夢と現実とその狭間 7
猫ちゃんのお父さんの行動は少々世間から外れていて、表情に出さないようにするのは案外と大変だった。私がここで唖然とした顔してごらんなさい、ぶち壊しじゃないよ。
こんなところでも上下をつけようとするか、さすが世間知らずの金持ち社長・・・おっといけない、形式だけでも義理のお父様でした。
こりゃ今夜の猫ちゃんはぐったりね・・・で、高杉側で問題だった母は終始ご機嫌で、猫ちゃんのお母さん巻き込んで完全に主婦会の延長みたいな感覚だ。たぶん、猫ちゃんのお父さんの嫌味ったらしい・・・おっといけないいけない、ちょっと世間様からおズレになった感覚には全く気か付いていないだろう。どちらかと言うと父親の方がイライラしてるんじゃないかとは思うけど、こちらはこちらで外面はいいからボロは出さない。
猫ちゃんが会を締め始めた、もう限界なんだよね・・・私もだけど。
次に顔を合わせるのは形式程度の式の時のみ、その後この両家が顔を合わせることは二度とないと言ってもいいぐらいだ。それまでは辛抱しないと。
帰りの車中、猫ちゃんがうちの両親にとっても気を使ってくれているのが分かる、一生懸命お父さんの言動について謝罪してる。なんかかわいそうな猫ちゃん、きっとうちの両親が気分を害したと思っているんだろうけれど・・・見てごらんなさいよ、うちの母親を、どう見てもご機嫌だわ。
「愛、今度帰って来る時はあそこのケーキ買って帰ってきてね!お母さんファンになっちゃったわ!」
はいはい、そりゃどーも。バカ飼い主が喜びそうね。
「喜んでいただけて良かったです、今度お持ちしますね。」
「ほんと!?いつ来る!?楽しみにしているわ!」
「そのうちね。」
次回を約束させられそうな勢いの母の会話を私が強制終了させた。
高杉実家に二人を下ろし、寄って行けと騒ぐ母を片手で払って私たちは元来た道を戻った。ここで母に捕まったら猫ちゃんが本当に倒れちゃう、そんなことになったら飼い主に猫ちゃん取り上げられちゃうじゃない。
「どうする?うちで反省会する?それともそのまま家に帰る?」
猫ちゃんはうーんと考えたような顔をして
「反省会、かな・・・・」
そう言ってこの世の終わりのような深いため息をついた。
なんか、嫌な予感がするんですけど。
家に着くなり猫ちゃんはジャケットを脱いで捨てるようにソファーに放り投げて冷蔵庫を開けた。そして珍しい事にビールを開けてその場で一気に飲み干してしまう。そんな猫ちゃんを横目で見ながら着替えるために部屋に入るけど・・・
なんか、猫ちゃんが悪酔いしそうな感じ・・・すぐ飼い主呼ばなきゃ。
緊急招集のメールは送った。で、部屋から出て見た猫ちゃんは一人煽り酒状態で、よっぽどストレスかかってたんだろーなーってのが分かる姿で・・・とりあえず飼い主、早く来てくれないと私が飲めない・・・
お嬢からの緊急招集メールを見て、仲間たちに直帰するからと言い残し会社を出た。
いつもならお嬢が荒れて樹が俺を呼ぶのが流れ、それがまさかのお嬢からのヘルプだ、やばい感じがする。
樹は事を荒立てるタイプの人間じゃない、どちらかと言うと俺とは逆で事なかれで平和的な男だ。当然親父さんとも全く違うタイプ、だから合わない。今日の顔合わせは樹にとって試練だったろう・・・
早く、お嬢を助けに行かねぇと。
いつも通りピザを買ってお嬢の家に行ってみたらまさかの樹の声しか聞こえない。こーりゃ事件だ。
「お邪魔するぞー・・・」
恐る恐るリビングに顔を出して、気付いたお嬢がすぐにこっちに向いた。
「遅い!!!!緊急招集って言ったじゃん!!!!」
「いやいや!!相当早いだろ!?」
「ちょっと愛さん!!!」
樹が相当悪酔いしてる・・・こんな姿見たことないぞ!?
