親ゆずり (ショートショート78)
朝、起きてすぐ。
――しまった!
算数の宿題があったことを思い出した。
これから始めて、朝ごはんまでに終るだろうか。
――やれるだけでも……。
ボクはあわてて宿題にとりかかった。
半分ほど進んだとき。
「朝から勉強とはめずらしいな。学校、今日は休みなのか?」
おじいちゃんがそう言って部屋に入ってきた。
「ちがうんだ。宿題、やってなかったんだよ」
「それで、できそうか?」
「ねえ、あっちに行ってくれない? ボク、時間がないんだよ」
「ああ、すぐに行く。それにしてもオマエ、忘れることが多くないか?」
「まあね。でも、おじいちゃんだって」
「ワシが?」
「うん。だってここにいること、おかしいと思わない? おじいちゃん、また忘れてるんでしょ」
「そっ、そうだったな」
忘れていたことを思い出したのか、おじいちゃんはそそくさといなくなった。
おじいちゃんのいうとおり、ボクの忘れっぽさはかなり重症だ。宿題に始まり、先生から聞いたこと、友だちとの約束と数えたらきりがない。
「ごはんよー」
お母さんの呼ぶ声がした。
――しょうがないな。
宿題は半分も終わらなかった。
残りは学校に着いてやるしかない。
朝ごはんのとき。
「ねえ、今日は早く帰ってよね」
お母さんがお父さんに向かって言った。
「なんかあったかな?」
「お坊さんの来る日じゃない」
「そっか! カンペキに忘れてたよ」
「大事な命日を忘れるなんて、あなたのお父さんのことでしょ」
「だよな。しかしオヤジが亡くなって、もう二年になるのか……」
お父さんは思い出すように言った。
ボクの忘れっぽさは、ボクだけのせいじゃないらしい。生まれもっての親ゆずりのようだ。
なんたって――。
お父さんはボク以上に忘れっぽい。
おじいちゃんはさらにその上である。
だっておじいちゃん、自分が死んだことさえ忘れてるんだから……。