10、デッドヒート
京とルクシードの戦いは続く。
これからが本番だと言わんかのようにヒートアップしていく。彼らは衝突する。京はルクシードから奪い取った剣で、ルクシードは自らの金の骨から形成した黄金剣で応戦していた。
チャンバラ合戦と洒落込んでいた。
されど、彼らの戦いに水を差す者が現れた。
「どっひゃー、なんじゃーこりゃー」
「「………」」
どっひゃー、とかきょうび聞かないがな。
「なんですか何なんですかー、まるでここだけ妖怪大戦ような酷い有様じゃねーですかー。もーやだなー、あー怖い怖い。これだからバケモノ共の戦いは始末に終えないんですよ。若ー」
「あぁ、灘か。えらい自分遅かったやん……」
「………」
血で染めた特大サイズの雹の墓標だらけの戦場に驚く―――まるで、棒読みで驚いているふりをする―――灘と呼ばれる少女が現れた。
京が隠し玉と呼ぶ謎の少女。ネロと互角に戦ったノーパン少女。
そう奴だ。
「いやー、ちょっと私的野暮用でまたも出遅れてしまいやしてねー」
やはり屋敷の中に隠れていたようだ。
「またう〇ちか?」
「こらっ、花も恥らう乙女がはしたない言葉使いなさんな!! それに『また』ではないっ!!」
「そー怒んなや……嘘やん。さっき屋敷で恥じ晒してくれたお返しやん?」
「まだ根に持っとるんですか、若!? 相変わらずケツの穴が小っさいお方ですわ~。まじでかー」
「あーやっぱりウザいな、自分」
「………」
既に空気を読んだのはルクシードだ。否、既に置いてけぼりにされたのようである。そして、このままだとまたも京の精神的ダメージが増えていく一方だ。
「で、そこにおわすのが?」
「おわすも何もアレも<カラクリ>みたいやで」
「ほほー、はは~ん、これはこれは、なるほどなるほどー、波浪先輩は相変わらずぶっ飛んでますねー」
「曖昧で未完成に留めた不確定な存在……やから、ルールに縛られることなく魂の定着もできてんやろなー」
「ひんねくれたやり方ですなー」
いやー、敵に回したくない。怖いですねーと奴らは言う。
そして、奴らはそんなことよりもと話題を変えた。
「まーそんなことよりも、若。屋敷にこんなモノが落ちておりやしたぜ」
そう言って京に渡したのは2つのバッジだった。
1つは私もルクシードも見過ごせないものだった。私が裏切り者だと一発でバレるエンブレムをかたどったものだ……
「おやおや、どこかで見たことのあるエンブレムみたいなんですよねー」
などと白々しくも灘は言う。
そして、白々しくも京に訊ねた。
「若、これって何のエンブレムか貴女の頭でわかりますかなー?? これはきっと犯人探しの決め手になるんだと思われますぜー」
「バカにすんなや、自分。ウチだって知ってるでこれぐらい……いや、待てよ。何やったっけな……」
「もー若ったら、おバカさん☆」
「自分、マジうざいな……」
「………」
マジでウザいな。
しかし、
「でも、あれれー?? これって犯人の私物だと思ったんですけどー、よく見たらどうやらそうじゃないらしいみたいですよー?? ちょっと<カラクリ>の貴方も見てくださいよー、これ」
灘はバッジを二つ手放した。
ルクシードにそれを投げ渡す暴挙に出たが京はツッコミを入れることもなかった。
「これヲ……どこデ??」
「どこって屋敷の中ですよ? 言ったじゃありませんか」
「やから屋敷のどこや?」
「もー若までそんな怖い顔しないでくださいよー。ちゃんとゲロりますからー」
ルクシードは掌の中に納まる二つのバッジを凝視した。
その人体模型みたいな不気味の顔は怒っていた。対して京はただ冷ややかにルクシードを見ていた。
二つのバッジはある国の象徴を描いたエンブレムが刻まれている。
一つは聖英国。
一つはダレズゴア国。
そして、それぞれのエンブレムには元々なかった×の傷跡が深く刻み込まれていた。
