6、愚者王
ネクロマンサーにろくな奴はいないと誰もが口にする。
墓場を踏み荒す罪深き霊術師。命を冒涜し死者を愚弄しては神の領域に手を出した外道。根暗で陰湿で存在するだけで悪とみなされ、不幸と災いが訪れ、やがて国を滅ぼす犯罪者とまで酷い言われようだ。
「生まれてきてごめんなさい」と懺悔の強要、泥と馬の糞を投げつけられ、やがて愛されることもなくなった。
ああ、確かにネクロマンサーはろくな人生を送れないようだ。古来より、太古の昔からネクロマンサーの運命は決まっていた。人は歴史は繰り返しネクロマンサーの力に魅せられ死者を蘇らせようとして人生に失敗する。
こんな古い伝承もある。
昔々、ネクロマンサーが大罪になった元締めのお話だ。西の王国の王は最愛の王妃を蘇らせようとして蘇生に失敗しましたと……禁忌と知りながら、失敗しても尚、もう一度愛した者に会いたい想いで愚かにも禁忌を繰り返し、何かに取り付かれたように実験を重ねて犠牲を出し、最後には史上最悪の戦争すら発展して西の王国は滅びましたとさ。
これが世に語られる<愚者王>にして、これのせいでどの星に生まれてこようがネクロマンサーが大罪であることに変わりはない。
しかし、死者を蘇らせようとしたこともないお前達が私達を語るなよ。
「何読んでるの、クラリー?」
「<愚者王>ですよ、リア。もしかすれば、何か裏切り者を見つけ出す手がかりになるかと思いまして」
戦闘を終えて屋敷に避難した私達は今、図書室で本漁りをしていた。本来なら衣鶴や魔法が初心者の生徒達の役に立つような魔導書を探していたが、つい目に入った<愚者王>を手に取り魔導書そっちのけで読みふけっていた。これは失敬である。
「愚者王の本がここにあったの?」
「ええ、裏切り者も同じく愚者、ゲームとしてあってもおかしくないのでは?リアも読んでみますか?」
「ううん、読んだことあるからいい。でもそれ、あまり良い話しじゃないからね」
「そうですか……」
興味本位で読むにはちとベビーな話しで、大概の読者は誰かを生き返らしたいと願った不幸な人間に限られてくる場合もあり……あまり詮索はしない方がいいのだが、
「リアは誰かを蘇らせたいと考えたことがおありですか?」
「あるわよ……」
愁いの帯びた声。それはあまりに危険な声色で他の生徒達に聞かれていなくてよかった。衣鶴たちも共に魔導書を探しに図書室にやってきていたが、時期尚早に退出していた。誰にも聞かれなかったからよかったものの、聞かれていたら流石に不味い。
死は誰もが切って離せないもので、家族、恋人、友人、知人、ペットが亡くなれば悲しみを覚え蘇生という甘美な禁忌を強く求めてしまうものだ。魔法の素質があるならそこには十分な可能性があり、リアもまた十分に蘇生について調べていたのかもしれない。誰もが希うのかもしれない。
その一つの書物が<愚者王>であり、ここから得られる教訓は以下の通りである。
「リア。出すぎた真似かもしれませんが友として忠告しますね」
どの口が偉そうに言うのだろうか。私はリアに<愚者王>を見せつけた。
「この王は1人の女性を生き返らせるのに何十万の罪無き民を犠牲にしました。私はリアにそのような愚者になってほしくないです……それにネクロマンスしても人は生き返らない。死んだ人の亡骸に低級の悪魔が乗っ取っているだけなのですよ。それを蘇生とは言わない……」
「クラリー、あんた……」
何もしらないくせに………。
王は蘇生の実験を繰り返し次々と悪魔を生み出していた。不幸と不幸が重なり上級の悪魔さえ作り出し暴走する王はやがて他国を巻き込み戦争へと発展していくのであった。
これが<愚者王>であり私達の真実だ。ガイコツ兵もサイのザウルスもネロ、皆が悪魔。私は死者の亡骸を屍に変えて低級悪魔と契約しただけに過ぎない愚者である。あぁ、ネロは中級へとレベルを上げているわけだが。過去誰一人として特定の人物を蘇らせようとして失敗に終わっている。
「なんでアンタが思い詰めた顔をしてんのよ……」
