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夢と現実とその狭間 5

愛さんの実家は都内郊外にある一軒家だった。ご実家にはご両親と猫が暮らしているそうで、車2台分のガレージには軽自動車が一台だけ、僕の車はその横に止めた。

家の外観は本当に普通の家で特別何か目を引く様な事もないけれど、まぁ、ちょっと気になると言ったらこの秩序のない庭ぐらいかな・・・これは、一体どんなルールでこんな感じになっているんだろう?気に入った物を手当たり次第植えて行ったら、こうなるかな?

「庭が気になる?」

愛さんが苦笑している、僕は思わずうなずいた。

「母が飛んでる人なのよ、まぁ、会えば分るんじゃない?」

少しは聞いている、お父さんはどちらかと言えば昔気質の厳格な人、叩き上げで笹井重工の重役まで上がった人で、人当たりは良いらしい。愛さんはそれを外面がいいと言うけれど・・・。お母さんも近くのスーパーでパートをしているらしく、愛さん曰く典型的なパートのおばちゃんらしい。常に何かしゃべっていて突飛な行動をする人らしく、愛さんは三日も一緒にいられないと言う。

「結婚のあいさつって・・・緊張するもんですね。」

「そうねぇ、でも、間違いなくもろ手を上げて喜ばれるから心配はいらないわ。」

そうだろうか・・・

いくら歳を重ねた娘であってもご両親からしたらよその男に取られるわけで、そんなに歓迎される物だろうか。しかも年下男だよ?ドラマとかあんまり見ないけど、こういう場合、修羅場になったりしないの?

そんな時はどうしたらいいんだろうか、愛さんは助けてくれるんだろうか・・・

「あらー!愛おかえり!あら!あなたが樹君!?やだ!歳下って聞いてたけど随分若いのね!お父ーさんおとーさん!樹君が来たわよ!!!」

・・・・・なんか、すごいパワーを感じた。

僕はちらりと愛さんを見る、愛さんはやれやれと言った顔で、でも表情一つ変えずに家の中に入って行く。僕も慌ててその後に続いた。

「おぉぉ、いらっしゃい。どうぞどうぞ。」

お父さんは笑顔で僕を迎えてくれた、ちょっとペースを崩されてしまった僕は愛さんに付いて行くしかなく・・・完全に年上女房に敷かれた年下夫だ。

「気を使わないで良いから、樹君も座りなさい、」

お父さんは終始にこやかで、お母さんも楽しげで、素敵な家庭だなって思った。僕の家とはだいぶ違くって、明るくて楽しそうでとても幸せそうな家庭・・・の、はずなんだけど、愛さんの眉間にはしわがよりっぱなし。

愛さんの正面にはお母さん、僕の正面にはお父さん・・・

「初めまして、愛さんと交際させてもらってます相良樹と申します。」

手土産はあらかじめ二人で話しておいたからお互いの家の好きな物を用意できた、高杉家はお母さんが甘党らしくてうちの会社で贔屓にしている洋菓子店の焼き菓子を渡した。そりゃぁもうお母さんは喜んで・・・頭を下げた僕に、マシンガンの様に話しかけてきた。

「もう、愛ったら何にも教えてくれないのよ!?こんなに素敵な彼氏がいるんならもっと早く連れて来てくれたらよかったのに!しかも年下でこんなにイケメンなんて!愛にはもったいないわ!あなた達いつから付き合ってるの!?結婚式はいつ!?樹君って大企業のご子息なんでしょ!?時機社長さんって事!?今おいくつなの!?」

「・・・お母さん、」

愛さんの低めの静かな声がして、愛さんを見てみると・・・眉間のしわが増えている・・・

「あなた達結婚するんでしょ!?樹君のお家ってどんな感じ!?ご両親は何がお好きかしら!?ご挨拶はどんな格好がいいかしらね!?」

「お母さん!!!!」

愛さんの一括で、お母さんは止まった。愛さんのこめかみには青筋が立っていて・・・非常に危険だ。

「いやぁとうとう愛も結婚かぁ、もう嫁になんて行けないと思っていたよ。」

お父さんのにこやかな発言にも愛さんは黙っている。

愛さんが実家が苦手だってのは聞いていた、確かにこのペースじゃ愛さんは落ち着かないだろうね。

「しかし、樹君はあのSGRグループのご子息だろ?本当にうちの娘なんかでいいのか?」

出ました、家柄と肩書き・・・

「もちろんです、そのために本日はお父様お母様へお願いに上がりました。」

ここら辺は打ち合わせ通りで、僕が頑張らないといけない所。まず愛さんのご両親の承諾を得なければ僕らは自由を勝ち取る事は出来ないのだから。そのために心苦しい大芝居を打っているのだから。

「うちの両親にはまだ紹介できていのですが、お父様お母様のお許しがいただけるのならば愛さんを正式に紹介したいと思っています。愛さんとの結婚をお許しいただけますか?」

「まぁー大変!!愛が結婚ですって!!!」

お母さんが大はしゃぎだ・・・

「こりゃ本当に大変だ・・・」

お父さんが苦笑しているけれど、これって、OKって事だよね・・・?

