前期・結
あらゆる場所で闘いは加速していく。そしてそれは、終わりに近づくことも意味していて。
……だから、まず「そこ」が終わったのも、必然なのかもしれない。
◆◇◆◇◆
「独断行動?」
情報を仕入れ終えて店から出てきたところで、レギアンシャールはそう声を掛けられた。振り向かずとも声の主はわかる。レギアとはまた違う意味で【将軍】を慕うミリニアだ。
「ぎゃははっ。変なこと聞くじゃん。俺様がひとりで動いたところで、珍しくはないだろ」
「それはそう……でも……本当に困るわ……だって、今のアナタ、【将軍】の言葉を忘れているみたいなんだもの」
「――は?」
ミリニアの言葉に、レギアの声がひとつ低くなる。しかしそれを気にする様子もなく、彼女は淡々と言葉を続けた。
「【将軍】は仰ったわ。敵と戦えって。それで敵対するのは構わないのだって……でも、アナタはそもそも戦ってないじゃない。【沈黙者】である、あなたが戦ってないのよ? 独断で、珍しくて、困ること……そうとしか、言えないわ」
「はっ! 残念だがな、俺は、【将軍】に顔向けできねぇことはしてねぇよ」
鼻で笑って、レギアはそう返す。「それなら、どうして戦わないの」とミリニアが言った。
「戦わないわけじゃない。この俺様は、今から戦うんだよ」
これはそのための準備と覚悟だ、と言って。
レギアンシャールは、両手に持った刀をミリニアに向けて振りかぶった。
◆◇◆◇◆
ざしゅり、ぐちゅり、と肉を裂く音がした。
勢いよく刃を振り下ろし――その下から、ミリニアの毒針が、二人に襲い掛かろうとしていた男へ打ち込まれた。
「ぎゃはっ」
ようやく引っかかった。
「ぎゃは、ぎゃはははははっ! はははははっ! おいおいおい、久しぶりだなぁ、ケムダー! あれからこの俺様を放っておくなんて、ずいぶんとひでぇじゃねぇか!」
彼らしい、狂った、喧しい笑い声をあげる。その視線の先にいるのは深いスリットの入ったチャイナドレスに身を包み、露出した太ももに『No.8』の文字を刻んだ女性。
かつてレギアンシャールにケムダーと名乗ったその人物が、ケムダーの時には浮かべなかった冷酷な笑みを携えてそこに立っていた。
「――えぇ、久しぶりねレギアンシャール。けれど、ダメよ? 今の私はNo.8で、あなたの知るケムダーではないんだもの。油断をすると、殺すわよ?」
「ぎゃははっ! 面白い冗談言うじゃねぇかっ! それでもオマエはケムダーだ、ついでに弱いオマエに俺様は殺せねぇよっ!」
「あら、意外とあなた、頭が悪いのかしら? 私とケムダーは全く別物。それもわからないなんて――」
「同じだろ」
クスクスと笑うNo.8の言葉を遮って、レギアは言い放った。騒がしさは再びなりを潜め、怪訝な顔をするNo.8をまっすぐ見たまま、彼はもう一度「オマエはケムダーだ」と言う。
「弱っちくて、計算高くて、逃げ足だけは立派で、んでもって意外と運が良くて、この俺が気に入ったケムダーと、No.8とかいうオマエは、同じだ。だからオマエに俺は殺せねぇし、俺はオマエに殺されねぇ。意外と頭が回ることも知ってるから、油断もしねぇ」
「それ、本気で言っているの?」
「ぎゃはっ。俺は、いつだって本気だっての」
にぃっと、レギアは笑みを浮かべた。対して、No.8の表情は険しいものへと変わっていく。
「わからないのならばいいわ。私はNo.8として……《異端者》として動」
続くはずだった言葉は、何の前触れも無く途切れた。
「――なぜ」「――え?」
二人分の、疑問の声が挙がる。
No.8を毒殺せんと、息を殺したまま毒のついたナイフを振るったミリニアと。
なすすべもなく殺される……はずだった、No.8の。
気の抜けた声と、「かはっ」と口の中にたまった胃液を吐く音が。
「おいおいおい、ミリニア、毒蛇女。オマエ、この俺様の話の邪魔をするんじゃねぇよ」
心臓のすぐ横にミリニアのナイフをうけとめて、レギアがそれでも笑みを浮かべたまま言う。目を見開いたままミリニアは慌ててナイフから手を離し、そんな彼と距離を取った。
「……どういうつもり? それはわたしたちの敵で、【将軍】の敵でもあるのに……」
「あぁそうだろうな。でも、俺様は、こいつを助けるって手を出したんだ。なら、最後まで助けてやらねぇと、筋が通らねぇ」
「……それが、アナタの戦い?」
頷く代わりに、レギアは「かはっ」と無理やり笑みを浮かべて応えた。
そのすぐ後ろで、No.8は何が起こったのかわからないというように呆然としている。
