光り揺らめくオーロラの下で ~ 真珠湾攻撃はなぜ中止されたのか
ほとんど妄想なので科学的根拠は信用しないでくださいね!
■昭和十六年(1941年)12月3日 夜
ハワイ北西 空母赤城 艦橋
幾重もの巨大なオーロラが北太平洋の夜空に波打っている。その怪しい光で照らしだされた海原を第一航空艦隊の艨艟たちが真珠湾に向けて密かに進んでいた。
淡い緑の光が差し込む艦橋に通信室からの伝令が届いた。それを読んだ通信参謀の眉間に深い皺が刻まれる。
「やはり本日も受信できませんでした。他の艦にも確認しましたが同様とのことです」
通信参謀が力なく首を振る。赤城はもともと艦橋が低いため受信性能がさほど高くない。そのため他の艦にも発光信号で状況を確認したが結果は同じだった。
「これで三日間連続で短波放送を受信できなかった事になります」
ラジオ・トウキョウ外国向け短波放送の最後に詩吟がなかった場合、真珠湾攻撃作戦は中止するものとされていた。このため艦隊は日本を出て以来、毎日短波放送の確認を行っていた。
それが11月末頃から受信状況が怪しくなりはじめ、今月に入ってからは全く受信できなくなっていた。
「やはり本土で何らかの異常事態が発生したと考えるのが妥当ではないか?」
「そうとも言えません。他国の放送どころかモールスの打鍵ひとつも受信出来ないのです。つまりこれは我が国だけの問題ではないということの証左です」
「あるいは米国の謀略かもしれんぞ」
「仮にこれが謀略だとしたら他国の通信まで止めるなど手が込み過ぎています。もし近在に妨害電波源があるとすれば我々の艦隊は既に敵に捕捉されていることになります」
参謀らが口々に述べる懸念に対し、通信参謀は自らの専門的見地から冷静に反対意見を述べた。
「つまりは世界的な異常の可能性が高いという訳か。だが現状が続けば我々は命令を受け取れないことになる。由々しき問題だな」
南雲の言葉に皆が黙り込む。短波放送もモールスも受信できないということは、そのまま作戦の開始・中止の判断が出来ないことを意味した。開戦劈頭の奇襲攻撃という重大な任務をうけもつ一航艦にとって、それは死活問題であった。
「いずれにしろ、攻撃開始予定日までまだ数日あります。それまで待って状況判断しても遅くはないでしょう」
状況が不明な以上、安易に結論は出せない。草鹿参謀長が強引に議論を打ち切った。南雲も仕方なさそうに頷く。
「飛行機隊の状態はどうだ?」
話題を変えるため草鹿は話を源田航空参謀に振った。
「全くもって宜しくありませんな」
受けた源田の方はしかめっ面で答える。
「磁気コンパスの異常は今も継続しています。フラフラと回るだけで全く役に立ちゃしません。出撃前はジャイロコンパスを補正できますが、あれじゃ飛行中の補正なんぞ無理でしょう」
異常は通信だけでなく磁気コンパスにも表れていた。今では艦だけでなく全ての航空機の磁気コンパスが使用不能の状態だった。
それでもまだ艦の方はしっかりしたジャイロコンパスのお陰で方位は判別できていた。だが航空機はそうはいかない。ジャイロコンパスはあるものの簡易的なものであるため15分毎に磁気コンパスを元に補正する必要があった。
しかし磁気コンパスが使えない以上、その補正もできない。つまり艦が見えない地点まで進出すると機位を見失う恐れが多分にあった。
「今の状況では無線どころかクルシー(帰投指示装置)も使い物にならんでしょう。正直、攻撃隊の進出・帰投には相当な危険が伴うものと判断します」
さらに源田は渋い顔で続けた。実は飛行機隊ではコンパスや通信だけでなく、もっと深刻な問題が発生していた。
「問題はコンパスや電波だけじゃありません。より問題なのは搭乗員に体調不良を訴えるものが増えていることです。既に6名が重体。そして全搭乗員の2割が寝込んでいる状況です」