「樹君、何度も言う様で申し訳ないがうちはご覧の通りごく普通の家だ、結婚式ともなるとこちら側としては相良のお家にお応えできるかどうか、正直自信はないぞ?」

「披露宴等は行わない予定です、僕もそうですが愛さんもなかなかお仕事がお忙しいので親族のみで式だけを挙げてと言う様にしようと思います。費用などは僕達で負担しますからどうぞお気遣いなく、いつも通りの装いでいらして下さい。そのうちにうちの両親と顔合わせのお時間は取らせていただくと思いますが、食事会なども特に行うつもりはありません、本当に難しく考えないで下さい、僕と愛さんで事は運びますから。」

「やっぱりしっかりしているわね!良かったわ!!」

お母さんは終始大喜び。

「新居はどこ?子供は何人作るの!?多い方が良いわよ!すぐにでも遊びに行くわ!!」

それはちょっと・・・

返事に一瞬困ってしまった僕の代わりに、愛さんが口を開ける。

「年齢考えてよ。それに私、仕事辞めるつもりはないんで子供は作る予定はないわ。」

「でも相良の家には跡取りが必要だろ、嫁ぐならお前は子供を産むのも仕事だ。」

お父さんが少しだけムキになっている様な気がした、厳格で、外面がいい・・・なんとなくわかるかも。愛さんのお父さんは、ちょっと世間体を気にする人だ。この年代ってみんなそんなもんなのかな。お母さんは気にしそうにないけど・・・

「そこは成り行きに任せます、授かりものですから。」

どうも愛さんは、本当にこの夫婦と馬が合わないみたいだ・・・顔合わせで事件が起きなきゃいいけど。

「じゃ、帰りましょ。」

愛さんはそう言って立ち上がるけど、えっ、挨拶ってそんなもん?

「やだちょっと!せっかくだから泊まっていきなさいよ!」

それはお断りしますが、確かにこんなにあっさり帰ったら人さらい的な印象付かないかな。でもまぁ、どう見たってさらわれるのは僕なんだけど。

「悪いけど忙しいの。顔合わせの日程に関してはまたメールするから、行くわよ猫ちゃん。」

「猫ちゃん・・・?」

あーあ、言っちゃった。

愛さんが僕の事猫ちゃんなんて言うから、お父さんもお母さんもきょとんとしている。あんなに僕の事は樹さんって呼ぶって話をしていたのに、早々に崩壊しちゃったよ。猫ちゃんって、これ、隠語だよ?

愛さんが先に歩いて行っちゃうもんだから僕一人だけ残る訳にもいかず、僕は立ち上がってご両親に頭を下げた。

「お忙しい中お時間を取っていただきありがとうございました、また後日改めてお伺いします、本日はありがとうございました、失礼します。」

何か無茶苦茶な日本語じゃなかった?大丈夫かな?

運転中もあっけにとられたまんまの僕は、あまりの事の速さにいろんなものが置き去りで、なんか、緊張して損したと言うか、これまた渉さんが面白がるだろうな・・・そんな事思ったらなんか笑えてきた。

「ちょっと、運転中に何よ。」

「いや、渉さんが喜びそうなネタが増えたなって。」

なんか、思えば思うほど笑えてくる。

「どうせ、来たいって言ってたんでしょ?連れて来ちゃえば良かったのよ。」

言ってた言ってた。

「そうしたらきっと帰れなくなると思うけど、良かった?」

まず間違いなくお母さんと話が合っちゃって帰れないと思う、それこそ本当に泊まって行きますって言って飲み明かしそう・・・誰が愛さんと結婚するんだよ。

「絶対に連れて来ないで。」

はい、そう言うと思いました。

「僕としては素敵なご両親だと思ったけど、それはもちろん他人だから思う事でしょうね。」

そう、ごく浅い関係だからこそ素敵だとか思える訳で、愛さんが僕の両親を見た時に同じ事を言ったとしても僕は愛さんと同じ事を思う訳で、でも、まぁ、愛さんならストレートに感想言うんだろうけどね。

