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開かれた幕の下で  作者: 雨宮航
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プロローグ

 いつもどおりの帰り道。いつも通りではないのは時間ぐらいだった。暗くなり、街灯が活躍を始める時間。帰宅部の私は帰るときこんな暗くなることはない、というのは嘘で放課後図書室に立ち寄る日は大抵こんな時間だ。けっこう頻繁に図書室を利用するが読む速度が遅いのかなかなか図書館の本すべてを網羅するに未だ至っていない。

 閑話休題。

 とりあえず、私の帰りはその日遅かった。それは特別なことではなかったし、その道も特別だったわけでもない。でもその日は特別だった。


 放棄されたマネキンを見たことはあるだろうか。私はある。小学生の頃の帰り道、何の変哲もないゴミ捨て場の籠の中にマネキンの肘から先の腕だけがポツンと捨てられていた。

 それに対しマネキンだろうかという考えは浮かばなかった。だからといって誰かの手によって、もしくは自らの手で切断した手が投棄されているのかという考えも浮かばなかった。だが幽かな、恐怖に似た何かを感じだことを覚えている。それはやはり恐怖であったかもしれないし、その腕から連想される生々しい血や肉に対し催した嘔吐感かもしれなかった。その時私は一人ではなく一緒に下校している友達が傍にはいた。しかし当たり前にそんなのは関係なく、私の中には何かが根付いた。

 恐る恐る見ればそれはやはりマネキンだった。元接続部分であった筈の肘には血肉などではなく接続のためであろう針金が骨のように飛び出していた。それがなんだという話だが。


 阿尾が道の端の方でなにかしていた。しゃがんで、なんだか不穏な音ともに何かをいじっていた。

 阿尾は私の前の席の男の子で、しゃがんだ後ろ姿だったがそれで余計にわかった。いつも見ている細身で、まるで女の子のような阿尾の後ろ姿だった。正面から見ても、中性的な顔立ちで《まるで女の子のよう》なのだが……。

 どこに住んでいるのかなどは知らなかったが、中学も同じであったし自分の近所に出没しても何もおかしくはないと思い近寄り声を掛けた。

「何してるの?その年になって泥遊び?」

 こちらが驚くくらいの勢いで振り向かれ、私は自分でも知らない間に一歩下がっていた。

 阿尾は半身の状態でこちらを凝視している。

 こんな暗い道で何らかの作業をしていたのだから私より目が慣れているだろうに、何をそんなに見ることがあるのだろう。

「あ、なーんだ荻野か」

 あからさまに肩を下ろされて少しむっとする。

「何、もののけでも出たかと思った?」

「モノノケなんて古臭い言い方するなぁ」

「さっきから色々失礼」

 指摘するとそりゃ失敬、とはぐらかされた。

「で、何してるの?」

 阿尾の隣まで移動して阿尾がいじっていたものを覗き込む。隣の人は立ち上がり膝についた土を手で軽くはたいて払っている。

 何をいじって遊んでいたか知らないが、しゃがんでいた以上少なくとも手でいじっていただろうから手で土を叩き落とそうとしても意味がなかろうと少し思った。

 と、そこで阿尾が何をいじっていたか私は知った。

 初めは犬の死体でもいじっていたのたのだろうかと思った。なんと悪趣味な奴かと。

 それには白い歪曲した柱が左右均等に真ん中で不均等に並んでいる鮮やかなピンク色をした部屋を囲みながら立っており、その柱が終わったあとはそのピンクの部屋がはみ出すように散らかっていた。それの隣には屋根が丁寧に剥がしたそのまま置いてある。 

 それの大きさは犬の大きさではなかった。

 屋根の上部には豊かに膨らんだ乳房があり、それが女の『人』だということを示していて、その上についている頭は元々どういう形状をしていたのかわからないくらいにぐちゃぐちゃになっていた。

 阿尾と軽く言葉を交わすうちにすっかり暗いところに目が慣れた私はそれを余すことなく目にした。いや、それでも所詮人間の目だ。余すことなく見ることは不可能に違いない。しかしそれが何か判別できるほどには私の目は暗さに慣れた。

 反射的に私の手は口元へと運ばれる。蠢く内蔵の所為で自然に体が折れ曲がる。口元に運ばれてきたその指を故意に噛み締め、溢れだそうとする吐瀉物を押しとどめた。

 そのまま後ろへ三歩下がった。

 見ている人からすればバックステップにも見えただろう下がり方だったが、やった本人の内心はそんな朗らかでもなければ軽やかでもなかった。

 噛んでいた指を離し体の横へと、自然な、元の位置へと戻した。

「何してるの?」

「何シテルもなにも、見ての通りだよ」

 阿尾はそう言って手のひらをは私に向けて広げる。まるでこれ以上の説明はないとでもいうように。

 その手は肌色ではない。手袋のように何かが肌を覆っている。暗くなければそれが赤色に見えるだろう。

「違うの。阿尾、違うの。状況証拠とかじゃなくて本当のことが知りたいの。その場にいなかった私にはまだ希望が残ってるの」

 びっくりした顔をしたあと阿尾はなんの希望?と聞き返してきた。

「まず僕は君がどの点に希望を置いているか知らなくてはいけないね」

「そんなのどうでもいいから。早くありのままを語ってよ」

 時間は、知りたくもない答えも教えてくれるようだ。

 こうやって阿尾が言わない時間によって嫌な現実が現実味を帯びてくる。

 そんなことは私は求めてない。時間が解決するなんて、万人が望んでいるわけでもないんだからやめてほしい。勤勉に働いたところで何も報酬などないだろうに。

「どうでもなんてよくない。それによって僕は演出を思い直さなければならない」

「それがどうでもいいって言ってるの」

 阿尾は演出過多なところがある。芸能人でも著名人でもない学生が、日常生活で何に向けて演じているのかわからないし、理解できない。でも時々思うのは、もしかしたらすべてに向けて――なのかもしれないということ。

「つれないなぁ……少しは僕に興味を持ってよ」

「持ってるよ。だから訊いてるんじゃない」

「それもそうだ」

 阿尾はいつもみたいに笑った。

 私は笑わなかった。

「……私の希望の置き場所は、それはあなたがやったんじゃない――という点」

「ソレって?」

「くだらないこと訊かないで」

 なんの面白味もない。今そこに転がっている死体を上回る話題性のあるそれなどあるわけがない。

「それは失敬」

 謝ったあと阿尾は恭しく頭を下げた。わざわざ胸元に手を添えるという無駄なサービス付きだ。

「残念ながら貴方様の希望には反することとなりますが、わたくしめがやらせていただきました」

「そう。それは残念」

 数秒間、さらに増した今すぐ口を開き吐瀉物吐き出せという命令の許歯がガチガチなるのを噛み締めて押し殺す。

「えーっと。僕が言うのもあれだけど、通報とかしないの?」

 それ以上言葉を続けない私に痺れを切らして阿尾がとんでもないことを訊いてくる。それを君が言うか?

「今私は自分のことで手一杯でそんな余裕はないの。警察への連絡がしたいなら自分でやって」

「したいわけでもないんですが……、あ、もしかして体調悪い?」

「体調悪いどころか吐きそうじゃボケ」

「わぁ!荻野が口悪い!」

「なんで嬉しそうなんだボケ」

「しかもレパートリー少ない!ウケる!」

「ウケてんじゃ……」

 ねぇよボケ!と言おうとしたところで、私は吐いた。

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