「ただの弁当の食当たりでは無かったのか?」
南雲はここに呼ばれていた軍医長に尋ねた。
「はい。外見症状として重度の日焼け、雪目のような角膜障害、水疱が中心です。下痢や吐き気は免疫低下によるものと考え既に航空糧食の支給は取りやめています。重体の搭乗員は重度の日焼けに加えて頭髪が抜ける症状も見られます」
「それほどなのか……」
南雲だけでなく他の参謀らも驚きの声を漏らす。
「搭乗員だけでは有りません。甲板勤務でも同様の症状を訴える者が増えています。今では本艦も含め各艦の医務室は満杯で食堂にまで不調者を寝かせている状況です」
「では原因は何だというのだ?」
「……小官は陽の光を浴びる事が体調不良を引き起こしているのではないかと愚考します」
「おいおい、我々はいつから吸血鬼になったんだ?」
誰かが冗談で混ぜ返すが軍医長は相手にしない。南雲に真剣な顔を向ける。
「もしこの状況が疫病の類でないとしたら、共通する点は陽光の下に長時間居たという点です。事実、体調不良とまで行かなくても甲板にでると日焼けがいつも以上に激しいという報告があがっています」
「たしかに、その報告は小官も聞いています」
航海長が同意する。
「なるほど確かに。状況には符合するか……」
「搭乗員の症状は長時間の空中任務に出た者ほど重くなっています。重症の搭乗員は、任務当日に通常より高度を上げていたそうです。太陽が原因だとすれば辻褄はあいます」
「ならばこの現象は敵にも起きている可能性があるのか」
「はい、その可能性はあります」
「今、攻撃隊を編成するとしたら、どのくら出せる?」
「多めに見積もっても計画の7割ほどでしょう。今後もこのまま不調者が増えるとすれば、攻撃予定日の頃には半分も出せるかどうか……」
「攻撃隊が半分として、成果は見込めるか?」
「敵にも同様の異常が発生しているとすれば迎撃は微弱なはずなので見込みはあります。しかしこちらの攻撃隊の生還も見込めないでしょう。方位については天測で何とかなりますが、往復の飛行時間を考慮すると、搭乗員が無事に母艦に帰り着けるとは思えません」
「艦隊は攻撃予定日まで計画の進路を進む」
「しかし……」
「それと現時点より攻撃当日まで飛行任務は休止とする。甲板業務も最低限とし交代であたって時間を最小限にするように」
南雲の決定に司令部の全員が頷いた。
こうして第一航空艦隊はとりあえず判断を保留し、進み続けることを選択した。
彼らが、この現象が予想をはるかに超えた、人類の生存にまで関わる規模であることを知るのは、もう少し先のこととなる。
■1941年11月 南大西洋
南雲の艦隊が奇妙な現象にみまわれる数日前、異変は地表から2900キロもの地下深く、人類が直接目にすることのできない地球の中心部から始まっていた。
マントルと中心核が接するその境界部分は、1926年にベーノー・グーテンベルクが地震波を利用した研究で発見したことから、一般にグーテンベルク不連続面と呼ばれている。
そこでは地球そのものの質量により齎される約4000度、130万気圧という途轍もない高温高圧により、鉄とニッケルを主成分とした外核は水より高い流動性をもつ液体金属状態に保たれていた。
導電体である液体金属が高速で回転し対流することで、外核では膨大な渦電流を発生していた。つまり外核は巨大な一つの発電機であると言えた。電流はそれに見合った磁場を発生し、それが地球全体を覆う地磁気を形成していた。
しかし現在、その磁場が急激に弱まりつつあった。それはまず南アメリカ大陸東岸から南アフリカ南端にかけての南大西洋エリアから始まった。
その原因は外核に浮かぶ巨大な岩塊だった。その正体は5億年以上前の巨大隕石衝突で沈み込んだ地殻の成れの果てである。玄武岩を主成分としたこの巨大岩塊により液体金属の流れは大きく乱されていた。
