」

「今日は会社の重役だけのお披露目だけど、あと数回は関係会社のお披露目があるから、耐えてくださいね。」

「この際、何だってするわよ・・・」

そう言って愛さんはシャンパンを飲む。

美しくワイルドな花嫁・・・ウエディングドレスをまとっているのに高級バーにいそうな感じだ。僕と渉さんは何となく顔を見合わせて、笑ってしまった。

「あっ、ねぇ猫ちゃん、どっかのパーティーにうちの院長を呼んでもいいかしら、あなたに会いたいんですって。」

「聖帝の院長って、学長先生ですよね・・・?」

「えぇ、そうよ、赤谷先生。私の恩師のじいさんよ。」

「赤谷先生だけでいいんですか?他にもお声をかけた方が良い先生もいるんじゃ・・・」

だいぶぶっ飛ばした最上階の上司だけど、もっと直属の上司や同僚だっているだろうに、その人たちはいいのかな?

そんな僕の言葉に愛さんは極めて不機嫌そうな表情をした。あっ、マズかったのかな・・・?

「冗談じゃない、他のジジィ共は絶対に呼ばないわ。あの病院で信じられるのは赤谷先生だけよ、他の人間はみんな私の敵なんだから。」

「相変わらず、敵が多いなお嬢は・・・」

「言っとくけど、私が作っているわけじゃないからね。」

大方想像できるけどね。大学病院特有の僻みや嫉妬でしょう、赤谷先生もよくまぁこんな若い愛さんを外科部長に抜擢したよね、お会いしたらぜひその理由を聞いてみたい。

「あっ、愛さん英語大丈夫でしたよね?」

「えぇ、大丈夫よ。」

「渉さんも大丈夫でしたよね・・・?」

「俺はまぁ、大丈夫っつーか大丈夫にするって感じだ。」

「さすが、想像つくわね。」

愛さんが笑ってる。

もしかしたらパーティーには取引先の外国人の方が見えるかもしれない、この辺は愛さんの教養に感謝だ。きっと一族受けはいい。僕はこの先公の場では愛さんを守らなければならない、一般から嫁いだ皇后様のように愛さんの存在は僕の一族では異例に近い、きっと様々な言葉を浴びせられるだろうし視線を浴びるだろう。あと数回、それ以降は愛さんには顔出しはしてもらわなくていい、それまでは守らなくては。

少し心配なのは僕のメンタルだ、今日はたぶん大丈夫だ、渉さんもいる。しかし今後のパーティーには渉さんはいない、僕がいちいち言葉尻にイライラしていちゃ愛さんを守れない、それどころかボロが出てしまったらどうしよう。

「心配しなくっていいわよ、猫ちゃん。」

そんな愛さんの言葉に僕はふと我に返って愛さんを見た。姫君は相変わらずシャンパンを手にしていて、渉さんはそんな姫君の横でカメラを調整しながら笑ってる。

「お気楽にいきましょ?大丈夫、すべてがうまくいってるわ。ねぇ、飼い主?」

「おぉ、すげー完璧だな。」

「早く帰って祝杯上げたいわね、こんな息苦しい服さっと脱ぎたいわ。」

「お嬢、ウエディングドレスってのはそんなぞんざいな扱いを受けるために存在してんじゃねーぞ?」

「あら、そうだったの?知らなかったわ。」

愛さんと渉さんが気にしてくれてるのが分かる、最近の僕はどうやら顔に出てしまう様だ。彼等からしたら僕はまだまだ子供なのかもしれない、5年間と言うのは案外にも大きな違いなのかもしれない。でも、ここは僕のフィールドのはずだ。愛さんも渉さんもここからは未知の世界、経験者は僕だけ。金持ちの上っ面な付き合いの受け流しはきっと僕の方が長けている、僕が二人の前に立たなきゃいけないんだ。それくらいならお安くできるはずだ。

「大丈夫です、何も知らない無垢な花嫁を守るのは夫の務めですから。」

「無垢!?誰がだ!」

「オヤジ!いちいちうるさい!」

大笑いする渉さんに愛さんが咬みついて、そんないつもの光景を見て僕は心の底から落ち着いた。

どうやら緊張しているのは僕だけみたいで、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。

「ねぇ、飼い主、そのカメラ貸してよ。」

お姫様はそう言ってソファーから手を伸ばして、渉さんにカメラを献上するように要求する。

「おい、これ壊すなよ!?」

「大丈夫って、ちょっと貸してよ。」

渉さんはすごーく恐る恐る愛さんにカメラを渡す。

「ここをのぞいて、ここを押せばいいんでしょ?」

「あぁ、ピント調節はここ。」

「なんだ、案外簡単じゃない!」

愛さんは楽しそうにカメラを覗いていている。

「ねぇ、現像って誰がやるの?業者?」

「ん?業者に出すのが普通だけど、俺がやることもあるよ・・・?」

「ふ~ん・・・じゃぁ、これは自分でやることをすすめるわ。」

愛さんはそう言って笑いながら、カメラを渉さんに向けた。

「はい、猫ちゃん入って!」

えぇ!?

