中期・結
変わらないものなどない。
生と死。再生と破壊。
繰り返し、繰り返し。
都市は変化を続ける。
◆◇◆◇◆
「どうしてっ!」
鐘の塔に叫び声が木霊した。同時に『偶然』崩れた壁が、声の主の手前に落ちて襲撃者の攻撃を防ぐ。
「どうしても、こうしても」
落ち着いた男の声が響く。
「神が望み、オレが願い、人々が祈った。だから俺はあんたを殺す。女子供を手にかけるのは嫌いだがね」
そういうことを聞きたいわけじゃない、と叫ぶよりも早く襲撃者の銃弾が飛んだ。
だがそれもまた『偶然』塔の中に入り込んだ鳥へと命中し目標たる少女まで届かない。
「左に二発」
また別の囁くような声が響いた。声に従い襲撃者――ディシアが、No.7と呼ばれる少女の左へ二発の弾を打ち込む。
「っ!」
慌てて身体をずらす。しかしそのずらした先に液体の入った瓶が投げ込まれた。間に合わない。直感と痛みは同時にやってきて、No.8の左腕を焼いた。
「痛いというよりは熱いか? 異能があるといっても肉体はただの人間と変わりない。ならばよく効くだろう」
「アリア……!」
憎たらしげな声でNo.7は彼女の名前を呼んだ。
「久しぶりだな、セブン。こうしてまた顔を合わせることになるとは思っていなかった」
「その名前をお前が呼ぶな!」
強く吠える。その間にも銃弾が数発撃ちこまれて、いくつかがNo.7の身体を傷つけていた。
「アリシアさんを殺したお前が! わたしたちを辱めたお前が! アリシアさんさんと同じ音でわたしを呼ぶなっ!」
「……」
「どうしてっ、どうして今更! 痛めつけるだけでは飽き足らず、私たちを殺すのか!? 結局お前も、あいつらと同じ血が流れているんだろう!」
外道め、と荒い口調でNo.7が叫ぶ。アリアは応えない。代わりに、新たな瓶を三本投げた。
「赤」
静かな声が響き、反応したディシアが投げられた瓶の一本を打ちぬいた。砕けた瓶が中の液体を散らす。降り注いだそれはどんな偶然をもってしても防げなかった。
「うあっ」
地面を転がり、No.7が悲鳴を上げる。アリアはそれを見下ろして「本当は」と言った。
「もっと早く殺すべきだったと後悔している。結局は保身と逃げだ。母のときから何も変わっていない……お前たちが母の死に動かないわけがないと予測はできていたのに、私はあの人のやさしさに甘えて、自分を可愛がって、殺すことをためらってしまった」
ディシア、それを貸してくれ。アリアの言葉に肩をすくめて、ディシアがリボルバーを手渡す。重さと手触りを確かめるように両手で受け取った彼女は、銃口をNo.7に向けた。
「何人が死んだのかもうわからない。多くの人を犠牲にして、無関係の人間も殺して、そしてようやくセブン、お前をここに追い込むことができたよ。狭い空間で、偶然も起こりにくいこの場所だと、シャーロの計算の方が勝つ。そう、考えてここまできた」
「ッ、クソ、が……!」
「口が悪いぞ。幼いふりをするんじゃなかったのか」
「お前相手に今さら!」
「そうだな。今さらだ。全部、今さらなんだ。清算は遅すぎた。だけど、責任は取らないといけない」
がちゃり。銃を構えて、引き金に指をかける。
「せめてこれ以上苦しまずに死ぬと良い。それが私のできる、最大の償いだ」
「ははっ、あははは! なによ、それ。バカみたい。本当に……」
逃げる気力も体力もないNo.7がそう言って目を閉じる。深呼吸をして、アリアは、指を。
「あーあ、本当にバカみたい」
No.7の口に浮かんだ笑みに違和感を覚えたときには、彼女の指は引き金を引いて。
「『逃げろ!』」
叫びもむなしく、No.7とアリア、二人の胸に紅い華が咲いた。
◆◇◆◇◆
「……は?」
間抜けな声をあげたのは物陰から指示を出すことに努めていたシャーロだった。
アリアはNo.7を撃って、だから倒れた彼女の胸から血が出ている。
それならば、なぜ。銃を撃った側のアリアも、血を流して倒れているのだろう。
「ありあ?」
声が震えて動けない中、いち早く反応したのはディシアだった。アリアの胸に手を伸ばし、心臓を貫いた男へ向けて、持っていた別の銃を放っている。
その合間に最後に叫んだゼロが距離を詰める。光のない瞳で義足をふるい、相手、No.4の頭を吹き飛ばそうという勢いで蹴りをかます。
「はは、ははは! おそいよゼロさん! もうボロボロのあんたじゃ、俺は殺せない!」
狂った笑い声をあげてNo.4はそれを避ける。瓦礫を壁に銃撃も躱して笑う。
「あは、あはは、やった。アリシアさん。やったよ。仇を、あなたの仇を取った!」
「No.4!」
怒りの籠った叫びはゼロのものだ。それをどこか遠くに聞きながら、ふらふらとシャーロが倒れた彼女の身体に近寄る。
「ありあ」
しゃがみこんで手を伸ばした。触れた身体はまだ生ぬるい。けれど生きた人間にしては冷たくて、虚ろに開いた瞳と返ってこない声が、彼女の死を如実に語っていた。
「どうして、お前が、お前までが」
シャーロにとって、アリアは可愛い、唯一の家族だった。
互いが最後の家族だと認識していた。
死ぬのはきっと、同じか、あるいは俺の方が早いのだろう、なんて思っていた。
「俺を、置いていくのか」
シャーロ、と拗ねたような声はもう聴けない。
「俺を、一人にするのか」
ぎゅっと手を握る。冷たくなる手を、強く強く。
それでも答えは、返ってこないけれど。
〔怨念の剣〕中期 結果
『No.7』 死亡
【首領】アリア 死亡