乱された液体金属の流れは多数の渦を発生し、無数の非双極磁場を発生させた。その乱れた磁束は地球の南北を結ぶ双極磁場を弱め、かき乱し、徐々に歪みを蓄積させていった。
その歪みが極限に達した時、液体金属の乱流は外核全体に一気に広がった。統一された流れが失われた結果、外核で生み出されていた巨大な双極磁場は乱れ、元の数パーセントほどにまで急激に縮小していった。
この瞬間、世界中の磁気コンパスはクルクルと回るだけのガラクタと成り果てた。
影響はそれだけにとどまらない。
電離層のプラズマ電流を束ねていた地磁気が失われたことで電離層の安定性が完全に失われていた。このため地表と電離層の反射を利用していた短波は異常な散乱と減衰により極度に不安定な状態となった。
つまり水平線より遠いところとの電波通信が実質的に不可能となってしまったのである。だがこれは地磁気消失の影響の中でも、まだ軽いものだった。
もっとも大きな影響は、地球を恐ろしい宇宙線から守っていた地磁気という外套が失われてしまったことだった。
更にここへ間の悪い事に、太陽活動の極大期が重なっていた。
太陽活動は周期的に増減し、11年ごとの小周期と80年~90年ごとの大周期があることが知られている。そしてこの年はそれが重なり、太陽は例年と比べ物にならない程のコロナホール放出(CME)と高エネルギー粒子(SEP)を放出していた。
本来であれば、これらは地磁気に弾かれ大気で減衰されるはずだったが、地磁気が失われたことで地表にこれまでと比べ物にならないほど強力な宇宙線が降り注ぎはじめた。
それは長時間の暴露や大気減衰の少ない高高度においては生命に重大な影響をあたえる程のレベルに達した。
だが実はこのような現象は地球の長い歴史で見ればそれほど珍しいものではない。過去にも同様な現象が幾度も発生している。最後に発生した地磁気消失は約77万年前、まだホモ・サピエンスも生まれていない頃である。
この外核の乱れはいずれ収まり地磁気も復活するだろう。その時にはもしかしたら南北が今と逆転しているかもしれないが、地球の歴史からみればほんの一瞬、数千年ほどで収束するはずだった。
しかしこの現象は、当然ながら人類全体の活動に甚大な影響をおよぼすことになる。
■1941年(昭和十六年)12月5日
パールハーバー 太平洋司令部
太平洋艦隊司令のハズバンド・キンメル大将は、ここ数日にわたって彼を悩ませている異常現象についての報告を受けていた。
背後の窓から見えるホノルル市街の上空には、彼がこれまで見たこともないオーロラのカーテンが、淡い緑の光を放ち揺らめいている。
「ハルゼー提督からの報告によれば今朝の時点で乗員の12パーセントが罹患、特にパイロットの罹患率が酷く艦載機の三分の一は飛行不可能とのことです。無線通信も不調のため連絡機で報告をうけましたが、そのパイロットも体調不良でそのまま医務室送りとなりました」
「やはりここと状況は同じか……」
「このため第8任務部隊は予定を早めて帰投するとのことです」
「まあ仕方ないだろう。それで在伯艦隊の状況は?」
「上陸していた水兵の多くが体調不良を訴えています。今朝の時点で海軍の被害は1292名。これはあくまで重症者の数で一応は動ける人間は含めておりません」
「……つまり我々は日本から攻撃されても身動きとれんという事か」
「はい。それに陸軍も同様の様です。ほぼ半数が作戦行動不可能とのことです……本当に日本の攻撃ではないのでしょうか?」
「それはない。私も最初は疑ったがね。無線通信は相変わらず駄目だが海底ケーブルは生きている。それによれば本国でも同様らしい。グアムやフィリピンは我々よりもっと酷い状況だそうだ」
「つまり日本も同じ状況ということでしょうか?」
