シルド子爵家の執事
「大変だー! セバス! 助けてくれ!」
王国北西部に家格にしては大きな領地をもつシルド子爵家。
その領都シルドに立つこれまた家格にしては大き目な屋敷に中年男性の悲痛な声が響く。
「セバス! ここにいたか!」
男性は執務室の扉をあけ放ち目的の人物を見つけると安堵の声を出し、屋敷からはようやく騒々しい声が消え
「旦那様。 大声を出しながら屋敷中を走り回るとは何事ですか! 子爵家の当主としての自覚をもってしかるべき態度と行動を、といつも言っているでしょう!」
なかった。
そして叱られた中年男性、もといシルド子爵家現当主リーガル=シルトは
「す、すまん。 だが、しかし!」
「駄菓子も菓子もありません。当主の動揺は周りに広がり、ひいては領内の不安、もとい治安の悪化に繋がりかねません!」
「すいませんでした…。」
探していたシルド子爵家につかえる立場である執事に再度叱られて、しょんぼりしていた。
「それで、なにがあったのですか?」
執事が問う。
「あ、あぁ。 そうだ。 じつわ、先ほど領民の噂話を耳にしたんだが、王の外遊にて約2週間後にはうちの領地にも来るそうなんだ…。 どうしよう。 俺、執務を放り出していたからまったく準備ができてない。」
だんだんと声の勢いがしぼんでいく領主を前に、本来領主が座るべき執務椅子に座っている執事がいくつかのまとめられた書類を取り出す。
「存じています。こちらが外遊期間内のご宿泊予定です。そして領地内のご案内時のルート、スケジュール予定。警備計画表に近隣領主を招いてのパーティーの招待状へ返信のあった参加者の一覧になります。」
それらの書類を山積みにしながら、さらに領内にかかわる書類を別の山として積み上げながら執事はこう締めくくった。
「すべて旦那様の署名以外の用意は整っております。」
「助かった! これならば大丈夫だな!」
満面の笑みを浮かべて執務室を出ていこうとしたリーガルだが、実際に部屋を出ることはできなかった。
「ん? 扉が開かん。」
「旦那様。 今私はこう言いましたよね? 『旦那様の署名以外の用意はできている』と。」
一気にお気楽モードえと切り替わっていたリーガルとは逆に底冷えするような声に恐る恐る振り向くと、そこには氷点下まで下がった笑顔を浮かべた執事のセバスチャンがいた。
「この書類は私が旦那様の為に用意したものです。内容をすべて頭に叩き込んでから許可、実行のサインをしてください。」
いつの間にか4つに増えた書類の山を指し示すセバスに対し、リーガルは反論を試みるが
「なんだと? し、しかしお前のことだ。 私が許可を出す前にすでに準備は始めているのだろ? なら、今更書類などまとめずとも…」
「それはそれは。 旦那様が執務を放り出して遊びほうけているから私が代わりにまとめさせていただいているだけです。 普段から毎日毎日遊んでいるのですから半年ぶりに執務室に訪れた今、仕事をしていただかなくては。」
バッサリとセバスによって切り捨てられた。
「旦那様が執務を終えられるまで私が見張っていますので。逃げられるとは思わないでください。」
「あぁ… ミザリーちゃんとの約束が…」
「花屋のミザリーでしたら宿屋のケイルとできておりますので。余計な横やりを入れずに済みましたね、旦那様。」
しっかりと心を折って逃走する気すら起こさせない。
王国北部のシルド子爵領は優秀な、否。優秀すぎる年若い執事によって今日も発展を続けている。
短い時間ですがお読みいただきありがとうございました。




