前哨戦プロローグ
その男は、ひとつのモノを求めていた。
稀代の天才学者と呼ばれた男──パトラシア・J・アルゼフ。通称パトラ。飽くなき探究心と驚異の観察眼、そして限界を超えた頭脳をもってあらゆる過去の謎を紐解いてきた男。
パトラはただ自らの欲求、「知りたい」という欲を満たしてきたに過ぎないが、その栄光は人々の興味関心を惹く。マスコミが騒ぎ、同年代の学者に羨望の眼差しを受け、先人たちに嫉妬を向けられ──このままでは研究に支障をきたすと考えたパトラは、五年前に廃都へ逃げた。
廃都、すなわち荒廃都市コンコルディア。世界政府さえ手を出さない無法地帯の都市。もっとも、ある程度のルールは存在しているし、外の人間が思うよりも治安がよい場所だってあるのだが、そんなことはパトラにとってどうでもよかった。
彼の抱く欲はただひとつ。知識欲のみだ。それが満たせるのであれば、場所など彼に関係なかった。むしろ今の研究テーマであれば、コンコルディアの方が都合がよいかもしれない。
逃げた当時のパトラの研究テーマは万能の書とも言われる『賢者の石』についてだった。錬金術師たちが求めたというマジックアイテム。科学者寄りのパトラが研究対象にするには、あまりにも馬鹿げたお伽噺の中の存在。
だがパトラは本気でそれを求めた。それを探した。
──そして彼は、手掛かりを見つける。
「ブロードストーン、血の石。かつて『万能の書』と呼ばれる……」
ブロードストーン。名前は違うが、その特徴、別称、性質、全てが彼の求めた『賢者の石』と同等の存在だった。
「ああ……これだ、これだ。やっぱり存在したんだ。あはは、やった。見つけた。見つけた……!」
古びた書物を腕に抱き、男はわらう。見つけた、見つけたと繰り返し呟いて。
「探そう、探そう。以前よりこの都市に住む者なら何か知っているかもしれない。探そう、探そう……」
ふらりとパトラは立ち上がった。腕に例の本を抱いて、彼は扉をあける。ただひとつ、賢者の石を手に入れるために。