「連中の軍事情報は不明だが民間の情報は入ってきている。やはり日本でも似たような症状の病人が大量に出ているらしい」
「ではこの病気の原因は一体……」
「にわかに信じられん話だが、どうやら太陽が原因ということらしい。本国からの情報によればな」
「太陽ですか?」
「ああ、太陽の力が突然強くなったそうだ。それで日中屋外に長時間いるとあの症状が出るらしい。どういう理屈か知らんがコンパスの異常も太陽のせいだそうだ」
「つまり屋内に居る限りは大丈夫だと」
「そう言うことだ。すでに陸軍は屋外活動を縮小している。我々も本日から日中の屋外活動を制限する。飛行任務は当面禁止だ。哨戒ができない点は危険だが、どうせ日本もそんな余裕はないだろう。これが命令書だ」
■昭和十六年(1941年)12月7日
ハワイ北方 空母赤城 艦橋
「我々の勝手な判断で米国と開戦する訳にはいかない。作戦を中止し反転する」
司令部の面々にむけて南雲は最終決断を述べた。その言葉で艦橋には安堵と悔しさの入り混じった空気が流れる。
結局あれから今日に至るまで、一航艦は一度もラジオ東京の放送を受信できなかった。飛行任務の数を減らしてはみたものの搭乗員の3割が出撃不能のままとなっている。無線が使えないので仮に無理に出撃させても帰還には大きな危険が伴う。
これでは攻撃を決断することなど出来るはずもない。こうして南雲の一航艦は攻撃を断念して反転し、日本への帰途へとついた。
攻撃を断念したのは南雲艦隊だけではなかった。同様に真珠湾への奇襲を命じられていた特殊潜航艇の部隊も命令を受信できないため攻撃を断念している。
陸軍の影響はもっと甚大だった。
マレー作戦で南方に集結待機していた陸軍部隊はほぼ屋外の天幕で過ごしていた。このため体調不良者が続出したのである。結果的に屋内にいた将校以外ほぼすべての兵士が不調を訴え、そこに南方の疫病も加わって死者も出たことから攻撃は断念せざるを得なかった。
昭和十六年(1941年)12月7日、日本は米国との開戦を断念した。
こうして本来であれば日米両国に膨大な死傷者をだすはずだった戦争は回避された訳だが、それは人類にとってより大きな苦難の歴史の始まりでもあった。
■昭和十七年(1942年)1月2日
日本 総力戦研究所
開戦を控え一旦は活動を休止していた総力戦研究所のメンバーが、世界的な異常事態をうけて再び集められていた。
「年末も三が日の休みも無しとはね」
「仕方ないさ。戦争より国が危ない状況だからな」
「とりあえず分かっている事から情報を見ていこうか」
「そうだな。まずは時系列から整理しよう。そもそもこの現象はいつから始まった?」
「地磁気や電波の異常が発端だとすれば、最初に報告されたのは11月の末だな……たしか、あーこれだ。11月29日。哨戒にあがった赤城の艦攻の飛行日誌だ。発艦前に磁気コンパス異常が書かれている。この時は指針がふらつく程度だったが二日後の12月1日には全機のコンパスがクルクルまわる様になってる」
「よくそれで空中任務に出したもんだな」
「母艦周辺の哨戒任務だからな。水平儀もあるし一航艦の練度なら迷う事はなかろうという判断だったらしい。通信異常についてはどうだ?」
「こっちも赤城の通信室の日報だ。『11月29日、ラジオ東京、雑音酷ク聞キ取リ困難』とある。その翌々日からはずっと『受信デキズ』だ。受信できたのは艦隊が日本近海に帰ってきた12月24日だな」
「つまり一航艦での異常は11月29日に始まったと。内地の方は?」
「同じだ。11月29日に外地と通信困難、12月1日から通信不能。これは官民問わず起きている。いまや海外との連絡は海底電纜頼りだな。それによれば外国でもほとんど同じ日に同じ現象が出ているらしい」
「異常は全部の通信に出ているのか?」
