幕間の一コマ
賢者の石の噂が再び都市を騒がせだして、それなりの時間が経っている。表立ってそれを求めているのは三名。賢者の石についての情報を持ち込んだパトラシア、第三区トップの研究員アリア、そして第一区トップの神子アインである。
一人が集めるならともかく、三人もの人物がそれぞれの理由で全く同じものを集めている。なんて厄介な事だろう、とリターニアは思う。どうして、こんなことになったのだろう、とも。
【断罪者】という役を与えられた彼女にとって、今回の件は関係ないことで終わるはずだった。リターニアは第一区の所属であり、アインやゼウスに忠誠を誓ってはいるが、あくまでも彼女の役目は断罪である。『賢者の石』に興味がないといえば嘘になるが、しかし特別なにか強い思いがあるわけでもなかった。
それなのに彼女は今、『賢者の石』に振り回されている。彼女のやっていることは、『賢者の石』を手にしてなお、アインに石を渡そうとしない背徳者たちの断罪だ。
◆◇◆◇◆
「ま、待ってくれ。なあ、頼む、お願いだ、俺にも事情が……!」
「その事情とやらは、アインさまを裏切り、私たちのゼウスを冒涜するほど大切なことなの?」
「そ、それは」
「……ううん、もういいよ。喋らなくて。うるさいから」
それだけ言うと、リターニアは怯える男の首を、自身のもつ鎌で横に薙いだ。悲鳴をあげるまでもなく男は絶命し、怯えた表情のままの首と胴体とが切り離される。
「……まったく、面倒だなあ」
転がる遺体を感情の宿らない眸で冷たく見下ろしてから、彼女は鎌に付いた血を拭き取る。真っ黒な身の丈ほどの鎌は、成人男性でさえ扱うのが難しい。異能もなにも持たない少女が扱うのは、どうにも不率合いなように思える。それでも彼女が鎌を扱うのは、盲信ともいえる感情を抱く神子アインの一言があるからにすぎない。
「うん面倒。だけどやらなくちゃいけないもんね。アインさまは、私の鎌に期待してくださっているんだもの。うるさい背徳者たちをいっぱい狩っていっぱい誉めてもらうんだ」
彼女の行動はただ神子アインのためにある。
そこに自分の意思はない。(もとより自らの意思などない)
そこに他人を鑑みる余地はない。(他人など鑑みる必要はない)
そこに理論など存在しない。(神子の言葉以外はいらない)
「……何でみんな、アインさまを裏切るんだろうね」
あんなにも素敵なお方なのに、と声に出さず吐き出す。誰にも聞かれない、ただの独白。そこには純粋な疑問の感情が含まれていて、それ以外にはなにもない。
「まあ気にしなくていいか。アインさまを裏切る奴らは私が裁けばいいんだし」
黒い鎌にちらりと視線をやって、リターニアは顔をあげる。そこには物言わなくなった『人間だったもの』が転がっていた。
「アインさまが言ってた。ゼウスは優しいから、やり直すチャンスをくれるんだって。だからね、おにいさん。次はアインさまを裏切っちゃだめだよ」
何の感情も宿さない瞳が、冷たく視線を射ぬく。数秒そうしていたが、すぐにリターニアはその場を去った。
こうしてまた一人、背徳者が消えていった。