アリアとゼロ
こぽこぽと、フラスコ内で透明度の高いピンクの液体が泡立っている。それをじっと見つめながら、アリアは慎重に別の液体を注ぎ足していった。
少しのミスも許されない。一滴でも分量を誤ればそこで実験は失敗に終わってしまう。だからこそ、集中して――
「やっほー! アリアさんおひさー!」
「死ねナンバーゼロッ!」
机の上にあった硫酸がゼロへ向かって飛んでいった。フラスコの中身は真っ赤な液体が溢れてる。アリアが求めていたのは緑色。間違いなく失敗だ。
「え、ちょ、アリアさん、わわわ、ストップストップ! なんでそんなに怒ってるのさ!」
「見てわかるだろ! あんたのせいで失敗したんだよ!」
「え、あ、ご、ごめん! 僕はただ挨拶しようと思っただけなんだ!」
「じゃあ窓から入ってくるな! ドアから入ってこい!」
あはは、と笑うゼロへ殺意を抱くのはこれで何度目だろうか。アリアは大きく舌打ちをしてからゴーグルを外した。ゼロは相変わらずニコニコと笑っている。硫酸は壁を溶かしていた。
「……全く、それで一体何の用だ? というか、いつ帰ってきた」
「昨日のお昼だよ。ほら、鐘が鳴ったでしょ? あれ僕なんだよねー。で、用事はこれ」
はい、と渡されたのは黒いスーツケースだった。首を傾げてそれをあけて、アリアは予想外の中身に固まる。
「こ、これは……!」
「外に出てた間に集めた毒草とそれに関する本とあとは使えそうな医薬品だね」
「も、貰っても……!?」
「もちろんいいよ。そのために持ってきたんだからさ。あ、でもその代わり一つお願いがあるんだけど」
ニタリ、とゼロは口元を歪めた。アリアにとってあまり嬉しくないことを考えている時の顔である。
「僕さ、しばらく暴れようと思うんだ」
「暴れる?」
「うん。僕がこの都市を離れてえーっと……」
「十年だな」
「そうそう。十年。それだけ経ったら住民も入れ替わったりしてるでしょ? だから今の住人たちの実力が知りたくて」
「……異能は、」
「ああ、使わないから安心してよ。もちろん、殺しもしない。僕のかわいい仲間たちに手を出したら別だけどね」
あ、そういえばね、第四区にまたかわいい子が増えててねー、と脱線し出したゼロの言葉を聞き流しながらアリアは思案した。ゼロの『お願い』はあまり聞き入れたくない。しかしこのスーツケースの中身は魅力的で――
「あ、もし不干渉でいてくれるならタケナカに預けてきた本あげるよ。先月発売したばかりの薬学に関する専門書。全1024ページ」
「好きにしていいぞ」
第三区トップ【首領】アリア。自分の欲望にひどく素直である。