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荒廃都市Concordia  作者: 椎名透
〔賢者の石〕
13/53

ネイヴの話

 コンコルディア第二区にある崩れかけのビル群。そのうちのひとつ、上半分がぽっきりと折れてしまった建物がマサムネの住居であることは誰もが知る事実だった。崩壊したことでまともに機能しているのは1階と2階のみであり、天井のない三階はさながら屋上のようになっている。四階から上のフロアであっただろう場所は瓦礫となってビルの横に鎮座していた。

 ビルは一人で暮らすにはいささかスペースがありすぎる。普通の人でもその管理が隅々まで及ぶことはないだろう。ずぼらなマサムネであれば尚更だ。彼はビル2階の三部屋と1階ロビー以外は利用していなかった。


 当然だが、部屋は有り余っている。マサムネが使用している部屋の両隣を抜いても、空室は十分にあった。だが、そこに住まう人などいるわけもない。このビルはいくら部屋があれどマサムネの所有物であり、住居である。将軍と恐れられ、『あの』ゼロを追い詰める実力を持った彼の側で暮らすなど、誰もしたがらなかった。

 だが一部例外たちは許可を得た上で余った部屋を利用していた。それが四冠とよばれる《災いの死神》幹部たちであることは、二区ではよく知られている事実だった。《災いの死神》が組織として体裁を保てるのは彼ら四人がいるからである。マサムネは確かに実力、カリスマ、ともに十分であるが、組織を纏めあげる力はなかった。それを支え、形だけではあるが組織と成した四人がいることもまた、都市では周知の事実である。


 さて、話を戻そう。余っている部屋は四冠たちが一部利用している。そのうちのとりわけ大きな部屋二つを『借りて』いるのはネイヴと呼ばれる男だった。

 第二区の変わり者、と呼ばれることの多い彼は、狂戦士の集まる二区において些か毛色が違っていた。彼は娯楽を戦いに求めない。人並み以上の実力は、あくまで目的のための手段に過ぎず、それ自体は目的でない。マサムネの持つカリスマ性に惹かれたということだけは他の者と同じであるが、逆にいえばそれしか彼を二区に引き留める要因はない。ネイヴの本質は第三区に近いものだ。


 ネイヴ。別名、歩く辞書。本に惹かれ、本に憧れ、本に恋した男。彼の目的はあらゆる本を読み、集めること。ジャンルは問わない。彼はまさしく活字中毒者であった。

 そんな男がなぜこの都市に、という者もいるが、むしろそのような男だからこそこの都市に来ざるえなかった。彼の欲するは一般人が手に入れられる本に止まらない。非合法的手段でしか得られないものも、彼は全て欲した。皮肉にもその手段のために、彼は自らの蔵書の一角を失うことになるのだが──それは今語ることでもないだろう。

 本を愛して止まない彼の日課は、当然ながら読書である。自宅に収まりきらないほど溢れた本の一部をマサムネのビルへ預けているので、読書の場所はビルになることも多い。本日の彼はビルで日課を終え、新たな本の調達へ走ろうとしていた。


◇◆◇◆◇


「お、ネイヴ。また本か? 飽きねえな、お前」


 ビルを出たところで声をかけてきたのは、彼の上司にしてビルの持ち主マサムネだった。


「マサムネさんこそ、また戦闘ですか。あなたこそ、よく飽きませんね。僕は毎日戦うなんて面倒だ」

「そうか? 俺は本を読む方が詰まらねえけど。つーか、本当に勿体ない。お前、戦えば強いのに」

「あなたを相手にするほどの実力ではありませんよ。彼のナンバーゼロにだって傷ひとつ負わせられなかった。僕の実力なんて所詮そんなものです」

「まあ、アイツは仕方ねえよ。俺に勝つのも諦めろとしか言えん」


 あっけらかんと自身を讃えてみたマサムネだが、それは慢心でも驕りでもなかった。彼は相手の力量を測れない馬鹿ではない。学力はお世辞にも「ある」とはいえないが、しかし戦闘における頭の使い方はピカ一だ。


「あー、違う。こういうこと話そうと思ったんじゃねえな。えーっと、何だっけ。……ぱと、なんとかっていう学者、お前、知ってるか?」


 ぱとなんとか。随分曖昧だなと思いつつ、ネイヴは現在話題の人物を挙げる。「パトラシア博士のことですか」


「おう、そいつだ。そいつが『万能の書』について調べてるって聞いてよ。お前、それの本を持ってたよな?」


 かちん、とネイヴが固まった。しばらくして彼は笑みを浮かべる。瞳の死んだその表情に、マサムネはようやく思い出した。


 ──この話題は、鬼門だった……!


 後悔するが時すでに遅し。地を這うような声で、ネイヴは言葉を紡ぐ。


「マサムネさん、僕は本が好きです。愛しています。世の中には専門書以外を本と認めない輩もいますが、僕の愛は全ての本に等しく与えられるものです。若き少女の手記も、名だたる文豪の物語も、同性愛を取り上げた薄い冊子も、博士号を持つ方の綴った専門書も、古代の神話も、専門分野の図鑑も、全て僕は本として認め、愛しています。それはあなたもご存じかと。無法地帯の中の無法地帯と呼ばれた二区を組織という形にした時に、あなたには僕が訴えましたから。それをあなたは認めてくださった。ええ。これに感謝はしています。今こうして部屋を貸し出してくれるのも、感謝している。……ですが、あの一件に関しては別です。まさか忘れたとは言わせませんよ。あなたが先程仰った『万能の書』に関する幾つもの手記と書物。それら全てがあなたのせいで、他の誰でもない将軍マサムネのせいで失われてしまった。覚えているでしょう?」

「あー、ハイ。ソウデスネ」


 思わず片言になり、一歩後ずさったマサムネ。しかしネイヴはそれを許さない。にこり、と彼は笑顔を浮かべた。


「そうだ、マサムネさん。最近、日本の小説を読みまして。そこには反省するとき、あるいは誰かの叱りを受けるとき、『セイザ』をすると記していました。調度いい。あなたは日本の血を継いでいましたね。ぜひここでそれを実演してください。……ああ、それで結構。ではマサムネさん、あの時のことを今一度振り返りましょう。そしてなぜ僕の蔵書の一部と僕の家が失われたのかを思い出して頂きましょう」


 ネイヴの説教は始まったばかりだった。それから暫くの間、地面で正座をするトップと不気味な笑みを浮かべた幹部という組み合わせが幾人もの住人に目撃されることとなる。マサムネが解放されたのは、日が暮れて彼の両足が麻痺し感覚を失った後だった。

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