悪魔の葛藤
――じゅわじゅわと音がする。
――香ばしい匂いが充満している。
そして目の前には涎を滴しながら今か今かと出来上がりを待ちわびる幼馴染みが。
「ステーキハウス『ファンタジスタ』、なんて良く見つけたな」
そろそろか、ステーキをひっくり返してもう一面を焼いていく。また一つ、じゅるりと聞こえてきたのは聞こえなかったとしよう
「――最初探索した時にね、人が多かったし、私の嗅覚を舐めちゃいけないよ?」
「それ、俺以外にも効くのか」
大通りを少し外れた路地にあるオープンテラスなレストラン、それがこのステーキハウスファンタジスタだ。
意外と人も多くて人気なのは分かるが
「これ、あのボア肉だろ?美味しいのか?」
「メニューには臭みの無い美味しいお肉って書かれてるよ?」
「本当にそうか?……できたぞ」
ちょうど良くミディアムレアになったステーキを一枚ルナの方に、もう一枚は俺の方に。
じゅわじゅわと音を立てていて、それを聞くだけでお腹が鳴りそうだ。
「いっただきまーす!」
「じゃあ俺も、頂きます」
口に入れた瞬間、放たれる濃厚な肉汁。確かに臭みはまったく無くて、どちらかと言うと旨味が凄い。
弾力があって、その度に肉汁が出てくる。たった一切れでも満足感があるお肉。
なんともないバカ舌でもこれは上質だと良く分かった。
「旨いな、現実じゃあとても食べられなさそう」
「むぐむぐっんっ!」
「……はしたないから食べるか食べないかどっちかにしなさい」
何を言ってるのかわからない……てか食べるのね、もういいよ。
こちらも料理に目線を移すとしよう、流石は国産MMOといったところ。
ちゃんと白米を完備してるのはプラスすぎる、やることと言えばステーキを数切れ乗せて掻き込むのみ!
白米に染み込んだ肉汁とステーキその物が舌にガツンと来やがって
「――きっくぅぅ!」
「むぐっ!?ちょ、それはずるいよあーくん!」
私も私もと、俺の真似をするルナ。良かろう、更なる深淵を見せてやる。
ここでステーキソースの登場だ
この店、以外にも品揃えがいい
下ろし風味ニンニク風味トリュフ風味と、それぞれを切り分けたステーキに乗せていく。
すぐ前には今か今かと手を伸ばすルナが
「ほぉれ欲しいか?ソース?」
「欲しい欲しい欲しい!!!」
「――あっ」
ソースを渡そうと伸ばした手に手を重ねてきた。
――何をびっくりしてるんだ、いつもの事じゃないか。
にしても、本当美味しそうに食べる。もっと食べさせたくなる、これが父性って奴なのか?
もしくはいっぱい食べる君が好きって奴なのか?
そもそもリアルじゃ避けてあんま見ないし、改めて食べるとこを見ると大食いだな。
「……ごちそうさま」
「ごっちそうさまぁぁ!」
気づいたらペロリと食べてしまっていた、心なしかルナの表情も満足げで。
彼女の嬉しい顔を見ると自分も嬉しくなる。
「お会計お会計~」
あっさりと支払いを済ませてしまうルナ
「え?そんなに残りあった?」
おそらく装備を買ったせいで結局俺が払うんじゃないかなんて思ったけど、案外そんなんじゃなかったらしい。
「え?だってみたらしお姉ちゃんがあーくんに貸しがあるって言って割引してくれたよ?」
「マジ……?」
――あの人と言う奴は、余計依頼を断りにくくなるじゃないか。
「やっぱり持つべきものは頼れる幼馴染みだよね!」
「……おめでたいこと」
頼れる、幼馴染みと言うところが少し引っ掛かった。
――疲れてるのかな、俺
「モンスター狩りは疲れたし、家見て回ろう?」
「プレイヤーホームなんて尚更買うかねねぇぞ」
「ウィンドウショッピングって奴だよも~」
買えもしない物を見て何が楽しいのかまったく分からない。そこら辺はどうしても男女の違いが出るんだろうけど。
今日は素直に付いていこう、なんか今は何をやっても上の空な気がしてしょうがない。
――やってきたのは大通りから少し外れた住宅街、比較的崩れている建物が少なくて確かに住宅だと言える。
良く見れば家から出てくるプレイヤーもちらほら、確かにこの辺りを根城にするならここの家を買うのも良いかもしれない。
値段も比較的安いしなにより商売をするなら初心者が山ほど居るのがここだ。
もっとも戦闘を主軸にしておきたい俺には関係ないんだが。
