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半分の天使

白木零珠の平和な正月

作者: SIRO

 初日の出が山間やまあいから顔を出し、新年の朝が始まる。

 大理石で作られた(と言われている)マルブル荘という看板の付いたボロアパートの一室で、刈り上げた金髪頭の飛影ひえいという男が玄関横の狭い台所で鼻歌交じりに雑煮を作っている。その後ろから茶髪を掻きながら寝間着姿の男が現れ、飛影ひえいはニヒルに笑って振り向いて挨拶する。

「おう、ばん。起きたか。おめでとさん」

「……おめでとう? 何がだ?」

「何だよ。新年の朝から寝ぼけやがって。顔でも洗って髭剃ってこい。もうすぐ雑煮ができるぞ」

「ああ……新年か……。今年は何年だ?」

「……どれだけ呆けてるんだ。今年は申年の2016年だ。年賀状に猿書いただろ。早く顔洗って起きろ。餅はいくつだ?」

「……三つ」

 でかい欠伸あくびをしながらばんは台所の後ろにある洗面台に向かう。端が少し欠けた鏡には無精ひげの生えたやる気のない男の顔が写っている。

「そういや何時の間に雑煮の汁作ってたんだ? 昨日は作ってなかったよな」

「ああ、さっき下の尾根おねのおっさんが持ってきてくれたんだよ。あの人世話焼くの好きだからな」

「なるほどな」

 髭を剃って顔も洗ってさっぱりしたところで部屋に戻ると、飛影ひえいが小さな炬燵の上に雑煮と出来合いのミニおせちを並べていた。

「どうせなら酒もあけようぜ」

「新年の朝から飛ばすな。ま、いいけどよ。グラス出すからばんは酒持ってきてくれ」

「おう」

 炬燵の上に料理と酒が並んだところで、二人の男は新年の挨拶を始める。

「じゃあ改めて、あけましておめでとう。今年もよろしく」

「あけましておめでとう。今年もよろしく」

「「いただきます」」

 男二人が向き合ってお雑煮を食べ始めると、ピンポンも鳴らさずに扉が勢いよく開け放たれる。

「あけおめー!」

 鈴の音のような声と共に部屋に転がり込んできたのは、十字架のピンバッチをびっしりと付けたハットに白いコートを着た少女だった。日に焼けた肌の少女は、右目に白い眼帯をして薄い金髪を紅いリボンで縛って二つに分け、口にはココアシガレットをくわえている。

「いやー寒い寒い。二年参りは冷えるのなんの。こんな時に翼でもあったらダウンコートより暖かいんだろうなー。にひひ」

 突然の訪問者である少女を飛影ひえいは陽気に迎え入れる。

「おう、零珠れいじゅちゃん。おめでとう。良いところに来たな。雑煮食うか?」

「おめでとう。うん食べる食べる。二年参りの後に友達の所で明けるまでゲームしてたんだけどさ、なんにも食べてないんだよね。あ、お餅二つね」

「このクソ寒い中に徹夜で神社まで行ってその後にゲーム三昧か。若者はいいな……」

「そういう年寄りじみたこと言ってるから老け顔になるんだよ。ていうかまだ寝間着なんだ」

「ほっとけ」

 ばんは雑煮の汁をすすって綺麗に焼き目の付いた餅にかぶりつく。零珠れいじゅは待っている間、暇なのかテレビの電源を付けて正月特番の番組を見ながら伊達巻きを食べている。

 突然現れたこの小学校低学年にも見える少女は、白木しろき零珠れいじゅと言う今年中学生になる小学六年生だ。ばんたちが住む部屋の隣に住んでおり、このマルブル荘の住人である。両親が長期出張で海外を飛び回っている間、お隣さんである風間かざまばんたちが預かっているのだ。性格は天真爛漫てんしんらんまんで、相手が大人だろうと遠慮せずにズケズケと物を言う。十字架と羽のアクセサリーを集めるのが趣味らしく、日々歩き回って探しているらしい。そして、純白の片翼がロゴのクレースというブランド服を好んで着ている。右目の眼帯はものもらい(・・・・・)らしい。左目の瞳が青い色をしているのも、髪の毛が金髪なのも彼女の生まれがハーフだからだ。

