表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒廃都市Concordia  作者: 椎名透
〔復讐の牙〕
29/53

ノアの影(1)

「……ゼロ」

「ん? あ、タケナカ。どうしたのさ」


 鐘の塔の最上階で、特に何をするでもなく地上を見下ろしていたナンバーゼロは、タケナカに呼ばれて振り返った。いつもの軍服に身を包む彼女の顔はひどく険しい。


「異能を、使いましたね」

「……さあ、どうだろうね」

「はぐらかさないでください」


 タケナカの問いかけに、ゼロはわざと大袈裟に反応して見せた。両手をあげて、首をすくめて。まるでお芝居のようなその仕草は、ゼロという人間に限ってみれば珍しいことではない。一々目くじらを立てるようなことでもなかった。だが、今だけは話が別である。タケナカの眉間のシワはますます深くなった。


「わかっているはずです。あなたの異能なのですから」

「うん。そうだね」

「……私も、マサムネも、あの子も……あの人だって、あなたが──」

「言わなくていいよ。わかってるから」


 ひらひらと片手を振って、ゼロは再び地上を見下ろす体勢になる。背を向けられたタケナカは、それでも言葉を続けた。


「わかっているのなら、どうして。一体何が──」

「『私の小さな絵本(マイリトルノア)』」


 タケナカの話を遮るように、ゼロは一つの単語を口にする。訝しげにシワを深めたタケナカだったが、すぐに何かに気づいたようで「まさか」と小さな声で言った。


「そのまさかだよ。最初はちょっとした違和感。嫌な予感がして自分で使ってみたら──ドンピシャだ。どうもおかしかった箇所が幾つかある。一回気づいたら、それはもう嫌というほど意識する違和感がね」

「──ッ、今、気づきました」

「はは、結局僕らは、役者でしかなかったわけだ。もっとも、今はもう違うけれど」

「……いつから」

「僕が帰って来てしばらく。たぶん、パトラシア・J・アルゼフが動き出した頃」

「……マサムネが、賢者の石という単語を聞いて、すぐに暴れなかったのも、おかしかった」

「僕たちが、あの夜までそれに関する話し合いをしなかったのもだ」


 自己嫌悪になるよ、とゼロは言った。タケナカも悔しそうに顔を歪めている。


「……あれは、誰だと思いますか」


 ぽつりと、タケナカが呟くようにしてゼロへと尋ねた。わずかに込められた嫌悪に気づけるのは、おそらくゼロとマサムネだけだろう。もっとも、後者はこの場所にいないのでどうにもならないのだが。


「僕の予想だと、あの子だね。正確には、あの子の名前」

「騙っていると」

「うん」


 端的に、けれども伝わるように、二人は言葉を選んで会話を交わす。「タケナカ、お願いがあるんだけど」ゼロはそう言って、タケナカに向き直った。


「アインは既に気づいているだろう。だから問題ない」

「……マサムネ、ですね」

「はは、うん、話が早くて助かるよ。頼んでもいい? タケナカが言われて気付けたんだから、マサムネも大丈夫」

「……ゼロはどうされるのですか」

「僕はアリアさんとシャーロに伝えるよ。あ、他はいいからね。知らない子に伝える必要はない」

「わかりました。……では」


 一礼した後、タケナカの姿が掻き消える。空中遊歩さながらな移動手段で、マサムネのもとへ向かったのだろう。ゼロはすぐには動かないでしばらく瞳を閉じいた。感傷に浸っているようでもあるが、実際はどうなのだろう。何かに祈りを捧げているようにも見える。


「……お前らがそのつもりなら、僕だってそれ相応の手を打つからね。覚悟しておきなよ」


 やがて、瞼を開いた彼はそう呟く。そのままゆっくりとした足取りで鐘の塔の螺旋階段を下りだした。


 かつんかつんと、ゼロの義足が音を鳴らす。それに消されるほど小さな声で、だが確かに、彼は言葉を紡いだ。


「──アリシアさん、ごめん」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