【将軍の武器庫】の場合
「マサムネさん、いいですか。本は偉大です。素晴らしい。この世の全ての財を費やしても構わないくらいだ。文字という文明を作り出した我々の祖先にはいくら感謝してもしたりません。彼らが文字というものを、ひいては記録を残すという発想を持たなければ、この世に本は存在しなかった。ゆえに本には値段以上の価値があります。たとえそれがこどものお遊びによって作られたものだとしてもです」
第二区の廃墟ビル、つまりはマサムネの家。そこへ突然やって来たネイヴは、これまた唐突にマサムネに対してマシンガントークを繰り広げた。
昼食を取っている真っ最中だったマサムネは、口にパンを運ぼうとする途中で固まっている。その間も、ネイヴの口は動き続けた。
「脳筋、失礼、戦闘馬鹿のマサムネさんには理解されにくいでしょうが本は万人に対して平等であり、誰に対しても心を開いています。問題は我々がそれを読み取れるかどうかであり、しかしこれがなかなかにむずかしい。それ故に我々はなるべく多くの本に触れ、『本』という生き物が持つ心を理解する努力をしなくてはなりません。ただ文字を追いかけるわけではなくその真髄を知ろうとすることが大切であり──」
「長えよ」
ぼそり、と思わずマサムネは呟いた。だが驚いた様子は見られず、むしろ呆れたような表情を浮かべている。
実はネイヴがこうしてマシンガントークを繰り広げるのは珍しくない。彼は本に関することになると『暴走』する悪癖があるし、何より本のためだけにこの二区で幹部となる実力を付けた強者だ。それは狂人と称されても仕方がないほどの行為である。
ネイヴが情報を集め、レギアンシャールが作戦を立て、ミリニアが奇襲を仕掛け、混乱の中にウェンとマサムネが切り込む。《災いの死神》における『共闘』は大抵そうして実行された。頭脳面で重要な役割を追うネイヴは、それゆえに基本は冷静を保つ。
ただし例外が一つ存在し、それがあのレギアンシャールさえも引く執着だということは四冠とマサムネにとっては常識とも言える知識だ。今回もソレだろう。
このままマシンガントークが止むのを待てば日が暮れる。比喩ではなく本気でそう悟ったマサムネは、少々大きめの声でネイヴに言った。
「結論だけを簡潔に」
「マーケットに出店しましょう、マサムネさん」
無表情でネイヴはそう言った。マーケット? とマサムネが首をかしげる。そういえば、暗殺(自称夜這い)に来たミリニアがそんなこと話してたな、と記憶を手繰った。
──そういえば、将軍は知っておられるのかしら。三区の方で素敵なことが開かれるみたい。大きな商売……マーケット、と言ったかしら。ウェンと約束しましたの。一緒にスイーツ巡りをしましょうって。ついでに、私好みの殿方が見つかるといいのですけれど……。ああ、どうか勘違いなさらないで……。私は将軍一筋……とは言い切れませんけれど、あなたに愛を抱いているのは事実ですわ。ふふ……いつになっても殺されてくれないマサムネさま……素敵な殿方……
……余計なことまで思い出してしまった、とマサムネは眉間を押さえた。いや、それよりも。
「なんで俺が出店するんだよ。つーか、俺が売るもんなんざねえぞ」
至極真っ当な疑問と意見をネイヴにぶつける。当然だが、戦闘しか頭にないマサムネにとって商売に縁はない。自分がそういったことに向いてないのはよくわかっていた。
「すみません、僕としたことが言葉が足りませんでした。正確にはあなたの名前と『ガラクタ』を提供して頂きたいのです。商売の小難しい計算等はレギアが行いますし、売り子も僕が担当しましょう。あなたは当日、店に縛られることはありませんよ」
「……? どういうことだ、そりゃ。意味わかんねえよ」
自分が店にいなくていいことはわかったが、逆に言えばそれしかわからない。大分落ち着いたらしいネイヴは、一つ咳払いしてから説明し出す。
「今回のマーケットで、僕は荒稼ぎを計画しています。実はとある人物が僕の欲しい本を持っていると知りまして、買い取りをお願いしたんです。ですがその額が半端なくて。値切りに値切ったのですがそれでもやはり少々予算オーバーだ。そこで今回のマーケットを利用することにしました」
「私欲かよ」
珍しいことにマサムネから突っ込みが入る。普段ならば逆だ。だが、それを気にすることなく、というか無視して、ネイヴは説明を続けた。
「今回のマーケットで、あなたがガラクタと称する物品を売り捌きます。マサムネさんが改造した武器、ボロくなって廃棄を考えている日用品、使えなくなった砥石、そういったものです。三日間のマーケットでそれらを売ります。ニセモノと言われないよう、出店名義はあなたの名前を借り、経営と売り子はレギアと僕が担当します。一部の人間にはプレミア価格が付きますので、売り上げはかなり期待できます。そうして得たお金で僕が本を買う。──素晴らしい計画だとは思いませんか」
「思わねえよ。つーか俺のメリットゼロじゃねえか」
思わずマサムネが半目になるのも仕方のないことだろう。だがそれを見越していたかのように、ネイヴは言葉を続けた。
「ご協力頂けたら、マーケット終了後に四冠全員があなたと全力の戦闘を行います。既に他三名の了承は得ていますので、あとはマサムネさん次第です」
「なんでも持ってけや」
綺麗な手のひら返しだった。ありがとうございます、とネイヴは笑う。マサムネも笑みを浮かべていた。マーケットにこれっぽっちも興味はないが、その後の戦闘は将軍の興味を引くのに十分すぎた。
──ちなみに、四冠たちの協力理由だが。
ウェンとレギアンシャールは『将軍と戦えるならそれでいい』
ミリニアは『私に殺されてくれるかもしれないならそれでいい』
ネイヴは『戦闘は面倒だが本のためなら構わない』
……という、なんともくだらない理由なのはいつものことである。
◇◆◇◆◇
【将軍の武器庫】
出店者:【将軍】マサムネ 代理:【影法師】ネイヴ
『商品(一部)』
・弧龍の小太刀
マサムネが三年前まで愛用していた小太刀。五年以上使用していたせいで刃こぼれがひどくなり、潰れてしまって使えなくなった。マサムネの部屋で置物となっていた。
刃の部分が反っている小太刀で、使い勝手は中々のもの。柄部分に龍が彫られてある。
・小さな砥石
武器の手入れを趣味とするマサムネが使っていた砥石。小さくなって使いにくい、という理由で廃棄される予定だったが、ネイヴの希望により商品に。ネイヴからの進言で、小さくマサムネ直筆サインが入ってある。
・ヒビの入った灰皿
マサムネが主に使用していた応接室の灰皿。いつもの喧嘩騒動でヒビが入っていたがそのまま使用していた。ネイヴが新しいものを買う代わりに商品として店頭に並ぶこととなった。