「おぉ、これは失敬。私も大切な人を1人亡くしているのですよ。なので、リアの気持ちに感化しすぎました。でも、こんな時に疑われそうな発言はよしませんか? 私も我が身が可愛いのでーす。京に聞かれていたと思うとゾッとしそうなのですよ」
「あはは、確かにそれは恐ろしいわね」
この話しはここまで。そう言って私達が最後に図書室を後にした。
「って、その本持って行くの?」
「うふふ、まだ読破してませからー」
言い訳ならいくらでも言えるだろう。
本の角が武器にもなるように、何かの手がかりが得られるかもしれないという理由で私は難なく<愚者王>を手に入れることができる。私にとっては良いマジックアイテムになりえるだろうか。愚者特有の魔力の向上、持っていて損はない。
それに、現在は特別授業は休戦中である。京の張った結界の中で私は身動き取れない状態であるからにして、しばらくはコレを読んで静かにしていよう。
「A組とB組の敗退、思ったよりダメージでかいわね……」
図書室を出て食堂へ向かった。ここが私達の作戦本部となる場所であり休息の場でもあった。
食堂に到達すれば中の光景を見てリアが深刻そうに口を開いた。エリート集団の敗北が彼らに衝撃を与えたことは過言ではないだろう。周りを見渡せば疲労に焦燥、不安、恐怖、絶望の顔をしている。
生存者75名の内74名が、あの戦いで疲弊した生徒は俯き、又は机に突っ伏して眠っている者もいれば、友人に囲まれ泣いている生徒もいた。A組に彼氏がいたのだという話しだそうだ。他にもただ戦いを続けていく自信が無くて泣いている生徒もいるがな。あぁ、衣鶴もさっきまであっち側だった。
しかし、彼女は今や顔つきが変わり背筋を伸ばし魔導書を黙読していた。時折、前の席に座っている京に何かを訊ねて猛勉強中だ。そんな姿に私は頬が緩むのを自覚した。彼女は彼女自身と戦っているんだなと解釈した。
そう、この特別授業は立ち止まっちゃいけない。
「ちょっとぉー水原ぁ~、ここはどういう意味っしょ?」
「えーと、ここは……」
あっちの離れた席ではメガネ君がギャルに絡まれていた。席は隣同士。身を寄せ合って魔導書を見ながら……というか、何このカップル。
「つーかぁ、なんで水原ってF組なの? あーしより頭良いし魔法のこと知ってるのに、ねぇなんでなんで?」
「なんでって……」
ギャルビッチのなんでなんで攻撃がメガネ君の心を乱した。ギャルはブレザーを着ておらずブラウスの第二ボタンまで外しメガネ君をからかっているように見えるのは私だけじゃないはずだ。遠めから見守る童貞諸君……もとい、羨ましそうに涙を飲む野次馬たち。なにこれ?
「アンタの姉ってさ、生徒会長で<騎士>の称号持ちなんでしょ?」
「姉さんは関係ないだろ……」
「あ、ごめんごめん。そういう意味じゃないんだけどさ」
デリカシーの無い話しだ。
あの超人な姉と平凡な弟を比べることがどれほど彼は重圧を背負っているか想像もできなかったのだろう。これだからビッチは……私が<愚者王>の角で叩いてやってもやぶさかでもないがな。
「ごめんってー水原。そのメガネちょーカッコいい~」
「それってフォローなってないよね……」
はぁ、とため息をついたメガネ君。席を立とうとしてギャルに袖を掴まれ座りなおした。
「はぁ、僕がF組だってのは事実だよ。試験に緊張して頭の中が真っ白になる魔法師とかお笑いものだよね」
「あはは、それは超ウケるんですけどっ」
キッとギャルを睨むメガネくん。後悔しながらも彼女に胸の内を話していた。
「結局は全部を姉さんを言い訳にして現実から逃げてるだけなんだ。どんなに頑張っても姉さんには敵ないっこないって言い訳してみっともないったらありゃしないさ……」
でも……とメガネくん。
「僕は姉さんに少しでも追いつきたい。少しでも姉さんに認められたい。だから、僕は絶対生きてクエストをクリアするつもりだよ」
「あー水原はシスコンだったか~」
「そ、それはほっといてくれよ……っ!!」
「いやいやー、ほっとけないってー。あーしがちゃんと見てないと超シスコンになりかねないっしょー。それだけはヤバイっしょー」
「な、なな……っ!!?」
