本編エピローグ―前篇―
終わりはいつも唐突に訪れる。その『虐殺』もまた、唐突に終わりを告げた。
◆◇◆◇◆
血の海、と称せば適切なのだろうか。赤い血だまりが広がるその中心にディシアは立っていた。右手には大型のリボルバーが握られ、腰にはまた別の拳銃が付けられている。
リボルバーを握った腕は真っすぐ正面へとのび、その銃口は対面する人物へと向けられていた。
「撃てるのかしら、アナタに」
彼女は銃口を見て笑う。ディシアの指は引き金に掛けられていたが、そこから動くことはない。悔しそうに口元を歪め、泣き出しそうな表情で女性を見ている。
「ごめんなさい。愚問だったわね。アナタは撃てない。――だって、アイツはアナタに『私を殺すな』と言っているはずだもの」
それはそれでむかつくのだけれど、と女性は言う。歯ぎしりをしたディシアはそれでも引き金を引かなかった。
「――テメェ、いつから『ここに』いた」
「いつから? 面白いことを聞くのね。私は『はじめから』ここにいたわよ?」
「違う、俺が聞きたいのはそうじゃない」
「ふふ、そう。アナタはアイツからいろいろ聞いているのでしょう? だから違和感を覚えた。だから私に直接確認した」
「――――」
「本当ははぐらかしてもいいんだけれど……今日の私、見ての通りとっても機嫌がいいの。だから教えてあげる。私自身が『ここに』来たのはおよそ半年前。だけども」
「俺たちの記憶では、『ケムダー』は一年以上前からこの都市にいる」
そうね、と女性――ケムダーと、そう名乗っていたはずの女性は、笑う。
「大変だったのよ、これでも。私の異能《偽りの家族》を浸透させるには、自分の足で都市を歩く必要があった。それに、知り合いも何人かいたもの。感づかれないように口調やしぐさまで変える必要があった」
そこで彼女は、一度瞳を閉じて表情を消す。再び目を開き。
「こんな風に、ですねっ!」
にこりと、まるで別人のごとく無邪気に笑った。
「――あんたのことは聞いてる。要注意人物のひとり。捏造された記憶を植え付ける異能の持ち主」
「はい、さすが【背徳狩】と名高いディシアさんですね。いやー、アタシ自身こんなにも簡単に正体がばれるとは思っていませんでした」
無邪気なまま、彼女は困ったように笑う。「でもまあ」と言ってすぐ、その表情は消え去り、再び大人びた、そしてどこか皮肉めいた表情になる。
「気づくのが少し、遅かったのだけれど」
ひらりと彼女の服が揺れる。深い切れ込みが入ったチャイナドレスから、わずかに覗いた太もも。そこには、黒い文字。
「では、改めてご挨拶いたしましょう。私は『No.8』の番号を与えられたもの。あなたがおっしゃったように記憶捏造の異能を持つものであり、《異端者》のひとりでございます」
そう言って、No.8は優雅に一礼してみせた。