夢と現実とその狭間 1
相良樹(30)
原島渉(35)
高杉愛(35)
日高亮(38)
「あなた、女性に興味ないでしょ。」
第一声のこの衝撃的な発言を僕はきっと一生忘れない。
「私と偽装結婚しない?」
そして第二声目の言葉もきっと忘れないだろう。
社交界というものが僕にはわからない。
そもそもなんですぐに結婚させたがるのかもわからない、僕はまだ30歳になったばかりで、いろいろ謳歌したいわけで、跡取りだからとか次期社長だからとかそんなことはまだ考えたくはないのに。今僕に付いている秘書ズは見た目よし、中身よし、学歴家柄申し分ない、非の打ち所のない女性数名・・・みんな僕を射止めて次期社長妻になろうと必死だ。
何だかすごく申し訳ない。
「樹様、コーヒーをお持ちしました。」
僕はできる限りにっこりと微笑む。
「ありがとう、置いておいて。」
俗に言うルックスにそこそこ恵まれているせいか、女性たちは僕がほほえんであげるとやたらと喜んでくれるから・・・そんなものでよければいくらでもどーぞ、スマイルは0円ですよ。
ぷるる・ぷるる
内線電話、父さんからか・・・
『樹、今夜のパーティーなんだが』
でた、またか。
「僕は必要ないでしょ?」
もうそろそろ帰宅時間なので帰りますけど・・・先約あるし。
『いや、今夜は幅広い人脈のある会だからお前も行った方がいい。』
「申し訳ないけど先約があるんで、」
『お前の先約など男同士で遊ぶだけだろ!遊ぶのなんていつでもできる!』
遊ぶの、ね・・・
『いいか、今夜は絶対だ!20時には迎えにいかせる、日付けが変わるまではいるんだ、いいな!』
拒否権なしですか・・・
「わかりました、」
渉さんに、また謝らないと・・・
「久しぶりのデートだったんだけど・・・」
とりあえず、切れた受話器にぼやいてみた。
その日の夜は諦めてパーティーに行く事にした。紺のパーティースーツを着て黒塗りの高級車にのって有名ホテルに通された。老若男女様々な人が着飾り会話をしている、パーティー自体は慣れているので難なく混じって話をしてみるけれど、これ自体、渉さんとの時間を潰してまで来るほどの価値はない。足は自然と窓へと向いていた。
「社交場と言うより、金持ちの合コンじゃんかよ・・・」
また、ぼやいてみた。
まだ肌寒い空気が妙に心地よかった。みんなが僕に独り身なのかと訪ね、結婚した方がいいと言い出し、この場にいる人いない人構わず僕にすすめてくる、やんわり断るのもそろそろ疲れたし、いっそ婚約者がいるって言ってみようかなぁ・・・
「でもなぁ・・・」
誰もいないのが実際で、いても、それは、
「渉さんっては、言えないなぁ・・・」
今付き合ってる相手が男だなんて、言えないよなぁ・・・
「良い男過ぎるからなぁ・・・渉さん、」
渉さんの完璧な男性の容姿と体は、僕と連れだって歩いていてカップルなんて到底思われない、せめてどちらかが小柄でかわいいとかなら話は別だろうけれど・・・
「さて、困ったな。」
溜め息ついてしまうよ。
ふと会場に目をやるとにぎやかで眩しいくらいに明るい。
そんな中で一人の女性と目が合った、きれいな人だ、少し派手な外見だけど知的な感じ。その女性は新しいグラスを二つ持って僕の方に向かって歩いてくる、
「ありゃ、勘違いさせたかな。」
どうしようか・・・なんて考えていたら女性は手にしていたシャンパンの片方を黙って僕に渡した。そしてそのまま僕の横に立つと手すりに持たれて外を見た。黒いロングドレスにはシルバーのラメ、明るい茶色の長い髪は無造作に束ねあげられて、俗に言う目を引くいい女、なんだけど・・・
「相良の御曹司でしょ?」
いきなりそう来ましたか、荒めの女性だなぁ・・・
「御曹司と言われると大層ですね、相良樹です、はじめまして。あなたは?」
煙草に火を付けて、答える気はなしですか。まぁ、いいですよ。
女性は深くタバコを吸い、白い煙を夜空に吐いて一言。
「あなた、女性に興味ないでしょ。」
驚きと言うか、衝撃が強すぎて、声をあげて笑った。
「どうして?」
「私と偽装結婚しない?」
あまりに強烈な一言だ・・・女性はタバコを吸い終えるとベランダの手すりで火を揉み消し、僕のグラスにぽとんと入れた。
「興味あったら連絡して、あなたにとっても悪い話じゃないと思うけど?」
女性は僕に名刺を押し付けるように渡すと、にこりと不適に微笑み再び人混みに消えていく。
僕はタバコの入ったシャンパンを眼下の景色にかざして眺めた。
「あーあ、これじゃもう飲めないね。」
かーっこいー、こんな強烈な出会いは初めてだ、退屈なパーティーでこんな面白いことがあるなんて。ゴールドの液体が入ったグラスの中で彼女の煙草の吸殻からは無数の輝かしい泡が上がっている。
「独り身だったら危なかったね。」
もしかしたら久々に女性を相手にしたかもしれない、そんな馬鹿みたいなことを思って笑ってから、ふと渡された名刺を見た。そこには有名国立大学病院の名前と、外科部長、高杉愛と書かれていた。
「そこは、晋作じゃないんだね。」
男前なのにもったいない。僕は無意識に名刺を内ポケットに入れていた。
「渉さん昨日はすみませんでした、」
『あぁ、かまわないよ、いつもの事だからね。』
はは・・・そういわれると痛いよね。
