本編エピローグ―後篇―
「あいつらがやったことは単純だ」
ずずっと、出された紅茶を飲んで、ナンバーゼロは指を立てつつ説明する。
「まず、七番目が《私の小さな絵本》で舞台を描く。都市全体に広がる『違和感に気づかせない』ための洗脳。偶然を必然とする異能。この都市で死亡者は珍しくないから、対価は簡単に集まっただろうね」
次に、と中指が立てられる。
「八番目が『上』へとやってきて、《偽りの家族》を少しずつ広める。大規模にする必要があったから、《私の小さな絵本》によるサポートは必須。ついでにアルバートの親みたいに気づかれる可能性も考慮して、都市に馴染みきってない『新参者』を対象にすることにした。結果、彼らは《異端者》という恩人の存在を捏造された」
そして、と今度は薬指が持ち上がる。
「この状態で、六番目が《夢で魚は泳ぐ》を使用。本人は完全に動けなくなるけど然したる問題じゃない。八番目の異能も合わさって、少しの違和感もなく彼らは《異端者》の駒になる」
最後に、と彼はすべての指をたたみ立ち上がった。
「四番目が《価値のない宴》を利用して、全てを動き出させるキッカケを作る。同時に、《私の小さな絵本》が本格的に発動する。……僕が《私の小さな絵本》に気づくことは予想外だっただろうけど、想定外ではなかった。これを受けて八番目が予定より早く動き出し、『別人』としてこの都市に潜伏。洗脳済みの駒を一区の人々から庇いつつ、より《夢で魚は泳ぐ》の影響を受けやすいように地下へと連れていく」
「――そして最後に再び、《偽りの家族》で彼らはもともと『いなかった』と捏造する」
ナンバーゼロの言葉に続けて、ここまで静かに聞いていたアリアが口を開く。同じ部屋で話を聞いていたシャーロも、ひとつ舌打ちをこぼした。
「彼らも本気、ということか」
「そうだね。ほぼ間違いなく、キミや僕たちを潰そうとしている」
「――これが、罪か」
小さな声で呟いて、アリアは瞳を閉じる。強く握りすぎた拳は、彼女の手を傷つけ赤い血を滴らせた。いつもならここで心配の声をあげるシャーロも、黙ったまま拳を握っている。二人の様子を見たナンバーゼロは、少し考えたあと言葉を紡いだ。
「たぶん、僕は永遠にアイツらを許せない」
その言葉に二人はそれぞれ反応を示す。アリアは拳を握る力を強め、シャーロは「わかっている」と小さく言った。
「でも、さ。同時に僕は、キミたちを恨むこともできない」
バカだよね。とナンバーゼロは自嘲するように笑った。
「――それでも俺は、俺たちはアンタたちに」
「シャーロやアリアさんは、直接手を出したわけじゃない」
「だが」
「血のつながりなんて関係ないよ。罪は遺伝じゃないんだから」
さすがにそれ以上は、アリアもシャーロも言わなかった。
「……それじゃあ、僕は行くよ。地下西区は閉じたとはいえ、存在している。アイツらが使ってる出入り口も、多少は心当たりがあるんだ。しらみつぶし、ってことにはなるけど、それが今僕のできる一番の行動だからね。地上にいて、八番目に見つかってもマズいし」
「――私たちは、彼らが本格的にこちらへ向かってきたときの準備を」
「うん。そっちは任せる。よろしく」
じゃあと、ナンバーゼロは部屋を出た。残されたアリアとシャーロは、どちらもしばらく無言でいる。やがて、アリアがシャーロへ「ひとつ仕事を頼みたい」と言った。
「今回のこと――いや、二十年前の我々の罪からすべてを、書類にまとめてくれ。ここまで来た以上、隠す意味はない」
「彼らのことは」
「……本人たちに確認を取る。知られたくないというのならば、個人名を上げずにまとめよう」
「了解。……いいんだな、アリア」
ああ、とアリアは頷いた。
「これで私からすべてが失われたとしても、それが罪の対価だというだけだ」
◆◇◆◇◆
「――という感じで二か月前に話してたんだけど、まさか本当に遭遇するとは思わなかったよ」
偶然って怖いね、とナンバーゼロは言った。
「さて、とりあえずは久しぶり、とでも言っておこうかな。本当は顔なんて見たくなかったし再会も望んではいなかったんだけど……せっかくだ。少し話をしようよ」
その言葉を受けて。
「ええ。俺も、あなたと話がしたかったんです。ゼロさん」
手の甲にNo.4の刺青を携えた男は、嬉しそうに笑った。