お嬢は立ち上がり俺の腕を引っ張ってさっきまで自分が座っていた樹の横に俺を座らせた。
「とりあえず、変わって。」
「おい!?」
「・・・ん?渉さん?」
樹の前のビールの缶がすごい量になっていて、お嬢がそれらを回収した。そして俺の前にはなぜかビールではなくお茶が置かれ、いつも樹がやっているピザの準備をお嬢がして・・・なんだかちょっといつもと違う感じだぞ。
「おい、樹、お前飲みすぎじゃねーの・・・?」
「渉さん!いつ来たんですか!?」
「今だよ、今。お前、大丈夫か・・・?」
「何がですか?僕は大丈夫です。」
だーめだこりゃ、目が座ってる。飲みすぎだ。
「お嬢、今日何があったよ・・・?」
「それがさぁ・・・、」
両家顔合わせの日であることは知っているが、それだけじゃねーぞこれ。お嬢が説明している横で樹はまだグチグチ言っている、こりゃここに置いとくのは迷惑だから、連れ帰るしかねぇかなぁ。
あぁ、それで俺はお茶ってわけか。
「猫ちゃんって、こんな子だったの・・・?」
「いや、俺も初めて見た・・・」
「何がですか!?」
樹が会話に入ろうとしているがもはや悪酔いの極みだ。
「いいのよ猫ちゃん、猫ちゃんは今日とっても頑張ったものね。」
お嬢が樹を完全に子ども扱いしている。
「そうですよ!まったくなんなんだあの人は!」
「あの人ってのは、お父さんの事ね・・・」
お嬢がこっそり通訳してくれた。
「もうねぇ、ずっと同じ事を言ってるだけだから内容についてはほぼ覚えていないと思うのよ・・・もう少ししてからでもいいから連れ帰ってあげてくんない?」
この調子で、式なんてたどり着けるのかよ・・・?
悪酔いしてわめいている樹の姿は正直可愛い、まったくもって子供だ。いつもの樹はもしかしたらだいぶ背伸びをしているのかもしれないと少し思った、日本でも指折りの大企業の次期社長、それはもはやプライベートでも脱ぐことが出来ない被り物で、俺もそんな被り物越しの姿しか見たことがなかったのかもしれないと思った。三十歳の男なんてよく考えりゃまだまだ遊びまわっている年齢だ、俺だってそうだった。
産まれ落ちた時から決められた道とそうなるべく接する大人たち、そんな重くて硬い人生がこいつをこんな歪んだ恋愛感覚に陥らせたのかもしれない。
・・・かわいい奴だ。
「お嬢、早々に連れ帰るわ。」
「あらそう?それはそれで構わないけど。」
少し疑問気な表情のお嬢、今すぐ抱きたいからだなんて言ってたまるか。
「反省会の続きは後日だ、こいつが落ち着いたらまた連絡させる。」
「了解、そうして。出来るだけ週末に休みを入れるようにしとくから。」
「あぁ、よろしく。樹!帰るぞ!?」
「えっ、どこにですか?」
「お前んちだよ、行くぞ!?」
なんだかよくわかっていない樹、きょとんとした目で見上げてきて・・・かわいいじゃねーか。くそーここが樹んちならそのまま押し倒すんだが・・・お嬢んちでそんなことしたら俺は出禁だ。
「じゃな、お嬢!荒らしたまんまで悪りぃ!」
「車の中でやらないのよ!?警察来るからね!?」
「おぅ!我慢する!」
俺は樹の手を引っ張ってお嬢の家を出た。
ベロベロになっている樹は自分が車に乗っている意味も助手席に乗っている理由も分かっていないようで、なんで?どうして?渉さんはいつからいたの?と同じことをずっと言っている。で、俺も同じことをずっと答えている。今日の樹は本当に子供だ。相手が泥酔状態でやった場合、それは強姦にはならないだろうか・・・同意、だよな?
「渉さん、どこに行くんですか・・・?」
「お前んちだよ、家に帰るんだ。」
「僕の家?」
「あぁ、そうだ。」
ふと、会話が止まったと思って隣を見たら・・・樹が服を脱ぎ始めている!危うく急ブレーキ踏んで追突事故になるところだった!
「樹!まだ家じゃねぇ!服を着ろ!!」
ここで脱がれたら俺がやばい!事故るだろ!!
咄嗟にスピードを上げて家路を急ぐ、まだ陽が落ちたばかりで車の通りは多い、信号待ちの車内で男が服を脱いでいる光景なんて見られたらマジで通報されるだろ!
「樹!頼む、服を着てくれ!家までもう少しだから、なっ!?」
「お風呂に入るんですよ?」
「ここは風呂じゃねぇ!もう少し待ってくれ!」
わーーーズボンを脱ぐな!!!!
あとちょっと!あとちょっと!!!お嬢を同伴させればよかった!!!!