「で、埋め合わせをしようと思って、いつなら時間あるかな。」
いつなら、会えるかな。
僕は職場の電話を使って堂々とデートの申し入れをした。
『明日からしばらく出られそうにないんだ、急だけど今夜どうかな、そっちのおごりであのレストラン。』
「はい、おごらせていただきます。」
『昨日写真整理してたら面白いもが出てきたんだよ、その時にな。』
「了解、予約は20時、終わり次第メールで。」
よかった、埋め合わせができた・・・しかも今夜会える。
僕と渉さんとの関係はもちろん誰も知らない、傍目からは中の良い友人同士なのだろう。でも、あと10年もしたら、はたしてそう見えているだろうか。僕としては公になっても構わないのだけど、今の日本ではそうも言えないのが現実・・・
「僕達はひとつのベッドで裸で朝を迎えます・・・なんて、言えないよなぁ。」
窓から外を見つめて、またぼやいてみた。
いっそ昔の彼女にでも相談して、
「・・・あっ。」
そんな話、あったじゃん!
そう思って胸ポケットを探したが、ない。僕は咄嗟に鞄を手にして部屋を出た。
「樹様、どちらへ?」
そうですよね、まだ昼過ぎで就業時間じゃない。
「ちょっと出てきます、何かあったら携帯にお願いしますね!」
スマイル0円スマイル0円・・・女性を敵に回すのだけは避けたいね。
こんなときマイカー通勤は楽なわけで、30分も走れば自宅のあるマンションに着く。何となく急いで玄関を開けて昨日のスーツの胸ポケットを探ってみた。
「あった!」
高杉さんの名刺だ。
「国立大学病院の女外科部長、渉さん知ってそうだな。」
こんなにいい取材対象はいなそうだから。
「今夜、相談してみよう・・・」
なんて、言うかな・・・
いつものフレンチレストラン、僕は仕事の後そのままタクシーに乗り込んで、渉さんは先に来ていて、久しぶりに会えて、素直に嬉しかった。
「お待たせしました、」
渉さんは笑って片手を上げてくれる、年上男の余裕、かっこいい・・・
「頼んどいたけど何かあるか?」
「いや、お任せしますよ。なんたって今日は僕のおごりですから。」
渉さんはけらけら笑った。
細身の僕とは違い、しっかりした身体、色も浅黒くて男前だ。僕たちは久しぶりに会ったこともあり話が弾み、正直食べたものの味なんてわからない。そのくらい僕たちは気分が良かった。
「そう言えば電話で面白いものがあるって言ってたけど、」
「あぁ、あるある。お前ん家に着いたら見せてやるよ。」
僕の家・・・
「もちろん、二次会するよな?」
「もちろん・・・」
僕たちが会うときは互いが翌日休みか、渉さんが翌日遅番で僕の朝が忙しくないときに合わせている。僕は立場上出勤時間は融通聞くから、忙しい渉さんに合わせる。公にできない関係であまり頻繁に会うことは目立つ気がしてって、気にしすぎなのかな・・・本当は毎日会いたいけれど。
レストランからタクシーで帰る、途中のコンビニで二次会を盛り上げる材料を買うんだけど、お酒の量が相変わらずすごいよね。僕たちはそんな袋を下げてマンションのエレベーターに乗り込んだ。
「そんなに飲んで明日大丈夫ですか?」
まぁ、いつもだけど、一応ね。
「明日は打ち合わせだけだからな、まぁ、寝てたって平気だろう。」
そう笑いながら僕の肩を抱き寄せる、僕にこんなことをするのは、過去のすべてを探し回っても渉さんだけ、初めて男らしい男の人を好きになったと思う。そんなことを思っていたら、
「ん、なんだよ?」
見つめてたのかな、恥ずかしい。
「いや、渉さんは良い男だなと思って。」
渉さんはははっと笑って、僕にキスをした。カメラに映ってたら守衛さんはビックリだ。家に着くなり僕たちはスーツを脱いで気ままに抱き合った。そんな遊びが一区切りして、ベッドサイドで渉さんがバッグを漁っている。
「ほら、」
僕に見せてくれたのは、
「わぉ、初々しいね。」
二年前の僕の写真だった。
「良い男すぎてくすねてたみたいだ。」
その写真はスーツ姿で窓際に立っている僕の写真で、自分で言うのもおかしいが、良い男に写ってる。
「これが俺たちの出会いだからな、」
SGRグループの若き次期社長、そんな肩書きの僕を取材に来たのが渉さん達だった。渉さんはカメラマンで、ずっとファインダーを覗きながら、笑っていた。そんな笑顔を見て率直に、良い男だなって思った。僕はバイセクシャルだったから、そのとき独り身だったせいもあって、一目惚れしちゃったんだと思う。取材なんて大事に少なからず緊張していた僕に、渉さんは優しかった。
「渉さんの写真を見るとみんなが勘違いをする、日本の若き企業戦士たちはみな美男美女だってね。」
「まぁ、間違いなくお前はその一人だな。」
そう言ってキスをしてくれる渉さん。
渉さんはバイじゃないと言う、そんな渉さんは僕の告白に嫌な顔ひとつせず真摯に答えてくれた。そして相手が僕だから付き合うんだと言ってくれた。それは、性別を越えていて、すごく嬉しい言葉だった。
僕はしばらくその写真を眺めていて・・・
「あっ。」
「はっ?」
声をあげた僕に渉さんも声をあげる。そうだった、
「渉さん、晋作・・・じゃなくて、高杉愛って女医知ってる?」
「高杉愛?聖帝大付属病院のキャバ嬢?」
さすが!取材済み!
