【アインさまのおことば】の場合
「アインさま、何か落ちてた」
そう言って、リターニアがアインに見せたのは、大きな文字で『大規模マーケット』と書かれたチラシだった。リターニアは言動こそ幼いが文字が読めない訳ではない。このチラシの意味することも知っているだろう。それでもアインに見せて判断を委ねるのは、彼女らしいといえば彼女らしい行為だった。
「マーケットですか。確か、三区で開かれるという」
アインもアインで、なにも言わずそのチラシを受け取り内容を把握しようとする。一通り目を通してから、「そうですね……」と呟いた。
「アインさま?」
「……リターニア、もしあなたさえよければ、このマーケットに参加してみてはいかがでしょう」
「? なんで?」
不思議そうにリターニアは首をかしげる。この催しに、意味があるとは思えない。ゼウスからのお告げというわけでもないだろう。
「ゼウスは、時には休息も必要だと仰います。これは以前にもお話ししましたね」
「うん。ゼウスさまは、アインさまにお休みの大切さを教えてくださったんだよね」
「ええ。これはわたくしだけでなく、リターニアも当てはまることです。……最近のリターニアは、少々お仕事を頑張りすぎですので、これを息抜きとしてみてはどうでしょう」
そうだろうか、とリターニアは考える。確かに少々仕事が多いかった気もするが、別段疲れているとは思えない。だが、折角アインが提案したのだ。無下にする理由などリターニアはなかった。
「わかった。アインさまがそう仰るなら、私、マーケット参加する」
「ふふ、楽しんでくださいね、リターニア」
こうしてリターニアのマーケット参加が決まった。のだが。
(……何を売ればいいんだろう)
散々迷ったあげく、彼女はたった一つ、自身が胸を張って他者へと伝えられる『ことば』を売ることにした。
……それが後に、信者たちによって面倒な事件を呼ぶとも知らずに。
◇◆◇◆◇
【アインさまのおことば】
出店者:【断罪者】リターニア
『商品』
・アインさまのおことば ~日常編~
アインが日常で話した何気ない一言が纏められた本。なお、選出にはリターニアだけでなく何人かの神殿勤めたちも協力したらしい。
・アインさまのおことば ~ゼウスさま編~
ゼウスからのお告げとしてアインが伝えた言葉を纏めた本。些細なお告げから重要なお告げまで種類が豊富。休息云々も当然乗ってある。