「いや、近距離の通信なら問題ないらしい。だから内地のラジオ局や勝浦の電探も一応は使えるそうだ。陸軍の方は?」
「同じだ。電波警戒機は問題ない。通信も近距離ならば異常はない」
「海外の電探や電波警戒機の事情は不明だが、通信に関しては各国も同様らしい」
「磁気や電波については、大体こんな所かな。では次に問題の疫病についてだ。発生はいつだ?」
「先の異常と同じだ。台南空の報告が一番早いな。12月1日に訓練に上がった搭乗員が軒並み体調不良を訴えている。たしか陸軍の方も同じですね」
「そうだ。高雄の飛行戦隊で同日に似たような報告があがっている」
「ありがとうございます。そして陸海ともに12月2日から空中任務を休止している。しかし一航艦は空中任務を続けて最終的に3割の搭乗員が罹患している。なんで彼らは空中任務を続けたんだ?」
「当初は疫病の原因を食中毒と考えたようです。極秘作戦中で外部と連絡も取れませんでしたし無理もありませんね」
「しかし彼らの犠牲で早めに詳しい状況も掴めました」
「疫病、実際は細菌や寄生虫ではないので不適当な言葉ですが……これは陽光への暴露時間だけでなく緯度や高度も重要な要素となるようです」
「本土であれば2時間程度の日中活動ならなんとか大丈夫ですが、低緯度地域、および2000メートル以上の高度では30分でも危険です」
「それだと台湾や南方諸国は保たんだろう」
「はい、すでに台湾では社会活動の維持に支障がでています。沖縄でも同様です」
「しかし日中活動が制限されるとなると、食糧生産が危ういな……」
「そう言えば今年の冬は寒いな」
「たしかに先月からあまり晴れ間を見てませんね……ただでさえ今回の異常で気が滅入るというのに」
「ちょっとまて、天候も連動しているかもしれん。気象庁の人間に確認してくれ」
「偶然かどうか分かりませんが、異常が発生してから日照自体が弱くなっています。天候不順も続いています。このため東北や北海道では例年にない寒さを記録しています」
「単純に太陽の力が強まったわけじゃないのか……天候不順がこの異常と連動しているなら、北の方でも死者や食料減産がおこるぞ」
「地磁気が弱まった件で、国内でそれを研究していた者が見つかりました。京都帝大のものです」
「彼の研究では77万年前に少なくとも一度、地磁気は消失しています」
「原因は?」
「それは分かりません。ただ少なくとも古代の石に封じ込められた当時の地磁気は今と逆だったとか。15年前に学会で発表したそうですが当時は世界中で笑いものになったそうです」
「今、起こっている現象が、77万年前に起きた事と同じだと思うか?」
「個人的には、おそらく同一の現象だと思います」
「地磁気の減少と、いま各地で起きている状況の関連は?」
「病気などは専門外なので何とも……ただ重度の日焼けについては宇宙線の影響かもしれません」
「宇宙線?」
「はい、宇宙の彼方から地上にくる電子や原子、電波の事です。レントゲンのX線もこの仲間です。こちらも専門外なのですが、たしかこういったものに沢山晒されると似たような健康被害が起きると聞いたことがあります」
「そう言えばレントゲンに長時間あたると危ないというのは聞いたことがあるな。しかしそれと地磁気がどう関係する?」
「ローレンツ力というものをご存じですか?」そう言って左手をみせる。
「知っている。フレミングの左手の法則という奴だな。確か中等部で習った……なるほど、宇宙線を電流とみなせば地磁気があれば逸らされる訳か」
「はい、地磁気があった頃は宇宙線は地表に届く前に弾かれるか逸らされるはずです。しかし今、地磁気は弱まっています。だから地表に大量に宇宙線が届いているのではないでしょうか?」
「実は飛行機で高空にあがると症状が激化する事が分かっているのだが、その理由もわかるか?」
