追加エピソード
「ふ、ふふふ」
声が響く。
「ふは、ふははは……」
それは、歓喜に満ちた声で。
「ふははははははっ」
高らかに、高らかに。
「これで私の……!」
勝利の雄叫びを。
「完全しょ」
「おいこらアリアどういうことだこれ」
「うり……?」
あげられなかった。
マーケット終了後、アリアは利益の一部を用いて薬品開発に勤しんでいた。ヤマトによって無へと還ったあの薬品である。今回は誰の邪魔も入ることなく、薬品は無事完成した。それを祝って声を上げようとした……のだが。一人の男が部屋に入ってきたことでそれは妨げられる。
「む、シャーロか。どうした」
入ってきた男はアリアの親戚であり、《眠る心臓》において彼女の次に権力を握るシャーロだった。ただでさえ目付きが悪いのに、不機嫌さ相まって人を殺しそうな顔をしている。額に浮かぶのは青筋。感情の高まり故すぐにはそれに気づけなかったアリアも「どうした、だぁ?」という低い声によって彼の怒りを悟る。
「お前の後ろにある、ソレ、なんだ?」
「じ、実験機具だ。つい先程新薬が完成してだな……」
「ほう。そうか。で、その新薬は例の石のやつか?」
「いや……これは……その……」
「お前の趣味だな」
「ああ。そう、だな」
「……おい、アリア。それにいくら使った? 言ってみろ、怒るから」
怒るから、と予め宣言するのは如何なものか。そうツッコミを入れたくとも、怒り心頭なシャーロに対してそう言えるほど命知らずなアリアではない。彼女は少々、いや、盛大に躊躇いつつも「『ピー(アリアの希望により規制音入り)』ドルだな……はは」と金額を告げた。
「へえ……ほう……」
「いや、えっとだな、そのう……」
「…………」
「…………」
一呼吸分の間。そして。
「お前は馬鹿か!! ふざけんじゃねえぞアリア!!!」
怒鳴り声が響いた。
「馬鹿だろうお前! ゼロの野郎に買収されたときも言ったよな、あ? お前は研究者である以前に《眠る心臓》の首領なんだ! 自覚ねえのか!? 首領なら趣味に金を費やす前に他のところに使えや! お前が今回やった金額でどれだけこの施設を良くできた!? 貧民層にどれだけ補助が送れた!? 馬鹿野郎、てめえの趣味は自分で稼げ! マーケットの金を使ってんじゃねえぞ!」
「う……」
全くもって正当な意見に、アリアも言い返す術がない。シャーロの怒声は止まらず確実にアリアを追い詰める。
アリアも、それを素直に受け入れた。わかっていた。シャーロが真剣に自分と《眠る心臓》を思って怒っているのだと。だからアリアは、首領としてその怒りを聞き入れる。反省する。
……数分、怒鳴り続けて。「ったく」と額を押さえてシャーロは息を吐いた。それにアリアの肩がぴくりと震える。──彼女がこんな弱った姿を見せるのはシャーロの前だけだった。幼い頃から共に育ってきたためだろう。アリアはどうも彼に強く出られない。
「……幸い、今回の売り上げは想定より多かった。お前が使った分を差し引いても、当初予定していた部分に回す金はある。倒壊した建物への修繕費もなんとかなるだろう」
「そう、か」
静かにそう告げたシャーロにつられ、アリアの声も小さなものへとなる。「だから」と彼は続けた。
「今回の分は、まあ、多目に見てやる。だけどな、次はねえぞ。もしどうしても必要なら俺かヤマトか……とにかく適当な幹部連中に話を通せ」
「……ああ。……その、すまなかった」
小さくアリアは謝った。ひどく落ち込んでいるその様子に、シャーロは苦笑を漏らす。
……実は、事態はそこまで深刻ではなかった。売り上げは想定の2.2倍をマークし、アリアが使ったのはその一部、ほんの一握りに過ぎない。だが、シャーロはそれでもアリアを叱る必要があった。
(幹部としても、兄貴分としても、こいつに首領の自覚を持たせねえとな……)
アリアの腕は確かだ。だが、それでもまだ若い。至らない部分は多々ある。それを正すのが兄貴分としての自分の役割だと、シャーロは自負していた。
「まあ、反省してるならいいさ。……ほら、そこの椅子座れ。どうせまた夜通しやってたんだろ。ちょっと休憩しろ。そんで、気力が戻ったら仕事を再開しろ。いいな、首領」
ぽんぽん、とシャーロはアリアの頭を叩く。アリアも小さくうなずいて彼の言葉にしたがった。
「そんじゃあ俺は仕事に戻る。何かあったら呼べ。無茶はすんなよ」
「ああ」
アリアが白衣を脱いで完全に休む体制に入ったのを確認すると、シャーロは背を向けて部屋を出ていった。
……のだが、数秒後ひょっこりと「言い忘れてた」と部屋に顔を出して。
「お前の研究費、次月は1/2にカットだから、よろしく」
「…………は?」
「んじゃまあ、そういうことで」
すたすたと立ち去るシャーロと、固まったアリア。そして。
「ま、待てシャーロっ! どういうことだ!? なあ!? 半額とか冗談だろ!? 何かの悪夢だろ!?」
悲痛な、アリアの叫び声が商館に響いた。