物語の始まり - Prologue -
静かな話です。アクション系ではないです。でも良い話にしたいので読んでみてください。
世界から色が褪せている。ボクが大人へと成長する過程で、ボクの見ている世界は色を失っていた。何も変わらない普遍な世界。ただ毎日を毎日のままに生活する。ボクはそれが嫌だった。
何度、この世界を見飽きただろうか。破壊される美しい風景、欺瞞だらけの人間関係。所詮、この世界にボクが見たい『新たな世界』は一つも無かった。
────だが、ある日。そんなボクの元へ新たな道標が示された。
♯♯♯
「どうだい、この世界は。」
ボクに優しく語り掛けるその声に静かに返答した。
「……綺麗だ。It's the "Brand new world".ポクが求めていた新たな世界……。」
ボクの口からはそれ以上の言葉は出て来なかった。眼前に広がる壮大な景色は人を魅了して止まない。沈む夕陽は海を赤く照らしていた。
「ようこそ、僕等の新世界へ。」
そうして、ボクは新世界へと辿り着いた。
全ての始まりはある一冊の本だった。ボクの『新たな世界』は早くもこの世界には無いと考えていた。そんな中、唯一無二のボクに『新たな世界』をくれる存在は本だけだったのだ。来る日も来る日もボクは本を読んでいた。
季節は巡り、春から冬へと。雪が舞うように落ちる外の景色を見ることも無く、ただただ本の世界にボクは飛び込んでいた。
「……終わった。」
またボクは一つの世界を見終えた。何度も本の世界に飛び込みたいと思っただろうか。物語はボクに様々な世界を見せる。同じ世界でも絶えず変化を続けるのだ。これほど素晴らしいものはあるのだろうか。
見終わった世界を失う事に少しの未練が残りながらもボクは本を閉じた。すると、急に色褪せた世界が存在を強調し始める。空腹、眠気。本を読む時だけがこれらの足枷を忘れられる瞬間だった。
嫌々ながらボクはご飯を食べた。何の味もしない。この世界はボクに味覚を失わせた。光も音も香りも味も。全てが色褪せていた。
「ご馳走様でした……。」
キッチンの流しに皿を置くと、再びボクは書斎へと戻った。書斎へと急ぐ足はだんだんと速くなる。早く早く……と、貪欲なまでにボクの心は世界を求める。部屋に入ったボクはすぐさま本を開こうと、椅子に座る。その時、何かが落ちるのが見えた。
「これは何……?」
栞のようなその紙に描かれていたのは、読者の心を引くような素敵な模様や柄ではなく、ただ淡々と無機質に書かれた文字だった。
『求心神社で待っている。』
暖房の効いた書斎で何故か少し冷たいこの紙。どうやら誰かがこれを置いたようだ。他に何かないか机の上を探してみたが、何も無い。どうやら手掛かりはこの置き手紙だけのようだ。仕方なしにボクは求心神社へ行く事にした。
クローゼットを開き、コートをとる。カタカタとなる窓を見て、ボクはマフラーと手袋も着けた。肩ほどまでのダークブラウンの髪を揺らしながら、玄関に向かう。
「行ってきます。」
そう言ってボクは外に出た。途端、雪風がボクに吹き付ける。顔に当たる冷たい冷気を避けて、顔をマフラーに潜ませ、小道を歩いて行った。
「……寒い。」
思わず声が出るほどに外は寒く、ボクには厳しい罰のようにも思えた。なるべく時間を掛けないようにとするが、思うように身体は動かない。この世界の不条理を憎らしく思いながらも結局ボクの歩幅は変わらなかった。
「求心神社は……これだよね。」
看板には『求心神社』の文字がある。どの神様が祀られているかも分からない神社だが、古くから何かを強く想うと、それが叶うという胡散臭い言い伝えがある。ボクは長い階段を一段ずつ登って行った。
神社は少し小高い丘にあるため、風が遮られない。益々強くなる風の勢いに目を細めながら、何かを待った。
閑散とした神社には風で揺れる木々の囁く音だけが響く。天気は良くない。早く本を読みたいと思うが、呼び出した犯人は来ない。不満を募らせたボクは神社の周りを歩き回った。
あまり広くない境内。あるのは本社と御神木のみ。本社も大きくはないが、年月は感じられる造りをしていた。
「御神木……。」
木の前に立てられている看板には『御神木に触れると願いが叶います!』とあるが、果たして触っていいものか半信半疑のままに遠慮がちに指先だけ触れた。
だが、触れた指先は離れなかった。ボクは指先に温もりを感じたのだ。いくら御神木と言えども、触ると温かいなどあるものなのか。自然と掌全体で触れていた。
突如起こったこの神秘はボクの心を少し満たした。瞬きをしたボクはそこで記憶が途切れた。