「宇宙線は地磁気で弾かれる以外に、大気に吸収され減衰します。高度があがれば、その減衰量も少なくなるので宇宙線は強まるでしょう」
「なるほど、それで一応の説明はつくか……もう一つ質問だ。さっき話していたように晴れの日が減った気がする。これも今の現象と関係あるか?」
「……関係あるか分かりませんが、霧箱というものはご存じで?」
「いや、聞いたことはないが……」
「先ほど言った宇宙線などを観測する装置です。冷たい空気を満たした箱を宇宙線が通過すると、そこだけ霧が発生するのです」
「それで?」
「空の高い所は確か非常に気温が低いのでは?そこへ宇宙線が大量に降り注げば沢山の霧、つまり雲が発生するかもしれません」
「なるほどな……この状況はどれくらい続くものなのだ?」
「先の研究者の話では、前回の磁極反転後に10万年ほど氷河期が続いたそうです。また磁極が反転するまで数千年は地磁気が極めて弱い期間が続いたと思われます」
「数千年だと……それに氷河期が10万年……人類は絶滅するぞ」
「それでも当時の動植物は生き延びました。我々人類もこうして残っています。我々はその頃の類人猿とは違います。知恵も道具もある。きっと生き延びる方法は見つかるはずです」
市井では銀行取付騒ぎ、食料品の買い占めが始まっていた。世界恐慌時のような混乱が当初は見られたが、それは急速に収束する。
理由は取り付けや買い付け、デモや暴動で何時間も屋外に居た者が次々と倒れたからだった。さすがに誰もかれも金より己の身と命の方が大事であった。
総力戦研究所からの報告を受けた政府は、食糧を増産して配給制にするため飢餓の危険はないことを国民に繰り返し通知して混乱を抑えるともに、密かに中国からの撤兵と沖縄や台湾から本土への退避を検討しはじめた。
■1942年(昭和十七年)7月15日
米国 ホワイトハウス オーバルルーム
世界的な異常発生からおよそ半年が経過したこの日、ルーズベルト大統領はその影響についての報告を受けていた。
「例年にないほどの冷夏、そして穀倉地帯の宇宙線増大により我が国の食料生産量はおおよそ例年の半分程度に落ち込む見込みです」
「備蓄在庫の放出と配給制により今年の冬はまだなんとか凌げそうですが……来年も同じ状況ならば冬には大量の餓死者がでると思われます」
農務長官と商務長官からの絶望的な報告にオーバルルームは静まり返った。
昨年末から発生した地球規模の異変により、フロリダ州など低緯度地方では宇宙線障害の影響が問題となっていた。北米全土で気温の低下がみられ、特にアラスカ州など高緯度地方でそれが顕著となりはじめている。
それでも米国は国土の大半が中緯度であるため、各国に比べれば被害が少ない方だった。事実、一時は大混乱に陥った国内の民意や経済も、世界に較べればマシな状況であると分かると、ある程度鎮静化してきている。
しかし各地に多数出現した異常磁極により事態は深刻さを増していた。
南北を貫く地磁気は弱いままだったが、局所的な磁極があちこちに出現し宇宙線を引き寄せはじめたのである。特に中西部の穀倉地帯に出現した磁極には低緯度地域に匹敵する大量の宇宙線が降り注ぎ、食料生産を阻害していた。
これに追い打ちをかけているのが今年に入ってから続く日照不足と天候不順であった。例年より多い高層雲の影響で晴天でも薄暗くなっていた。そして気温の低下は天候を不安定にし、今年の夏は記録的な冷夏となることが予想されていた。
「原因はなにかね?そしてこの現象はいつまで続くのだ?」
「日本では、この現象は地磁気消失が原因と報道しています。消失自体の原因は不明ですが、地球の歴史からみて一時的な現象ではなく、この先すくなくとも数千年は続くとされています。そして我が国の研究者もその説に同意しています」
「数千年もだと……」
「仮にこの状況がこの先もずっと続くとして、我が国はどうなる?」