何とか全裸になる前に樹のマンションに到着、とりあえずエレベーターに乗せなきゃなんないから服は着せなきゃいけない!上半身はまだいいとして脱ぎ掛けたズボンは穿かせないとだろ!腰に手をまわして下げたズボンに手をかけてファスナーをあげて・・・って樹が手をまわしてきて、キスしてきた。
俺もとうとう我慢できなくなって、樹の頭掴んでキスをして
「・・・続きがしたきゃ、家に行くぞ・・・?」
「わかりました。」
樹はにこりと答えた。
あぁぁ!くそ!早く家に行かねぇと俺が死ぬ!!!
目が覚めた時、僕は裸で、僕の家のベッドにいて、横には同じように裸の渉さんがいて、笑ってる。
「目、覚めたか?」
「・・・はい、あの・・・?」
聞きたいことはたくさんあるんだけど、どこから聞いたらいいんだろう?とりあえず、体は重いし頭は痛いです。
「気分は?」
「あんまりよくない・・・かな。」
だろーなと渉さんは笑う。
「今日はだいぶ疲れたみたいだな。」
今日?今日・・・は、なんかあったっけ?
しばらく視線を泳がせて靄かかる頭を動かしてみて、そしたら急に頭が痛くなってグラグラした。
何でこんなに頭が痛いんだろう・・・まるで飲み過ぎた後みたいだ。
・・・飲みすぎた?
ハッとして渉さんを見上げたら、渉さんがゲラゲラと笑った。そして僕の事を抱きしめた。
「かわいかったぞ?子供みたいで。すげぇよかった。」
顔から火が出そうなぐらい恥ずかしかった、どうしよう・・・何も覚えてない。
いつもより体もかなり疲れている、頭もグラグラしている、腰も重い・・・そうなる前、愛さんのご両親とうちの両親の顔合わせがあったのは覚えている。そしてその後、うちの父親のあまりに非常識な態度にイライラしすぎて愛さんちで結構早いペースでビール飲んだのも、覚えている・・・
だめだ、そこから飛んで今ここにいるよ。
記憶をなくすほど飲んだのなんて大学以来だ、それ以来一度もない。ましてや気が付いた時に裸だなんて・・・横にいたのが渉さんでよかったよ。そんな状態で街を歩いてみろ、横にどんな性別のどんな年齢の誰がいるかなんてそれこそわからないし自信がない。
・・・渉さんで、本当によかったよ・・・
渉さんからの話を聞いてどんどん気が滅入っていく、愛さんにすごい迷惑をかけてしまった。僕はとんでもなくストレスが溜まっていた様で、それがどうもお酒と言う暴挙に向かったようで、愛さんが渉さんを呼んでくれたのだと知った。そして、連れ帰ってくれたのだと知った。
「お前さぁ、こんなんで挙式の日、大丈夫なのか?」
ダメだった場合、僕は式を吹っ飛ばして帰るのだろうか・・・?愛さんを置いて?それはまずいでしょ、密約の継続云々の問題の前に人間としてダメだ。
でも今は少し、自身がない・・・
「やっぱし俺がカメラマンで入ってやるよ。」
「えっ!?やだ!」
それは嫌だ、嘘の挙式であったとしても、愛さんとであったとしても誰かと結婚する姿なんて・・・
「俺がいたら、式を逃げずに済むだろ?」
渉さんはそう言って、僕の背に手を忍ばせて肩を寄せる。
「牽制だよ。お前が耐え切れなくなって逃げちまったらこれまでやって来たこともこれから先の計画も全部ぱーだ、それはお嬢にとってもだが俺たちにとってもいい話じゃない、俺たちの今後の為にお前はお嬢と偽装結婚をする。俺が近くにいた方が、逃げなくって済だろ?」
なんて情けない話だ、いつも通りにこにことこなせるもんだとばかり思っていた。ただの偽装結婚だ、形式だけの結婚であって、だからと言って愛さんの事が嫌いなわけでもない。むしろいいパートナーに巡り合えたと思っている。完全に互いの利害関係の一致した最高のパートナー、こんなに恵まれた事があってたまるかって程に現状は良好だ。しかし、僕はそれを今自分で壊しかねないところにいる、しかも一番欺かなければならない父親にイラついているってだけの事でだ。
「情けない・・・」
溜息すら出てしまうよ。
渉さんは煙草をふかし、そして何かを考えているようだった。
「こんな言い方をしちゃいけねぇんだけど、お前の親父さんは普通じゃない。普通じゃないってのはこの場合一般的ではないと言う意味だ。」
それは僕もわかっているつもりだ、だからイライラしたんだ。
