マサムネとゼロ
カキン、と金属同士がぶつかる音が響く。マサムネの日本刀とゼロの義足だ。数秒その状態で拮抗していたが、すぐに互いが距離を取る。どちらの顔にも子供が新しいオモチャを与えられたような、あるいはお気に入りのオモチャで遊んでいるような、心の底から「楽しい」と叫ばんばかりの笑顔が浮かんでいた。
第二区、鐘の塔の入り口付近。十分ほど前より始まったトップ同士の争いは一種の見世物状態となっていた。時折、粉砕した瓦礫やガラスの破片が散って観衆へと当たるが、誰もそれを気にしていない。気にする余裕がない、といった方が正しいだろうか。二人の戦闘は荒々しいが故に《戦闘狂》たちの目を奪う。
果たして第二区の、あるいはコンコルディアの人間でマサムネに刀を抜かせた者は何人だろうか。マサムネは滅多なことがない限り刀を抜こうとしない。それは「面白くなくなるから」だといつしか本人が語っていた。刀を抜かずともマサムネの実力は確かであり、そこらの相手に負けるようなヤワではないのだ。
そんなマサムネだが、ゼロと戦うときは必ずはじめから刀を抜く。既に数度の戦闘が目撃されているが、全ての戦いにおいてマサムネは刀を抜いていた。
「ハッ、相変わらず速いな、ゼロ!」
「そういうっ、マサムネこそ、一撃が重いよねっ!」
ガキン、何度目になるかわからない金属音が鳴り響いた。スピードで勝負するゼロと、一撃の重さで勝負するマサムネ。僅かにマサムネが優勢だろうか。だが、ゼロも負けてはいない。再び距離を取った二人は、相手の次の一手を伺っていた。
──のだが。
「……?」
「ゼロ? おい、どうしたんだよ」
ゼロが突然、視線を鐘の塔の向こう側、第四区の方へ向けた。チャンス、と斬りかかろうと思ったマサムネだが、その異変に気づき構えをやめる。ゼロは返事をしない。代わりに、二人の前に『現れた』のは軍服に身を包んだ女性、タケナカだった。
「ゼロ、ゼロ、お願いします。戻ってください。今すぐ、早く、あの子を、あの子たちを、助けてください……!」
タケナカを知っているものであれば、その様子が異常であることにすぐ気づいただろう。息を切らして、汗を浮かべて。『面倒くさがり』の代名詞とでもいうようなタケナカが、そこまで焦って『ナンバーゼロ』に助けを求めていた。
「……相手は誰──いや、どこの区?」
「恐らく、第一区。過激派の」
言い切る前に、ゼロはぽんぽんとタケナカの頭を撫でた。優しい瞳でタケナカを見るゼロだが、その奥底で燃える怒りは隠れていない。ちらり、と彼はマサムネを伺う。既にマサムネに戦意はないようで、ニヤリと口元を歪めてゼロへ言った。
「行ってこいよゼロ。援軍が必要なら俺もいくぜ」
「いや、いいよ。たぶん、というかほぼ確定で僕の責任だから。……いこう、タケナカ。もう少しだけ頑張って」
こくり、とタケナカは頷く。同時に二人の姿が消えた。彼女の異能だ。
「……なんつーかよ、今回四区に手ェ出した奴は運がないよな」
ぽつり、とマサムネは言った。それほど大きな声ではなかったが、突然の乱入者とその後の展開にポカンとしていた観衆たちの耳に届くには十分な声量だった。
「ゼロは見ての通り、四区の奴らをすげぇ大切にしてて、過激なんだ。だからっつーか、その『過激さ』が目立ってあんまり知られてねえけど、タケも結構過激なんだよ。四区の奴らを大切にしてて、あの面倒くさがりが自分から動くぐらいには――四区の奴らに対する想いって強いんだよ」
途中で投げ捨てた刀の鞘を拾い上げ、マサムネは刃を仕舞った。「だからさぁ」と、マサムネは言う。
「戦いたい奴はゼロに勝負を挑めばいい。アイツは喜んで相手をしてくれるだろう。四区の奴と飲み食いして交流したり、同意のもとでの戦闘も構わねえ。だけど、絶対に、『傷つける』なよ。アイツは、ゼロはそういう奴らは躊躇いなく『殺す』だろうからな」
そもそも過剰防衛は、アイツの専売特許だったからな。いつの間にか四区全員そうなっちまったみたいだけど。
誰に言うでもなく呟いたマサムネは、それから何事も無かったかようにその場を立ち去る。暫し呆然としていた観衆たちもやがてそれぞれ散りはじめた。