「ソレ、3階の廊下に落ちてたんですよ。なんの変哲もない廊下にね。どうせ敵が落としたのでしょうけど……」
敵が持っていたエンブレム。それがただのエンブレムでないことは明白だった。
「敵がマヌケで戦闘中に落としたのか、それともワザと落として私に拾わせたのかは今は不明ですが……明らかに宣戦布告と言った感じですねー、ソレ………」
もちろん、それ以外に屋敷の中で怪しいモノは落ちてもいなかったらしい。
「なんつーか、ここまで回りくどいやり方してもーたなーって感じやな」
「まーまー、姫様のごっこ遊びに付き合って敵を欺くのも始末屋でもある私たちの仕事でおすしー」
「妖怪退治屋じゃなかったのカ……??」
「高校生がバイト何個も掛け持ちしていても別におかしくない話しやろー? それと一緒や」
「波浪先輩に仕事を貰わないと暮らしていけないほど若ん家って貧乏ってことなんですぜ、旦那」
うっさいわ、と灘の頭を拳骨で殴り本題に入る。
「じゃ、さっそくやけど本題に入ろか? 聖英国最強のおっちゃん」
「………」
やっぱりバレてた。
☆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
さて、強行軍総勢58名は草原を駆け抜けていた。
分岐するエルザワ行きの横道も跨いでケムルズの町へ目指す。
「水原……あれ、ゴリラだし……っ!!」
「わかってる。でも、大丈夫……っ!!」
メガネ君を先頭に進む強行軍の前に立ちはだかるのは三角ゴリラというモンスターだ。
レベル35のそこそこ厄介なゴリラは縄張りを荒らされたと勘違いしてメガネ君たちに突進を仕掛けてきた。怪力でさらに3本の角には麻痺、毒、睡眠のどれか状態異常を与えることで知られる初心者にとっての鬼門モンスターだ。
しかし、メガネ君たちはここで足止めを食らうわけにはいかなかった。
メガネ君の鮮麗された水流魔法を氷結魔法がゴリラを簡単に一蹴してみせる。
真正面から衝突すれば、ただじゃすまない。部隊に大きくダメージを与えることになる。ならば、真正面から衝突しなければいいだけの話だ。
要は氷の道を作り滑らし、こちら側はただ横に回避するだけでいい。
「やっぱりアンタ器用だし……っ!??」
「そりゃどうも……」
道というより氷のコースだ。案の上、氷に足元を滑らしたゴリラはケツから転倒しケツで氷のコースを滑っていく。
ゴリラは滑りながらも横切る彼らに手を伸ばそうとするも届かない。届かせない。水流魔法で滑るゴリラをさらに滑らせてた。
喝采が上がる。
「でも、油断はならないよ。後ろの警戒は怠らないよう」
「うん、わかった」
隣にいた北染は神妙に頷いた。
後ろを振り返ればゴリラが小さく見えるもいつ追いかけてくるかわからない状況下だ。幸いにも今はまだ氷のコースに手こずっている様だが、それがいつまで続くかわかない。
しかし、ここで立ち止まるわけにはいかないのだ。
彼らは丘に差し掛かり、その彼方に小さくではあるが町が見えた。
「水原。もしかして、あれがケムルズの町……!?」
「そうみたいだね。あともう少しだ……」
見えたといっても魔法によって視力を強化して見える距離にある。メガネ君はスマホをポケットから取り出しマップを確認した。
確かにケムルズの町。距離にしてまだ25kmほどしか進んでいなかった。あとは丘を下り町と平原を分断する少し大きな川を越えて街道へ戻って門をくぐり抜けるだけ……もちろん、そんな簡単な話しではないがな。
あの川には一角ペンギンが生息しているらしく、襲われたら初心者では命が無いらしい。普段は温厚なので襲ってこないが怒らせたら大変だ。ロケットのよに跳んでくる脅威をどう対処すべきか……正規ルートであるケムルズの町行きの街道へ今から戻るのも一つの手だろう。街道には川を渡る橋が架かっているが、もしかすれば罠があるかもしれないことは作戦会議で予想済みだ。
