イベント予告
第二区のトップ、【将軍】マサムネが拠点としている場所は上半分が折れてしまったビルの一階と二階である。一階が応接間、二階が自室という区分になっているが、応接間がその役目を全うしたことはない。気性の粗い人間が集まる第二区なのだから、当然と言えば当然である。
そこに今、一人の来客があった。青い瞳に青い髪の女性だ。一階には彼女の他に、メルム・モルス所属の人間が数人いる。彼らは女性をじろりと睨んで威嚇するが、意に介した様子はない。
「マサムネはいますか」
女性ははっきりとした口調で言った。それは、断定にも近い問いかけだった。いや、問いかけというのも微妙である。その語尾に疑問符はついておらず、どう考えてもそれは確認の一言であったからだ。
「誰だよあんた、《災いの死神》に何か用か?」
「ここの所属……じゃねえよな。まずは名乗るのがれいぎっ!?」
第二区所属ではない。いや、所属であっても関係ないが、ともかく女性は『仲間』ではないと判断した男たちは各々武器を、あるいは拳を構えた。その中から手の早い一人の男が、女性へ殴りかかろうと飛びかかる。しかしその拳が女性に届くことはなく、空を掻くに終わった。瞬きをする間もなく、今まさに殴りかかろうとしていた男と見知らぬ女性の位置が入れ換わったのだ。バランスを崩した男はそのまま床と熱い抱擁を交わした。
ほう、と控えていた別の男は女性を見て口元を歪めた。彼女は恐らく第四区の人間。異能持ちだろう。そうでなければ、殴りかかろうとした男と女性の位置が一瞬で入れ替わることはない。
「マサムネはいますか。用があります。急用です」
女性は倒れた男に目もくれず、再び繰り返した。鈍い輝きを宿した瞳が集まっていた人間を射抜く。年齢は恐らく20前半。マサムネも同じくらいだったはずだ。もしかしたら知り合いなのかもしれない。あるいはここのトップたるマサムネに喧嘩を売りに来たのだろうか。
さてどうするか、と皆が思案した。喧嘩早いメルム・モルスだが、異能持ちに、それも場馴れした者に喧嘩を売る馬鹿はここにいなかった。しかし素直にトップを差し出すのも気が引ける。自分たちの矜持がそれを許さない。知り合いの可能性もあるが、そうではない可能性だってあるのだ。疑わしきは罰せず、とは言うがグレーを上に差し出してしまうのも気が引ける。
……と思案するも、どちらかと言えば実践派の者達が考えても答えは出てこない。もういっそ殴りかかるか、と全員の意思が一致した。腰を低く落として、重心を移動させて――
「おい、うるせえよ。俺眠いんだから静かにしろって。ぶっとばすぞ」
がつん、がつんと騒々しい音を立てて階段からこちらへ向かう影が現れた。言うまでもなくそれはマサムネで、壮麗と言われるその顔の眉間にはシワがよっている。美人が怒ると怖い、とはよく言うが、マサムネのそれは人を殺さんばかりのものだった。実際に何人も殺してきた人間だから余計にタチが悪い。集まっていた一人が慌てて頭を下げた。
「しょ、将軍! すみません、でも、この女が急に……!」
「女ァ? って、タケ? なんでお前が……」
「お久しぶりですマサムネ。急用です。今すぐ二人で話したい」
マサムネは女性を見て目を見開き、そして彼女の言葉に目を細めた。「上にこい。お粗末なモンだが鍵がある。防音も一応、な」くいっ、と階段を指した後、残っていた男たちに言った。
「とりあえずお前ら帰れ。俺、こいつと話すから。納得いかないやつはかかってこい。十秒で潰す」
その言葉が言い終わるや否や、残っていた五人のうち三人がマサムネに飛びかかった。しかしそれを回し蹴りで一掃したマサムネは、なるほどトップなだけはある。嫌そうな顔をした無傷の二人に伸した奴らを連れ出すように言って、マサムネは二階の自室へ入った。
◇◆◇◆◇
「あー、とりあえず久しぶりだなタケ」
「タケナカです。ゼロから頂いた名前を簡単に略さないでください」
「ハイハイ。で、急用っていうのは?」
「……ゼロから手紙が届きました。近いうちにこちらに戻ってくると」
「お、戻ってくるのかアイツ。……頼んだら戦ってくれるよな」
「私にも勝てない雑魚があの方に敵うわけがないでしょう。馬鹿は顔だけにしてください」
「ああ? うっせえよ黙れくそババア。俺は純粋にゼロと殺り合いたいだけなんだよ」
「くそババアとは何ですか。姉に向かってそれはないでしょう」
「義理の姉な。そこ間違えんな」
「間違えていません。そんなこと当たり前です。あなたと血が繋がっているとか……吐きそうです」
「……なあ、お前の方が酷いって気づいてる?」
「……ともかく、ゼロが帰ってきます」
「無視か」
「あなたにも伝えるよう手紙に書いていましたし、一応伝えておきます」
「おー了解」
「それともう一つ。ゼロは現在ストレスが貯まっているようでして、思わず喧嘩を吹っ掛けるかもとのことです」
「……マジで? じゃあ俺が頼めば、」
「非常に不本意ですが喜んで戦ってくれるでしょう」
「マジか! よっしゃ!」
「……伝えることは伝えましたし、私は帰ります」
「おーじゃあなタケ」
「タケナカだと言っているでしょう。……では」
◇◆◇◆◇
「……消えた。本当に便利だよなアイツの異能。座標指定だっけ。使い方次第じゃあ色々できるよなあ」
「というか、ゼロ帰ってくるのか。マジか。久しぶりに全力で暴れられる……?」
「あー、やっべ。わくわくしてきた。俺の地区の奴ら大丈夫かな。生き残れるかな。いや別に死んでも弱肉強食だし気にしねえけど」
「これで第四区はまた一層脅威になるな。神子サマが変に動かねえといいんだけど……」
「何だかんだ言って、ゼロもタケも身内に甘いからな。第四区に手を出すなって一応他の奴らにも伝えとくか」