ホルムズ海峡
ホルムズ海峡は、ペルシャ湾とオマーン湾をつなぐ海の狭間である。
北にイラン、南にオマーン。
この細い海路を抜けなければ、ペルシャ湾岸の石油とガスは外洋へ出られない。
ここは、ただの海ではない。
世界経済の喉元である。
古くから、ペルシャ湾周辺はインド洋交易の重要な地域だった。
特に中世以降、ホルムズ島は交易拠点として栄え、湾岸とインド方面を結ぶ商業の要となった。
16世紀にはポルトガルがホルムズを押さえ、のちにペルシャとイングランド勢力によって奪還される。
つまりこの海域は、石油の時代より前から、通商を握る場所として争われてきた。
20世紀、石油の時代が始まると、ホルムズ海峡の意味はさらに重くなった。
湾岸の産油国から出る原油や石油製品は、この海峡を通って世界へ運ばれる。
近代、ホルムズ海峡を通過した石油の流れは日量約2,000万バレルで、世界の石油液体燃料消費の約20%にあたるという説もある。
ホルムズが止まれば、ただ船が止まるだけではない。
燃料価格が揺れる。
物流が揺れる。
工場が揺れる。
そして、資源を輸入に頼る国の生活そのものが揺れる。
ホルムズ海峡は、一国が自由に所有し、好きに通行料を取るような場所ではない。
海峡の最狭部は約20海里。
イランとオマーンの領海に覆われているが、国際航行に使われる海峡として、通過の自由が重大な論点になる。
また、国連海洋法条約では、単に領海を通過するだけの外国船に対して通行料を課すことはできず、特定サービスへの対価は例外的に認められる、という整理がある。
だが、法の話と、現実の力の話は別だ。
ホルムズ海峡は、狭い。
そして、イランはその北岸にいる。
だから緊張が高まるたび、この海峡は政治と軍事のカードになる。
ペルシャ湾を航行するタンカーが攻撃され、国際的な護衛や軍事介入が行われた事もある。
ホルムズ海峡は完全に閉じられたわけではないが、航行の安全は大きく揺らいだ。
つまり、ホルムズ海峡の歴史とは――
交易の道だった。
列強が狙った。
石油の時代に、世界経済の要所となった。
そして今も、緊張が高まれば、世界全体を揺らす場所であり続けている。
ここは、どこか一国の所有物ではない。
だが、誰かが脅かせば世界が震える。
ホルムズ海峡。
通れることは、一つの平和の証であり。
止まることは、一つの危機の始まりである。




