名前 - What's your name? -
深まりゆく二人の仲。
青年はボクの腕を引っ張り、立たしてくれた。
「君の名前は何。いつまで経っても、君じゃいけないからね。」
「ボクの名前は風凪楓鈴。楓鈴で良いよ。」
「分かった、楓鈴。俺の名前は蒼波奏音。みんな、奏音って呼んでる。」
「……蒼波って呼ぶ。」
「どうして?」
「……青色が好き、だから?」
蒼波は声を上げて笑った。そんなに面白かっただろうか。ボクは首を傾げる。
「ハハハ……そうなんだね、そう言われた事が無かったから笑ってしまったよ。でも名前を褒められたような良い気持ちがするね。ありがとう、楓鈴。」
風にボクの髪が靡く。それを愛おしそうに眺める蒼波。しばし時間が流れた。
「じゃあ、降りようか。」
その静寂を破ったのは蒼波だった。ボクは蒼波に連れられて、数時間前に挫折した、あの鉄の入口の前に来る。
「これ……まさか」
「ああ、楓鈴は既に見てたのか。俺の思ってたのと驚いた事は違ったみたいだね。」
どうやら蒼波はボクを驚かせたかったらしい。もっと大袈裟に驚けば良かったのだろうか。あまりボクには分からない。それはそうとして、これはどうやら地下都市への入口だったらしい。
「まさか地下都市の入口が人一人入れるほどの鉄の扉だったなんて……。」
「あはは、そっちに驚いたのか。だけど大丈夫だよ。この扉を使うのは、後にも先にも俺と楓鈴だけだから。」
「どういうこと?」
別の入口でもあるのだろうか。辺りを見回すが、荒野にそんなものは見当たらない。
「ああ、別の入口がある訳じゃないよ。沢山の人が行き来する必要があるから、まず地下都市と地上を繋げる入口を作るんだ。その時にこの入口は解体する。」
それで理解がいった。この鉄の扉はもうお役御免らしい。新しい世界の礎となるのだ。そう考えれば、まあありかもしれない。
「鍵は……ここだ。」
服のポケットを探り、蒼波は鍵を取り出した。普通の鍵だ。その鍵にボクは少し懐かしさを覚えた。鍵を鍵穴に差し込むと、ガチャという音ともに鉄の扉が回転を始めた。
「無駄に機能に富んだ扉みたいなんだ。これを作った職人はユーモアに溢れてるな……。」
蒼波は苦笑する。ボクも驚き、顔が固まる。扉からは何の演出なのか、煙まで出だす始末だ。妙に凝りすぎている。中には梯子があった。下は見えない。手を滑らせれば、どれだけの怪我で済むものか……。
「あまり下は見ない方が良いよ……言う前に見てしまったね。まあ、気にしないでくれ。俺から先に降りよう。」
そう言って蒼波は梯子に手を掛けると、慣れた手つきで降り始めた。ボクも続くように降り始める。
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しばらく仄かな明かりしかない薄暗い狭い中でひたすらに梯子を降りていた。たまに下を見れば、蒼波との距離が徐々に離れているようで、ボクの降りる速さも自然と上がっていった。
「もうちょっとだよ。」
そう言われて下を見ると、確かに光が見える。これは電気の光だ。太陽の光ではない。本当に地下都市に着くようだ。
百五十段ほど降りた時、下には梯子が無かった。足元に地面の感触がある。正直、手も足も痛い。蒼波を見ると、何故かボクから目を背けていた。
「どうしたの、蒼波?」
「あ、ああ……楓鈴。」
ぎこちない蒼波の口調にボクは疑問を浮かべる。すると、蒼波はボクを指差した。その指差す先を見れば、ボクのスカートである。丈長のスカートでブラウンの、ボクのお気に入りのスカート……
ここまで考えてボクはハッとする。みるみる内にボクの顔も赤くなっている事だろう。
「……み、見た?」
蒼波は気まずそうに頷く。恐らく蒼波はボクを心配して、大丈夫か見てくれたのだろう。その時に……見た訳だ。自然と一歩、後ろに下がる。
「ごめん……」
まあ、蒼波は悪くないが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。赤面しているであろう顔を冷やそうと手でパタパタ扇ぐ。
「じゃ、じゃあ、行こうか。」
ぎこちない笑みとぎこちない動作で通路を歩く蒼波。少し仕返しがしたくなった。ボクは蒼波の手を握ってみた。
「へ?」
蒼波の声が裏返る。そこまで驚くならば、仕返しをした甲斐があったものだ。ボクはそのまま手を放さなかった。そして、蒼波とボクは並んで通路を歩き始めた。地下都市はもう目の前だ。
補足ですが、楓鈴はもちろん女です。
とうに分かっている事だとは思いますが。