村に迫る病気の影
ある日の朝、フレア村の広場はいつもより静かだった。
「……今日、子どもたちが来てませんね」
ミーナが気づいて口にする。店の前を駆け回る子どもたちの笑い声が聞こえない。代わりに、閉ざされた家の扉と、不安げに歩く村人の姿が目立っていた。
「少し様子を見に行こうか」
和真はそう言って、ミーナと一緒に村の奥へ向かった。
その途中、ちょうどやって来たグランじいさんが、眉間にしわを寄せていた。
「和真坊、ちょうどよかった。子どもも大人も、高熱を出して寝込んでる。どうも、普通の風邪じゃねぇみたいだ」
「不明熱……?」
和真の頭に、かつて読んだ薬草の知識が蘇る。
身体の熱が下がらず、咳と頭痛を伴い、人によっては幻覚を見ることもある奇病。それは、自然界のある種の毒性花粉に由来することが多い。
「まずは診させてください。治療方法があるかもしれません」
和真の瞳が、迷いなく前を見据えていた。
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ミーナとヨルは、手分けして患家を回り、症状を聞き取り、熱の具合を測る。
ロナは、子守歌のような旋律を奏でながら、病床の子どもたちの不安を和らげていた。
和真は、自分の知識とスキルをフル活用しながら、草花の調査を行っていた。
そして、ある丘で小さな白い花を発見する。見覚えのあるその花の名は――「マルファの花」
「やっぱり……。こいつの花粉が原因だ」
マルファの花は、乾季の終わりに大量の花粉を飛ばす。吸い込んだ人の中には高熱やめまいを引き起こす体質の者もいる。しかも、治療には特定の中和薬が必要だった。
和真は、店に戻ると、急いで薬の調合に取りかかった。
「ヨル、頼んでもいいかい? 東の森に、青いウリ草があるはずなんだ。それがどうしても必要なんだ」
ヨルは小さく頷き、影に溶けるように姿を消した。
「ミーナ、ロナ、少し薬の手伝いを――」
「言われなくてもやるわよ。ここで止まっていられるわけがないわ」
「私も、歌以外にできること、探してたところ!」
和真の指示のもと、三人は息の合った連携で動いた。薬草を煎じ、濾し、調合し、小瓶に詰める。
夜明けまでに、三十人分の特効薬が完成した。
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夜明け。
ヨルは衣服に花粉をまといながらも、青いウリ草の束を持って帰還した。
その姿を見て、ミーナはすぐに濡れタオルで彼を包み、花粉の除去を始める。
「危ない子ね、まったく……でもよくやったわ」
ヨルは照れくさそうに目をそらすが、どこか誇らしげだった。
完成した薬は、和真とミーナ、そしてグランじいさんたちの手で村中に届けられた。
投与から数時間後、子どもたちの熱がすうっと下がっていく。
目を覚ました子が、最初に漏らした言葉は――
「……和真お兄ちゃん、ありがとう」
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その日の夕方。癒し屋「カズマ」の前には、回復した村人たちが次々に訪れていた。
花や果物、手作りのパンなどを抱えて、感謝の言葉とともに。
「坊、まるで村の薬師様じゃのう!」
「和真さんがいなかったら、うちの子……」
和真は笑いながら首を振った。
「僕ひとりじゃできなかったですよ。みんなが動いてくれたから、間に合いました」
その言葉に、ミーナがふっと微笑む。
「あなた、ずいぶん頼もしくなったわね。最初は、おどおどしてたくせに」
「今でも緊張してるよ、ミーナさん怖いから……」
「それ、褒めてる?」
和真たちの笑い声に、夕陽が優しく照らしていた。
ひとつの危機を、村全体で乗り越えた。
癒し屋カズマは、もはやただの「お店」ではなかった。
誰かが誰かを支える、温かな場所そのものだった。
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だが――その夜。
一通の手紙が村に届く。
差出人は「王都薬商会・グロス・マルダイン」
《無許可で医療行為を行ったとの報告を受けた。営業停止命令を出す。近日中に代表者が伺う》
平穏の余韻は、静かに破られようとしていた。