終幕
全部終わらせよう。
◆◇◆◇◆
争いは各所で起こっていた。
不特定多数の敵。実力者たちが洗脳を免れたのが、幸いか。
それでも数は多く、【将軍】マサムネは苛立ちを隠さず荒々しい動きで刀を振るった。
「おいウェン! 何時間経った!?」
「謝罪。正確な時間はわからない」
「大体でいいんだよッ!」
「予測。三時間」
「おかしいだろ! いくらなんでも、数が多すぎる!」
ウェン・ウォンとマサムネが、二区の一角で戦い始めてすでに数時間が経っている。どちらも相当の実力者だというのに、敵意を持って襲い掛かってくる輩が減る気配はなかった。
「No.8が動いてた期間を考えて、くそっ、とにかく、こんな数集められるかってんだ!」
近寄ってきたガタイのいい男を切り捨ててマサムネは叫んだ。この叫びも果たして何度目になるか。ウェン・ウォンも口には出さないが同じ想いを抱いている。
相手が洗脳された人間であり、殺すしか方法がないというのは聞いていた。それに《異端者》と呼ばれるものが関係しているとも。
【将軍】マサムネが、彼らと同類だったという話も。
マサムネの胸にあったNo.3の刻印。戦いが始まる少し前、四冠全員が確認したそれをウェン・ウォンはハッキリ覚えている。No.0のものと同じ色、同じ字体。
かつて地下で行われていたという人体実験や【軍師】タケナカとの関係。それらをすべて話して、マサムネは四冠に告げた。
リタイアするなら今だ。
当然と言えるが、それ程度でマサムネの下を降りるものはいなかった。
人体実験も《異端者》も関係ない。彼らが敬愛しているマサムネは今のマサムネだ。過去を知ったからと言って逃げるようなら、二区では生きていない。
そう言って、四人は戦うことを選んだ。
「だあああああクソッタレが! はやく、ゼロのところに、行かせやがれ!」
その叫びも何度目だろうか。マサムネの本来の目的がNo.0の下に向かうだったことを考えれば仕方がないことではある。二区を出ようとしたところでこの大群だ。
何人目かの敵を切り捨て、何人目かの敵を殴り飛ばし、そうして戦いながらも異変に気付いたのはやはりマサムネが先だった。敵を倒しながらも視線が遠くに向き、ぴりぴりとした空気を纏い出す。
遅れて、ウェン・ウォンも異変に気付いた。離れたところから聞こえる断末魔。だんだんと近づくそれに警戒を強めたところで姿を現したのは。
「――、んで、お前らが一緒にいるんだよ」
呆然と、マサムネが言った。
◆◇◆◇◆
ディシアが散弾し、その銃弾をかいくぐってゼロが距離を詰め、しかし攻撃をかわしたNo.4が鉱石を砕き、毒が外に流れるまで距離を取らざる得ない。
そんな硬直状態がかれこれ10分は続いている。打ち合わせもなく絶妙なコンビネーションを見せるディシアとゼロの実力は言うまでもなく、その二人相手に決定打を与えないNo.4の戦闘力も底知れないものがあった。
「ねえ、ゼロさん! もういいだろ!? 仇はとった。これでアリシアさんを殺したやつらは全員いない! あは、ははは! 俺達の勝ちなんだ!」
「黙れッ!」
狂ったように笑うNo.4に、ゼロの叫びが重なる。怒りの籠ったその声に、なぜかNo.4はさらに笑ってみせた。
「あはははは! もうそんなことにも異能が使えないんだろ、ゼロさん! 俺の誘いを断るから、身体も命もぼろぼろなんだっ!」
「お前の誘いは関係ないよ」
言ってゼロが再び距離を詰める。合間に銃撃がNo.4の退路を塞ぐように降り注いだ。
「ッチ、おい、あんた、物陰に移動したのは褒めてやる! だから指示出せ! 憎たらしいことにあんたの脳みそが一番出来がいいんだよッ!」
震える身体を抑えるようにしゃがみ込むシャーロの耳に、そんなディシアの叫びが届いた。なんとかアリアの側を離れて移動したが、今のシャーロは冷静とは言えない。
もとよりシャーロはコンコルディアには向かない性質の持ち主だ。戦闘能力は皆無。あるのは知識とジャマな常識。
死に馴れていないわけではないはずだった。だがシャーロはまだ動けない。
十秒ほど待っても返事がないとわかると、ディシアは舌打ちと共に別の銃を取り出した。先ほどまで使っていた銃は投げ捨てて新しいものを構えなおす。
散弾。ゼロが左から攻めるならば、ディシアは右から。あえて狙いを上にして、相手の跳躍を防ぐ。