 零珠れいじゅが運ばれてきた雑煮を食べ終わる頃には、野郎二人はおせちを肴に正月番組を眺めながら酒をチビチビと飲んでいた。

「さて、それでは改めまして……」

 雑煮を平らげて満足げな零珠れいじゅは、にひひと青のりの付いた歯を見せて笑い、二人に手を差し出す。

「お年玉ちょうだい!」

「なんで俺がお前にお年玉をやらなくちゃいけないんだ」

「えー、いつもお世話してあげてるジャン」

「俺がしてやってるんだろうが」

「ぶー」

「よし、じゃあ良い子の零珠ちゃんには俺から素敵なお年玉をプレゼントだ」

 飛影ひえいが芝居臭い仕草で懐からポチ袋を取り出して零珠れいじゅの手の上に乗せる。

「やった! さっすが飛影ひえい! ばんとは男の度量が違うね。ありがとう!」

「そりゃ大人として当然よ。なあ……」

「ねえ……」

 二人してなんだその目は。俺にも出せと言うのか。

 しかし、零珠れいじゅの青空の瞳を見ているとばんは何故か逆らえなくなり、無造作に財布から千円札を一枚抜いて零珠れいじゅに渡す。

「うわぁ、さすがばん飛影ひえいとは違うね。ありがとう」

「何だその棒読みは。ほとんど同じ台詞なのに全く違う意味に聞こえるぞ。ただで人から金をもらって文句を言うな」

「そういや零珠れいじゅちゃんはチェスの大会にでるんだって? 応援してるぜ」

「うん、ありがとう。まあゴールデンウィークだから先の話だけどね」

「へえ。県大会にでも出るのか?」

「何言ってんだばん。全日本選手権だよ」

「は? 全日本? マジで?」

「マジで」

「……強いとは知っていたが、まさかそんなところまで行っていたとはな」

「にひひ。蒼天の軍師をなめちゃいけないよ」

「何だ、その蒼天の軍師ってのは」

「チェス界での零珠れいじゅちゃんの異名だよ。知らねえのかばん

「知らねえ。てかなんでお前はそんなに知ってるんだ?」

「女の子の事はちゃんと知っておかねえと仕事にならないんでな」

「ホストは言うことが違うな」

「まあな。それはともかく、世が世なら零珠れいじゅちゃんは立派な軍師になっていたかもな。天才少女軍師零珠れいじゅ、イケてるじゃないか」

「なんかの小説のネタでありそうだな」

 それからしばらくはおせちを摘みながらの談話が続いた。

「ねえ、初詣行こうよ、初詣。出店も出てて賑わってるよ」

 おせちも無くなると、零珠れいじゅがそう提案してくる。しかし飛影ひえいはニヒルに笑って手を振る。

「お誘いは嬉しいが、俺はこれから寝るから二人で行ってきてくれ」

「今から寝るの?」

「あいつは夜の仕事だからな」

「そう言えばそうだったね。おやすみー」

「ああ、おやすみ。……クク」

 飛影ひえいが意味深な笑い方をして奥の部屋へ引っ込むと、零珠れいじゅが立ち上がる。

「じゃああたしたちで行こうか」

「別に行かなくてもいいだろ。外寒いし。お前は二年参り行ったんだろ」

「あたしは行ったけどばんは初詣に行ってないじゃん。駄目だよ、ちゃんと行かないと」

「面倒くせえ……」

「ほら、着替えて着替えて。あたしは外で待ってるから」


               ☆・☆・☆


 面倒臭がりながらも着替えて外に出ると、新年の冷たい風が体を打つ。鼻の奥がツンとするこの寒さは何時になっても慣れないものだ。

「ユニ○ロ一式?」

「文句あるか?」

「いや別に」

 零珠れいじゅは、白い息を吐いて、口にくわえたココアシガレットを上機嫌に動かしながら、通路の手すりから青空を眺めていた。手持ちぶさたなのか、十字架のピンバッチだらけのハットをクルクルと回している。