「・・・キャバ嬢?」
えっと、外科部長だったような、
「あぁぁ、派手女ってこと、」
なるほど。
「そいつがどうかした?」
僕は、昨日のパーティーの事を話した。すると、渉さんは大声で笑いだす。
「さすがキャバ嬢、言う事がぶっとんでる!」
「どう思う?バイだなんて、そんなの、見た目でわかると思う?」
僕はそつなく対応できていたわけだし、あからさまに男の人に色目を使っていた訳じゃない、むしろ、使ってはいない。だってタイプの男はいないから。
「まぁ、あの女ならわかるのかもな、」
そう言って未だ笑いながらタバコを吹かしている。
「で、お前はどうしたいんだよ?」
僕の想いは、複雑だった。
「いいよ、正直に言いな。」
渉さんが僕の頭に手を回して引き寄せる。理想と現実と言うか、昨日の今日で気持ちは何一つまとまってはいないけれど、それでもなんとなく気持ちは傾いている。
「渉さんと以外、将来を考えたことはないんですよ?僕、こう見えても渉さん一筋ですからね。でもそれがいろいろと許されないのも承知です。」
さて、どこまで本音を話して良いやら。
「僕には非常にめんどくさい肩書きがある、周囲は僕を早く結婚させようと必死で、おかげで渉さんとの約束を捨て置いてでもパーティーと言う合コンに行かなきゃならない、そんな事にうんざりしているのも事実。正直、昔の彼女か誰か買収して建前用の彼女役を作ろうかと真剣に考えてました。」
渉さんはうーんと唸ってる。
「お前の場合は社会的立場があるかならぁ、」
それは渉さんも理解してくれている、そもそもその社会的立場がなければ僕と渉さんは出会えていない。
「そんなこと考えてたら高杉さんが来ました、登場から退場までどこかの映画のワンシーンみたいですごいかっこ良くってね。」
思い出して笑ってしまった、あの衝撃的事件はきっと一生忘れない。
「樹、会ってこい!」
へっ!?何だって!?
見上げた渉さんが、すっごい楽しそうな顔してる・・・そうだった、そういう人だった。
「あのキャバ嬢、面白いよ、何考えてるか聞いてこいよ、」
でも、こういう俗に言う逆ナンって、簡単に乗っても良いもんなのかな、
「まずお前が会って魂胆聞いて胡散臭ければ蹴っちまいな、面白そうなら次は俺も行く。」
魂胆、やっぱりそんな感じなのかなぁ・・・
「俺はお前が他の奴と結婚なんて認めたくねぇ、だが、そうすることでお前に利益があるなら話は別だ、そうすべきだ。俺はお前が一番大事だからな。」
複雑だなぁ、そんな事を悩んでいると、渉さんも何か悩んでいて
「うーん、偽装結婚か・・・その方が俺達は会いやすくなるかもしれねぇなぁ・・・」
ん!?今、なんて!?
僕は再び渉さんを見上げた。渉さんは妙にニヤニヤしている。
「結婚していれば、男同士がつるんでいてもまさかデキてるとは思われないよな、夫の仲が良い友達程度だ、しかもあの女は俺らより遥かに忙しいから家になんて帰って来ねぇ・・・」
「・・・なるほど・・・それならば僕にも渉さんにもメリットは大きい。でも何で高杉さんは偽装結婚なんてしたいんだろう、」
「ちっと、マジで聞いてこいよ樹、あのキャバ嬢の魂胆をよ。」
「わかりました、」