「農業生産がこのままの状態で推移すれば、我が国の人口は現在の1/4、3000万人ほどに落ち込むでしょう。地域格差も大きくなるため暴動が発生し、国自体が分裂する可能性もあります。既に南部と中西部にその兆候がみえております」
「他国の状況は?」
「まず欧州方面については、緯度が高いため寒冷化の影響が今後大きく出てくるものと思われます。ドイツとソ連は直接戦闘をするより互いに難民とともにウクライナ南部から南方へ雪崩れ込んでいる状況です」
「おそらくソ連は仮にドイツを下しても止まりません。そのまま欧州全土、地中海方面を目指すでしょう。生き残るために」
「その他の欧州諸国からも暖かい地中海方面へ大量に難民が移動しています。ドイツ、イタリア、スペインはそれを武力で押し留めています」
「イギリスは?」
「イギリスは既に戦争から手を引きました。本国全土が生存困難になることが予想されるため、オーストラリアなどの連邦諸国およびアジア・アフリカ・カリブ海の植民地へ国民ごと脱出する計画を立てております」
「アフリカやカリブ海も宇宙線の影響が大きいようだが」
「それでも食糧生産が不可能な極寒の地よりはマシという判断のようです」
「カナダは?」
「ご存じのように難民が我が国に押し寄せています。今のところは受け入れる方針ですが……いずれ見捨てることになるでしょう」
「南米の状況は?」
「カリブ海周辺諸国などは宇宙線の影響が大きいことに加えてインフラや食料生産を人力に頼っているため社会の維持が困難となりつつあります。チリやアルゼンチンは緯度的に影響が少ないのですが、我が国同様に局所磁極の発生が認められます」
「アジア方面は?」
「低緯度の国家はカリブ海諸国と似た様な状況です。フィリピンについては、かろうじて我が国の管理する発電所・海底ケーブル施設・基地は維持できていますが、それ以外は機能を失いつつある状況です」
「中国は?」
「日本は既に中国から撤退しました。それにより国民党政府と共産党の内戦が復活しそれに周辺諸国からの難民も加わり無政府状態に近い状況です。さらにソ連が満洲への侵攻を計画している様で国境に戦力を集中しています。それに対して日本は防衛せず満州を放棄する模様です」
「総括すれば、高緯度地方は低温で、低緯度地方は宇宙線の影響で居住が困難となっていくでしょう。中緯度地方は生存可能ですが局所磁極と異常気象により食料生産が低下します。それでもそのような土地をめぐる戦いがこれからの多く発生すると思われます」
一通りの報告を聞き終えたルーズベルト大統領はため息をついた。
「つまり、これから世界は住める土地と食料をめぐって戦乱の時代になるという訳か。しかもそれがこれから数千年は続くことになると……」
ルーズベルトはため息をつくと視線を窓の外に向けた。
そこに広がるローズガーデンは、すでに手入れ作業が中止され荒廃の兆しが見えていた。置かれている愛らしい天使像も、今となっては黙示録の天使にしか見えなかった。
「……人類が絶滅することはないだろうが……我々の文明は西部開拓時代どころか原始時代にまで退化することになるかもしれんな」
■1943年(昭和十八年)8月15日
日本 皇居
「以上を持ちまして帝国国策遂行要領のご説明を終わります」
いつもはその言葉で終わるはずの御前会議であったが、この日は違っていた。陛下がはじめて発言を求められたのである。
「これ以上、国民に困窮を強い続けることは不可能である。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、万世のために国運を切り開きたい」
この瞬間、日本は自らの生存をかけて他国を踏みにじることを決断した。