まずこの丘を下りて部隊を二つに別ける。正規ルート復帰する班と、そのまま直進して敢て川を横断する班。<馬>なら川の上を走れる。
この緩やかな傾斜を降りてそこで合図を出せばいい。
「北染さん、ちょっと待って……」
「だうしたし?」
メガネ君は1件の不在着信があることにようやく気付いたみたいだ。
「姉さんから……電話、あったみたいだ…………」
「え、それはおかいでしょ。ここはアッチと圏外だって言ってたんだし……あーしらも確認したじゃん……」
「でも、ほら……」
「ほんとだ……なんで……??」
スマホの画面を見せられて、そこに表示されていた不在着信とその時間帯に戸惑い隠せないギャル。メガネ君は折り返し電話をかけてみるが……やはりガイダンスの声と圏外であるという事実を知らされた。
「もしかして……」
「北染さん?」
「もしかして、生徒会長……あんたのお姉さんは本当にここに来てたんじゃ……?」
「まさか、ありえないよ……」
「なんで? あーしら、あの男に誘拐されたんだし、本当にありえなくもなくない? 今頃学園中がパニックになってるかもしれないんだしさ」
「………」
「でも、生徒会長さんは……ゲームオーバーになってしまった。裏切り者の手によって……」
「………」
「ごめん、空気読めてなかった……」
「いや、大丈夫だよ……どちらにしろ、僕たちがやるべきことは変わりはしないんだ。もし姉さんを倒すほどの相手がこの先に待ち構えていたとしてもね……だから、先を急ごう」
「水原……」
あってはならないことが立て続けに起きている。
メガネ君は知っている。自分の姉がどれほど強いのか知っている。日本が誇る<騎士>、そのナンバー<5>で、さらには水原家の次期当主の<巫女>だ。そんな姉が負けるはずがなかった。自慢の姉の敗北など認めたくなかった。
でも、本当にゲームオーバーになっていたら……自分達の知らない所でまだ何か知らない未知の脅威がいるのだとしたら……
メガネ君はかぶりを振った。
この先にいる強敵も姉の心配も今は余計なことを考えまいと……今は視界に捉えたケムルズの町を目指して突き進むだけであった。
そして、彼らの戦いが始まる。
「GIIIIYAAAAAAAA――――っ!!」
「「………っ!??」」
彼らにとって無謀の戦いが始まった。
「後方500mより6体の敵確認――――っ!!」
「犬に虎に蛇に像にダチョウにあのサイもいるぞ……っ!!」
「サーカス団かクソッタレッ!!」
「冗談言ってる場合じゃねーんだよ。お前ら、避けろっ!!」
「ちくしょう、避けきれない……っ!!?」
後方から迫ってくる屍アニマル軍団。
サイが放った<雷弾魔法>が部隊の後方を吹き飛ばした。
―――――残る生存者34/245名。
「くっ、半分やられてしまった……」
「ちょーヤバイやつだし……っ!!」
「当初の予定通りここで二手に分かれよう。プランBでいくよ……」
「じゃああのガイコツ達は……っ!!」
「僕が引き付ける。だから、北染さん達が正規ルートで行こう……」
「それじゃ話しが違うし!! これは最悪あんただけでもケムルズの町まで送る作戦のはずだしっ!! 水原が囮になってどうすんのさ!!」
作戦会議では京が立てた作戦で女子の間でひと悶着があった。
一つはこの強行軍とは別働隊のへ編成された百屋という7人女子グループのリーダー格がなんの煩かった。レベルの高いモンスターが出る山道を行くわけだから不服はあるだろう。しかし、本命が全滅した場合の予備は準備しておくのが必須だ。その役割を伝えたことによってさらに百屋はオコなのだが、そっちの話しは置いといて……