言われている意味が一瞬わからなくって、僕は固まる。

「早く!」

急かされて思わず渉さんの横に行って、僕たちは顔を見合わせた。

「はい、誓いのキス!」

ちょっ!

愛さん何言ってるのって反論をしようとしたその時、渉さんの手が僕の顎をぐっと引っ張って、僕の頬に口づけをした。その一瞬は、永遠に長いように感じた・・・

「とーれた♪」

愛さんが喜んでいる。

「もっと激しい方が良いか?」

渉さんは愛さんに向かって笑ってる。

「何、脱いじゃう?」

いつもそう、置いて行かれるのは僕だけで、このやんちゃな大人たちはとっても楽しそうだ。そして僕はそんなやんちゃな大人たちに振り回されて遊ばれて、いつの間にかそれが居心地よくなっている。このやんちゃな大人たちが楽しそうにしているのが、幸せだって思えてる。僕はどっちかって言ったらサディスティックな方だと思っていたけれど、このお姫様は僕よりもっと強烈で、僕は案外マゾっ気があるんだっていう新たな発見をさせてもらった。

あの夜のパーティーからずっと、僕の毎日は、急速な勢いで変化してる。

渉さんは会場撮影がしたいからと言って先に出て行った。その後プランナーさんが僕らを呼びに来て、僕は愛さんをエスコートしてガーデンに出た。きらびやかと言う言葉がもってこいなガーデンパーティー、たくさんのお酒やフードが用意されていて、僕たちは盛大な拍手で迎え入れられた。

参加者はみんなSGRグループに関わる上から数えた方が早いような役職の人たちばかり、見ただけでげんなりする・・・。大抵の人は見たことあるけれど、そのお連れの女性やご親族ってのもいるから僕にもわからない人がいる。愛さんは僕の横で、それこそ清楚な花嫁を演じている。あんまり見ると笑いそうだから、見れないね。

渉さんが少し離れたところから僕たちを写真に収めてくれているのが見える。よく考えたら渉さんが仕事をしている姿を見たのは初めてだ、こっちもあんまり見れないね、見とれちゃったらいけないから。

次から次へと僕の前には人がやってきて、同じことを言われて同じことを言う。もうねぇ、テープか何かでもいいんじゃないかって思えて来た。

「樹君、婚約指輪はどうしたんだい?」

何人目かのゲストが愛さんの手を見てそう言った。

・・・あー、気になっちゃいます?やっぱり買っておけばよかったかな。弁論をしようとしたとき愛さんが僕に変わってにこやかに答えてくれた。

「私が必要ないと言ったんです、」

愛さんはそれはまぁ素敵な笑顔で僕を見上げて笑う。

「彼はどんなものがいいかと聞いてくれたんですが、でも私が断ったんです。私は外科医です、本来は指に何かを付けると言う行為はご法度。ですから、必要がないとお断りしたんです。」

すごいね愛さん、よく切れる頭を持ってるよ。ちゃんと僕の顔を立たせる配慮をしてくれている。

唖然茫然のゲストたち。金持ちたちには理解できないんだろうね、高価な宝石を断る感覚が。

「もちろん、それ以外で考えてはいますよ?」

僕もそう答えて愛さんを見て笑った。

「じゃぁ家でも買ってもらいなさい、ねぇ、樹君。」

・・・桁が一つ増えてるじゃないか。

「いいですね、リストに入れておきます。」

まぁ、同じ金額出すなら宝石より家だろうね・・・。

愛さんが本気にとらえませんよーに・・・。

うちの姫君が飲むこと飲むこと・・・それがお気に召したのかゲストたちは愛さんにシャンパンをどんどんすすめる。このドレス姿にシャンパン持ってあの飲みっぷりにあの知性、そりゃおじさま方は大喜びだ。

僕はそっと渉さんの横に立つ。

「やべぇな、お嬢・・・」

「放っておいても大丈夫ですよね・・・」

「まぁ、問題ないだろーなぁ・・・」

とは言え、本当に一人にするわけにもいかず、僕は渉さんに目で合図してから愛さんのところに戻った。

「樹君、すてきな奥さんだね。」

「ありがとうございます。」

僕たちは思わず笑ってしまった。


陽が沈むころ、本来なら新郎新婦はこのままホテルに泊まるんだろうけど、私たちはあっさりと帰った。

理由はなんとでもなる、私が仕事だと言えば済むことだからね。飼い主が先に出て私たちが後を追うように会場を出た。別々に出たけれど行き着く先は同じ、飼い主が自分の家に車を置いて私たちが迎える、そして私の家に行って。

