和解のハーブティー
朝の陽射しが、癒し屋「カズマ」の軒先を柔らかく照らす。看板にかけたハーブの束が風に揺れ、かすかな香りを辺りに広げていた。
その店の片隅で、黒髪の少年――ヨルが、小さくくしゃみをした。
「……鼻がむずむずする」
「それは、ラベンダーとカモミールの香りだからだね。リラックス効果があるんだ」
和真が笑いながら、ティーカップを差し出す。
「今日のは、人の心をまろやかにするハーブティー。君専用の特製ブレンド」
「……俺、魔族なんだけど」
「知ってるよ。でも、心の緊張は人でも魔族でも同じだろ?」
ヨルは一瞬だけ和真を見て、それからおずおずとカップを受け取った。
一口、飲む。
「……甘くないのに、あったかい」
「それが癒しさ」
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その日の昼下がり。店を訪れたのは、グランじいさんだった。
「おう、和真。新しい湿布できたかね」
「あ、はい。今回はスーッと感強めですよ」
「ほほう、こりゃ楽しみじゃ」
と、ふと、視線がカウンターの奥に向けられる。
そこに立っていたのは、ヨル。そっと水差しを運んでいた。
「……あいつ、魔族じゃろ」
グランの声は低く静かだった。和真は答えた。
「はい。でも、もう手伝ってくれてるんです。掃除も、水くみも。すごく真面目ですよ」
じいさんは目を細めて、ヨルを見た。
そして、ぽつりと。
「……まぁ、命を助けられた恩くらい、返したいじゃろ。ワシも昔、そうだった」
「え?」
「若いころ、道端で倒れてたときにな。知らん旅の女に拾われてな。あれから、ちょっとは人に優しくなれた気がするわい」
和真はその言葉に、思わずほほえんだ。
「ヨルにも、そんな日が来ればいいですね」
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その日の午後。
店の前で、村の子どもたちが騒いでいた。
「ねえ! 魔族の子が中にいるって本当?」
「こわい! 影が動くんでしょ!」
物陰からそれを聞いたヨルの手が止まった。
背後から聞こえる言葉に、心がざわつく。
(やっぱり……怖がられる)
その瞬間――彼の影が、ふっと伸びた。
「っ――!」
驚いた子どもたちが、悲鳴を上げて逃げる。
その場に残されたのは、震えるヨルと、急いで駆け寄る和真だった。
「ヨル、大丈夫か」
「……俺、やっぱりここにいちゃ……」
「違う」
和真は、そっと彼の肩に手を置いた。
「君の力は、誰かを傷つけるためだけにあるわけじゃない。君はもう一人じゃないよ」
ヨルは俯き、唇をかんだ。
だがその背に、もう震えはなかった。
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その夜。癒し屋の店内に、こぢんまりとした『お茶会』が開かれた。
参加者は、和真、ミーナ、ヨル、そしてグランじいさん。
机の上には、ハーブティーと焼きたてのハーブクッキー。
「……うまいのう、これ。あんたが焼いたのか、ミーナちゃん」
「え? あ、はい。ちょっと練習で……」
「なかなかいけるぞ。うちの孫にも食わせてやりたいのう」
和真が隣で笑い、ヨルはクッキーを静かに口に運ぶ。
「……甘すぎない、好きな味」
「そりゃよかった」
和真はティーカップを片手に、語りかける。
「こうして、色んな人と一緒に過ごせる時間が、癒しになるんだと思う」
「癒しか……」
ヨルは、カップの中で揺れる淡い液体を見つめた。
「じゃあ……俺も、いつか……誰かを、癒せるようになれる?」
「もちろん」
和真は迷いなく、そう答えた。
「君の存在が、誰かの心を軽くする日がきっと来る。ここは、そういう場所にしていきたいんだ」
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翌日。
癒し屋の扉の前に、昨日逃げた子どもたちが立っていた。
「……ごめんなさい」
小さな声でそう言ったのは、村の少女だった。
「お兄ちゃん、びっくりしただけで……でも、お店のおじさんが、あの子も頑張ってるって言ってたから……」
ヨルは一瞬、驚いた顔をした。
だがすぐ、ぎこちなく頷いた。
「……うん、いいよ。……俺、もともと怖い顔だから……」
子どもたちは顔を見合わせてから、照れくさそうに言った。
「じゃあ、また来てもいい?」
ヨルの顔が、わずかにほころんだ。
「……うん。クッキーあるよ」