「これとかどう?暖かみがあって良くない」
暖色系の木材と煉瓦でできた家だった、内装も暖かみがある木製床で暖炉なんかもあったりする。
「良いけど、なんかこの街らしくなくないか?」
「これプレイヤーメイドなんだって、すごくない?」
プレイヤーメイドか、ならこの場違いの内装も理由は付くが。
「――あ」
興味深そうに、部屋の内装を見るルナの横顔を見て。何を言いたかったのかがすっと頭の中から抜けてしまった。
「見て、こういう小物にも拘ってるのすごいな」
――時折思う、長いこと一緒に居ると言うのに未だにふとその顔を見るとき見惚れてしまう自分がちっぽけな存在でしかないのだと。
他の有象無象と比べても大差が無いじゃないかと、自分に嫌気がさす。
――だから俺はこいつをゲームで負かして自分と言う存在を意地でも確立する。
話題を出さなければ呑まれると思った。
だから適当に、視界に入った家の値段を話題に。
「高くないか?それにお前一人で使うにしても広すぎるし」
幅広く一階だけじゃなく二階もあるよう、プレイヤーホームというよりはギルドホームとかの方が合ってそうな内装だ。
「――え?あーくんも住むでしょ?」
――何かが、ぐちゃぐちゃにかき乱されるような音がした。
「……はい?」
今さらっとヤバいこと言いましたよ?この人……え?
体温が上昇する、気がした。
これは本物なのか?
「――それは、さ。どういう」
「だって私たち幼馴染みだし、相棒みたいなもんじゃん?」
さも当然、のようにきょとんと首をかしげた。
――ラノベ主人公かよ、てめえは
また一つ、次は何かがひび割れる音がした。
「いやいやいや、何を当たり前のように言ってんだ。ここVR、分かる?パソコン越しのゲームじゃないのよ」
ブロッククラフト、ブロクラとかならまあ一つ屋根の下なんてことはあったけれどあれは操作しているアバターがあったからこそ。
――VRのこことじゃあ訳が違う
「そっか、残念」
「……なんで?」
どこまで弄ばれれば俺は気が済むのだろう?
明確に、とくんと。
確実に心臓の跳ねる音がした。
「だって、あーくんと一緒に暮らすの絶対楽しいよ?」
「っ!お前って奴は……!」
頭が沸騰する、ような感覚がした。
――昔っからお前は!
反射的に動いた掌も、宙で止まる。
――俺にはできない、彼女に手を出したくない。
「――それにさ、楽しいのは全部、あーくんと半分こにしたいから」
「……は?」
もう、限度じゃないか?
――好きなんだ
目の前の少女から向けられる笑顔に、目線に。
――リアルじゃあ目線もあまり合わせてなかった
脳が溶かされるような気がする。
「――お前は!」
――違う、そうじゃない
天見歩は一番分かってるだろ。
――雨晴遊はそんなんじゃない
「ど、どうしたのそんな大きい声出して」
俺の事が好きなのか?
――違う
彼女にとって、それは只の友愛でしかない。
この世の誰よりも、俺は《《見てきていて》》知っているから。
「――ごめん、また明日、遊ぼう」
――パンゲイアオンライン
これまで遊んできたどのゲームより、どのVRゲームより人との距離感が近くなる気がした。
感情が、五感が、思考が。まるで現実のように動く。
それがきっと、生身の彼女がそばに居るのだと、絶え間なく頭に刻んでいく。
――思えば長年の幼馴染みとしての暮らしで我慢したそれが溢れでただけなのかもしれない
現実じゃあ垣間見得なかった雨晴遊の魅力が、更に見えてきて頭を焦がした。
――リアルのように引っ付かれてる訳でも無いのに、その表情の全てにたった二日で惹かれていた。
抱きつかれたり匂いを嗅がれたりするが全てシカトしていた分まだ身分の差が、クラスカーストの差があったリアルの方が適切な距離感を取れていたと思えた。
――ああ、ぐちゃぐちゃだ。
全部ぐちゃぐちゃだ。
この二日間、距離がバグり散らかしていて心の臓が鼓動を緩めてくれやしない。
純粋に、ゲームを楽しむと言うことを忘れるぐらいには
――ただちょろいだけだったのか、長年貯めてきた想いを自覚してしまったのか。
ただ自分は
他の男子と
有象無象と一緒なのだと深く認識させられたような気がして。
《プレイヤーがログアウトしました》
もう、わかんなくなった