「乾杯!!!」

はぁ、ウエディングドレスって本当に大変、女性の憧れって言うけど憧れだけで十分だわ。高いヒールを脱ぎ捨てて、私の姿は朝式に行く前に着ていたパーティードレス。猫ちゃんたちはネクタイを外し襟元を開けてパーティースーツを雑に着崩して、いつも通り缶ビールで叫んだ。

笑いが止まらない、楽しくってしょうがない。隣近所からクレームが来そうなほどに私たちは笑った。

「最っ高!すっごい楽しかったわ!!」

緊張の糸が切れたとはまさにこのことね、猫ちゃんも本当に楽しそう。

日数的にはすごい速さでここまで来たけれど、ここまで来るのに相当な労力を費やした。いっぱい頭使っていっぱい気も使って・・・特に猫ちゃんの心労はすさまじかったろう。

満面の笑みでいる猫ちゃんと飼い主を見てるとなんでかこっちまで幸せな気分になる。

「愛さんが殊の外受けがよくって助かりました。」

猫ちゃんが笑いながらビールを煽っている。

「だーかーらぁ、言ったでしょ?うまくいくって。」

「ちげーねぇ!」

飼い主もゲラゲラ笑いながらビールを飲んでいる。

「しかし、俺もいろんな結婚式呼ばれてきたけど、あんなに飲む花嫁を初めて見たぜ。」

「僕もそう思います。」

「あら、いただいたら飲まないと。」

おいしかったのよ、さすがセレブな集まりよね、良い酒ばっか。飲まないと勿体ないじゃない?

私たちの乱れたパーティーは翌朝まで続いて、気が付いたら猫ちゃんはソファーで寝てしまっていた。私と飼い主はベランダでタバコを吸いながら、私たちのかわいいかわいい猫ちゃんを見ていた。

「疲れたでしょうね、猫ちゃん。」

「だろーなぁ、」

そんなに飲んでないはずなのに崩れるように寝てしまった猫ちゃんは、よく頑張ったと思う。

「悪いわね、なんか、猫ちゃんもらう感じになっちゃって。」

飼い主とは一度、ちゃんと話さないとって思っていたから、いい機会だわ。

「あげねーよ、貸すだけだ。」

「もちろん、そのつもりよ。」

ちゃんと返すわ。

「あいつがどう思っているかは知らねぇが、俺はあいつに本気だ。その想いは誰にも負けねぇつもりだよ。だが、例えそうであったとしても俺じゃあいつを自由にはできない。もしかしたら自由になれないために俺の所を離れたかもしれない、まぁ、自由になったからこそ離れるかもしんねーけどな。」

「そればっかりはわからないわね、なんたってあの子、バイだから。」

恋愛は自由、誰が誰を想おうが乗り換えようが束縛されるべきじゃない。だけど、想いすぎて束縛されていることもあって・・・私のようにね。

「お前にゃ感謝してるよお嬢、お嬢が気まぐれで樹に声をかけなきゃこんな大それたゲームは起きなかった。お嬢がいることで、あいつは自由だ。もちろん俺もな。」

「そこはお互い様だわ、私だってこれでクソジジィどもの目から日高さんを守ることが出来る。猫ちゃんには感謝してる・・・もちろん、あなたにもね。」

これから長い付き合いになるのか、あっさり終わるのか・・・それは私にはわからないけど、少なからず今はすごく安堵しているし満たされている。

出来る限り、この関係は長く続けたい。

「さて、猫ちゃんは寝ちゃってるし全員飲酒。今日は特別に泊まっていくの許すわ、その代わり手出しはダメよ?純粋に泊まるだけ。」

「そーりゃありがたいね、自制しとくよ。」

「不健全なら鍵返上。」



正式に同居になったのはそれから数日後だった。

その日は渉さんも引っ越しに協力してくれて、でも手持ちの荷物と言ったら着替え程度。愛さんの家は僕がだいぶいじってしまっていつの間にかすっかり変わった。生活感が少しは出たかな?その中でもキッチンはだいぶ変わって、完全に僕の好みに仕上がった。それ以外に変わったのはバスルーム。