すでに本州ですら寒冷化の影響は顕著となっており食糧生産は過去に例を見ないほどの低水準となっていた。餓死者や凍死者の数は集計すら困難なほどとなり、このまま座していれば日本は近い将来に滅亡するのは火を見るよりも明らかだった。
ご聖断を受け、準備を整えていた陸海両軍は、宇宙線対策を施した装備をもって温暖な東南アジア諸国になだれ込んだ。
このような動きは日本に限ったことではなかった。すでに欧州各国やソ連はアフリカ諸国を争うように奪い取り、米国もカリブ海を超えて南アメリカの制圧に動いている。
国家存亡どころか人類の生存にかかわる状況に、人道や品格などという綺麗ごとは、各国首脳の頭から完全に消え失せていた。
■1950年(昭和二十六年)
地球の寒冷化はさらに進み、いまでは緯度45度以上の地域は常に氷に閉ざされるようになっていた。人類は赤道付近の緯度30度未満の地域に押し込まれ、食糧生産の不足から人口も年々減る一方だった。
生き残った人々も、日中は宇宙線を避ける装備を身に着けるか日陰に身をひそめる生活となり、食糧や工業生産の効率も上がらない。
統計をとるものが居なくなったので誰も気づいていなかったが、1940年時点で23億人に達していた人類の総人口は、すでに5億人にまで落ち込んでいた。
日米を含め列強といわれた国家の多くはまだ体制を維持してはいたものの、本国の国土のほとんどはすでに氷の下となっていた。国家脱出の折に持ち出せたものは多くはなく、技術や文化の維持も困難となりはじめていた。各国とも強盗同然に土地を奪ってきたことから互いに協力関係を築こともできない。
こうして、人類がおよそ1万年をかけて脈々と築いてきた高度文明は、わずか数年で失われようとしていた。
■地磁気消失から5000年後
外核の液体金属の乱れが落ち着き、地球にかつてのような双極磁場が復活した。
太陽から降り注ぐ宇宙線は地磁気により弾かれ、地表に降り注ぐ宇宙線も元のレベルへと戻りはじめる。大気の上層部を覆っていた雲は薄れ、地球の気温は徐々に上昇し始めた。氷河期はようやく終わりへと向かい始めた。
■地磁気消失から20000年後
「博士!大きな遺物がでました!」
「どれどれ……おお!これは素晴らしい!」
古代遺跡の発掘調査団は昨年発見された遺構を調査していた。全長260メル、全幅40メルにもおよぶ巨大な遺跡は、その細長く船に似た形状から調査団の中で『箱舟』と呼ばれていた。
箱舟は不思議な遺構だった。壁は切り出した石材ではなく鉄分を異様に多く含む赤い土壁で構成されていた。調査団の中には、元はすべて鉄でできていたのではないかと言う者もいたが、そんな与太話を信じるものは誰も居ない。
この日、特殊な遺物が出土したのは遺構の先端部分だった。
「完全に化石化していますが、元の材質はおそらく木であったと思われます」
その遺物は直径1メルほどの円盤だった。遺構の細長い先端部から出土したそれは、あきらかにこの建物の目的を象徴するものであると思われた。
「放射状の模様があるな……」
「はい。一部が失われてしまっていますが、元はおそらく完全な円形だったと思われます。16本の放射状の彫刻がみられます」
「なっ!これは金か!?」
「わずかですが金の装飾が残っていますね。もしかしたら元は全面が金で覆われていたのかもしれません」
「明らかにこれは太陽を模したものだな。つまりこの遺構が何らかの太陽信仰に関連した施設だったことは間違いないだろう」
「教授、大発見ですね!」
「ああ、これで赤道遺跡群の調査も大きく進むことになるだろう」
■あとがき
本当は通信もレーダーも飛行機も使えない世界で、霧に覆われた海面で戦艦とか駆逐艦がWoWs的にヒャッハーする話にするつもりでしたが、色々と調べて書いてたら、戦争なんかしている場合じゃない感じになっちゃいました。
妄想の裏付け?とかは活動報告をご覧ください。