「今日、飼い主呼んできていいわよ。」

憂さ晴らしがしたいのかな、僕としてはもちろんおっけーです。

「了解しました。」

いつの間にか僕達は三人で会う事が多くなっていた、って言っても僕と愛さんはまだ同居しているわけじゃないから仲のいい友達同士が集まって飲むって感じで。だからといって渉さんと二人で会う時間が減っているって訳じゃないから、僕からしたら渉さんと会う時間は増えたことになる。

それはとても喜ばしい事だね。

愛さんちのキッチンに立ってつまみを用意しながら渉さんが愛さんと騒いでいる姿を見ていた。

渉さんは僕と二人きりで会う時とはまた別の表情だったり態度だったり、そんなのを見ているのもまた楽しいわけで、愛さんとのやり取りの様子に一切嫉妬なんて感情もわかないんだから僕はこの二人を本当に信頼してるんだと思う。

日高さんって名前だったかな、愛さんの彼氏・・・日高さんも一緒だったら、もっと楽しいのかな。

「ねぇ、日高さんってどんな人なの?」

僕はきれいに盛り付けたチーズを出しながら愛さんに声をかけてみた。

「日高さん?なんでよ。」

「いや、この場にいたら楽しいのかなって思ったから。」

愛さんだって本当は一緒にいたいだろうに。

しかし愛さんは何かを考え込むような、妙な表情になった。それは何となく嫌な事を思い出している様な表情で、僕が思い描いていた懐かしさに浸るような表情ではなかった。

「日高さんねぇ・・・彼はあんまりお酒の席を共にしたくないタイプよ。」

えっと、それにはいろんな意味がありますが、どれでしょう?

「酒癖悪いのかよ?」

酒乱?暴力って事はないだろうから・・・何だろう。僕は渉さんの横に座った。

「日高さんはおとなしくって優しい人よ、本当にまじめで人がいいって表現に尽きる人で、そんな性格だから国境なき医師団とかに行っちゃうんだけど・・・お酒が入るとその優しい笑顔と口調のままで一撃必殺致命傷になる様な毒を吐くのよ。」

怖すぎです、日高さん。

「だから食事には行くけどお酒の場には行かなかったわね、まぁ、本人もお酒が好きってタイプじゃなかったしね。」

穏やかそうな人なんですね、日高さん。余計にお会いしたいです・・・食事の席で。

「あとは樹んちで終わりか。」

それが一番問題なわけで、不眠症になりそうなぐらい緊張するわけで、言い争いになって認めてもらえなければ僕達のこの壮大な計画は地に落ちる訳で、責任は重大だ。

「それこそ俺が行ってやろうか?」

笑う渉さん・・・本当にお願いしていいですか?



何と言うか、飼い主を連れてくれば良かったと本気で思った。都内一等地に立つ、ザ、金持ちの家。高い外壁でぐるりとおおわれた家のガレージは完全認証制で開いてみればでっかい車が3台入っていて、2台は某高級外車で1台は国産最高級車。外装はどちらかというと洋風だけど日本の景観を損なう様な作りではなく白い外壁でセンスのよさそうな作りだ、内装に卒倒しない事を祈るよ・・・ってか、ここ、ご両親しか住んでないんでしょ!?うちと一緒でしょ!?こんな広い家必要!?

服装はフォーマルドレスな私、だって猫ちゃんってば実家に帰る時はいつもスーツだって言うんだもの、じゃぁ婚約のご挨拶なんて普通のスーツで行けるわけないじゃない!ハードルあげないでほしいよ・・・

猫ちゃん曰く、うちの会社の社長だしって言うけど、実家でしょ!

「ガレージの奥から入れはするけど、一応正面からだね。」

そう言って付いて来て下さいと言う猫ちゃん、私、なんでこんなに心細いのかしら・・・

どうしよう、玄関開けて使用人がたくさん出てきたり、中央に螺旋階段とかあったら、そしたらここは日本じゃないのだと思う事にしよう・・・

「ただいま帰りました。」

そう言う猫ちゃん、もうこの辺りから育ちが違ってるよ、この御曹司が。

「あら樹、お帰りなさい。」

よかった、使用人も螺旋階段もなかった。やって来たのはきれいな身なりをした人のよさそうな育ちのよさそうな奥様。これが、お母さんですか。

「ただいま、お話ししていた通り連れて来ました。父さんは?」

「高杉愛です。」

私はお母さんに深く頭を下げた。

「高杉愛さんね、ようこそ相良へ。お父さんは応接間にいるわよ。」

「わかりました。」

そう言うと猫ちゃんは私ににっこり笑って部屋に上がる、一応それなりのマナーは心得ているので大人しくしおらしく私もついて歩いた。

廊下を歩いて扉を開ければそこにはドカーンと広い空間にソファーがあって・・・ってもう、いちいち羅列するのはやめます、子供みたいだから。

お父さんは窓側の、窓と言うかガラス張りの壁の前にあるソファーにどーんと座っていて、ザ、重役感半端ないわ。家の中でもここの人達はこんなにきちんとした格好をするのかしら、それとも今日この日の為に?でもこの子、家にスーツで帰るって言ってたわよね・・・

