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荒廃都市Concordia  作者: 椎名透
〔復讐の牙〕
36/53

本編エピローグ─後編─

 それは追憶。

 それは回想。

 いつかのどこかで、誰かと誰かが起こした、ちいさな出来事。


◆◇◆◇◆


 暗闇のなかに、『彼』はいた。腕に抱かれているのは、産まれたばかりの赤ん坊だ。その子を見て、彼は嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「強く生きなさい」


 彼は、赤ん坊にそう言った。


「決して道を違えぬよう、強くありなさい。鋼鉄の意志を持って、生涯を生き抜きなさい」


 彼は、諭すように言う。戒めを刻むように語りかける。


 そして。


 場面は、暗転する。


◆◇◆◇◆


「《■■■》という存在を知っていますか?」


 薄暗い路地裏で、その人物が尋ねた。彼は呆然としてその人の前に立っている。二人の視線の先には、赤い血を流す女性が倒れていた。


「彼らは数年前より、こうして影を見せるようになりました。姿はまだ現していないようですが、彼女のように、望まぬままその配下におかれるものもあります」

「……私の、妻のようにですか?」


 ええ、とその人物は頷いた。彼はようやく現状を飲み込んだようで、それでも受け入れられていないようだった。


「一度配下におかれたなら、もう二度とそこから逃れることはできません。ゆえにわたくしは、導きに従いこうして殺害を犯す」

「……そう、だったのですね。いえ、私は、あなたをとやかく言うつもりはありません。あなたに、命を救われたのですから」


 彼はそう応える。瞳から滴がこぼれて、静かに頬を伝った。


「……神子、あなたにお礼を。そしてどうか、私をお許しください。私の息子をお許しください。あの子は何も知らない。私が一区の出身であり、ゼウスの徒であることを知らない。母があなたの手によって亡くなったと知れば、きっと、あの子は……」

「許しましょう。わたくしも、ゼウスも。あなたたちは被害者なのですから」


 そう、神子──アインは言った。そして。


 ──場面は再び、暗転する。


◆◇◆◇◆


 彼は、殺されていた。

 すでに事切れて、物言わぬ肉塊へとなっていた。


 それを見下して、男は笑う。


「馬鹿だよ、アンタ。大人しくしときゃ、死ななかったのにさ。オレたちのこと調べて、たどり着いちゃってさ。いやぁ、本当に馬鹿だ」


 何がおかしいのか、男はゲラゲラと笑い続ける。No.4(四番目)の刻印が刻まれたその手には、血に濡れた小振りのナイフが握られていた。


「もう聞こえねえだろうけど……ま、一応教えてやるよ。そうさ、あんたの妻を操ったのはオレの仲間だ。んでもって、オレたち《■■■》の総意でもある。おめでとさん。アンタはちゃんと答えにたどり着けてたのさ!」


 やはり男は笑い続ける。笑い声が路地に響く。そして。


 ──意識が、浮上する。


◆◇◆◇◆


 薬品の臭いに、まず気づいた。続いて、少しボロい天井。ひび割れていただろうコンクリートは、補修の痕が目立っていた。


「ん? ああ、目が覚めたかい」


 ふと、そんな声が耳に届く。彼──アルバートはそちらに顔を向けた。


「大丈夫。君は生きている。ちょっと傷がひどいから、すぐに回復っていうわけにはいかないけどね」


 そこにいたのは、四区トップのナンバーゼロだった。そういえば、と思い出す。アルバートが意識を失う前にも、彼はいた。


 意識を失う前、というフレーズで、記憶がゆっくりと戻る。復讐軍。断罪者。七番目と名乗った幼い少女──


「……っ!」

「あ、だめだって! ちゃんとおとなしく横になってないと! 異能使ったこともあって、疲れてるんだし!」


 起き上がろうとしたアルバートを、ゼロはあわてて止めた。肩を少し押されただけで、そのままベッドへ倒れこんでしまう。起き上がることをあきらめて、アルバートはゼロに尋ねた。


「……ここは」

「タケナカの家の一室だよ。医者に頼んで、色々道具を運んで貰ったんだ」


 タケナカというのは、確か、ゼロの右腕のような存在だったはずだ。思い出して、次に気になったことをきく。


「異能って……」

「あれ、もしかして気づいてない? 君、異能、目覚めてるけど」


 は、と声を上げなかったのは、なんとなく思うところがあったからだった。それでもすぐに、それを認めることはできず、黙ってしまう。


「夢、見たんだろう? あれが君の異能だ。過去を知りたい。せめて真実を知りたい。そういった思いから生まれた異能。まあ、条件はちょっときついみたいだけど。生死の狭間でしか、発動しないからね」


 ぺらぺらと、自分ですら把握できていない異能を語られるのは、不思議な気分だった。だがそれ以上に不思議なのは、ストンと自分の異能という異常性を受け入れられたことだった。口で説明されて、ようやくといえばようやく、アルバートはそれを認めることができた。


「君がどんな過去を見たかは、さすがに僕も把握できない。だけど、予想はできるよ。君の願いは父親の死の真相で、アインの言葉の意味だ。だったら、きっとアイツにたどり着いた……で合ってるかな」


 ゼロのいう『アイツ』が、父親を殺した人物だとはすぐに気づけた。確認と、自分の頭を整理するため、アルバートはぽつりぽつりと呟き始める。


「母さんは、父さんを殺そうとして、逆に殺された」

「うん」

「父さんは、神子に助けられて──おれも、神子に助けられた」

「そうだね」

「父さんは、母さんを操ったやつらを追って、No.4に殺された」

「……うん」

「じゃあ、おれが、見たのは」

「……四番目の仲間の異能だ。《私の小さな絵本》と、もうひとつの異能を組み合わせた、洗脳と捏造。それが、君の見た『つもりだった』記憶の正体」

「……おれは、まちがってた?」


 ナンバーゼロは、何も言わなかった。ただ無言で、肯定を示した。


「……アルバート。僕はこの部屋から出るけど、何かあったら物音を立てるんだ。隣の部屋に、タケナカと僕が待機してる。それから、これからのことをよく考えて。僕たちは君を受け入れるけど──君が嫌なら、好きにすればいいよ」


 ゼロはそう言って、部屋を出た。ぱたん、と扉が閉まる。


「……っ」


 一人になった部屋で、アルバートは静かに涙を流した。


「ごめん、なさい……!」


 こどものように、彼は泣いた。


◆◇◆◇◆


 その、数日後。


「償いをしようと思います。そのうえで、父さんと母さんの死を作ったやつらを、追いたいんです」


 アルバートは、様子を見に来たゼロへそう告げた。


「おれ、弱いから。迷惑になるかもしれないけど……それでもよければ、ここに、四区に置いてください」


 頭を下げたアルバートに対し、ゼロは穏やかに笑って。


「──まったく、遅いじゃないか。三日前に歓迎会の準備は終わっちゃったよ?」


 そう、言った。


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