しかしやはり、決定打に至る前にNo.4が距離を取って体勢を立て直してしまう。ゼロの動きにキレがないのも理由のひとつだろう。いつもならそれを茶化すディシアだが、今はそんな余裕もない。
焦る二人を見て、No.4がさらに声を大きくして笑った。
「無駄だって言ってるじゃないか! 俺達の勝ちなんだよッ! 外の奴らもまだまだいる! 知ってるか、ゼロさん! 俺たちはアリシアさんが死んだあの日から、ずっと人を集めていたんだ! はは、ははは、ずっとだぜ? どれだけの人間が、俺たち側にいると思ってるんだよッ!」
◆◇◆◇◆
「久しぶりだ、と、いうべきか」
マサムネとウェン・ウォンの前に現れた線の細い男は、老人の様なしゃがれた声でそう言った。
「No.6……!」
右目の上に刻まれた文字を見て、ウェン・ウォンが呻く。ここにきて新たな《異端者》だ。警戒しない理由がない。それに。
「どうして、てめぇがタケと一緒にいるんだ」
いつでも刀を抜けるように構えたマサムネが言ったように、彼の隣にはいつもの格好をしたタケナカがいた。ぴりつく空気の中、No.6が「ちがう」と口にする。
「ぼくは、あらそいにきたわけ、ではない」
「当然私も洗脳など受けていません。彼から私に会いに来た、といえば少しは説得力がでるでしょうか」
タケナカの言葉に、マサムネが視線を鋭くした。
No.6の異能は、本人が眠っている間にしか発動しない。加えて、『眠った本人を前にして』ようやく発動する異能だ。ケナカの言葉が真実ならば、No.6とタケナカが出会ったときに彼は目を覚ましていて、異能を使う暇はなかったということになる。
だが、それだけでは何も信じられない。「そう思わされている」可能性もある以上、警戒を緩めることはできない。刀から手を離さないマサムネを前に、No.6が「しかたが、ない」と続けた。
「そのままで、いい。はなしを、聞いてほしい。ぼくは、そのために、ここにきた」
「……」
「ぼくの、洗脳は解けない。だが、洗脳を、上書きすることは、できる」
「あぁ、知ってるぜ。でもよ、今それがどう関係する」
「関係する。ぼくが、もう一度、彼らを洗脳して、自害させる」
「――――は?」
どういうことだと目で訴えるマサムネに、No.6が「そのままの、意味だ」と言った。「彼は」とタケナカが横から補足する。
「ゼロに、頼まれて」
「そう、頼まれた。命じられた、ともいうが、同意の上であり、そのうえで、異能による拘束も、ある」
「ゼロの、異能?」
予想していなかった単語に、マサムネが思わず警戒を緩めた。彼にしては珍しい隙だ。それでも敵だったはずのNo.6はマサムネを襲うことなく、こくりとひとつ頷くだけだった。
「ここに来る前に、ゼロに会いました。ゼロからも同じことを伝えられた。そのうえで、私に彼をここまで連れていくよう『命じて』います。……そうでなければ、どうしてあんな状態のゼロを放っておけるというの」
「信じろ、というのも、無理かもしれない。が、それでも、信じてほしい。ぼくは、ここで、もう一度だけ、異能を使う。発動すれば、あとは近づいた敵が、勝手に死んでいく。だが、その発動までのスキと、背後は、どうにもならない」
「つまり、背中を守れというのか」
そうだ、とNo.6は頷いた。
「無論、ぼくが、キミたちを洗脳しないと、いう、保証はない。そこまでは、信じられない、だろうと思う。だから、ぼくの異能がある程度発動して、不要になったと思ったら、そのまま、背後から、ぼくをころせ」
彼の異能は正面にいなければ意味がない。それを逆手に取った提案だった。
それでも疑いは残る。「どうしてだ」とマサムネは言った。
「ゼロの異能ありきにしても、どうしてそこまでする。テメェらからすれば、俺もタケも、憎たらしい相手だろうに」
「そう、だな」
だが、とNo.6は続ける。
「友人の、オウルの、命をかけた頼みを、ぼくは無下にできなかった。それだけだ」
◆◇◆◇◆
戦いはまだ続いている。
とはいえ、終わりも近かった。
ディシアの銃弾はもうほとんど残っていない。予備も含めてすべてを吐き出し、それでもまだNo.4に致命傷は与えられていなかった。
ゼロも体力が残っていないのだろう。ふらついては地に手をつき、なんとか体勢を立て直す姿が何度も見られている。
(まずいな、)