「まーあ、こういうのは柄じゃないんだけどさー。あーしは水原のこと応援してるから。だから、あーしで手伝えることがあったら何でも言ってよね……」
「う、うん。ありがとう。北染さん」
………。まるで甘ったるい悪夢を見ているかのようだ。なんだか胃がもたれてきた。京が知らぬフリをして、しかしチラ見しているところがまた面白い。
「ちなみにアタシは答案用紙に一個飛ばしで答え書き間違えていたのが原因ね。たぶん」
「リア。そういう私は魔法がからっきしダメでしたから。F組で仕方がありませんですね、うふふ……」
京はきっとナメぷでF組に落とされたのだろう。
「つーか、あのおっさんは誰なのよ?」
「どこかで見た事あるような顔ですね……」
さて、あのリア充たちは放置しておこう。
リアが指差す先にいたダンディな中年男性は、誰ってこの屋敷の主であるミンチィ伯爵でしかいない。彼もまたガイコツ兵から解放され、何故か皆がいる食堂の隅っこの席に身を縮こませていた。
「ウチが連れてきたんや。自分らが戻ってきたらそろそろ本題に入ろうかと思ってな」
メガネ君をスルーした京が告げた。なるほど、屋敷の隠し部屋に隠れていたミンチィを引きずってきたわけだ。
「おっさん、金に目が眩んで裏切りもんの計画へ加担したらしいやん」
「ち、違うっ。脅されてしかたがなかったのだ……」
「やけど、計画の一旦を受けて今のありさまを作っとんねん。まー、こんなことゲームキャラに言ってどうなることやないんやけどな」
「………」
さて、真面目な話しをしよう。
現在の生き残りはC組~F組の74名+A組が1名。ここ食堂には74名しか生徒はいないが、私の見解ではA組のその1名が京の隠し玉と睨んでいる。しかし、京は知らぬ顔で74名のこの中に隠し玉がいると嘘をついており、私はそれを指摘することができない。
京の見解ではA組の生き残りはもうケムルズの町へ逃げ延びたのではないだろうかと事実無根のでっちあげときた。裏切り者へのけん制だろう。私に隠し玉が誰かを知られたくないがために。
そんな中、ミンチィ伯爵というイベントキャラの登場。彼もまた胸の内を告白した。
「た、確かに大金に目が眩んだことは事実だ。認めよう……」
しかし、
「ワタシは君たちがネクロマンサーに襲われるのを見て後悔したのだ。あってはならない光景を目にしたのだから。こ、こんな悲劇は<愚者王>だけで十分なのだよ……」
「貴方まで<愚者王>を語るのですか?」
「クラリー、ちょいと落ち着きぃや……」
おっと、そいつは失敬。
「<愚者王>については知らんもんもおるやろうし、ウチからあとで説明するとしてや。その前におっさんの話が先やで」
「いや、話しの流れからすれば<愚者王>を先に説明した方がいい。その後にワタシが知る首謀者の目的を話した方が話しが早いだろうし、それにもうこれは君達が思っているようなゲームだと思わない方がいい」
「どういう意味なんですか、それ……?? これがゲームじゃなきゃ、わ、私達は何をさせられているんですか!!」
「衣鶴も落ち着きぃ……おっさんも大丈夫か?? 汗びっしょりやで??」
ミンチィ伯爵は手で顔を覆った。良い演技だ。彼は立派な役者である。
「ワ、ワタシは決めたのだよ……今さら手遅れなのだが。それでも君達にお願いがある……首謀者が誰かは言えない。だが、その者の目的なら言える。ワタシながらの小さな抵抗だよ。ワタシは祖国に裏切られたが愛国心は少しは残っている方だ。先代女王はこんな愚かなワタシをここまで逃してくれた。今こそ、その恩を返す時なのだ」
ミンチィは席を立ち涙して土下座をした。私が冷ややかに見下ろす中、彼は生徒達に向かって土下座した。いや、半分は演技じゃないのかもしれない。己のしでかした過ちが今さら怖くなったか。しかし、逃げだすこともできず、もう彼らに託す他なかった。
「こんな愚かな計画に加担したワタシを許してくれ。そして、お願いだ。先代女王が愛したこの国を守ってくれっ」
さあ、打ち合わせどおりに……
「首謀者の狙いはこの国に眠る<愚者王の剣>。あの者は<愚者王>の悲劇を起こすつもりだ……」
イベントを進めよう。