「おかえり樹、で、君が愛さんだね。どうぞこちらに。」

猫ちゃんに従って私はお父さんの前に腰を下ろす。この場合もちろん私は下座、その辺のマナーはちゃんとあるわよ。さて、ここからが本番です、猫ちゃん頑張ってよ!?

「紹介が遅くなりました、こちらは以前お話ししました高杉愛さんです。」

「初めてお目にかかります、高杉愛と申します。」

「初めまして、樹の父親の相良功です。」

お父さんはまんま社長オーラ全開で、何て言うのか圧迫面接とでもいうのか、普通の人は萎縮しますよ?

相良家への手土産は猫ちゃんの指示であえて日本産のワインをチョイス、本場のワインなんて高級ものは飲み慣れているだろうから珍しさを売りにしてみました。

「この度、愛さんと正式に籍を入れようと思って紹介に来ました。愛さんのご両親にはもうあいさつを済ませています。構いませんね?」

お父さんは私の事をにこやかに、でもじっと品定めする様に見ている。

「愛さん、君は聖帝大附属病院の外科部長をしていると聞いているが、その年で外科部長とはさぞ優秀なんだろうね。ご両親は何をなさっているのかな?」

でた、品定めだ。

「愛さんのお父様は笹井重工の重役をもう定年されています、お母様は主婦業をなさいながらパートをされていますよ、お兄様はアメリカで研究医をされています。」

質問には猫ちゃんが答える、これは最初から決めていた。なぜかと言うとどうしても家柄や家系を気にするので私が中途半端に話して墓穴を掘らない為に猫ちゃんが上手に巻きながら答えると言う・・・私だと何がオーケーで何がアウトかわからないからね・・・だって、生まれ育ちが全然違うんだもん。

「へぇ、お兄さんはアメリカでお医者様を、ずいぶんご立派なご兄妹なんだね。」

「とんでもありません。」

私はそう笑って答えるだけ。

「お父さんは笹井重工の重役と言っていたが、役職は?出身大学はどこかな。」

「そんな話は必要ないでしょ?」

猫ちゃんが不快そうに一言そう言った。

「これは僕と愛さんの話ですよ?愛さんのご両親や家柄は関係のない事です。」

お父さんは目を細めた。

「僕は愛さんがいいと思って婚約をしました、結婚するつもりでここに連れて来ています。愛さんは立派な外科医ですし僕はそれを尊敬しています。それ以外、何か必要な事はありますか?」

嘘でも嬉しいよ猫ちゃん!

いつもへにゃっとしている頼りない猫ちゃんが今ばかりはちょっと大人に見える。頑張れ猫ちゃん!!

「愛さん、君は樹より年上だと聞いている。おいくつかな。」

「35です。」

私の年齢を聞いて、お父さんは笑っているけれど何か引っかかっている様だ。

「愛さん、樹から聞いていると思うがうちの会社は代々世襲でここまで大きくなってきたんだよ。今の社長は私、先代は私の父、そして次は樹だ。君がここに嫁ぐのならば君には男の子を生むと言う義務が生じる。失礼だが君はもう35歳だ、すぐにでも樹の子供を産んでもらいたい。そのためには今の仕事も辞めてもらって、この相良の家の為に家庭に入ってもらいたい。」

うゎ・・・猫ちゃん本当の御曹司だ。マジで言ってんのこのオヤジ、この御時世まだこんな事言う奴いるんだ。この場合、私は嘘でもイエスと言わないといけないの・・・?

