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荒廃都市Concordia  作者: 椎名透
〔狂気の涙〕
46/53

痕跡(2)

 かつて、『より強い人間』を求めた人々がいた。完成された人間を求めた人々がいた。

 いつの時代も、人間は、神に憧れ、またそれに近づこうと必死になる。その行為が過ちを生むのもよくあることだ。



◆◇◆◇◆



「私の祖父も父も、同じように過ちを犯した。彼らが率いた《眠る心臓》は、強い人間を求め、人体実験に手を出した」


 アリアの口から飛び出た言葉は、ヤマトを驚かせるのには十分だった。大切な話があると言われ彼女の部屋にやってきて、その表情に違和感を覚えなかったわけではない。それでも、まさか自分の所属する組織が人体実験をしていたなどという告白をされるとは思ってもいなかった。


「20年前の話だ。私の祖父と父は、《眠る心臓》の構成員とともに、とある実験を行った。当時すでに、コンコルディアでは『異能』の発現が確認されていたが――そのメカニズムは詳しくわかっていなくてな」


 異能のことは、今でも詳しくわかっていない。ヤマトの頭には、ナンバーゼロをはじめとした異能者たちの顔が浮かぶ。多くはその命の危機に瀕して、あるいは生きるために力が備わったと聞いているが、結局実体は不透明なままだ。


「異能の発現は、明確な決まりがあるわけではない。ある日突然現れる、ともいえるだろう。ゆえに、馬鹿どもは考えた。誰でも異能を扱う素質はあるのではないか。意図的に、異能を発現させることが可能なのではないか、とな」


 これを見てほしい、とアリアはヤマトにふるぼけた冊子を手渡す。受け取ったそれをぱらりとめくれば、無機質な番号と端的な異能の説明が記されていた。


「実験は、幼い子供たちを被験者として始められた。試作のゼロ番から、最終作の八番。それ以外にも被害者はいただろうが、はっきりとわかっているのはその九人だけだ。意図的な異能の発現。それを目的とした実験は、当時の《眠る心臓》の幹部中心に進められた」


0、《君臨する者》他者の支配――実験の途中で片足損失。

1、《信託伝承》未来視――意思疎通に異常が見られ始める。処分を考慮。

2、実験前に異能発現

3、発現兆候なし

4、《価値のない宴》金鉱石などの生成――非常に強い毒素を観測。利用は難しい。

5、《廻る生命》再生能力――視力喪失を確認。

6、《夢で魚は泳ぐ》洗脳――昏睡が条件。意識がある間は異能発動不可。

7、《私の小さな絵本》偶然の必然化。未来の選択――被験体の成長に影響。

8、《偽りの家族》記憶捏造――記憶の劣化。現在、3歳までの記憶喪失を確認。


 紙に記されたそれらが、おそらく研究の内容なのだろう。他にも途中経過などが記されているが、見ていて気分の悪くなる内容ばかりだった。

 それらを読み進めながら、ヤマトはその番号を気にせずにはいられないでいた。0番。それは、彼の頬に記されている数字と同じである。


「――さすがに、気づくか」


 じっとその数字を見つめていたことに気づいたのだろう。アリアが小さく声を漏らす。


「やっぱり、そうなんですか」

「ああ。……お前の予想通り、そこに記されている0は、ナンバーゼロのことだ。彼は《眠る心臓》によって行われた実験の被害者であり、彼の異能もまた、これによって発現したものである」


 そして、と彼女は言葉を続ける。


「パトラシアの一件をはじめとしたここ最近の騒ぎは、そこに記された者達が関わっている。全員、というわけではないが、一部のものたちは実験施設のあった地下に残っていてな。自らを《異端者》と称し、活動を続けていたようだ」



◆◇◆◇◆



「18年前、地下にあった研究施設は破壊された。その後、被験者は二つに分かれた。地下に残り、静かに暮らすことを選んだやつらと、地上で暮らすことを望んだやつら。考え方は違ったけど、相互理解がなかったわけじゃない」

「それはもちろん。今でも俺たちは、あなたが地上で生活したいという思いを否定する気はありません」


 地下に、二人の声が響く。険しい表情のゼロとは対照的に、四番目の表情は穏やかだった。


「僕の思いは否定しない、か。それでも、お前は復讐を望むんだろう」

「もちろん。だって、俺も、あなたも、アイツらも、《眠る心臓》がいなければ、人生を狂わされることはなかった。それだけじゃない。俺たちと一緒にいながら、犠牲を経験しなかったアイツらにだって、反吐が出る」