「鍵閉めた?」

「ああ」

 ハットを被り直し、口にくわえていたココアシガレットを食べて零珠れいじゅは「にひひ」と笑う。

「じゃあ、行こうか」

 神社までは歩いて二十分ぐらいだ。この微妙な距離が、ばんの腰を重くしていたのだが、一度外に出てしまうと戻る方が面倒になってくるものだ。

 このあたりは郊外なので、アパートを出て少し歩くともう田んぼが広がっている。人通りもまばらだが、ばんはこの田園風景が嫌いではなかった。

 正月独特の色をした空の下をしばらく歩いていると、ばん飛影ひえい零珠れいじゅに渡したお年玉の金額が気になってくる。

「そういやどれぐらい貰ったんだ? あいつから」

「そうだね。確認しておこう」

 白いコートのポケットから先ほど飛影ひえいから貰ったポチ袋を取り出す。袋には女児アニメの可愛らしいキャラクターが描かれている。

「でもこれは相当な厚みだよ。もしもこれが全部一万円だったら……にひひひひ」

 いつもの天使の笑顔も、金が絡んでくるとこうも変わるものか。

「しかしあいつも何時の間にそんなに貯め込んでいたんだ? そんな様子は無かったぞ」

「そこはできる男の違いって奴だね。しょうがないからばんにはあたしが神社の出店で何か奢って上げ……」

 ニヤケたままポチ袋の中身を見た零珠れいじゅの顔から笑顔が消えていく。

「どうした?」

「だ、騙された……」

 ポチ袋の中身は、どれも飲食店や酒屋の割引券や一品無料券だった。しかも全て期限切れである。

「……あいつ、わざわざポチ袋まで買って仕込んでいたのか。昔からこういう悪戯には本当に手を抜かないな」

「うがー!」

 ポチ袋もろとも引き裂いて道ばたに置いてあるゴミ箱に叩き込むと、ポケットのココアシガレットを煙草のように取り出して数本まとめて噛み砕いて食べてしまう。零珠れいじゅ曰く、くわえていると落ち着くのだそうだ。もっとも、今は噛み砕いたが。

「……叩き起こして文句を言ってやる」

「おい、ちょっと待て。ここまで来て戻るってのか。神社に行ってからで良いだろ」

 それでも零珠れいじゅは無視して来た道を戻ろうとする。ばんは茶髪の頭をめんどくさそうに掻いてため息を付く。

「めんどくせえから俺が何か買ってやるよ。それならいいだろ?」

 零珠れいじゅの足が止まる。

「……むぅ」

 不満そうだがとりあえず納得してくれたようだ。足を踏みならしながら再び零珠れいじゅは神社に向けて歩き出す。

「……金、あったかな?」

 ポケットに仕舞ったままの財布を確認しようと手を入れると、財布以外にも何か入っていることに気づく。

「……なんだこれ」

 取り出してみると、新年の挨拶と郎和ろうわと言う名が達筆で書かれたポチ袋が出てきた。裏を見ると零珠れいじゅちゃんへとも書いてある。

 ここでばんは思い出す。ばんの父親の郎和ろうわ零珠れいじゅにお年玉を上げたいというので、年末に現金書留でこのポチ袋を送ってきていたことを。それで忘れないようにとこのポケットに入れておいたのだ。

 しかしこのポチ袋、結構膨らんでいる。

 一瞬だけ、黙って貰ってしまおうかとも思ったが、それはあまりに大人げないような気がするし、今の零珠れいじゅの機嫌を直すにはこれを渡すのが一番効果的だろう。

零珠れいじゅ

「なに?」

 前を向いたまま答える零珠れいじゅの声には怒りが籠もっている。

「良い物をやろう。手を出してみな」

「……?」

 零珠れいじゅが振り向いて手を差し出すと、その小さな手の上に無造作にパンパンに膨らんだポチ袋を置く。先ほどポチ袋に騙された零珠れいじゅは眉根を寄せる。

「……ばんもあたしを騙す気なの? さすがに二回も騙されないよ」

「違うって。よく見てみろ」

 零珠れいじゅが、ポチ袋に書いてある名前を視界に入れると、とたんに目を見開き、急いで中身を確認する。

「おお、おおおお……」

 ポチ袋を持ったまま震える声と共に小さな体まで震えている。一人息子のばんが結婚すらしていないので、父親である郎和ろうわは、零珠れいじゅを孫のように溺愛しており、おそらく中身は相当な金額になっているだろう。

「にひ、にひひひひ。これなら、ココアシガレットが何箱も買える……にひひひ」

 零珠れいじゅの邪悪な笑い声が漏れる。とりあえずは機嫌が直ったので良しとしよう。

「ほれ、いつまでも気味の悪い笑いしていないで行くぞ」

「うん!」

 ポケットにポチ袋を仕舞い、先ほどまでと打って変わってニコニコとした顔で零珠れいじゅは歩き出す。

「ほら、早く早く」

 零珠れいじゅばんの手を引いて神社へ向けて元気よく足を進める。


「にひひ。今年もよろしく!」

 あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願い致します!


 さて、Twitterのお年玉企画である本作、「白木零珠の平和な正月」はいかがだったでしょうか。もしも皆様の心に何かを残せたのなら幸いです。


 今年も「半分の天使」をよろしくお願い致します!(`・ω・´)ゞ 

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