17.
急に声がして、揚羽たちがその方向に顔を向ける。
そこには、愛理と同じ顔をした暗い闇を抱えたあの夜に藤木に声を掛けた少女が佇んでいた。
「あ……愛菜ちゃん……」
揚羽が驚いたようにそう口を開く。
「……久しぶりね、揚羽ちゃん。それに、姉さんも」
愛菜が揚羽たちの顔を一周見渡すと、ゆっくりとそう口を開く。
愛菜は愛理の双子の妹だった。
しかし、両親が離婚して母親が愛里を引き取り、父親が愛菜を引き取った。ただ、父親の方は昔から酒癖が悪く、離婚してからは酒に酔うと、愛菜に暴力を振るっていた。
そして、ある出来事がきっかけで、愛菜は心を病んでしまったのだった。
「あなた……、今病院に入院中じゃ……」
愛里が愕然としながら、そう声を発する。
「まれにこうやって外出許可を貰って散歩をしているのよ……。そんな時に偶然、揚羽ちゃんがこの藤木さんって人にいじめられているという話を聞いてね。なら、折角だから一役買おうとして、あの夜に藤木さんたちに揚羽ちゃんの髪を切ることを提案したのよ。そしたら、本当に切ったって知った時は、笑いが止まらなかったわ。まぁ、今の様子だともう回復したみたいだけど……」
愛菜が黒い笑みを浮かべながら、そう語る。
そして、揚羽が切られた時の揚羽の顔を想像しているのか、愉快そうにクスクスと笑いだす。
「愛菜!なんでそんな酷いことを言ったのよ?!揚羽が髪を大事にしているのはあなたも知っていたはずよ?!」
愛菜の様子に愛理が怒りながら沿う言葉を捲し立てる。
その言葉に、愛菜はピタリと笑うのを止める。そして、揚羽を強く睨みつけると、言葉を吐き出した。
「知っていたわよ……!勿論、揚羽ちゃんが髪を大事にしているのは知っていたわ!!だから……だから、壊したかったのよ!!私はね、親に愛されている揚羽ちゃんが、ずっと……ずーっと、憎かったのよ!!!」
愛菜が叫ぶようにそう言葉を綴り、荒く呼吸をする。そして、息が整うと不気味な笑みを浮かべて、揚羽に向ってどこか嘲笑うように言葉を綴る。
「だからね……揚羽ちゃんを壊すなら大切にしている髪をズタズタに切る事だと思ったのよ……。揚羽ちゃんなんて、ボロボロになって壊れてしまえばいいって思ってね……」
今度は落ち着いた口調で黒い笑みを称えたまま、愛菜がそう言葉を語る。
「愛菜ちゃん……」
愛菜の言葉に揚羽は辛そうな、苦しそうな表情を浮かべる。
揚羽はそれ以上言葉を発せない。
今回の事は、揚羽が何かをしたわけではなく、揚羽の暮らしている環境を妬んで起きた出来事……。
誰かが悪いんじゃない……。
もし、悪いとすれば愛菜や藤木を良くない環境で育てた家庭かもしれない。そして、そんな環境だと分かっていて、誰も手助けしなかったことが余計に愛菜と藤木の心を黒い闇に変えてしまったのかもしれない。
揚羽の中でいろんな気持ちが交差する。
「私は、揚羽ちゃんが憎いわ……。多分、これからもずっと……」
揚羽にそう言葉を投げつけると、愛菜はその場を去って行く。
去って行く愛菜を見ながら誰もその場から動けずにいる。
「っ……」
愛理が急にその場に泣き崩れる。
「ごめんね、揚羽……。まさか……まさか、髪を切れといたのが愛菜だったなんて……。本当に……ごめんなさい……」
愛理が大粒の涙を流しながら、何度も「ごめんね……ごめんなさい……」と、呟く。
そんな愛里を揚羽は優しく抱き締める。
「愛菜ちゃん、私のことがずっと憎かったんだね……。私、全然気付かなかったよ……。幸せに見える私を見て、どんどん憎しみが増しちゃったんだね……。愛理ちゃん、私は大丈夫だから……。だから、そんなに謝らないで……」
揚羽の言葉に愛理が涙を流したまま頷く。
「……とりあえず、今日は帰らないか?」
山中がそう口を開く。
「うん。そうだね」
その言葉に揚羽がそう返事をする。
そして、愛理を立たせて一緒に帰ろうとした時だった。
「あ……あの!」