「だから、この都市をこわすことにしたのか」

「はい」


 「それが一番だと思ったから」と四番目は言う。その言葉に、ゼロは吐き捨てるように「私怨で無関係なやつらを巻き込むっていうのか」と言った。


「無関係じゃないですよ。知らないのは、罪となる」

「身勝手な意見だね」

「復讐って、そういうものですよね」

「…………」

「ねえ、ゼロさん。アイツと二人で、俺たちのところに来ませんか。あなたたち二人は、俺たちの同類だ。他の奴らと違う。あなたたち二人だけは、力の重みを、犠牲を知っている」

「そうだね。地上に行った四人のなかで、実験によって異能を発現させたのは僕たち二人だ」

「わかってるんでしょう、あなたが、他の異能者たちとは違うことを。だから【異端者】なんて名乗っているんでしょう」


 そうだと、言葉には出さずゼロは肯定した。ナンバーゼロの異能は、他の異能者と違って自然発現ではない。研究の結果生まれた、人工的な力だ。

 冷たい無機質な足を見る。研究の途中で壊死し、切り落とすしかなくなったそれは、忌々しい人体実験の痕跡だ。


「あなたがいない間、俺たちも頑張ったんです。特に七番目は、アリシアさんのためだって、彼女のために『彼女の家族』を殺すんだって、はりきってるんですよ。身内を被験者として差し出した、《眠る心臓》のやつらには当然の報いだって」

「彼女――アリアは実験に関わってない」

「でもあいつは実験のことを知っている。そのうえで、保身のために実験の存在を隠して、今、まるで何もなかったかのように暮らしている」

「幼かった彼女に、実験が止められたと思うのかい? 無理だろう」

「ええ。そこを責める気はありません。けれども、アリシアさんの死を隠ぺいしたのは彼女だ。自分の母親の死をないがしろにして、自身の地位を選んだクズを、殺さない理由なんてありますか」

「――あるよ。お前は知らないかもしれないけど、あれは、彼女が望んだ隠ぺいではない。あれは、」

「アリシアさんが望んだ。そう言いたいんでしょう。それはもちろん、俺も知っています。それでも俺は許せない。アリアも、シャーロも、あの姉弟だって、ゆるさない」

「…………」


 力強く言い切った四番目の瞳には、憎悪が揺らめいているようだった。吐き出される言葉に込められているのは怒りだろう。彼はゼロに似て、身内にはひたすらに甘い。だがそれと同時に、身内以外にはどこまでも冷酷だった。


「俺たちは、《異端者》は近いうちに地上へ出ます。まずはあなたを縛る余計なやつらを、次に《眠る心臓》のクズどもを。全部、殺します。全部殺して、俺たちの復讐を果たして、そしてアリシアさんの仇を取る」

「それが、お前の選択か」

「はい。これが俺たちの選択です。だから、ゼロさん」


 静かに笑って、四番目はナンバーゼロへ向かって手を差し出した。


「俺たちと一緒に、この都市を壊しませんか」



◆◇◆◇◆



「つまり、あの男は、あなたを裏切る可能性があると?」


 ナンバーゼロと、《異端者》の接点。そして接触の可能性を聞いて、ディシアは思わず声を上げた。敬愛すべき神子を害する可能性がある。それだけで、ディシアがナンバーゼロを殺す理由になる。

 けれども、神子は静かに首を横へ振った。ずらされた視線の先には、鐘の塔を見つめる。神子――アインにしては珍しく、言葉を選ぶように少し時間をおいて、「彼は」と口を開いた。


「彼は、決して《異端者》側につくことはありません。なぜならば――」



◆◇◆◇◆



 自分へ向けられた手に、ナンバーゼロは視線さえ向けなかった。じっと四番目を睨んで、ポケットに手をいれたまま動かない。


「どうしても、ですか」


 悲しそうに、四番目はゼロを見る。依然と手は出されたままだ。その手に応えることなく、ゼロは「約束なんだ」と言った。


「約束?」

「そう、僕の家族との約束。あの子と交わした最後の約束。『もうこれで終わりにする』って、18年前のあの日に、決めたんだ」

「……そうですか」


 ゆっくりと、四番目は手をおろした。そのままくるりと体を反対に向けてゼロに背中をさらす。


「俺は、諦めませんから。また会いましょう、ゼロさん」


 それだけ言って、四番目は暗い地下の通路を進んでいく。ゼロは何も言わずにその背中を見つめて、やがて完全に彼の姿が消えると、小さく息を吐き出した。


「――ありしあ、さん」


 小さく漏らされた言葉は、今にも泣きそうな声だった。


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