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レオリールの部屋で

 自室は落ち着くと言うよりも、なんだか変な感じがした。まだ一年も経っていない筈なのに、ずいぶんと久しぶりな気がしてしまう。まるで、他人の部屋を借りているような気分だ。


 ありがたいことに埃っぽさなどはない。パッと見た感じ、盗まれたりした物もないようだ。

 俺が留守にしていた間、誰かが管理し、丁寧に掃除をしてくれていたんだろう。俺が居なくなったあとでそんなことをしてくれそうな心当たりには残念ながら思い当たらない。ハリエットが一番可能性が高いが、彼女はきっといろいろ持ち去るタイプだ。

 首を傾げていたら、パルヴィーンが一人の下働きの女の子を連れてきた。

 彼女がずっとこの部屋を綺麗に保ってくれていたらしい。


「ありがとう」

「え、あの、滅相もございません」


 まだ幼い感じを残したその女の子の様子は、すぐそこででろーんと伸びているカピバラもどきたちなんかよりも余程、小動物じみている。


「レオリール様、この子供の話を聞いてあげて欲しい。さ、ホナヌ。話してごらん」


 パルヴィーンが優しく、女の子を促した。どうやらこの子の名前はホナヌ、と言うらしい。


「あの、最近、みんながおかしいんです。みんな、何かに取りつかれてるんじゃないかって。あの、その、どう言ったらいいんでしょう。その、みんな、雰囲気が変わったっていうか」


 一匹のカピバラもどきの耳がピピピっと揺れた。


 ホナヌによると、異常は起きていても、仕事に支障があったり、誰かが暴力を受けている、ということはまだないらしい。


 ただ、先日まで仏頂面でいたような人物が始終にやけるようになったり、逆ににこやかな人物が、しかめっ面で過ごすようになったりしているそうだ。何もない壁に、聞き取れないような何かを呟く者、いきなり踊りだし、そのあと何事も無かったように、スタスタと仕事に向かう者。


「とにかく、下働きの区域では、みんながみんな、何かに取り憑かれているみたいに変で、なんとなく怖いんです」


 だからホナヌは主の居ない、のびのびと引きこもれる、この部屋付きにしてもらったそうだ。


「……調べさせておきましょう。ホナヌはいつも通りに働くように」


 イスメールがそう告げ、ホナヌは下がっていった。


「こんな城の状況よりも、君の扱いの軽さについて私は注意しておきたいな」


 ホナヌが退出したとたん、部屋の中には人の姿のテオ様とうららちゃんがいた。位置からすると、さっき、全力で伸びていたほうのカピバラがテオ様で、伏せをしていたほうがうららちゃんらしい。


「ホナヌが言っていた事も捨て置けないと思うんですけど」


 あまりにもギャップが酷い。軽くめまいを覚えて、俺は額に手を当てた。

 さっき、だらしなく伸びていたほうがテオ様……この、麗しい美青年が、あんな……ああまでリラックスした……いや、やめよう。


「それは、単純に、媚薬だとか、なにか精神に作用する魔法の道具の効果でしかないからね。健康には問題なさそうだし、この城一つくらい、どうなっても問題はないだろう」

「精神に作用……被害の範囲は、どうなのでしょう?知人が気になります。ちょっと、調べに行ってきても構いませんか?」


 腰を浮かせたイスメールの肩を、パルヴィーンが押さえる。


「我々に作用する場合も考えなくてはならない、イスメール。むやみに歩き回らない方がいいだろう」

「別に、媚薬とか程度なら、毒耐性の腕輪の効果範囲だと思うよ?」


 うららちゃんがコトリ、コトリと、焼き菓子を載せた皿や、飲み物の入っているらしいポットを空中から取り出して、並べ始めた。その収納の先は一体、どう整理されているんだろう。不思議だ。


「気になるなら、あのデータスとかいう子に言って、あとはまるっとおまかせしておけばいいじゃん。きっと大喜びでなんとかするんじゃないかな?」


 テオ様がそれにうなずく。


「そんな事よりも、君の、この城での扱いの軽さが私は気に入らない。君は、うららさんが選んだ国王なのだからね」


 夕食はそのまま俺の部屋で、クロウェルドの城からうららちゃんが運んで来たものを食べることになった。そして、今後の予定を話し合う。


「この城が良くない状態にあるのは確かだからね。数日滞在させるつもりだったけど、明日にはここを出ていくことにしようか」


 山盛り……いや、爆盛りサラダをもりもりしゃくしゃく食べるうららちゃんの隣で、まだ人間らしい食事を人間的に取ってくれているテオ様が、パンの入った籠を隣に座っているヤニックに渡した。人数的にも、食事の温度的にも全員同時に食事を、と言ったのはうららちゃんで、それについてテオ様は困ったように笑っただけだった。


 俺の部屋に、こんなに人がいるのは始めてかもしれない。


 とりあえず、街道を整備しつつ、ソカレリルまで行くことと、ソカレリルに着いたら、俺の妻になってくれたティドレ・アウルムという女性と対面し、彼女との婚姻関係を継続させるかどうかを判断することが決まって、俺は就寝する。

 俺の扱い云々については、テオ様とクロウェルドの城側からどうにかするということだ。


 今夜、ヤニックとバティストは控えの間で休む。イスメールとパルヴィーンは彼らの自室がある。そちらに下がっていった。


 今夜も、精霊ふたりが夜間の護衛を引き受けてくれて、そのことはとてもありがたいんだけど、俺たちが一ヶ所にまとまっていなくていいんだろうか。


「ん?ああ、そこは大丈夫。このくらいの距離なら、なんとでもやりようがあるから」


 一応聞いてみたら、じゃらじゃらと、数本の鉄の棒みたいなものをテーブルに並べていたうららちゃんに、あっけらかんと言われた。またもや精霊パワーでなんとかしてくれるつもりなんだろう。


「どうする?アタシ達がこの部屋にいたほうがレオリールは安心?それとも、違う場所から見てた方がリラックスして寝られる?」


 鉄の棒を置いて、俺のところまで来たうららちゃんが俺に布団をかけて、ぽんぽんと叩いた。向こうでは、テオ様は茶を片手に、さっきまで見ていた書類から顔を上げ、穏やかに笑っている。


「この部屋に居てくれると……安心かな、と」


 なんだか、子供じみたことを言っているな、と恥ずかしくなってしまう。でも、そのとき微笑んだうららちゃんと、テオ様の笑顔の暖かさに、今度は少しだけ泣きたくなった。


「夜の間に、下働きのなんとか問題もなんとかさせるからね、テオが、データスとかいう子に」


 うららちゃんは何もしないよ宣言に聞こえたのは、俺の聞き間違いだろうか。


「ほら、子供はもう寝る寝る。子守唄も必要?」

「子守唄まではいらない」

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