痕跡(4)
マサムネたちが都市に戻ってきたのは【狂気の涙】の一件から数ヶ月後のことだった。コンコルディアという無法地帯の基準からしても、一件を通しての死者数は多かった。その傷跡はいまだ残っているようで、都市はどこか騒がしい。
「いやな感じだ」
吐き捨てるように呟いて、マサムネは心臓のあたりに手をあてる。無意識に行ったのであろうその動作を見て、数歩後ろを歩いていたシエラの顔が曇った。
シエラの脳内に都市の外、マサムネに連れられていった場所で見た、ある光景が浮かぶ。同時に思い出すのはいくつもの資料と、そこに載っていた写真だ。
──これについて話がある
そう言って、彼が見せたそこには。
「……い、おい、どこいくんだ」
「え?」
記憶の声ではなく、現実でマサムネの声が聞こえてシエラは立ち止まる。考え事に集中しすぎて目的地を通り過ぎていたようだった。
「あっ、す、すみません……」
慌てて謝罪を口にし、早足でマサムネのもとまで戻る。大きなため息を吐き出したマサムネは、あきれた目でシエラを見たが何も言わなかった。
「あ、はは……」
乾いた笑いをこぼして、シエラは視線を逸らす。それからわざとらしく「そ、そういえば」と言った。
「タケナカさん、いらっしゃるんですかね。お出掛け中だったりしないでしょうか」
ちらりと目的地──タケナカの家へと目をやる。明かりはついてないようなので、外出中というのも可能性としては考えられた。
「大丈夫だろ」
ためらいを見せるシエラとは対照的に、マサムネは迷うことなく扉に手をかける。すんなりと玄関は開いて、彼はそのまま家の中へと入っていった。
「ま、マサムネさん!?」
何も言わないまま入っていくマサムネを止めることもできず、シエラも後を追う。小さな声ではあるが「お邪魔します」と言うのも忘れない。
家の中もやはり静かだった。外出中か、あるいは睡眠を取っているのか。シエラはその二つを疑っていたが、マサムネはなにかを確信しているかのように進んでいく。そうしてある部屋の前にやってきて、彼はノックもなしに扉を開けた。
「おいタケ、入るぞ」
声かけは事前ではなく同時だった。部屋の中から呆れたような声が聞こえてきたのも、ほぼ同時だった。
「ノックくらいしなさい。それと、私はタケナカです。名前を略すなと言っているでしょう」
シエラの予想に反して、タケナカは在宅していたようだった。「うるせえな」と言ったマサムネの後ろから、シエラも部屋を覗く。
「お邪魔、してます」
「あら、シエラも一緒だったんですね。……お帰りなさい、でしょうか」
「あっ、はい! ただいまです!」
マサムネへの返答とは違って、シエラへの言葉は柔らかかった。普段ならそこにマサムネが突っかかり姉弟喧嘩が始まるのだが、この日はそうはならなかった。
「ゼロの『異能』について聞いてきた」
本題を切り出したマサムネの声に、ぴくりとタケナカの肩が揺れる。
「あくまで予測らしいが……もって一年、だそうだ」
「……それは」
「ああ。これから先、一度も異能を使わなければ、という条件つきだな」
「…………」
ぐっ、とタケナカは拳を握った。強く噛み締めた唇からは血が流れる。
「……それも、コイツが再生した範囲からの推測だ。それ以上はわからねえよ。たぶん、本当はもっと短い」
コイツ、といって指されたのはシエラである。深くは事情を知らない彼女がマサムネと行動をともにすることになった理由は、その異能にあった。
「私の異能で、『ゼロさんが異能を使っている様子』を、再生しました。あくまで私が遭遇した一部の様子です。そこから一度に支払われた『代償』を大まかに割り出して……研究者の方が、予測をしてくれました」
「そして導き出されたのが、もって一年という結論ですか」
こくり、とシエラは頷く。
もって一年。
それが、彼女が信頼するナンバーゼロの余命だった。
「…………」
無言でタケナカは上着を脱ぐ。薄手のタンクトップ姿になった彼女の右腕には、ゼロと同じような刺青があった。
No.2。その数字を確認したマサムネも、同じように自身の心臓のあたりに視線をやる。肌の上には、No.3という文字が同じように刻まれていた。
「──あれから、10年ですか」
「ああ、10年だ」
タケナカの指が、つぅ、と自分の刺青をなぞる。瞳を伏せた彼女は、悲しそうな声で小さく呟いた。
「私たちは、生きすぎたのかもしれませんね」
──もう、誰も後戻りはできない。