もう一つ、こちらが修羅場だった。この囮作戦にはメガネくんとギャルビッチを引き裂く京の思惑が渦巻いているじゃないかって程に、くっつく2人の中をあからさまに引き離したのだ。もうこうなったらギャルは面白くないだろう。言い合い睨み合いが続きメガネ君のフラグを建てていくのでした。
メガネ君は自分が思っている以上に優秀だ。それは屋敷の戦いで誰もが評価していた。クラスメートの童貞野郎共も違うクラスのチェリーボーイも、ギャルもリアも衣鶴も私、そして京も……
だから、京が抜けた後を誰かが先頭に立ってケムルズの町へ向かわなければならない。だから、メガネ君が選ばれた。それだけの実力は持ち合わせている。
「誰かが、アレを倒さないといけないから……」
「なに言ってんの? 倒さなくても水原がケムルズの町へ辿りついたらアレ追ってこないんでしょ?」
「それは違うよ。僕が先に辿りついて結界を張ったらの話しだ……だけど、いずれ追いつかれて全滅してしまうね、きっと」
「それは嫌だし……っ!!」
二撃目の<雷弾魔法>が彼ら先頭より前方へ着弾した。地面が抉れ、土の塊が彼らを襲うも間一髪で回避した。
彼らはまだ二手に分かれない。今の強行軍のリーダーはメガネ君だ。メガネ君の号令なくして分裂できない。部隊の数が減りどう分裂するかはメガネ君が決めなければならない。
「これ、君が持ってて」
「水原……っ!!」
メガネくんは北染に京から預かった御札を渡した。
「必ず、後から追いついてみせる」
「絶対だし……っ!!」
「うん、約束する」
三撃目の<雷弾魔法>の着弾によって生存者27/245名。
サイの角から発射された砲弾を打ち落とすことができなかった。犠牲者を出しすぎた。仲間を無駄死にさせすぎた。もうこれ以上犠牲者は出せない。だから、メガネくんは覚悟を決めた。この大役を果たしてみせると……
「C組の根岸太郎! D組の本間忠志! F組の荻原隼人! 君達の力が必要だ!!僕に力を貸してくれないか!!」
「おいメガネ! 合図がおせーんだよ、もう俺はいつでも死地に飛び込む準備できてるぜ!! それとF組女子の電話番号教えろよなっ!!」
「ふっ、ついにモテ期到来だな……このクエストが終わったら、自分はあの子に告白するんだ……」
「俺たち4人でハーレム伝説を作ろう……っ!!」
「水原、この面子だけで大丈夫!? あーし、ちょー不安なんですけどー……っ!!」
「き、きっと大丈夫さ……」
そして、メガネ君の号令と共に作戦は決行された。
「作戦B、開始……っ!! 絶対ケムルズの町へ辿りついてみせるぞ!!」
「「「「おおーーーっ!!」」」」
囮4人が部隊から離脱し速度を下げた。
離れていく部隊を見送り、数十秒後に屍のアニマル軍団と衝突だ。
それぞれが魔法詠唱を展開する。
メガネ君に選ばれた彼らは平凡でどこか秀でた才能があるわけでもなく普通でメガネ君より存在感がなかった程のモブであっても、曲がりなりにも魔法師見習いだ。英雄の卵だ。彼らはアプリの<銀色魔法>に頼らずとも魔法が使える。
「俺の<土槍魔法>が輝く時が来たぜっ!!」
C組の根岸は大きな一本の土の槍を形成させていく。
「自分は<熱伝魔法>で槍を暖めてやろう……っ!!」
D組の本間は熱伝導で土の槍を熱し始めた。
「俺の<風速魔法>は微力ながらその触ったら火傷しそうな程度の槍の速度を早くさせる……っ!!」
放たれた槍をF組の荻原が微力ながら加速させた。
「じゃあ、僕は確実に仕留めるためにターゲットの足を氷付けにしておこう」
「「「お前はもっと働け、メガネ!!」」」
彼らの倍以上働けメガネ。
しかし、彼らの連携によって一番強そうに見えた虎のガイコツの動きを封じ込め、見事その必殺の槍で玉砕してみせた。
「「「「まずは一匹っ!! どうだ見たかコノヤロー!!」」」」
残るはあと5匹……