「お前は幸いなことに一般的で、まともな感覚の持ち主だ。恋愛以外はな。」
それも、よく分かっております。
「親と相性が合わないなんてよくある話だ、気にすることじゃない。お前はちょっと重く考えすぎなのかもしれない、親が子供の非常識にイライラするのと逆だけど同じことが起こってるんだよ、自分はこんな人間じゃないって否定しすぎだ。」
そうだと思う、僕は、あの人のようになりたくないんだ。傲慢で無神経で自己中心的で、古い考えの社長であり父親・・・
「親父さんは親父さん、お前はお前だ、非常識なことをしているのはお前じゃなくって親父さんだ。いちいち気にしないで遠巻きに見てりゃいいんだよ。誰もお前と親父さんが全く同じタイプの人間だなんて思っちゃないさ。」
このプログラムが始動し始めて、僕は自分の幼さを知ることが多い気がした。そして愛さんや渉さんがいかに大人であるかを知ることが多い気がした。自分は良識ある立派な大人だって、思ってた。
「まぁ、そんなところも俺からしちゃかわいいんだけどな!」
渉さんはそう言って僕を再び引きずり倒し組み敷いた。
「とりあえず、だ。お嬢には詫び入れないといけねぇ・・・詫びを入れるのは早い方が良い、じゃないと、高くつく。」
承知いたしました・・・
後日、僕と渉さんは時間を合わせて愛さんに謝罪行脚に伺いました。そしてお嬢様より寛大なお言葉をいただき、お許しを得ました。
それからの僕たちは、何をするのも三人だった。
まさかの愛さんのドレスのチェックも式の説明も全部渉さんも一緒で、僕たちは互いの秘密が刻印された指輪をはめていた。
最近ジジイ共がやたらと私を見るようになっている、今まで以上の注目度だわ。
この病院で私の唯一の理解者は院長であり学長の赤谷先生だけ・・・彼が院長じゃなきゃこんな病院とっくに辞めてるわよ。
「最近どうだね、仲良くやってるかい?」
「それは誰とのことをおっしゃってます?先生。」
「もちろん、ジジィ共だよ。」
お前の方がジジィだよと言いたいけれどそこは我慢。
「そんな噂、流れてました?」
「まさか。」
私のあら捜しに必死のジジイ共になんて興味もない。あいつらの事だ、いっそ手術でも失敗してくれたら引きずり下せるのにって思ってるでしょうけど、私、誰かじゃないけど失敗しないんで。
「で、本当に結婚するのかね?」
「えぇ、まぁね。」
驚いたでしょうね、だって先生は日高さんの事知ってるから。複雑そうな顔をしている。
「まぁ、それもいいだろうな。」
赤谷先生はそれ以上言わなかった。頭のいい先生だからもしかしたら何らかの意図を感じ取っているかもしれないけれど、でも、それは絶対に口にはしない。
「結婚したら相良のお家に入るのかね?」
「いいえ、そのつもりはありません。ただ、夜勤と土日の出勤は少し減らしてもらいたいんです。もしそれでは役職を務めることが出来ないと言うのであれば私はおります。」
この際もう役職なんてどうでもいいのよ。新進気鋭で私を外科部長にしてくれたのはありがたいし、ここのどんなジジィ共よりも私の方がはるかに働くし腕もいい、そこは自信がある。でも別に好んでついた役職ではないもの。
「いやいや、役職はそのままで。」
それはそれで、ありがたいのか何なのか・・・
「君が就いてから外科の稼働率が非常に高い、やはり歳を取るとだめだな。特に男はな。」
それは同意するわ。
「SGRグループの御曹司か、以前君の特集をした雑誌で特集されていたね、若い優しそうな青年だったように記憶していたが間違いではなかったかな?」
「えぇ、まぁ、良い・・・人です。」
良い子って言いそうになって、ちょっと詰まった。さすがにそれはまずいわよね。
「あんまりにも毎日斬ったり張ったりばかりしているから、もう普通の感覚ではなくなって嫁には行けないんじゃないかと思っていたが・・・これで私の肩の荷もだいぶ軽くなった。」
・・・それは、否定しないわ。でも、相手もおかしいからお互い様なのよ。
「一度ぜひ連れてきたまえ。お前なんぞと結婚するんだぞ?どんな悪趣味の風変わりな男か会ってみたいじゃないか。」
「伝えるだけはしておきますよ・・・」
このクソジジィ・・・!!!