「――それは私が【将軍】のために作った毒。即効性と遅刻性の麻痺毒をいくつか組み合わせて作った、心臓を止める毒。もし当たればという前提は入るけれど……あの人も、確実に死んでしまうような毒……」
「ははっ、あの人の、息の根を止める毒か。それで、死ねるのか」
「困ったわ……あなたのために……用意したわけじゃないのに……」
「ぎゃはっ、なら、もう一回作って、これで【将軍】殺せよ。俺も、あの人と同じ死に方ができるなら嬉しいったらありゃしねぇさ」
「……えぇ、そうするわ。それから……聞かせて。後ろのそれを庇った理由は、さっき言っただけではないでしょう?」
あー、と小さく声を漏らして、レギアは少し黙り込んだ。喋るのもすでにつらくなってくるはずなのだが顔には出ていない。
悩むように「まぁ、最後だしな」と言って、レギアは「俺は、」と言う。
「【将軍】に、なりたかったんだよ」
その言葉でミリニアが思い出したのは、いつかに聞いたマサムネとレギアンシャールの出会いだった。
今ほど強くなくて、二区でも最底辺と言える程度の力しか持っていなかったレギアと、当時から規格外の強さを誇っていたマサムネの出会い。
(一回拾ったんだ、最後まで面倒見てやる。おら、剣持てよ。俺が、お前が死なないように鍛えてやる)
「……残念だけれど、ここで死ぬアナタは、あの人にはなれないわ」
「知ってるっての」
「――でも、そう……それが理由なら、後ろのそれ、見逃してあげる……困ったことに、見逃さないわけには、いかないのだもの」
「おう、まだ、話は終わってないしな」
「……伝言くらいなら、私、受けるわ」
「あー、なら、ネイヴの野郎に、俺の家の本を、全部持っていけって。あと――将軍に、ありがとうございました、って」
「えぇ……さようなら、レギアンシャール」
「じゃあな、ミリニア……これで、ちゃんと【将軍】を殺せよ」
何でもないように、レギアは胸元のナイフを引き抜いてミリニアに投げ返した。血でぬれたそれをミリニアは受け取り、それ以上は何も言わずに立ち去る。
「な、んで」
呆然としたまま、残されたNo.8が言った。ぎゃは、とレギアがいつもの笑い声をあげるが、普段に比べるとずいぶん弱弱しい。
「なんで、って、丁度いいだろ。オマエが俺を殺す手間が消えたんだ。もっと喜べっての。それともあれか? オマエもウェンと同じで、自分で殺せねぇのが気になるのか?」
「そんなわけないでしょ。なんで、どうしてわたしを」
「言ったろ。オマエとの話はまだ終わってねぇし、俺は、一回助けたヤツを見捨てるほどクズじゃねぇ。手を差し出したなら、最後まで面倒見てやるって、決めてるんだよ。……けど、あーくそ、本当に時間ねぇな。あいつこんな毒作りやがって……【将軍】のためってなら、ちゃんと温存しておけっての……」
ぶつくさと文句を言うレギアの顔色は、だんだんと青白くなっていっていた。ナイフを抜いたせいで血も多く失われている。
自分に残された時間がもうほとんどないことを、レギアはよくわかっていた。だから彼は、本当は話したかったことを全て飛ばして、結論だけをNo.8に、ケムダーに告げる。
「なぁ、ケムダー。オマエ、俺と一緒にこの都市出ようぜ」
「何を言って、」
「邪魔は多いだろうな。オマエらがやった作戦で、どこもかしこも殺気立ってるからよ。でも安心しろ、マサムネさんがそうしてくれたように、俺が、オマエを死なない程度に鍛えてやるから」
「あなた、自分の状況分かって、」
「あ? わかってるっての。だから結論だけ言ってんだろ。俺は脳ナシじゃねぇ。オマエがとっくに色々忘れてるの、知ってるんだ。だから、せめて、俺が手を出したこと覚えてる間に、この話をしねぇとなって、思ってたんだが」
「何を」
「あー、わりぃ、そろそろ声、聞こえにくいな。とにかくよ、オマエが、あんだけ大規模に力使ったなら、それだけ記憶も消えてるだろ。俺の見立てだと、もう、ここ数年。《異端者》が動く理由の、三区の【首領】の母親のことも忘れてんだろ」
「――――」
「ならよ、もう、出てもいいだろ。出る理由は俺が適当に作ってやればいいって、そこまでするのが、オマエを助けるって言った、俺の役目だと思ったんだが……あー、弱くて、悪かった」
ゆっくりとレギアの身体から温度が消えていく。
No.8の、忘れてしまった記憶が重なる。
「なぁ、ケムダー」
(ねぇ、エイトちゃん)
「オマエ、幸せになれよ」
(どうか、幸せになってね)
◆◇◆◇◆
〔怨念の剣〕前期 結果
作品投稿数 4/5(未達成)
【沈黙者】レギアンシャール 死亡
『No.8』 行方不明