2.
揚羽は突然ドアが開いたことに小さく声を上げる。
そして、ドアの方に目を向けると、そこには三人の女子生徒がいた。
「あれ?丁度良かった」
その内の一人の女子生徒である藤木がそう声を発する。
藤木は長い髪にパーマをかけている、いかにも勝気そうな雰囲気の生徒だった。そして、その両隣にいる河地と本村は揚羽を見るなりニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
「寺川さん、丁度いいところにいたわ。私、喉が渇いているの。飲み物、買ってきてくれる?」
藤木が揚羽にそう言葉を投げつける。その言葉に河地と本村も「私のもね~」と言っているので、揚羽はその様子に困った顔をした。
「え~と……、と……友達を待たせているのでごめんなさ~い!」
揚羽は少し考えた後、早口でそう言葉を綴ると、その場を駆け足で去って行く。
「チッ……逃げやがって……」
去って行く揚羽を見つめながら、藤木は苦々しそうな表情でそう呟いた。
***
「ただいま~……」
揚羽が家に帰ると、美味しそうな匂いが家の中に充満していた。その匂いにつられて、揚羽はキッチンに行くと、母親が夕飯の準備をしている。
「あら、おかえり~。もうすぐで夕飯が出来るわよ」
母親が鍋をかき混ぜながら揚羽にそう声を掛ける。
「わ~♪今日は大好きなトマト煮込みだ~♪」
揚羽が鍋の中を覗き込んで嬉しそうにそう声を発する。
「ほらほら。もう少しでお父さんも帰ってくるから、着替えてくると良いわよ?お父さんが帰ってきたら夕飯にしましょうね」
「は~い♪」
母親の言葉に揚羽は元気よく返事をすると、部屋に戻り着替えを始めた。
そして、着替えが終わり、キッチンに行くとタイミングよく父親が帰ってきたので、いつも通りの和やかな夕飯が始まる。
「揚羽、今度の発表会もまたお母さんと観に行くからな」
夕飯を囲みながら父親が揚羽にそう声を掛ける。
「今回も来れるんだね!やった~!頑張って練習するね!!」
父親の言葉に揚羽が嬉しそうにブイサインをしながらそう声を発する。
(あ……そういえば……)
揚羽がふと今日の出来事を思い出す。
なぜ、藤木たちは急にあんな事を言ってきたのか?
(私、藤木さんたちに何かしたっけ??)
揚羽は頭の中で考えるが藤木たちに何かをした覚えはなく、なんであんな事を言ったのかが全く見当が付かなかった。
「揚羽?どうしたの?」
「え?!うぅぅん!何でもないよ!」
揚羽の表情がどことなく心配になった母親が声を掛けてきたので、揚羽は慌ててそう返事をする。
(気にすることないか……)
揚羽が心でそう思い直して、家族の夕飯の時間を楽しんでいった。
そして、夕飯が終わり、揚羽はお風呂を済ませると部屋でヘアケアに勤しんだ。
揚羽はヘアケアを入念に行っている。きっかけは子供の頃に大好きだったお話に出てくるお姫様がいるのだが、その話が映画化された時に観に行ったら、そのお姫様役の人がとても綺麗な髪をしており、サラサラの長い髪は映画の中で揺れるごとに光を放っているように見えた。
それが子供心にとても素敵に見えて、揚羽も髪を伸ばし始めた。
そして、映画に出てきたお姫様のように綺麗で長いサラサラの髪をを保てるようにいつ頃からかヘアケアを心がけるようになった。
今はその努力もあってか、揚羽の髪はとても綺麗で陽に当たると艶やかなのが一目で分かるくらいだ。
「……これで良し!」
ヘアケアが終わり、揚羽はいつものようにシュシュで髪を一つに纏めた。そして、発表会で演奏する曲をヘッドホンを付けて聞き、サックスを取り出し、そこに指を置いて練習をする。
その時だった。
――――トゥルルルル……トゥルルルル……。
揚羽のスマートフォンに誰かからの着信音が鳴り響く。
揚羽は誰からの電話かを確認すると、笑顔を綻ばせてその電話に出た。
『やっほー、揚羽。今、大丈夫?』
「やっほー!愛理ちゃん!」
電話の相手は幼馴染の愛理からだった。
愛理は今、母子家庭で育っているので、家は大変だという事を聞いている。しかし、愛理は持ち前の勝ち気で誰にも負けないように人一倍努力している。
そして、愛理はたまに揚羽に電話をして、たわいのない会話をしていた。
揚羽と愛理は高校で別々になってしまったので、揚羽にとって幼馴染である愛理からの電話は、とても楽しいひと時でもあった。
***
「……はぁ~……」




