ヤマトの受難
「なんでやー!」
第三区の路地を走りながらそう叫んだのは、ぼったくりもとい【配達人】としてよく知られているヤマトだった。
そもそもどうしてこうなったのか。元凶はすぐに思い浮かぶ。たった一枚の紙切れが原因だ。
「あははー! ねー! 僕と遊んでよ、やーまーとーくーんー!」
「ひぃぃっ!!」
背後から楽しそうな笑い声とヤマトを呼ぶ声が聞こえた。それを受けて、ヤマトは更にスピードを上げる。彼──ナンバーゼロのいう『遊ぶ』がロクでもない結果になると知っている故の行動だった。
きっかけは少し前にとある人物が行った『人気投票』なるものだった。個人で新聞を発行しているらしいその人物が知人たちに行ったそれ。投票対象は限られていたと聞くが……何の間違いか、第四区の重要人物であるゼロとタケナカに僅差で勝ち、一位となってしまったのがヤマトだった。
それを聞いたゼロは、何を思ったかヤマトをこうして追いかけ回している。大方、「僕の可愛い四区の子たちを差し置いてヤマトが一位になるなんて」といったところか。理不尽だとヤマトは思った。
(ええんや……アリアさんのところまで逃げればこっちのもんや……どうやってでも逃げたるで……!)
そうだ、自分の上司に保護してもらえばいい。ヤマトはそう考えて走る。
──だが、彼は失念していた。第三区トップの【首領】アリア。彼女の人気投票結果がヤマトより下だったことを。そして、彼女がそんなことを笑って許せるタイプの人間じゃないことを。
◇◆◇◆◇
数分後、ヤマトはようやくアリアのいる建物の近くにたどり着いた。後ろから聞こえる笑い声は段々近づいてきていてホラーのようにさえ思えてきたが、ここまでくればもう安心──と、思ったところでなぜかヤマトの目の前に突如壁が現れた。全速力で走っていた彼が急ブレーキをかけるも間に合うことなく。
「ふべらっ!」
不思議な声をあげて壁に衝突。そのままずりずりと地面に座りこんだ。
「あはは! タケナカナイス! やっぱり君は優秀だ!」
「いえ、私は私の力を当たり前に使っただけです。……それに、私も彼『で』遊んでやりたい気分だったので」
聞き覚えのある、まるで死神のようにさえ思える声。間違いなくそれは第四区の重要人物ふたり、ゼロとタケナカだ。
いや、それよりも。
「なんで……アリアさんところに……君らがおるんや……」
そう。ヤマトがぶつかった壁とは、アリアがいるはずの建物の壁だった。予測するに、タケナカがどういうわけかここに立っていて、自分が見えたとたん異能を使用、といったところだろう。
「彼女なら買収しました」
「またかいな!?」
いつも通り冷静な声色でタケナカが告げる事実に思わずヤマトは突っ込む。ゼロは隣で大爆笑していた。
「つい先日、あるご夫婦より『助けたお礼』と称して一冊の本を貰いまして。残念ながら私には理解できない内容でしたのでご本人の許可をもらった上で彼女に本を渡しました。ちなみに彼女からは『あいつは煮るなり焼くなり好きにしてくれ』といい笑顔で言われましたよ」
「なんでやアリアさん!!」
思わず叫んだヤマトの肩に、ぽんと手が置かれた。はっとして顔をあげればそこにはあいかわらず笑顔を浮かべたゼロが居て。
「まあ、そういうわけだから、ドンマイ! それじゃあ遊ぼう!」
ヤマトは、自分の死を悟った。