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或る少女の自覚。

作者: 枕くま。

【風が立ち、浪が騒ぎ、

   無限の前に腕を振る。】(盲目の秋/中原中也)

 揺れる車内には、軽薄な沈黙と時代遅れのフォークソングが流れていた。父が車を運転する時は、常に懐かしのと銘打たれたフォークソングが流れるのだ。母は不機嫌な私の方を時おりミラーで確認しながら、声をかけようかどうか逡巡し、また窓を見て、緑が素敵ねと馬鹿げたことを云った。私は、母の態度が気に入らなくて、また一段と不機嫌になってしまう。父は黙々とハンドルを操作している。曲がり道が多く、父の手が大きく動く度に車体が大きく揺れて、後部座席で膝を抱えていた私はあえなく横倒しになる。母が愛想笑いと共に、なにしてんのと云い、私の顔の動きをじっと窺った。

 私は挑発する思いで、無言のまま態勢を立て直し、膝を抱え直した。母は曖昧な苦笑を浮かべて正面を向いた。私はやっぱり苛立ってくる。要は、私は母の成すことが尽く気に入らなかったのだ。しかし、それは八つ当たりでしかないと自覚はしているのだった。父はこの幽かな雰囲気の亀裂にも無感情を是としてただ道なりにハンドルを回す。私は、足元に置いたランドセルから、恵子ちゃんと幾多さんから貰った押し花の栞と、クラスの皆一人一人が書いてくれた寄せ書きを出し、眺めてみる。父がミラーを覗き、私を確認した。私はこれ見よがしに寄せ書きをじっと睨みつける。

「きっと、向こうでも友達が出来るさ」

 父は無責任なことを云った。お前の仕事のせいで、私は私の十年の人生を共に歩んできた大切な仲間といやにあっさりと別れることになってしまったと云うのに、お前は慰めるでも形だけでも謝ろうとも考えないで、まるで自然の摂理か何かのように、そんな無責任を云うんだろう。私はお前の所有物かしら。親と云うのは神様かしら。大人ってそんなに偉くて賢くて頼もしいものかしら。私はその三つの意見のすべてにNOを突き付けたい。でも、ふと思ってしまう。大人って子供より優れているかしら。こればっかりは、私、わかんない。

 私は私の父が、この無表情で無感動で、たまに口を開いたかと思ったら人の心に唾をひっかけるような最低の皮肉を云うこの父が、父と似たような大人達の中で、酷く苦労し、最悪の気分を抱いて、死ぬほどでもない退屈と死にそうなくらい天井止まりの未来に抗って、私と母のために仕事をしていると知っている。

 私は自分をそこそこに賢いと自覚している。無自覚に、我がまま放題云い散らかして、自分の主張を大っぴらにぶちまけても、それってちょっとダサい。時代に合わない。少なくとも、そう云う暑苦しい人はいつも矢面に立って、急かされて焦らされて、唆されて、煽られて、一人でくるくる踊っているしかない。それはこれまで過ごした教室でもそうだったから、きっとどこでもそうだろうと私は何となく察している。感情は押し殺すものです。愚痴や批判は、誰かの気分を自分レベルまで引き下げたい悪人がやることって私は知ってる。私は善人ですし、賢い人間だから、感情に振り回されて激しい主張なんか絶対にしない。しないけど、私はやっぱり子供だから、ちょっとくらいは甘えてしまうのだ。これってちょっと矛盾しているかもしれない。私は仏頂面を思案顔に変えて脳味噌をひねり散らかす。すると、あっさり云い訳を思い付く。

 私は子供だから、大人の都合に振り回されるべきだろう。でも、私はそれでも子供なので、多少の抵抗はしないわけにいかなかった、そう思うことにした。

 私は、いずれ大人になるので。

 いずれそうなので、私はまず膝を抱えるのを止めて、毅然とした面持ちを意識して、フロント硝子を真っ直ぐに見詰める。客観性って、大事。自分をちょっと離れた場所から、他人みたいに考える。そうするとやるべきこととか、自分の感情の揺れだとか、簡単に制御出来る。私はやっぱり、賢いのだ。

 車は貪欲な化け物みたいに道のりを飲み込んでいく。都会のピカピカのビルの群れとか、野良猫の光る目みたいな裏通りのネオンサインだとか、浮かれた人間とかどん底に暗い人間とか、都会って空間に当てられて気が変になった人間を何となく思い出す。それらはでも、車が道を消化するように、ずっと背景に消えちゃって、結局考えなくなって忘れてしまうのだろう。これからのことを考えよう。私は、運転席と助手席に当たり前に座っている両親が、実は結構嫌いだけど、それを理由にして、子供でいることに甘え過ぎちゃいけない。先のことを考えなければならない。それって大人って感じでしょ? でも私はやっぱり大人って嫌いなんだ。両親みたいな大人には、どうしたらならないで済むだろう。妥協点を探し回るしかないな、と私なんかは思っちゃう。それもちょっと大人って感じ。

 私が考えごとに熱中して、ほくそ笑んでいるのを、母親が見つけて、また愛想笑いした。私は目聡くその笑みを捉えたけど、大人になる第一歩として、敵意の笑みでお返ししてやった。


 去年の今頃に書いてた奴。何かのプロローグにしようとしていたらしい。でも、これはこれでもういいと思ったので、投稿。たった一年前のものなのに、なんだか懐かしい。

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