彼の行動の真相
「やあ、お邪魔するよパトラシアさん」
《眠る心臓》本部の商館で、現在パトラシアが自室としている部屋に、その男──ナンバーゼロは突然現れた。空気を入れ換えるためと窓を開けっ放しにしていたから、なのだろうか。彼は窓から部屋に入り込む。この部屋は三階にあるはずだが、彼には関係ないのかもしれない。以前アリアの自室にも窓から侵入したということを聞いていたパトラシアは、動じることなく彼に対応した。
「ここは、関係者以外立ち入り禁止なはずなんだが」
「ああ、それなら大丈夫。アリアさんに許可はもらってるよ。キミと話すことも伝えてる」
「……何の用だ」
警戒は薄めないまま、パトラシアはゼロに問う。それに対する答えは、なんとも端的なものだった。
「『賢者の石』」
ぴくりと、パトラシアの肩が反応する。気づいていないのか、或はあえて無視をしているのか、ゼロは構わず言葉を続けた。
「どうしてあんなことをしたのか、情報源はどこなのか、アリアさんに教えてないんだって?」
「……過ぎたことだ。今さら語るまでもないだろう」
「語る必要はあるよ。あの時に何があったのか把握しなくちゃ」
「……あなたは四区の人間だ。三区の私が語るメリットがない」
「実はこれ、アリアさんからの依頼なんだよね。君から聞き出してこいっていうさ」
「嘘だろう」
「うん、ウソ」
けらけらとゼロは笑った。対するパトラシアの表情は険しくなるばかりである。
「ねえ、教えてよ。君の行動の真相ってやつをさ」
「……断ろう。私は、あのときのことを誰かに言いたいと思わない」
「でも僕やアリアさんは知りたいと思う」
「……それでも」
躊躇うパトラシアに、突然ゼロが表情を消して「ねえ」と言う。
「教えなよ。君の行動の真相」
しばらく沈黙が続いた。それを破ったのはパトラシアだった。彼は大きくひとつため息をつく。
「……知らない男にあった。その男はNo.4と名乗った」
どういう心境の変化があったのか、パトラシアはゼロへ向かって話を始めた。
「男は私に取引を持ちかけてきたんだ」
「取引?」
「ああ。私の調べた、異能や第四区の異能者に関する研究資料を男に渡す。その変わりに、男が持つ『賢者の石』に関する情報をもらう。そんな取引だよ」
「異能に関する研究資料、ね」
ゼロの瞳が細められる。「それってさ、どんな内容なの?」言外に教えろ、という忌みを含めつつ、ゼロはパトラシアに尋ねた。
「……異能の発現条件、およびその法則性。そして発現が確かめられている異能の分類統計だ。『賢者の石』について調べる途中、ついでのように行ったものでね。残念ながら、内容は薄く結論も出ていない。……男はそれでも、資料を欲しがったが」
「ふうん……ああ、そうだ。その資料、後で僕にも頂戴。中途半端でいいからね。……さ、続きを話して」
「……ああ。私と男は先程言った条件で取引を行った。当然、双方同意の上だ。あのときの私は、少しでも多くの情報を欲していた。たとえデマであったとしても、あの研究資料くらいならマイナスにならないと考えて、二つ返事で取引に応じたよ。私はすぐに資料を用意して男に渡し、男は私に情報をくれた」
「その情報の内容」
淡々と、ゼロは教えてほしい内容をパトラシアへと告げる。それを受けたパトラシアは、言葉を選ぶように少しだけ間をおいてから話し始めた。
「都市で発見されていたものより、一回りほど大きな『賢者の石』を男は見せてきた。私の目の前でそれを二つに割ってみせ、片方を私へと投げてきた。もう一方は男自身が噛み砕いて──」
「『見ろよ、オレは何ともない。毒なんざにオレはやられてない。オレはこうして不老不死の恩恵を得たんだ。そっちはアンタにくれてやるから、試してみたらどうだ』……とか言ったんでしょ」
「……驚いた。その通りだ。やはり彼は《愚か者達》の一員なのか?」
「は? なに言ってるの。違う。あれは僕のかわいい四区民じゃない。……まあ、四番目のことは知ってるけど」
ひどく不機嫌そうにゼロは言う。パトラシアはただ「そうか」と言っただけだった。
「ま、それは置いといて。君は四番目が石を噛み砕いて何ともなかったのを見て、大丈夫だと思い自分で試してみた、ってワケだ」
「ああ。今思えば『毒を分解する』といった系統の異能を持っていたんだろうが……」
「……違う。アレの異能はそんなのじゃない」
ゼロの言葉に、パトラシアは眉を潜める。「ということはやはり、異能が絡んでいるということに違いはないのか」
「まあね。……さ、聞きたかった話はこれで終わり。貴重な時間をありがとう。──そうだ、お礼に、僕の異能について教えてあげるよ。……とはいっても、君のことだ。ある程度の予想はついてるんだろうけどね」
先程までの不機嫌そうな表情とは一変して笑みを浮かべ、わざとらしく両肩をくすめたゼロはパトラシアの瞳を見る。パトラシアは特に表情を変えないまま、ゼロを見ていた。
「それじゃあ教えてあげよう。僕の異能は────」