「父さん、さっきも言いましたけど愛さんは優秀な外科医です。仕事を辞めてもらうつもりはありません。」

猫ちゃんが、真面目な顔をしている。

「子供は授かりものです、会社の為や家系のためにと言われて作る気は僕にはありません。出来る時は出来るでしょうし出来ない事もあるでしょう。」

「それでは困る!お前は相良グループを潰す気か!」

「僕は世襲なんて考えていません。」

「樹!」

おっとっと、お父さんヒートアップしてきたけど。

猫ちゃんってこんな風に淡々と感情を表現するのね。

「家系だ世襲だと言うのであればあなた達夫婦がもっと子供を作ればよかったんじゃないですか?そうすれば僕じゃなくとも誰か一人ぐらいは男の子を産む夫婦がいたでしょう。」

そう、猫ちゃんは一人っ子だ。ふつうこれだけ家柄を大切にする一族なら兄弟ぐらいいそうだけど。猫ちゃんが継ぐって言わない可能性だってあるし何かの病や事故で死んでしまう可能性だってあった、保険って大切じゃないの?

「そうね、子は授かりものね。」

そう優しい言葉で声をかけてきたのは猫ちゃんのお母さんで、大変遅くなりましたと言って紅茶を出してくれた。綺麗な茜色の紅茶、甘い香りがする。

「私達にとっては樹が授かりものです、あなた達にもきっと素敵な授かりものがあると思いますよ。」

お母さんの登場で、お父さんはなんだかふて腐れたような表情だ。一見するとお父さんの方が強そうだけど・・・実際にこの家の実権を握っているのはお母さんっぽい。

「愛さんはお医者様とお伺いしました、若いのに素晴らしいわね。お忙しいでしょうからお体には気を付けてくださいね。」

上品なお母さん、ニコニコとしていて本当に品が良い。きっと良い所の生まれなのだろう・・・私、大丈夫かな。

「これで私達も安心して病院に行けますね。」

お母さんはお父さんににっこり笑う、そんなお母さんにお父さんは・・・子供のようにプイッと顔を背けたけど。

「実はこの人、病院が大嫌いで健康診断なんてもうだいぶ行ってないのよ?」

「やめなさい、」

お母さんの暴露にお父さんはタジタジ。

「いい機会だわ、樹のお嫁さんがお医者様だなんて。孫が生まれて大きくなるまで元気でいるためにはちゃんと愛さんに見ていただきましょうね。」

「愛さんは外科医だろ、健康診断とは関係ない、」

えぇ、まぁ、でも紹介ぐらいはしますけど。

「あら、これだけ長い事検査を受けていないのよ?癌の1つや2つあってもおかしくないわ。」

お母さん、にこやかに恐ろしい事を言っています。

「ごめんなさいね愛さん、この人どうしても仕事が関係してくると厳しいの。私達は樹が結婚してくれると言ってくれただけでとても嬉しいわ。しかもお相手がこんなにしっかりとしたお医者様だなんて。樹をよろしくお願いしますね。」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」

私はそう言って頭を下げた。

このお母さんなら大丈夫だと、ちょっと安心した。

そして猫ちゃんはお母さん似だ、お父さんのような情熱的な男っぽさは間違いなくない。中性的でいろんな意味で真ん中で、あぁ、バイってのも真ん中って意味か。今からの世はお父さんのようなぐいぐい引っ張っていくタイプの社長よりも猫ちゃんの様な中性的で温和な社長の方が望まれるだろう。

その後少し話をして、猫ちゃんのかわいい子供時代の話をして、ちょっと探り探りながらも談笑し家を後にした。玄関口までご両親はお見送りに出てくれて、これでもかというぐらいの清楚な笑顔で頭を下げて私達は相良の豪邸を後にした。

マジ、しんどいっす・・・

「愛さんすごいじゃないですか。」

「窒息して死ぬ・・・」

私からしたら猫ちゃんの方が断然すごいよ、環境って恐ろしいわ。

「はぁ・・・これを後何回やれば私達は自由になれるのかしらね。」

窓から外を見上げてぼやいてみたけど、ほんと気が重いわ。

「ははは、あと数回で終わらせたいですね。」

じゃないとぼろが出ちゃうわよ・・・

「まぁ・・・大丈夫よきっと、自由のためならどんな嘘だってつく覚悟はしてるわ。」

「僕もです。」

私達4人の計画は誰が転んでもうまくいかない、その中でも私と猫ちゃんが転んだら絶対にいけないの。

私達の間に何の愛情も感情も発生しなくとも互いの利益の為に愛を装い人生を共にしなければならない、言うのは簡単、それが本当にできるのか。

でも、私達はやってみせる。

私はもちろんだけど、当然猫ちゃんにも絶対にできる自信がある、理由はもちろん、愛する人の為。

愛する相手の為ならば私達はどんな嘘でもつく。

どんな事でもする。

両親だって騙す。

世間も全て騙して見せる。

もう引き返す事が出来ない所まで進んだのだから。

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