今までは遊びに来ているって感覚だったけど、今日からは違う。ここに住むんだ。

「さて、先に耐え切れなくなるのはどっちかしらね?」

一足お先に飲んでいる愛さん、僕たちは荷運び業者。

「樹じゃね?実家に逃げ帰るってやつだ。」

「で、実家には男が待ってるって?冗談じゃないわ。」

渉さんはゲラゲラ笑っているけど、ちょっと恥ずかしいんですけど。

ソファーに置かれている渉さんが持ってきた書類の山、愛さんはそれをさも当然の様にあさりはじめ、真っ白いアルバムを引き抜いた。

「ねぇ、見てもいい?」

「お嬢ちょっとまて!おい樹!」

奥でスーツを片付けていた僕を渉さんが呼んで、僕は愛さんの横に座らされて、その横に渉さんが座って、僕と愛さんは真っ白いアルバムを開いた。

真っ白いアルバム・・・偽物の結婚である僕たちに、それは何だか少し申し訳ないような色だった。

「あんたの撮った写真、ちゃんと見るの初めてね。」

そう言って愛さんは表紙をめくった。

写真は、さすがだった。

雑誌とかそういうレベルではない、これはもう芸術品に近い写真で、作品だよこれは。

オープニングは僕たちのリングで、中の文字がはっきり見えるように撮られている。それだけでもう宝石店の広告写真、リングピローの上に無造作に置かれているだけなのにどうしてこんなに美しく見えるんだろう。

で、ちなみに、僕のリングの上に重なるように乗ってるのが愛さんのリングで、この辺は渉さんの意図を感じるよね。

「これは俺たちだけのやつ、相良家と高杉家のはちゃんとしたの送ったよ。」

中の写真は美しい物ばかりだったけれど、内容は全部修学旅行の写真集みたいで、僕たち三人でお酒飲みながら終始笑った。

「愛さんの写真どれもみんなお酒持ってますね。」

「悪意を感じるわ。」

「なんでだよ、一番似合ってるじゃねーか。」

渉さんの写真がないのが残念、でも、この写真が存在するってことはその場に渉さんがいた間接的な証拠になるわけで、そう考えると少し見方が変わる。

写真を一通り見終わって愛さんが首をかしげて渉さんを見た。

「ちょっと、私が撮った写真どーしたの?見せてよ!」

愛さんの問いに渉さはニヤニヤ・・・ちょっと怖いんですけど、何か爆弾持ってますよね。

「お嬢、お前なかなかセンスあるよ?」

そう言って渉さんは別冊の白いカバーの写真入れを出してきて、それはまるで見合い写真のような感じで、愛さんはそれを奪うように僕の前から手を伸ばして取り上げて、僕に見せるように写真を広げた。

「ほんと、なかなかいいじゃない。」

僕は正直、顔が真っ赤になって頭が真っ白になって、何も言えなくなってしまった。

そこに映っているのは、愛さんがいたずらで撮ったあの写真で、渉さんが僕の頬にキスをしているあの写真で、なかなか、美しい物だった・・・

男同士のキス写真を美しいって思うのもどうかしてるけど・・・

過去の全てを思い返しても僕は男性パートナーと撮った写真なんて持ってない、ましてやキスしている写真なんて持ってもないし、見たこともない・・・

こんな、自分の客観的な映像は初めてだけど、僕、渉さんといる時って、こんな顔してるんだね・・・

白いタキシードの僕に、黒いパーティースーツの渉さんがキスしている写真は、なんていうか・・・

「新郎新婦じゃない、これ。」

言いにくいようなそれをあっさり言ってくれるのが愛さんで、そう、見えた。

「いいじゃないこれ!なんでアルバムに入れてないのよ?」

「この家に誰かが来たときに見られちゃまずいだろーよ。」

「大丈夫よ、来ないから。」

愛さんはそう言いながらビールを再び持って来て渉さんの前に1つ置く。ちなみに僕はいつも通りウーロン茶ね。

「はい、猫ちゃん。」

愛さんはそう言って、写真を僕に渡した。

これ、一人になったときにずっと見ていても平気かな・・・危ない感じかな。

「じゃぁ、この最後の1ページは何で空いてるの?」

愛さんがそう言って、僕はアルバムに目をやった。確かにエンディングのページには写真がなくて真っ白いまんま。渉さんは缶ビールを開けながら、答えた。

「そこには4人の写真を入れようと思ってな、空けてあるんだ。」

その言葉に、愛さんは黙った。

オープニングが僕たち四人の名前の入ったリングで、エンディングは僕たち四人の写真。この真っ白いアルバムは、渉さんの優しさで溢れている様な気がした。

「・・・気、使ってくれるわね。」

そう言う愛さん、何となく元気がないような、でも、どこか嬉しそうな、不思議な表情だった。

「近いうちに撮りに行きませんか、時間合わせて。」


後日、僕たちは病院で2枚の写真を撮った。

1枚は日高さんを挟んで四人で、もう1枚はブーケを持った愛さんが日高さんの頬にキスをしている写真。

アルバムに追加されたのは四人での楽しげな写真で、愛さんと日高さんの写真は愛さんに手渡された。

仕上がった写真を見せてもらったけど、やっぱり美しかった。

本当に本当に愛してるんだなってのがわかる写真で、僕と渉さんの写真も、そう見えるのかな・・・?



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