声には出さずディシアは最悪の想定をする。向こうも体力が有り余っているわけではないだろうが、こちらが不利なことに変わりはない。
(神子よ、ゼウスよ。今この時を見給うならば、どうか――)
祈りを捧げて、銃を構える。残る弾は1発。ゼロの体力的にも恐らくこれが最後のチャンス。
(我々に、希望を)
鈍、と力強い音を出して飛んだ弾は。
「――ッ」
僅か数ミリ。No.4の足をかすめるだけで。
「ははは」
No.4が笑い。
「――とったよ」
No.0が、No.4の身体を拘束することだけに全力を注いで。
「『僕ごと撃ち殺せ、シャーロッ!』」
銃声が、こだました。
◆◇◆◇◆
「―――――え」
それは、シャーロが無意識に拾っていた、アリアも使った銃だった。
祈りと願いは届き、奇跡的に初心者が撃った弾はNo.4の、そしてゼロの心臓を撃ちぬいて。
あっけなく、闘いは終わった。
「――ッ、おい、ナンバーゼロ! クソ野郎! テメェどういうつもりだ!」
我に返ったディシアが倒れ込んだ二人に駆け寄る。まだわずかに息があるらしいゼロは、力なく「うるさいよ、クソガキ」と笑った。
「どうせ、異能のせいで長くなかった。使うたびに命が削られる、欠陥だらけの異能を、ここにきてたくさん使ったんだ。それなら、ただで死んでやるのは、何かイヤだろ」
「喋るんじゃねえよ! クソっNo.4がメインだから、お前は銃撃によるダメージはほとんどない。いいか、医者を呼んで――」
「無駄、だよ。どうせさっきの命令で燃料切れ。もう終わり。……だから、医者は他のけが人に」
その笑みはなぜか晴れやかだった。死の間際に浮かべる笑みではない。
「これでようやく終わるんだ……いろいろな人に謝らないと、いけなかったし、この命で贖えないこともたくさんあるけど、仕方がないね。……あぁ、そうだ、シャーロ。ごめんね、嫌なことさせて。でも、ほら、これでお相子だよ。貸し借りなしってことで、うん」
「なんだ、それ」
「僕がさせたことで、キミの意思じゃないから気に病まなくていいってことだよ」
ゆっくりと顔が白くなっていく。血が失われているからか、あるいはゼロが言うように『燃料切れ』だからなのか。どちらにせよ彼の命は長くない。ディシアとシャーロにもそれがわかってしまった。
そんな中でこつんこつん、と。新たに足音が響く。慌ててディシアがそちらを向けば、そこにはリターニアを連れたアインがいた。
「神子!?」
驚きの声を挙げる彼に、アインは目を伏せて応えた。
「お願いがあります」
透き通る、よく響く声でアインは言う。
「彼と、わたくしの二人にしていただけませんか」
アインが見つめていたのはNo.0だった。ためらいを見せるディシアとシャーロに、もう一度「お願いです」と言う。
「どうしても彼と二人で話さねばならないことがあるんです」
「僕からも、お願いしたいな」
ゼロまでそう言って、断れるような人間はこの場にはいなかった。
「――入り口で、待っております」
ディシアがそう言って、リターニアと共に外に出る。シャーロもそれに続き、そして鐘の塔の内部には二人だけが残された。
「――――オウル」
先に口を開いたのはアインだった。呼びかけられた名前にゼロは――かつてオウルという名前で呼ばれていた青年は「覚えていたんだね」と笑う。
「少し前に、断片的に、思い出したんだ」
その口調は、普段のアインのものとは違う。それにも嬉しそうにオウルは笑った。
笑って、彼らは最後の会話を交わす。
「ごめんね、約束だったのに。また。守れなかったね」
「頑張ったんでしょ。それなら、別にいいよ」
「そっかぁ、アインは優しいねぇ。誰に似たのかな」
「――オウルに、似たんだよ」
「僕は優しくないぜ?」
「優しい、兄だったよ。ずっとね」
「……はは、嬉しいな。そう、言ってもらえると」
「眠い?」
「うん、ちょっとだけね」
「そっか……じゃあお休みだね」
「うん……ねぇ、ふがいない兄貴の最期のお願いを聞いてくれるかい?」
「なに?」
「僕はさ、アリシアさんと同じ場所で眠りたいんだ」
「…………わかった。必ず、連れていく」
「ありがとうアイン――おやすみ」
「うん。おやすみオウル。良い夢を」
これで、終わり。
創作企画【荒廃都市コンコルディア】 結末
『No.4』 死亡
『No.6』 死亡
【異端者】ナンバーゼロ 死亡
【神子】アイン 行方不明