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荒廃都市Concordia  作者: 椎名透
〔復讐の牙〕
35/53

本編エピローグ─前編─

 一進一退。戦況は均衡し、勝負は長引いていた。復讐軍と名を上げた者たちが一区へ進んでおよそ一ヶ月。初期は地の利からか、一区の人々がそれらを退けていたものの、復讐軍たちも奮闘し、進軍を強行していった。

 想定外、というほどではなかったものの、想定内でもなかった。アルバートはそう思う。だが、道は開かれた。血なまぐさい戦場を駆けて、神子がいるという場所へ向かう。

 アルバートは決して強くはない。だから数に頼った。それでもここからは別である。たとえどんな障害があろうとも、これ以降は彼のみでやらねばならなかった。

 そして。


「ん、本当に来た。アインさまのおっしゃるとおりだね」


 アルバートは、足を止めた。腰を落として警戒体制を取る。


 おおよそ戦場に似つかわしくない少女がそこにはいた。その手には少女の身長と同じほどの黒い鎌が握られている。


「断罪者……!」


 少女──リターニアに与えられた異名を口にして、アルバートは怒りを示す。彼女はアインを盲目的に信じており、それゆえにアルバートの敵だった。


「そう。私は断罪者。……でも、今日は違う。あなたを断罪するためじゃない。私はアインさまの『お願い』のために戦うの」

「……?」


 何が違うのか、とアルバートは思った。ただ声には出さなかった。知る必要はない。それが、彼の出した答えだった。


「……なんでもいい。おれは、あんたを殺して神子も殺す」

「ふうん。そう。……でも、させないから」


 がちゃり、と鎌が金属音を響かせる。響かせて、リターニアは駆けた。アルバートもすぐさまそれに反応しようとする。右に体をずらしてそのまま攻撃を避けようとした。


「……ううん、残念。おそいよ」


 避けようとした、だけで終わってしまった。すぐさま切り返された鎌は、ぐるりとリターニアの頭上を一周し、避けようとしていたアルバートへ降り下ろされる。それはまっすぐ彼の腹へ向かい、その肉をえぐった。


「がっ……!?」


 そもそも、無理な話だったのだ。数に頼らねばどうしようもないとわかっていながら、数に頼らずとも戦える相手に一対一の勝負を挑んだこと。それ事態が敗因だった。ただ、今の彼女は自身が言っていたように断罪のために戦っていなかった。それは、結果だけ見るならばアルバートにとっての幸運だったのだろう。


「ん、おしまい。本当なら、このまま殺しちゃうんだけど……アインさま、おっしゃってたから。あなたはヒガイシャだって」


──被害者?


 声に出すつもりが、出たのは血の混じった唾と呻き声だけだった。やられた衝撃で、口の中を切ったらしい。それでなくとも腹を抉られている。もう、戦うことなどできなかった。


「あのね、アインさまから伝言を頼まれてるの。アインさまはね、あなたのお母さんは殺したけど、お父さんは殺してないんだって。詳しいことは、ちゃんと後でわかるからって」


──うそだ


 それもやはり、言葉にならなかった。リターニアは、気にせず言葉を続ける。


「それとね、ちょっと前に石を持って死んでたひとだけど……あれ、アインさまがやったって言ってる人もいるけど、アインさまじゃないよ。あの日、あのとき、アインさまはナンバーゼロとお話してたから」


 なんでもないように、リターニアは言う。本当に、伝言を届けているだけのようで、その声は淡々としていた。


「アインさまはね、賢者の石っていうアレが嫌いなんだって。だから、使いたくもないし、利用したくもない。だからね、あれは、アインさまじゃないんだよ。──うん、これで伝えることは全部だね。じゃあ、ばいばい。『また』ね、ヒガイシャくん」


 一方的に告げて、リターニアは立ち去る。アルバートはその背中を追おうとしたが、傷のせいでかなわなかった。そうして苦しむ彼の耳に、クスクスという笑い声が響く。


「ふふっ、残念だったね。オニーサン」


 クスクスと、笑い声が近づく。まず目に入ったのは裸足で……そして幼い少女の笑顔だった。


「でもね、カッコイイよ。オニーサンがバカみたいに復讐して、必要ない怒りを抱いて──すごく素敵なお話だったわ!」


──誰だ


 声は出ない。それでも少女はその問いかけがわかったかのように「わたし?」と言う。


「わたしはね、名前がないの。あのね、オニーサンが主人公の絵本を描いたのよ。だから、作家さんって読んでくれるとうれしいわ」


 あ、でもね。と言いつつ、少女は自分の首に手をかけた。そこには汚れた包帯が巻かれている。それをするすると取っていけば──首もとに、刺青のような刻印が表れる。


「この番号で呼ぶなら、No.7(七番目)ね!」


 それは、晴れやかな笑顔だった。

 それは、イビツな笑顔だった。


「あのね、オニーサン。わたし、オニーサンが主人公のお話、楽しませてもらったわ。四番目にもお願いして協力してもらって、とっても素敵な物語にしてもらった。それは満足よ。でもね、でもね、ひとつイヤなことがあるの」