「失礼します。」
聞き覚えのある腹の立つ声がしてドアが開いて、白々しく私に気が付いたような態度をとる外科のジジィ共。私は声の方を見ることもなく赤谷先生に一礼して奴らとすれ違う。
「これは高杉外科部長、ご結婚なさるそうで。おめでとうございます。」
あぁぁぁぁ!腹が立つこの言い草!なんなの!?
「ありがとうございます。」
「ご結婚後は退職されると聞いていますが、女性はその方がよろしいですね。」
誰もそんなこと言っちゃねーだろ・・・よくもまぁそんな嘘までつけるよ。
「いいえ、今まで通り勤務いたしますので何らご心配なく。」
「それは存じ上げませんでした、ご家庭と仕事の両立は大変ですよ?新婚女性は特に。」
性差別とセクハラで訴えてやる・・・
「むしろ、男性よりもうまくこなせると思いますよ?あなた方の奥様が日々なさっているようにね。」
この言葉に赤谷先生大笑い。
「では失礼します。」
私は扉の前で一礼して部屋を出た。
「高杉、壁は蹴るなよ?」
締るドアの隙間からの忠告、ありがたく受け取ります・・・さぁてこんな時は猫ちゃんに付き合ってもらおう。
猫ちゃんは一度赤谷先生に会わせたい、きっと波長が合うでしょうね。飼い主は・・・どっちでもいいや。
そんなことを考えてクスリと笑ってしまった、いつの間にかこの二人は家族よりも近しい人間になってる。そりゃぁ結婚するんだからそうなんだろうけど、なんかそれとはちょっと違う。
私はそのまま日高さんの所に行った。
「日高さん、元気?」
毎日そうやって今日の事を話す、もちろん猫ちゃんの事も飼い主の事も。
「式の日取りが決まったの、信じられる?猫ちゃんってば式場に飼い主同伴なのよ!?」
そう言って、私また笑ってる。
「日高さんも来れたらいいのに、絶対に面白い事になるんだから!」
ねぇ、目を開けてくれない・・・?
何が彼の目を覚ます妨げになっているのかわからない、何が足りないのかわからない・・・それさえわかれば、彼を起こしてあげられるのに。
「あなたが目を覚ましてくれたらすぐに離婚するわ、約束だからね。でもあの二人にはあの二人が認められるための協力をしてあげましょう?それは私たち二人の約束よ?」
脳波はわずかだけど触れている、なのにどうしても彼を起こしてあげられない。
「待っていてね眠り姫、必ず起こしてあげるから・・・」
日高さんに口づけをする、おとぎ話であればたったこれだけで彼は目を覚ますはずなのに現実はそんなに甘くない。唇は暖かい・・・生きている証拠。
「樹様、本当にご結婚されるんですってね・・・」
「嘘かと思ってたわ・・・」
聞こえているよ、美人秘書ズ・・・。
そらぁまぁ、がっかりなんでしょうね、僕を射止めるために置かれていたようなもんだから。大丈夫、君たちは美しいし学歴も家柄も問題ないし、良い男性がすぐ見つかるって。僕よりもっとまともなのがね。
僕の恋愛癖も結婚の事情も何も知らない周囲からはこの結婚はどんなふうに見えているんだろう、今まで浮いた噂の一つもなかった僕がいきなり年上女医と結婚するんだ、いろいろ気になるよね。渉さんの存在を知っているのはせいぜい父ぐらい、って言ったって見たことある程度だけど。
あの日、あのパーティーで愛さんに釣られなかったら僕は今頃どうしていたんだろう・・・渉さんと人目を忍んでこそこそ会って、無意味なパーティーに毎週毎週引っ張り出されて結婚はまだかって急かされて、それこそおかしくなっていそうだ。愛さんには本当に感謝しないといけない。
日高さんが目覚めたのなら僕はすぐに離婚しよう、そして愛さんと日高さんの為に出来る限りの協力をしよう、きっとリハビリだって大変だろうし金銭的な負担だって相当なものだ。それくらいなら協力できる。
今の医療費は大丈夫なのかな、いくら研究協力とは言えお金は発生しているだろう・・・少し、聞いた方が良いかもしれない。お金でしか協力できないってのは何だか金持ちの道楽みたいで嫌な表現だけど、本当に僕にはそんな事しかできないから、せめてそのくらいはさせてもらえると嬉しいかな。
愛さんのおかげで僕は自由になれたんだから、なんだって協力するよ。