 そう、少女は笑う。作られた笑み。完璧すぎる笑顔。アルバートは幼い彼女に、得体の知れない恐怖を抱いた。


「わたしはね、主人公が……一番目立つひとが、死んじゃうのがきれいな終わりだと思うの。だからね、だからね、オニーサンには死んでもらわなくちゃ困るの」


 ヒヤリ、とアルバートの背中に冷たいものが走った。すでに傷は大きく、放っておけば死んでしまうかもしれない。だが、助かる可能性だってあった。少女はその可能性を、潰そうとしている。


「それじゃあオニーサン」


 彼女がナイフを取りだし、振り上げて。


「さような……っ!?」


 驚きの表情を浮かべて、アルバートの視界から吹っ飛んで消えた。代わりに、機械的な──有り体に言えば義足が、彼の視界に入る。


「……」


 その人物は無言だった。だが、アルバートは彼を知っている。こんな足で、あんな動きをして、そしてここまでのプレッシャーを放てる人など、この都市に一人しかいない。


「っ、なんで」

「……やあ、会いたくなかったよ、七番目。久しぶりすぎてヘドが出そうだ」

「……零番目!!」


 少女は、七番目はあからさまな憎しみをこめて言葉を発した。零番目。ゼロ。不機嫌だと態度で表しているのは、ナンバーゼロと呼ばれる彼で。


「《私の小さな絵本》は面白かったかい? それは結構。僕たちは最低最悪の気分だ」

「……っ、どうして邪魔をしたの!?」

「どうしてって……気に入らないからに決まってるだろ。僕はお前が気に入らない。お前たちも気に入らない。だから邪魔をした。それだけさ」

「……あなたは、こちら側じゃないっ! あいつらなんかと違って、こっち側よ! 『上』の人間を守る理由なんて……!」

「あるさ。僕はこの都市が好きだ。異能者だっていとおしく……同時に哀れに感じる。だからこそ、っていうわけじゃないけど、僕は彼らを傷つけたいとは思わない。だから守る。それだけ」

「でも!」

「じゃあさ、逆に聞くけど──」


 ナンバーゼロは、そこでちらりとアルバートを見た。視線が交わる。一瞬だけ優しげな表情を浮かべた彼は、しかしすぐに真剣な顔になり、七番目を見た。


「君たちは、アリシアさんを裏切るのかい?」


 何とも言えない沈黙が、広がった。苦しみながらもアルバートは顔をあげる。そこには、悔しくて仕方がないといったように、苦虫を噛み潰したような表情の七番目がいた。ナンバーゼロは、一切の感情が読み取れない表情だった。


「君たちは、アリシアさんを裏切るのかい?」


 同じ言葉を、ナンバーゼロは繰り返す。機械的に、そしてもう一度。


「アリシアさんを、裏切るの?」

「……っ、」


 七番目は答えない。応えない。ただ、表情を歪めて、そのまま走り去った。その背を追うこともなく静かに見つめ続けた四区のトップは、少女の姿が完全に消えたところで、大きく息を吐き出した。


「全く……困ったもんだよ。どうするべきなのかな……はあ……」

「……」

「……ごめんよ、変なところ見せて。そうだね、君には、何が何か分からなかっただろうね。……でも、今はお休み」


 先程とはうって変わって、ナンバーゼロは優しげな口調でアルバートに語りかける。彼の傷を見て、少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。それはまるで、彼が愛する四区民に向けられるかのような態度だった。


「腕のいい医者を呼ぶように、タケナカにお願いしたんだ。すぐにここまで来てくれるから、大丈夫だよ。安心してゆっくり休むんだ」


 彼の言葉は、どこまでも穏やかで優しかった。だからこそ、アルバートは信じられなかった。自分はもうすぐ死ぬのだと、それを悟らせないために、気休め程度の言葉を掛けられているのだとしか思えなかった。


──いやだ、おれは、何も知らないまま死にたくない。


 そんな思いを無視して、瞼はゆっくり落ちていく。胸の奥で、何かが熱く燃える感覚がした。それは幻覚かもしれなかった。だが、確認する手段はない。


「お休みアルバート。しっかり休息を取るんだよ」


 そんな声が、聞こえた気がした。


 ──そうして彼の意識は、暗闇に沈んでいった。

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